チェコ・ブルノ工科大学(CEITEC)のマルティン・プメラ氏らの研究チームは、磁場で制御できるMOF由来の磁気マイクロロボットを用いて、水中のナノプラスチックを能動的に捕集する技術を開発し、学術誌『Environmental Science: Nano』に2026年4月7日付で発表した。Scienceは同年4月17日、この研究を紹介している。
このマイクロロボットは、鉄ベースの金属有機構造体(MOF)を炭化して作製した六角形の棒状構造体で、平均サイズは約13マイクロメートル。炭化によって多孔質な炭素骨格と磁性をあわせ持ち、外部の回転磁場で移動・制御できる。ナノプラスチックの除去は、表面での吸着と磁場駆動による能動的な捕集を組み合わせた仕組みで、蒸留水中の実験では60分で約78%を除去し、静止状態より約60%高い効率を示した。
一方で、模擬海水や模擬地下水のようなイオンを含む条件では除去効率が大きく低下し、再利用に伴って性能も落ちることが報告されている。移動速度は平均で毎秒約28マイクロメートルとされ、現時点では広域の海洋浄化よりも、上水・超純水・製造ライン・閉鎖循環系など限定環境での応用が現実的とみられる。Scienceによれば、研究チームは水処理企業との協議も進めている。
From: Magnetic robots could help remove dangerous nanoplastics from water
【編集部解説】
今回の研究のポイントは、「ナノプラスチックを吸着できる材料」そのものよりも、微小ロボットを使って粒子を能動的に回収するというアプローチにあります。従来の水処理は、フィルターや凝集剤などによって粒子が偶然接触することを前提とした受動的な仕組みが中心でした。それに対し本研究では、磁場で動くマイクロロボットが水中を移動し、粒子を探して捕集するという“能動型”の回収を実現しています。
このロボットは、金属有機構造体(MOF)を炭化して得られる多孔質な炭素構造と磁性を併せ持ち、外部磁場によって制御できます。材料としての吸着能力と、ロボットとしての移動能力を組み合わせることで、単なる吸着材よりも高い回収効率を引き出している点が技術的な特徴です。実験では蒸留水中で約78%のナノプラスチックを60分で除去し、静止状態よりも高い効率が確認されています。
一方で、この結果はあくまで条件を制御した実験環境でのものであり、実用化に向けた課題も明確です。塩類や多様な溶質を含む模擬海水・模擬地下水では効率が大きく低下しており、現実の水環境で同様の性能を発揮するには、さらなる改良が必要になります。また、移動速度や磁場の作用範囲といった物理的制約を考えると、現時点で広大な海洋を直接浄化する用途には適していないとみるべきでしょう。
こうした制約を踏まえると、当面の応用先は、閉じた水循環系に限定される可能性が高いと考えられます。例えば、上水処理の最終段階、製造プロセスにおける超純水管理、あるいは医薬・半導体分野のように水質管理が厳密に求められる環境での利用が現実的です。外部から磁場で回収できるという特性も、こうした閉鎖系では大きな利点になります。
ナノプラスチックの健康影響については近年研究が進み、人体試料からの検出例や、生体への影響を示唆する報告も増えています。ただし、ヒトにおける影響の程度や因果関係については、依然として不確実な点が多く、評価は確定していません。そのため、本研究は「健康リスクの解決策」として直接評価するよりも、「環境中の微小粒子を回収する新しい技術の一例」として位置づけるのが適切です。
総じて、本研究は水中のナノスケール汚染に対してロボティクスを適用する試みとして重要な一歩ではありますが、現時点では概念実証の段階にあります。実用化には、複雑な水質条件への適応、回収効率の安定化、コストやスケールの問題など、複数の課題を乗り越える必要があります。完成された解決策というよりは、今後の水処理技術の方向性を示す研究として捉えるのが妥当です。
【用語解説】
ナノプラスチック
大きさが1,000ナノメートル(1マイクロメートル)未満のプラスチック粒子のこと。マイクロプラスチック(5mm以下)がさらに断片化して生じる。通常のフィルターを通過し、細胞膜や血液脳関門さえ越え得るため、健康影響が懸念されている。
金属有機構造体(MOF:Metal-Organic Framework)
金属イオンと有機分子が規則正しく結合した多孔質材料のこと。内部表面積が極めて大きく、単位重量当たりの吸着能力に優れる。気体貯蔵、触媒、分離膜、薬物送達など応用範囲が広い次世代材料だ。
炭化(カーボナイゼーション)
有機物を酸素を絶った状態で高温加熱し、炭素を主成分とする構造体へと変換する処理のこと。本研究では、この過程で鉄成分が磁性化合物へ再配列し、同時にMOFが超多孔質な炭素骨格へと変化する。
