期待の筆頭は「病気の治療」、最大の恐れは「失業」、そしてAI企業への信頼はたった15%——。AIを開発するAnthropic自身が米国民5万人超に問いかけた調査から、AIをめぐる市民の本音が浮かび上がりました。党派や地域を超えて人々が一致したのは、「恩恵は欲しい、でも企業に任せきりにはしたくない」という、期待と警戒が入り混じった眼差しでした。
Anthropicは2026年6月12日、AIに対する世論調査シリーズ「Anthropic Public Record」第1回の結果を公開した。調査は2025年11月から12月にYouGov経由で米国人5万1993人を対象に実施された。
AIへの期待では病気の治療が48%で最多、障害のある人々への支援が36%で続いた。恐れでは雇用の喪失が64%で全州において最多となり、認知的依存が56%、誤情報が52%と続いた。政府の関与を支持する声は71%で、民主党支持者79%、共和党支持者68%、無党派層69%だった。
AIを人類の利益にかなう形にする行動としては、AI企業に法的責任を負わせることが47%、成長より安全性を優先することが44%だった。AI企業の判断を信頼すると答えたのは15%で、調査対象の機関のうち最も低かった。
From:
Results from the first Anthropic Public Record
【編集部解説】
今回の調査でまず押さえておきたいのは、これがAI企業自身による「自社を含む業界への不信」の可視化だという点です。AIをどう開発・利用するかの判断をAI企業に委ねて信頼すると答えた人はわずか15%で、州・地方政府や連邦政府、国際機関すら下回りました。その数字を、ほかならぬAI企業であるAnthropicが公表しているわけです。
この構図は、タイミングを知るといっそう際立ちます。Anthropicは2026年6月1日にIPO(新規株式公開)に向けた書類を米国証券取引委員会へ秘密裏に提出しており、評価額は1兆ドル近くに達するとされています。上場を控えた企業が、「市民は業界を信頼していない」というデータを自ら差し出す——この自己言及的な姿勢こそ、今回の発表の核心だと私たちは見ています。
内容面で読者の方に補足したいのが、「ミスアライメント」と「悪用」の区別です。前者はAIが人間の意図からずれて動く問題、後者は人間がAIを悪い目的に使う問題を指します。調査では、米国人はAIの「暴走」よりも、犯罪利用・監視・テロといった人間側の悪用を強く恐れていました。技術そのものより、それを握る人間への警戒が勝っているのです。
恐れの上位がいずれも「AI以前から存在した不安」だった点も示唆的です。自動化による失業、スマートフォンによる依存、ソーシャルメディアによる誤情報——AIは新しい恐怖を生んだというより、既存の不安を増幅する装置として受け止められている、と読み解けます。
雇用喪失をめぐっては、一見すると逆説的な結果が出ています。AIを最も使わない層ほど失業を恐れ(70%)、毎日使う層ほど恐れが小さい(54%)。学歴が高い人ほど不安が強いという結果と合わせると、「自分の仕事がAIと重なる領域にある」という実感の有無が、恐怖の温度差を生んでいると考えられます。
2番目の恐れである「認知的依存」については、興味深い注釈が付きます。心配している人の多くは、実際にはAIが消えても大きな支障を感じない一方、心配していない人のほうが依存度は高い。つまり現時点では、依存は「すでに起きた現実」というより「これから起きるかもしれない予感」として語られている、というのが調査の見立てです。
なお、海外メディアの中には期待の項目で「障害者支援と技術進歩がともに約23%」と報じた記事も見られましたが、原文では障害のある人々への支援は36%、技術的進歩と生活の利便化が同率23%です。二次情報の数字には差異があるため、本稿は原典の数値に統一しています。
政策面のインパクトは小さくありません。政府関与への支持は71%と超党派にわたり、市民が業界に最も求めたのは「AI企業に法的責任を負わせること(47%)」でした。これは「自主規制では足りない、制度として縛れ」という民意であり、各国の立法論議に追い風となる可能性があります。
長期的に注目したいのが「統合的ユーザー」の存在です。仕事と私生活の両方で毎日AIを使うこの約6%の人々は、若年・男性・都市部・大卒に偏り、新技術を早く取り入れる層と重なります。彼らは恐れが小さく企業への信頼も高い一方、政府の関与を求める姿勢は一般層とほぼ変わりませんでした。普及の最前線にいる人々ですら「監督は必要」と考えている事実は、規制を「普及の足かせ」とみなす見方への反証になりえます。
