NASAは2026年3月24日、核電気推進(NEP)を搭載した惑星間宇宙船Space Reactor-1(SR-1)FreedomによるSkyfallミッションを2028年12月に打ち上げると発表した。
NASAがJet Propulsion LaboratoryおよびバージニアのAeroVironment社と発案した構想を正式採用し、開発を主導する。SR-1 Freedomは小型ヘリコプター3機を搭載し、火星到着後に展開する。ヘリコプターはカメラと地中貫通レーダーを装備し、将来の有人着陸候補地の偵察と地下水氷の調査を行う。火星到着は打ち上げから約1年後を予定している。
U.S. Department of EnergyがNASAのパートナーとしてミッションに参加する。
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NASA’s ‘1st nuclear powered interplanetary spacecraft’ will send Skyfall helicopters to Mars in 2028
【編集部解説】
今回の発表で最も注目すべき点は、Skyfallヘリコプターよりも、それを運ぶ宇宙船SR-1 Freedomそのものです。NASAの公式文書によれば、米国が宇宙で核分裂炉を飛ばしたのは1965年のSNAP-10Aが唯一であり、しかしそれは地球軌道を出ることなく終わりました。以来60年間——200億ドル超を複数のプログラムに投じながらも——どの国も核推進で地球圏外に出たことはありません。SR-1 Freedomはその60年の空白を埋める試みです。
技術的な仕組みを整理しておきましょう。NEP(核電気推進)は、核分裂炉の熱で電力を生み出し、その電力でキセノンイオンスラスターを動かす方式です。NASASpaceFlight.comの詳細報道によれば、SR-1 Freedomには20キロワット超の核分裂炉が搭載され、燃料は高濃縮低濃縮ウラン(HALEU)、電力変換には閉鎖型ブレイトンサイクルが用いられます。打ち上げから48時間以内に炉が起動し、イオンスラスターが点火するという運用シーケンスになっています。これは1960年代のNERVAエンジン(液体水素を超高温炉心に通して推力を得る核熱推進)とも、Voyagerを長年動かしてきたRTGとも、根本的に異なる技術です。
Skyfallミッション自体にも革新的な要素があります。3機のヘリコプターは火星大気突入中に空中から展開され、ランダーやスカイクレーン無しで自力着陸します。これが「Skyfallマニューバー」と呼ばれる手法で、従来ミッションで最もコスト・リスクが高かった着陸プラットフォームを丸ごと省略します。着陸後は地中貫通レーダーとカメラで地下水氷の分布・深度・規模を調査し、将来の有人着陸候補地を選定するための偵察を行います。
コスト面でも注目すべき点があります。SR-1 FreedomはGatewayの月周回宇宙ステーション向けに開発されていた「Power and Propulsion Element(PPE)」を転用しています。このモジュールはすでに製造・通電試験まで完了しており、一からの開発より大幅なコストと時間の節約になります。NASAが発表したGatewayの一時停止と月面基地建設への方針転換は、単なる計画変更ではなく、既存ハードウェアを最大限活用するための構造的な優先順位の組み替えでもあります。
長期的な視点でこの計画を見ると、SR-1 Freedomは単独ミッションではなく「核宇宙産業基盤の構築」という連続した戦略の第一歩です。NASAの公式資料では、SR-1の後継として2030年に月面着陸を予定するLunar Reactor-1(LR-1)の存在も明示されています。2030年代には炉の出力を数百キロワット、最終的にはメガワット級へとスケールアップし、有人火星ミッションの電力基盤を担わせる構想です。
一方で、慎重に見極めるべき点も残っています。核分裂炉を搭載した宇宙船の打ち上げには、これまでにない規制上・法的な承認プロセスが必要であり、NASAが「規制上・打ち上げ上の先例を設ける」と明言しているように、このミッション自体が前例のない規制環境の形成実験でもあります。また、開発スケジュールは極めて攻撃的で、主要設計・ハードウェア開発を2026年6月から開始し、2028年1月にはシステムを完成させ、10月には射場に搬入するという計画です。打ち上げロケットもまだ確定していません。
太陽光が届きにくい環境——月の永久影のクレーター、火星の砂嵐、外太陽系——での安定電力は、宇宙開発における長年の課題でした。SR-1 Freedomの成否は、それを解決する現実的な道筋が存在するかどうかを、人類が初めて実証する機会になります。
【用語解説】
NEP(核電気推進 / Nuclear Electric Propulsion)
核分裂炉が発生させた熱エネルギーを電力に変換し、その電力でイオンスラスターを駆動して推力を得る推進方式。化学推進に比べて推力は小さいが、燃料効率(比推力)が極めて高く、太陽光の届かない深宇宙でも安定した電力と推力を得られる点が特徴である。
RTG(放射性同位体熱電発電機 / Radioisotope Thermoelectric Generator)
プルトニウム238などの放射性同位体が崩壊する際に発生する熱を、熱電素子で電力に変換する装置。可動部品がなく非常に信頼性が高く、VoyagerやCassiniなど数十年にわたる深宇宙ミッションで使用されてきた。推進には使わず、機器への電源供給のみに用いる。
SNAP-10A
1965年に米国が打ち上げた唯一の宇宙用核分裂炉搭載衛星だ。地球軌道上で43日間運用されたが、電気系統の故障により停止した。これが米国が宇宙で核分裂炉を飛ばした最後の例であり、SR-1 Freedomはそれ以来60年ぶりの試みとなる。
HALEU(高濃縮低濃縮ウラン / High-Assay Low-Enriched Uranium)
