理化学研究所、新開発の鉛-208ビームでレアメタル新同位元素22種を発見

[更新]2026年5月21日

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金やプラチナ、レアアース——私たちの身の回りにある重い金属は、すべて宇宙のどこかで生まれました。その「製造現場」を解き明かすには、自然界には存在しないはずの不安定な原子核「同位元素」を地上で人工的につくり出し、その性質を調べる必要があります。

今回、理化学研究所と東京大学のチームが、世界最高性能の加速器「RIBF」と新開発の鉛-208ビームを使い、これまで誰も観測したことのないレアメタル領域の新同位元素22種を一気に発見しました。日本の新同位元素発見総数は324種に達し、英国を抜いて世界第3位へ。宇宙の重元素合成という壮大な謎を、日本の研究最前線が一歩、確実に前進させた成果です。


理化学研究所と東京大学などの共同研究グループは、2026年5月19日、レアメタル領域の新同位元素22種を発見したと発表した。仁科加速器科学研究センターの福田直樹技師、道正新一郎チームリーダー、東京大学の北村徳隆助教らが参加した。

世界最高性能の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」と全長78.2メートルの超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」を用い、光速の約70%まで加速した新開発の鉛-208ビームをベリリウム標的に衝突させる入射核破砕反応で実験を行った。セリウム(原子番号58)からレニウム(原子番号75)にわたる範囲で、中性子過剰な17種と陽子過剰な5種、計22種の新原子核を同定した。

日本の新同位元素発見総数は324種類となり、英国を抜き世界第3位となった。成果は『Progress of Theoretical and Experimental Physics』オンライン版に5月14日付で掲載された。

From: 文献リンク新開発の鉛ビームで探る「宇宙の錬金術」の舞台裏 | 理化学研究所

【編集部解説】

今回の理研の成果は、単なる「新原子核の発見」のニュースとして片付けてはいけない、人類史的なマイルストーンです。私たちの身体や身の回りの金属が、どの天体現象で、どのように生まれたのかという根源的な問いに迫る成果として捉える必要があります。

注目すべき第一のポイントは、ビーム選択の「戦略性」です。理研のRIBFはより重いウラン-238ビームも扱えますが、今回はあえて原子番号82の鉛-208を選びました。鉛-208は陽子82個、中性子126個という「二重魔法数」を持つ、自然界で最も安定した重い原子核のひとつです。ウランは衝突時に核分裂を起こしやすいのに対し、鉛は破砕反応を起こしやすい。「重元素生成といえばウラン」という従来の主役構図に、新たな選択肢を加えたわけです。狙う領域に応じてビームを使い分ける「適材適所」の戦略こそが、今回の決定打でした。

第二に、ハフニウムとタンタルで「中性子数が42個も離れた同位元素を同じビームで生成できた」点は技術史的に画期的です。これまで中性子過剰側と陽子過剰側は別々のビームと施設で研究されてきました。一台のマシンで核図表の両端を同時に更新できる効率は、研究のスループットを劇的に変えます。

第三に、この研究が照らす「rプロセス」と「pプロセス」の意義です。金、プラチナ、ウランといった鉄より重い元素の半分は、中性子星合体や超新星爆発で起こるrプロセスで生まれたと考えられています。一方、pプロセス(中性子の少ない安定同位元素の生成経路)はいまだ謎のままです。今回発見されたタングステン-198・199やレニウム-200・201は、中性子の魔法数126のすぐ近くに位置しており、rプロセスがウランへ向かう速度を決定づける「関所」にあたります。

国際的な文脈も押さえておきましょう。米国では2022年5月に科学ユーザー運用を開始したFRIB(Facility for Rare Isotope Beams)、中国では2025年10月に主要ビームのコミッショニングを開始し2026年4月には蓄積リング(SRing)での初実験を完了したHIAF、欧州ではFAIRと、世界中で次世代RI施設の競争が激化しています。そのなかで、最近10年で世界が発見した新同位元素242種のうち174種(7割超)を日本が、しかもすべて理研で発見しているという事実は、日本の科学技術が依然として最前線にあることを示しています。

潜在的なインパクトは基礎科学にとどまりません。重イオン加速器技術は、がん治療のα線核医学(アクチニウム-225など)、宇宙線耐性半導体の試験、新材料開発にも応用されており、レアメタル領域のRI研究は将来的に医療や産業へ波及する可能性があります。

一方で、こうした大型施設の維持には莫大な予算が必要で、研究成果が「人類の知の地平」と「目に見える応用」のあいだでどう評価されるかは、これからの科学政策の論点でもあります。

注目したいのは、最終段落に込められた研究者の言葉です。「RI生成レシピ」こそが宇宙の起源へ歩みを進める道しるべになる、と表現された比喩は、テクノロジーが単なる便利さの追求ではなく、人類が「自分たちはどこから来たのか」を知るための営みであることを思い出させてくれます。あなたの指輪のプラチナも、スマートフォンに使われているレアアースも、かつてどこかの星の最期に生まれたものです。今回の22種の新同位元素は、その壮大な物語の、いままで欠けていた22ピースなのです。

【用語解説】

RIビームファクトリー(RIBF)
理化学研究所が埼玉県和光市で運用する、世界最高性能の重イオン加速器施設である。線形加速器とサイクロトロンを多段に組み合わせ、水素からウランまでの全ての安定原子核を光速の約70%まで加速できる。2007年3月に稼働を開始した。

BigRIPS(超伝導RIビーム分離生成装置)
RIBFに設置された全長78.2メートルの装置で、加速器から供給された重イオンを標的に衝突させて生まれる多種多様な放射性同位元素の中から、目的の核種だけを選び出す。大口径・高磁場の超伝導電磁石を用い、2段階の飛行分離方式で核種同定を行う。

