NTTとJAXAが低軌道衛星MIMO実験開始—世界中のIoTをつなぐ技術、定常運用へ

[更新]2026年4月17日

宇宙から、電波の届かない場所をなくす——そんな構想が、実験室を飛び出し、いよいよ軌道上で動き始めた。NTTとJAXAが進める衛星MIMO実証は、地球上の「つながらない」をゼロにする未来への、静かで確かな第一歩だ。


NTT株式会社とJAXAは、低軌道衛星MIMO技術および衛星センシング技術の軌道上実証実験を開始した。

2025年12月14日12時09分に打ち上げられた革新的衛星技術実証4号機(小型実証衛星4号機)に、低軌道衛星MIMO/IoT伝送装置(LEOMI)を搭載。チェックアウト試験および初期運用フェーズを完了し、定常運用へ移行した。

2026年3月13日に実施した初回のMIMO伝送試験では、2つのアンテナから同一周波数でMIMO伝送し、2局の地上局で受信後に等化処理を行い、信号点が4か所に収束することを確認した。定常運用は2025年度第4四半期から2026年度第4四半期までの約1年間を予定している。

本技術はつくばフォーラム2026(2026年5月27日・28日)に展示予定だ。

From: 文献リンク低軌道衛星MIMO技術と衛星センシング技術の軌道上実証実験開始 | ニュースリリース | NTT

NTT株式会社公式プレスリリースより引用

【編集部解説】

今回のNTTとJAXAの発表は、一見すると「衛星の実験が始まった」という地味なニュースに見えるかもしれません。しかし、この実証が目指しているものの輪郭を丁寧に追うと、地球上の「通信の空白地帯」を根本から塗り替える構想の、重要な一歩であることが見えてきます。

まず技術の核心を整理しましょう。今回実証しているのは「衛星×MIMO×LPWA」という三つの技術の組み合わせです。MIMOとは、送受信の両側に複数のアンテナを配置し、同じ周波数帯で複数のデータ列を同時に伝送する技術で、現在の5G地上通信でも広く使われています。それを低軌道衛星に応用し、地上のIoT端末から出る電波を宇宙でまとめて受信しようというのが今回の試みです。2023年に公表されたNTTの技術目標によれば、2×2 MIMOによってSISO比で伝送容量をピーク時に2倍、平均で1.5倍以上改善することを目指しています。

この技術が特徴的なのは、使用する920MHz帯が「免許不要」の周波数帯であるという点です。LoRaやSigfoxといった既存のLPWA規格がそのまま使える帯域であり、追加のデバイス改修なしに、世界中に普及している無数の安価なIoTセンサーを衛星ネットワークへ接続できる可能性を持ちます。インフラ設備の点検、気象情報、地形変化、海洋観測、災害予測、スマートメーター——これらが地上基地局なしで動作し続けられる世界を想定しています。

少し引いた視点で競合状況を確認しておきましょう。SpaceXのスターリンクやAmazonのProject Kuiperは、高速ブロードバンドの提供を主眼とした大規模コンステレーションです。一方、NTTが今回実証しているのはブロードバンドではなく「超省電力・超広域のIoTセンシング」という異なるレイヤーの技術です。端末の電池寿命が地上IoTと同等の「年単位」になることを検証目標に掲げている点からも、競合というより補完的な関係にあると理解するのが適切です。

打ち上げの文脈にも触れておく必要があります。今回使われた小型実証衛星4号機(RAISE-4)は、日本のロケットではなく、米Rocket Lab社のElectronロケットによって、ニュージーランドのマヒア半島から2025年12月14日に打ち上げられました。イプシロンSを含む国内打ち上げ体制の停滞が続くなか、海外ロケットが選ばれた形です。日本の宇宙技術の実証が日本のロケットに頼れない現状は、技術開発の文脈で押さえておくべき背景です。

リスクや課題についても正直に述べておきます。920MHz帯は地上でも多数の機器が使用する混雑した帯域であり、衛星がその電波を宇宙から受信する際の干渉除去は技術的に非常に難しい処理です。今回の初回伝送試験では信号点の収束が確認されましたが、これはまだ実験の初期段階です。加えて、LEO衛星は地上の特定地点を1回のパスで数分程度しか通過しないため、連続的な通信には多数の衛星が必要となります。現時点ではLEOMIを搭載した衛星は1機であり、商業展開にはコンステレーション化という次のステップが不可欠です。