濃縮度が5〜20%のウランで、一般的な原子力発電所用の低濃縮ウラン(5%未満)より高濃縮だが、核兵器級(90%以上)には達しない。コンパクトな炉心で高い出力密度を実現できるため、宇宙用核分裂炉の燃料として注目されている。SR-1 Freedomの炉心燃料に採用されている。
閉鎖型ブレイトンサイクル(Closed Brayton Cycle)
炉心の熱で作動流体(ガス)を加熱・膨張させてタービンを回し、電力を生み出す熱機関方式。「閉鎖型」とは作動流体を外部に放出せず循環させることを指す。高効率かつ宇宙環境に適しており、SR-1 Freedomの電力変換システムに採用されている。
Skyfallマニューバー
ヘリコプターを搭載したカプセルが火星大気に突入する最中に、機体を空中から展開・自律着陸させる独自の降下手法。従来ミッションで最もコスト・リスクが高かった着陸プラットフォーム(スカイクレーンなど)を不要とし、コスト削減と複数機同時展開を実現する。
PPE(Power and Propulsion Element)
月周回宇宙ステーションGatewayの中核モジュールとして開発されてきた電力・推進複合モジュール。すでに製造・通電試験が完了した状態で存在しており、Gatewayの一時停止に伴いSR-1 Freedomの惑星間推進システムとして転用・改修されることになった。
Ingenuity
NASAのPerseveranceローバーとともに2021年2月に火星に着陸した超小型ヘリコプター。地球以外の天体で飛行した初のロータークラフトとして歴史的な飛行を実現し、当初5回の飛行を予定した技術実証機でありながら、2021年4月から2024年1月の間に72回の飛行を達成した。Skyfallヘリコプターはこの機体を基にした発展型となる。
【参考リンク】
NASA(米国航空宇宙局)(外部)
SR-1 FreedomとSkyfallミッションの主管機関。米国の宇宙探査・航空研究を担う政府機関でArtemisプログラムを統括する。
JPL(Jet Propulsion Laboratory)(外部)
NASAが管轄するカリフォルニア工科大学附属の宇宙研究所。Skyfallと過去の火星ミッションIngenuityを主導してきた。
U.S. Department of Energy(米国エネルギー省)(外部)
SR-1 Freedomの核分裂炉開発でNASAのパートナーを務める。宇宙用核分裂炉の燃料(HALEU)供給や安全基準策定に関与する。
【参考動画】
【参考記事】
NASA unveils Space Reactor-1 Freedom mission to Mars in 2028(外部)
SR-1 Freedomの技術仕様を詳報。20kW超の核分裂炉、HALEU燃料、PPE転用、LR-1計画など数値情報を多数含む。
America Underway in Space on Nuclear Power(NASA公式PDF)(外部)
NASAが公開した一次資料。SNAP-10A以来60年の核宇宙開発の経緯とSR-1ロードマップ、メガワット級炉への発展計画を記載。
Wild new ‘Skyfall’ Mars mission would drop 6 scout helicopters onto the Red Planet(Space.com)(外部)
2025年7月のSkyfallコンセプト初公開時の記事。当初6機編成だった構想とSkyfallマニューバーの詳細を解説。
Moon base and Mars! NASA makes exciting announcements(EarthSky)(外部)
Skyfallミッション発表とGateway一時停止・月面基地計画を同時に報じた記事。NASAの戦略転換の背景理解に有効。
Nuclear Electric Propulsion: Promise and Persistent Bottlenecks(Space Ambition)(外部)
NEP技術の歴史・仕組み・課題を体系的に解説した専門記事。SNAP-10Aなど過去プログラムの経緯も詳しく整理されている。
【関連記事】
NASAの月面原子炉「核分裂型月面動力システム」が始動。2030年(外部)
NASAが進める月面用核分裂炉計画を解説。SR-1 Freedom後継LR-1と直結する月面電源インフラ構想を詳しく取り上げた記事。
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デスバレーで行われたNASAの火星ドローン実証実験を報告。Skyfallヘリのナビゲーション技術につながる試験内容を解説。
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火星ヘリコプターIngenuityの72回にわたる飛行を振り返る記事。Skyfallヘリコプター開発の原点となった成果をまとめている。
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核融合ロケット「Sunbird」による惑星間移動短縮構想を解説。NEPとは異なる核推進アプローチを比較する視点として有用。
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高性能プラズマ推進で火星まで2か月を目指す技術動向を紹介。NEPが駆動するイオンスラスター理解を深める補完記事として最適。
【編集部後記】
「核推進」という言葉を聞いて、どんなイメージを持ちましたか。SF映画の世界、あるいはどこか危険なもの——そう感じた方もいるかもしれません。でも今、その技術が人類の火星到達に向けた現実の選択肢として動き始めています。
私たちも一緒に、このミッションの行方を見守っていきたいと思っています。あなたはこの挑戦に、何を感じましたか?







