入射核破砕反応
高速に加速された原子核が標的に衝突した際に、原子核が砕けて複数の破片が前方に放出される反応である。今回の鉛ビームのように比較的軽い領域のRI生成に適している。一方、ウラン-238のような重い原子核では、二つに分かれる「核分裂反応」が起きやすい。

鉛-208(208Pb)
陽子82個と中性子126個を持つ、自然界で最も重い安定な原子核のひとつ。陽子数・中性子数ともに「魔法数」に一致する「二重魔法数」核として知られ、極めて安定な性質を持つ。

魔法数
原子核を構成する陽子や中性子の数が特定の値(2、8、20、28、50、82、126)のときに、原子核が特に安定になる現象。元素の電子配置における希ガスのような役割を、原子核内部の核子配置で果たす。

核図表
縦軸に陽子数、横軸に中性子数を取り、すべての原子核を1マスずつ並べた「原子核の地図」である。安定同位元素から放射性同位元素、未発見の核種までを俯瞰でき、原子核物理学の研究地図として用いられる。

ドリップライン
原子核として束縛して存在できる陽子数・中性子数の限界線。これを超えると陽子や中性子が原子核から「滴り落ちる」ように放出されてしまうため、ドリップライン(drip line)と呼ばれる。

rプロセス(rapid neutron-capture process)
鉄より重い元素の約半分を生成すると考えられる元素合成過程。中性子星合体や超新星爆発といった爆発的な天体現象で、原子核が短時間に大量の中性子を捕獲してウランまでの重元素を一気に作り上げる。金やプラチナの起源とされる。

pプロセス
地球上に存在する「中性子の少ない安定同位元素(p核)」を生み出したと考えられる合成過程。rプロセスでは説明できないp核の起源を担う経路だが、その詳細は未解明である。

Progress of Theoretical and Experimental Physics(PTEP)
日本物理学会が編集し、英オックスフォード大学出版局が発行する査読付き国際学術誌である。本研究の論文も同誌オンライン版に掲載された。

FRIB(Facility for Rare Isotope Beams)
米ミシガン州立大学が運用する希少同位元素ビーム施設で、米エネルギー省(DOE)が支援する。2022年5月に科学ユーザー運用を開始し、RIBFと並ぶ世界最先端のRI研究拠点である。

HIAF(High Intensity heavy-ion Accelerator Facility)
中国広東省恵州市に建設された次世代の高強度重イオン加速器施設である。中国科学院近代物理研究所(IMP)が主導し、2018年12月に建設を開始、2025年10月に主要ビームのコミッショニングを開始、2026年4月には蓄積リング(SRing)での初実験が完了した。完成後はパルス重イオンビームの強度で世界最高水準を目指す。

【参考リンク】

理化学研究所 公式サイト(外部)
日本最大級の自然科学総合研究機関。物理学・化学・生物学・医科学など幅広い基礎研究を推進。

仁科加速器科学研究センター(外部)
RIBFを擁する理研の研究拠点。原子核物理と宇宙の元素合成研究を推進する公式ページ。

RIビームファクトリー 公式サイト(外部)
RIBFの設備、研究成果、VR見学、学習資料などを掲載する公式情報ポータル。

東京大学 大学院理学系研究科・理学部(外部)
本研究に参加した北村助教、鈴木准教授、今井准教授らが所属する研究組織の公式サイト。

Progress of Theoretical and Experimental Physics(外部)
本研究の原論文が掲載された日本物理学会編集の査読付き国際学術誌の公式ページ。

Facility for Rare Isotope Beams(FRIB)(外部)
米ミシガン州立大学が運用するRI研究施設の公式サイト。RIBFと並ぶ世界最先端拠点。

High Intensity heavy-ion Accelerator Facility(HIAF)(外部)
中国科学院近代物理研究所が運用するHIAFの英語版公式サイト。次世代RI研究施設。

【参考記事】

Seven New Pieces of the Nuclear Landscape Puzzle Uncovered Near Cerium-159(JPS Hot Topics)(外部)
RIBFでウラン-238ビームと核分裂反応により希土類領域の中性子過剰核7種を発見した解説記事。

Expanding the Isotopic Frontier: Seven New Neutron-Rich Rare-Earth Isotopes Observed at RIKEN RI Beam Factory(外部)
345 MeV/nucleonのウラン-238ビームで7核種を発見した先行研究の論文。本研究との比較に有用。

China’s High-Intensity Heavy-Ion Accelerator Facility Completes Beam Commissioning(IMP公式)(外部)
中国HIAFが2025年10月にビームコミッショニングを完了したことを伝える中国科学院近代物理研究所の公式発表。

First Commissioning Experiment Completed at HIAF-SRing(IMP公式)(外部)
HIAFの蓄積リング(SRing)で2026年4月に初コミッショニング実験が完了したことを伝える公式発表。

The Facility for Rare Isotope Beams after One Year of Operation(米エネルギー省)(外部)
2022年5月の科学ユーザー運用開始から1年経過時点でのFRIBの状況を伝える米DOEの公式記事。

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【編集部後記】

ふと自分の手元を見てください。スマートフォンに使われているレアアース、結婚指輪のプラチナ、もしかすると金歯まで——これらはすべて、はるか昔の星の最期や中性子星の衝突で生まれた「宇宙の置き土産」です。今回の22種の新同位元素は、その壮大な物語の欠けたピースを埋める発見でした。

あなたが日常で当たり前に触れている金属の「ふるさと」が、宇宙のどこにあるのか想像してみると、世界の見え方が少し変わるかもしれません。innovaTopiaでも、こうした「ルーツを問うテクノロジー」を引き続き追いかけていきます。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。