長期的に見れば、この実証はNTTが掲げる「NTT C89」ブランドおよびスペースコンパス社を核とする宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想の技術的基盤を固める位置づけにあります。技術が確立されれば、海洋観測、山岳地帯の環境モニタリング、災害予測、スマートメーターといった分野で、地上インフラに依存しないグローバルなIoTサービスの実現に向けた道が拓けてきます。今後約1年間の定常運用でどのような結果が出るか——その検証結果こそ、この構想の現実性を問う最初の答えになります。

【用語解説】

LEOMI(レオミ)
低軌道衛星MIMO/IoT伝送装置の略称。今回の実証の中核となる衛星搭載機器で、MIMOによる高速ダウンリンクと、920MHz帯のIoT電波受信機能を一体化した装置。

SISO(Single-Input Single-Output)
1本のアンテナのみで送受信を行う、従来の基本的な無線通信方式。MIMOと比較する際の基準として使われる。

LPWA(Low Power Wide Area)
低消費電力・低ビットレートで広域通信を実現する無線通信方式の総称。IoTセンサーや環境モニタリング機器など、少量のデータを電池で長期間送り続けるデバイスに向いている。代表的な規格にLoRaやSigfoxがある。

RAISE-4
「RApid Innovative payload demonstration SatellitE-4」の略称で、JAXAの革新的衛星技術実証プログラムが開発した小型実証衛星の4号機である。日本の企業・大学・研究機関が手がけた8種類の実証テーマ機器を搭載し、高度約540kmの太陽同期軌道に投入されている。

コンステレーション(衛星コンステレーション)
複数の衛星を組み合わせ、地球全体あるいは特定地域を継続的にカバーするよう設計された衛星群のこと。常時接続型のIoT・通信サービスには多数の衛星の連携が必要となる。

イプシロンS
JAXAが開発した固体燃料ロケット「イプシロン」の改良型。2022年のイプシロン6号機失敗後の見直しや開発上の課題対応が続いている。

【参考リンク】

NTT株式会社 公式サイト(外部)
日本最大の通信事業者グループの持ち株会社。衛星MIMO実証を含む宇宙統合コンピューティング・ネットワーク構想を推進する。

NTT C89(NTTグループ宇宙ビジネスブランド)(外部)
NTTグループが2024年6月に立ち上げた宇宙ビジネスブランドの公式ページ。衛星通信・観測・センシングなどの取り組みを紹介している。

JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙開発を担う国立研究開発法人。革新的衛星技術実証プログラムでNTTの実証テーマを採択し、共同研究を続けている。

Rocket Lab 公式サイト(外部)
米国・ニュージーランドを拠点とする小型衛星打ち上げ企業。今回RAISE-4を搭載したElectronロケットの開発・運用会社だ。

NTT R&D 衛星センシングプラットフォーム 技術解説ページ(外部)
NTT技術ジャーナルによる衛星センシングプラットフォームの技術解説。MIMO技術の仕組みや920MHz帯の原理を図解付きで説明している。

【参考記事】

Satellite IoT Market Size & Share | Industry Report, 2026-2034(外部)
衛星IoT市場の成長予測レポート。2025年市場規模USD 2.4 billion、CAGR 23.2%での成長が予測されている。

Challenges with on-orbit demonstration of satellite sensing platform using LEO satellite MIMO technology | NTT(外部)
NTTの2023年英語公式リリース。2×2 MIMOがSISO比でピーク時2倍・平均1.5倍以上の伝送容量改善を目標と明示している。

Satellite IoT market growth & outlook: 5 key drivers | IoT Analytics(外部)
2024年時点の衛星IoT接続数750万・2030年までCAGR 26%・USD 4.7 billion超成長を予測する調査レポート。

【編集部後記】

今回の記事を通じて、NTTとJAXAが進める衛星MIMO実証の現在地をお伝えしました。「通信の空白地帯をなくす」というテーマは、技術の話であると同時に、離島・山間部・海洋域で暮らし、働く人々の生活に直結する社会課題でもあります。

約1年間の定常運用を経て結果が明らかになる頃、また改めてこのテーマでお伝えできれば幸いです。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。