ここで一点、留保も添えておきます。本調査は対象が米国に限られ、Anthropicという当事者企業が設計・公表したものです。同社は今後、米国外への拡大を計画していますが、設問の枠組みや解釈には主体の視点が織り込まれている可能性を、読者の皆さんには頭の片隅に置いていただければと思います。
それでも、AIへの世論をこれだけの規模で測り、ベースラインとして公開した意義は大きいでしょう。期待と恐れ、そして「説明責任を果たしてほしい」という要請が同居する——この複雑な民意の地図は、技術の進む先を企業だけに委ねないための、貴重な出発点になるはずです。
【用語解説】
Anthropic Public Record
Anthropicが新たに開始したAI世論調査シリーズ。一般市民を対象に、AIへの期待・恐れ・規制への態度などを定期的に測定し、基準値(ベースライン)として記録するもの。第1回は米国民約5万2000人が対象。
統合的ユーザー(integrated users)
仕事と私生活の両方で1日1回以上AIを使う人々を指す本調査の独自区分。2025年後半時点で米国人の約6%。若年・男性・都市部・大卒に偏り、新技術を早く取り入れる層と重なる。
YouGov
英国発の国際的な世論調査・市場調査会社。本調査の実地調査(フィールドワーク)を担当し、自社のオンラインパネルから回答を収集した。
誤差(margin of error)
標本調査の結果が母集団の真の値からどれだけずれうるかを示す範囲。本調査の全国誤差は95%信頼水準で±0.6ポイント、州レベルでは±2.6〜±9.1ポイント。
Advanced AI Framework / Economic Policy Framework
Anthropicが提案する政策フレームワーク。前者はフロンティアモデルへの独立した安全性テストの義務化や透明性要件などを、後者はAIの経済的影響に政府がどう備えるかを示す。
【参考リンク】
Anthropic(公式サイト)(外部)
Claudeを開発するAI企業の公式サイト。安全性を重視した開発方針やリサーチ、政策提言を公開している。
Anthropic Economic Index(外部)
匿名化したClaudeの利用データから、AIが労働市場や経済に与える影響を継続的に追跡するページ。
What 81,000 people want from AI(外部)
159カ国・約8万人を対象に、AIへの期待と恐れを聞いた大規模な定性調査の結果ページ。
Introducing Anthropic Interviewer(外部)
大規模インタビューを自動で実施するAIツールの紹介ページ。設計思想と初期テスト結果を解説。
Claude(製品サイト)(外部)
Anthropicが提供するAIアシスタント「Claude」の利用ページ。各種関連リサーチの基盤にもなっている。
【参考記事】
Americans Fear Job Losses Due to AI But Hope for Cancer, Alzheimer’s Cures(Decrypt)(外部)
雇用喪失への恐れ64%が全州・全党派で首位、AI企業への信頼15%とIPO申請直後という文脈を整理した記事。
Survey: Americans Fear AI Job Losses, Hope for Cures(GNcrypto)(外部)
64%が失業を恐れ約半数が病気治療を期待、調査の定期化と米国外拡大計画にも触れた報道。
Anthropic files to go public(TechCrunch)(外部)
2026年6月1日のIPO書類提出と評価額1兆ドル近接、OpenAIとの上場競争を伝えた記事。
Anthropic files to go public in a potentially trillion-dollar debut(CNN Business)(外部)
650億ドル調達で評価額9650億ドルへ達しOpenAIを上回った点や、AIバブル懸念に言及。
Anthropic Survey: 50,000 Americans Agree on AI(Digital Phablet)(外部)
信頼15%や治療期待48%を報じる一方、期待2位の数値が原典と異なる二次情報差の確認に使用。
【関連記事】
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【編集部後記】
今回のニュースで印象的だったのは、AIを毎日使う人ほど不安が小さいという結果でした。とはいえ「使えば安心」と言い切れるほど単純な話でもなさそうです。みなさんはAIに、何を期待し、何を恐れているでしょうか。
「病気が治る未来」への希望でしょうか、それとも「自分で考えなくなる」予感への戸惑いでしょうか。私たち編集部も、答えを持っているわけではありません。だからこそ、この調査結果をきっかけに、ご自身の感覚を少しだけ言葉にしてみていただけたら嬉しいです。












