「IPv8」草案現わる|エイプリルフールではない!ASN×IPv4という発想、問い直されるインターネットの思想

[更新]2026年4月17日

2026年4月14日、「IPv8」標準化を目指すInternet Draft (I-D)「draft-thain-ipv8-00」がインターネット標準(RFC)を策定する機関であるIETFで個人ドラフトとして公開された。翌4月15日、修正版である「draft-thain-ipv8-01」として更新された。この記事ではこの修正版(01)を元に何が起きているのか解説する。

この草案は、4月上旬の公開であったため、「IPv8」という仰それた名前も絡み、多くの人がエイプリルフールのジョークRFCと勘違いしたが、実際には著者は本気のプロトコルとして考えているようだ。

IPv8というバージョンは、過去に草案が出されたものの、歴史的 (historic) なものとして放棄されたため、現在予約されている番号である。本草案の著者である、James Thain は、このバージョン番号を再利用している。

From: 文献リンクInternet Protocol Version 8 (IPv8) – draft-thain-ipv8-01

背景──I-Dとは何か

そもそも、IETFはオープンな、誰でも参加できる機関です。インターネットの新しい標準を作る野心があれば、誰でも標準の草案である、Internet-Draft (I-D)を送付できます。

現在のIPv8草案(draft-thain-ipv8-01)は現在、「individual」(個人)レベルの草案です。つまり、ワーキンググループでの充分な審議を経ているわけではなく、IETFに承認されたものでもなければ、ワーキンググループでの実際の策定へと採択されたわけでもありません

賢い選択──AS番号とIPv4を組み合わせてアドレスにする

この草案のコアは、AS番号(インターネットを構成する独立したネットワークのひとつひとつであるAS=自律システムに割り当てられた番号)とIPv4アドレスを組み合わせてアドレスにするという点です。AS番号(ASN)はすでに各ネットワーク組織(プロバイダなど)に割り当てられているため、各組織が約42億個のIPv4アドレス全体をそれぞれ使えることになります。このアドレスシステムにおいては、32ビット/4バイトASNと、同じく32ビット/4バイトのIPv4アドレスを組み合わせるので、合わせて64ビット/8バイトのアドレスになります。

具体的には、例えば、「AS63806」というASNと「192.0.2.1」というIPv4アドレスを組み合わせて、「63806.192.0.2.1」などと表記します。IPv6に比べて短く読みやすく、AS番号が見てすぐ分かるという長所があるとされています。

また、この草案では、予約されているASNであるAS0をIPv4との互換用に使用しています。0.192.0.2.1は単に従来のIPv4アドレス「192.0.2.1」を意味します。

この「アドレスの互換性」が実際にどれだけ役に立つかどうかは、今後の規格の策定と実装次第ですが、「8to4」移行メカニズムと合わせ、仕組みとしては面白いかもしれません。

問題があるとすると、ドメイン名と生のIPアドレスの識別アルゴリズムを変えないといけないことかもしれません。これは、新しいIPバージョンを作る以上しかたのないことかもしれませんが、例えば「63806.192.0.2.1」のようにドット「.」が4つ以上あるホスト名は従来IPアドレスではないとしてドメイン名として認識してきました。IPv8が実装されれば、このロジックが変更を迫られることになり、移行は容易ではありません。

問われるインターネットの思想──レイヤー結合の問題

従来、インターネットにおけるプロトコルは、下位から上位へのプロトコルのレイヤー(層)ごとに役割を分担し、各レイヤーをシンプルに保つことを重要指針としてきました。これには歴史に試されてきた理由があります。

  • 各レイヤーがシンプルで、独立に実装できるものであれば、簡単にプログラムやハードウェアとして実用化することができる。
  • レイヤーごとに厳密に役割を分担することで、将来の拡張や変更が容易になる。

ところが、今回提唱された「IPv8」は、インターネット・プロトコルにさまざまなリッチな機能を詰め込もうとしています。これは、従来の原則からするとかなり野心的な取り組みです。

例えば、インターネット・プロトコルが、VLAN(仮想LAN、LANを分割する技術)やJWTに基づいた認証を仕様として要求するのは前代未聞です。他にも、時刻同期(NTP)やログの記録など、様々なことをこの仕様草案は要求しています。

問題となるのは、複数の関心の異なるレイヤーを混ぜこぜにしていることです。これでは、このまま実装するのが難しい面が否定できないでしょう。

ただし、QUIC+HTTP/3などで見られるように、複数のレイヤーを結合することは、適切な理由があれば、常に否定されるものではありません。今回の草案も、議論を経て成熟していく可能性があります。

【用語解説】

  • プロトコル
    ITにおいては、IT技術が動く仕組みを定めた約束のこと。共通のプロトコルを使用することで相互運用が可能になる。IPはインターネット・プロトコルの略で、インターネットの基本となるプロトコル。
  • IPv4
    IPv6が広く運用されるようになるまで、事実上インターネットの唯一の選択肢だった、インターネット・プロトコルのバージョン4のこと。IPv6(バージョン6)への移行が進められているが、IPv6はIPv4と全く異なるプロトコルであるため、完全にIPv4が代替されるには至っていない。今回のIPv8は、IPv4ベースのプロトコルであることで、この互換性の提供を目指す。
  • IETF (Internet Engineering Task Force)
    1986年に設立された、インターネットの標準化を行うための組織。オープンである点に特徴があり、誰でも標準の草案を送付し、活動に参加することができる。RFCと呼ばれる形式の標準を策定している。

【参考リンク】

【編集部後記】

IPv8が現われたと聞くと、従来のIPv4/IPv6がなくなってしまうのかとか、もう決まったことなのかと思ってしまいがちです。実際にはこの「IPv8」は個人レベルで送付されたばかりの草案です。もし仮に標準化されるとしても、まだまだ多くの人の手を経た磨き上げが必要な段階です。そもそも標準化されると決まったわけでもありません。この「01」版のままでは、技術的・技術思想な理由もあり、直ちに実装することは難しいでしょう。標準となるまでも長い道程ですし、標準化されても、実際に広く運用されるまで時間がかかることは、IPv6の移行が物語っています。

IETFはオープンなので、誰でも、この新しい草案について意見を述べることができます。私たちに必要なのは、新しい技術に対する慎重な視線と、ひとりひとりがインターネットづくりに関われるのだという当事者意識ではないでしょうか。

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森 祐佳 Solutions Engineer
一般社団法人生活情報基盤研究機構代表理事。とある会社でソリューションエンジニアの仕事をしています。 テクノロジーと人間の精神の関係を、哲学と実装の両面から探求してきました。 ITエンジニアとしてシステム開発やAI技術に携わる一方で、心の哲学や宇宙論の哲学、倫理学を背景に、テクノロジーが社会や人の意識に与える影響を考察しています。 AIや情報技術がもたらす新しい価値観や課題を、精神医学や公衆衛生の視点も交えながら分析し、「技術が人の幸福や生き方をどう変えるのか」という問いに向き合うことを大切にしています。 このメディアでは、AIやテックの最前線を紹介するだけでなく、その背後にある哲学的・社会的な意味を掘り下げ、みなさんと一緒に「技術と人間の未来」を模索していきたいと思います。