吸着(adsorption)
液体や気体に含まれる物質が、固体表面に付着する現象のこと。溶け込む「吸収(absorption)」とは区別される。表面積が大きいほど吸着量は増える。
静電気的引力
電荷を帯びた物体どうしに働く引き合う力のこと。ナノプラスチックは表面が帯電していることが多く、反対電荷を持つ表面に引き寄せられる。風船を髪にこすりつけた時に髪が吸い寄せられる現象と同じ原理である。
アクティブマター
外部エネルギーを取り込んで自発的に運動する物質や粒子の集合のこと。受動的に漂う粒子とは異なり、能動的に環境へ働きかける点が特徴だ。
バイオフィルム
微生物が固体表面に付着し、自ら分泌する粘液状物質の中で集団を形成したもののこと。通常の殺菌処理に耐性を示し、配管やフィルターの目詰まりを引き起こす。宇宙ステーションの水処理系でも長年の課題となっている。
【参考リンク】
Science誌(AAAS)(外部)
米国科学振興協会が発行する学術誌および科学ニュースサイト。査読論文とサイエンス報道の両輪で運営される。
Environmental Science: Nano(Royal Society of Chemistry)(外部)
英国王立化学会が刊行する査読付き学術誌。ナノ材料と環境科学の交差領域を扱い、原論文が掲載された媒体である。
The Nanorobots Research Center(外部)
マルティン・プメラ氏が率いるマイクロ・ナノロボット研究拠点の公式サイト。発表論文や研究テーマを時系列で公開。
Brno University of Technology(ブルノ工科大学)(外部)
チェコ・ブルノに所在する工科大学。プメラ氏が所属するCEITECのホスト機関であり、材料科学と先端工学に強みを持つ。
Polytechnique Montréal(モントリオール工科大学)(外部)
カナダ・ケベック州モントリオールに所在する工学系大学。本記事でコメントを寄せたシルヴァン・マルテル氏の所属機関だ。
NASA International Space Station(外部)
NASAによるISSの公式情報ページ。生命維持システム(ECLSS)や水再生システムに関する技術資料も公開されている。
【参考記事】
MOF-derived magnetic microrobots for the active capture of nanoplastics(外部)
プメラ氏らによる原論文。鉄系MOF由来の磁気マイクロロボットによるナノプラスチック能動捕獲の実験データと機構解析を収録している。
Microplastic and nanoplastic pollution and associated potential disease risks(外部)
The Lancet Planetary Healthのレビュー論文。MNP曝露が多系統の疾患リスクを高める可能性を体系的に整理している。
The bioaccumulation and carcinogenic potential of micro- and nanoplastics in humans(外部)
ヒト臓器でのMNP蓄積事例を横断的にレビューした論文。サイズ区分と発がん経路の可能性を整理している。
How to prevent biofilms in space(MIT News)(外部)
ISS船内でのバイオフィルム実験の報道。水処理施設などを脅かしてきた歴史と抑制実証を伝えている。
Biofilm contamination in confined space stations(Frontiers in Materials)(外部)
ISSの水再生システムと環境制御・生命維持システムにおけるバイオフィルム汚染の現状と除去戦略を論じた総説である。
The Nanorobots Research Center – Publications(外部)
プメラ氏研究室の論文リスト。光触媒型、バイオハイブリッド型、液体金属型など研究系譜の確認に用いた。
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【編集部後記】
目に見えないナノプラスチックが、水道をすり抜け、私たちの体の奥にまで届いているという現実を、みなさんはどう受け止められたでしょうか。今回の磁気ロボットは、完成形ではなく「戦いの始まり」だと編集部は捉えています。
入口を塞ぐ(プラを減らす)側と、出口を塞ぐ(回収する)側、どちらか一方では追いつかないこの課題に、あなたの暮らしや仕事の現場からどんな視点を持ち寄れそうでしょうか。半導体、製薬、食品、宇宙――閉じた水の循環を扱う領域に関わっている方は、ぜひ感想や気づきを聞かせてください。











