AIが産業や雇用をどう変えているのか。日本ではその問いに答えるデータが、これまで存在しませんでした。東大松尾研・PKSHA・Anthropicが構築を目指す「Japan AI Index」は、感覚ではなくデータで議論するための基盤を作ろうとしています。何を、どう測ろうとしているのでしょうか。
2026年6月4日、東京大学松尾・岩澤研究室、株式会社PKSHA Technology、および米国Anthropicの3者は、日本における生成AIの社会的インパクトを継続的に観測・分析する基盤「Japan AI Index」(2026年6月時点仮称)の構築に向けて協業すると発表した。
Japan AI Indexは、匿名化されたClaudeの利用統計データ(Anthropic Economic Indexを含む)と、日本国内の経済活動・雇用・教育に関する公的統計データを統合することで、AIが各産業・職種に与える影響を業界・職種・タスク単位で可視化する。松尾研究室が中立的な分析設計を主導し、AnthropicがClaudeの利用統計を提供、PKSHAが産業界のAI実装知見を担う役割分担となっている。
分析結果はダッシュボードと年次レポートの形で公開される予定で、2026年度秋に初回レポートの公開を目指す。すでに公開されているAnthropicのデータによると、最もAI導入が進む「コンピューター・数学」分野でも、日本の利用度は米国比40%にとどまっている。
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東大松尾研・PKSHA・Anthropic、AIが雇用・産業・経済・教育に与える影響を可視化する「Japan AI Index」を構築へ
アイキャッチ画像は公式ニュースページから引用
【編集部解説】
AIが雇用や産業にどんな影響を与えているのか。日本では今、その問いに答えるためのデータが存在しません。
感覚や印象に頼った議論は各所で活発です。「AIで仕事が奪われる」「生産性が上がる」「日本は出遅れている」。どれも繰り返し語られていますが、「日本の、どの産業で、どの職種に、どの程度AIが浸透しているか」を職種・タスク単位で継続的に把握できるデータ基盤は、国内にいまだ存在していません。Japan AI Indexはこの空白を埋めることを目的としています。
米国ではすでに何が分かっているか
比較として参照すべきなのが、Anthropicが継続的に公開している「Anthropic Economic Index」です。これは匿名化されたClaudeの利用データを、米国の職業別データと照合することで、AIが実際にどの職種・タスクで使われているかを定点観測するものです。2026年2月時点のデータでは、コーディングが依然として最も多い用途で、Claudeの会話の35%がコンピューター・数学系の職種に関連したタスクでした。また、利用経験が6ヶ月以上のユーザーは、利用開始から間もないユーザーと比べて会話の成功率が10%高いという「学習曲線」の存在も示されています。
こうした分析は、経営判断や政策立案に使える具体的な根拠を提供しています。日本にはこれに相当するものがありません。
なぜ日本固有の観測基盤が必要なのか
米国のデータを日本にそのまま当てはめることには限界があります。製造業の比重、正規・非正規の雇用構造、中小企業の割合など、日本の産業・雇用の構造は米国と大きく異なるからです。元記事に掲載されているAnthropicのデータを見ると、最もAI導入が進む「コンピューター・数学」分野ですら、日本の利用度は米国比40%にとどまっています。ただしこの数値は現時点でのClaudeの利用統計に基づくものであり、日本のAI利用全体を代表するものではない点には留意が必要です。

Japan AI IndexはAnthropicのClaudeの利用統計を基礎データとし、日本国内の雇用・産業の公的統計(Japan O*NETなどの職業データ、就業者数データ等)と組み合わせて分析します。これにより、「日本の製造業でAIはどのタスクに浸透しているか」「AIの活用と賃金や生産性の変化はどう対応しているか」といった問いに、日本固有のデータで答えられるようになることを目指しています。
3者の役割分担が持つ意味
この観測基盤を大学・AI企業・産業実装企業の3者で構築しようとしている点には理由があります。
東京大学松尾研究室が分析設計の中立性を担保することで、特定企業や政府の意図に左右されない学術的な信頼性を確保します。AnthropicがClaudeの利用統計を提供することで、「実際に何のタスクにAIが使われているか」という実態データの核心が得られます。PKSHAが産業界の実装知見を持ち込むことで、分析が現場の実情とかけ離れたものになるのを防ぐ役割を果たします。
なお、現状では基礎データがClaudeの利用統計に限られているという制約があります。元記事でも「参画企業の募集」に言及されており、他のAIモデルのデータを加えることが今後の課題となっています。
「事実で議論する」ための基盤
日本政府は2025年12月に「人工知能基本計画」を閣議決定し、「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指す方針を明示しました。政策の方向性は示されましたが、実際にAIが社会にどう浸透しているかを測る客観的な基盤はまだありません。
Japan AI Indexが目指しているのは、感覚や推測ではなく、データに基づいた議論の土台を作ることです。初回レポートの公開は2026年秋を予定しており、どのような分析が示されるかは現時点では分かりません。ただ、「何が変わっているのか」を継続的に測定し続ける観測基盤の存在自体が、これまで日本に欠けていたものです。
【用語解説】
Japan O*NET
厚生労働省が整備する日本版の職業情報データベース。米国のO*NET(職業情報ネットワーク)に相当し、職種ごとの業務内容・必要スキル・労働条件などを体系的に整理している。Japan AI Indexでは、AIの利用統計とこの職業データを照合することで、日本固有の産業・雇用構造に基づく分析を行う。
【参考リンク】
Anthropic Economic Index(外部)
Anthropicが公開する、Claudeの匿名利用データをもとにAIの経済・雇用への影響を継続的に分析する観測基盤。ダッシュボード形式で職種・地域別のデータを参照できる。Japan AI Indexの基礎データとして活用される予定。
東京大学 松尾・岩澤研究室(松尾研)(外部)
ディープラーニング・大規模言語モデル・世界モデル・ロボティクス研究を中心に推進する東京大学の研究室。Japan AI Indexでは中立的な分析設計を主導する。
株式会社PKSHA Technology(外部)
AIアルゴリズムおよびAI SaaSを金融・製造・教育などの業界向けに展開する東証プライム上場企業。Japan AI Indexでは産業界のAI実装知見を提供する役割を担う。
【参考記事】
Anthropic Economic Index report: Learning curves|Anthropic(外部)
2026年2月のClaudeの利用データを分析した最新レポート(2026年3月公開)。コーディングが依然として最多用途で、利用経験の長いユーザーほど高難度タスクへの挑戦率・成功率が高いという「学習曲線」の存在を示す。Japan AI Indexの基礎となるデータの最新版。
人工知能基本計画~「信頼できるAI」による「日本再起」~|内閣府(外部)
2025年12月23日閣議決定。「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を目指す方針を明示した日本初のAI基本計画。Japan AI Indexが目指す観測基盤の政策的背景を理解するうえで参照すべき一次資料。
【関連記事】
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スタンフォード大学が毎年公開するStanford AI Indexも、AIの普及・影響を定点観測する指標のひとつです。世界的な文脈を把握するうえで参照ください。
東京商工リサーチ調査|大企業の59.1%が生成AIを組織導入、配置転換検討は46.7%へ
Japan AI Indexが本格稼働する前の現時点でも、日本企業のAI導入状況を示すデータは散在しています。東京商工リサーチの調査からは、日本特有の「削減より再配置」という傾向が見えてきます。
【編集部後記】
AIが社会を変えているとしたら、それを「測る目」を持てるかどうかが次の問いになります。Japan AI Indexが示すデータを、私たちはどう読み解いていくことになるのでしょうか。












