図書館で、読みたい本のタイトルはわかっているのに、いざ書架の前に立つと目当ての一冊が見つからない。あの妙な心細さを味わったことがある人は、少なくないはずです。検索はとうにデジタル化されたのに、最後の数メートルだけは、いまだに自分の足と目で埋めるしかない。その空白に、一台のロボットが入ってこようとしています。大阪工業大学の図書館に、この夏、期間限定でやってくる「Romi」。高さ約120センチ、8言語を話し、検索した本の棚まで一緒に歩いてくれる案内役です。しかも調べてみると、このロボットの素性そのものが、少し込み入っていました。開発したのは韓国の企業、世界の図書館へ紹介しているのは米国に本社を置く老舗、そして迎え入れるのは日本の大学。棚のあいだを進む一台の背後には、国境をまたいだ思惑と技術が折り重なっています。
大阪工業大学は図書館大宮本館に、図書館支援ロボット「Romi」を2026年7月15日から約1カ月間(両端を含め40日間)、期間限定で導入する予定である。
大学によれば、このロボットの導入は国内の大学・学校図書館で初めてだという。Romiは高さ約120センチの自律移動ロボットで、グローバルな図書館テクノロジー企業ビブリオテカ社が自社のモバイル図書館ロボットとして紹介している。フロアの配置と図書データを読み込ませることで、利用者が読みたい本を検索すると書架まで案内し、館内を巡回して利用者を支援する。
前面のタッチパネルで貸し出しや返却手続き、蔵書検索、書誌や話題本の表紙表示ができ、英語や日本語、韓国語、中国語など8言語に対応する。導入期間は2026年7月15日から8月23日まで、場所は大宮キャンパス5号館 図書館大宮本館4階である。一般の来館者は入構手続きが必要で、休館日は入場できない。大阪工業大学の学長は井上晋。
From:
図書館ロボが読みたい本の棚まで案内 大宮本館に期間限定で導入 研究の刺激にも|大阪工業大学
※アイキャッチは大阪工業大学公式プレスリリースより引用
【参考動画】
【編集部解説】
今回の主役「Romi」を、まず正確に捉え直しておきましょう。開発したのは韓国のAND Robotics(旧NRobotics)です。同社の公式沿革によれば、RFID貸出・返却型のRomiを2022年、書架まで案内するウェイファインディング型のRomiを2023年に開発したと記録されています。一方、ビブリオテカ社はRomiを自社のモバイル図書館ロボットとして米国の図書館業界イベントで紹介しており、2026年3月時点では米国の図書館で試験運用していました。大阪工業大学のリリースは「ビブリオテカ社が2024年に開発・製造」と紹介していますが、開発の主体と年次は、開発元の企業記録とは一致しません。なお、両社の契約上の関係は公開資料からは確認できないため、innovaTopiaとしては確認できた事実を並べてお伝えします。
そのビブリオテカ社は、世界21カ国・3万を超える図書館と協業し、RFIDやセルフ貸出などのシステムを提供してきた、いわば図書館インフラの黒衣(くろこ)です。本社は米ミネソタ州レイクエルモにあり、スイスにも法人を持つグローバル企業として、50年以上にわたり図書館と協業してきました。世界21カ国・3万超の図書館と協業するビブリオテカ社が、Romiを自社のモバイル図書館ロボットとして紹介している——この事実が、まず押さえどころになります。両社の具体的な契約関係は公表されていません。
技術面のポイントは、Romiが自律移動をどう実現しているかにあります。米国の報道によれば、RomiはLiDAR(レーザー測距)とRGBカメラを使って館内を移動し、8言語で利用者に話しかけます。あらかじめ読み込ませたフロア地図と、リアルタイムのセンサー情報を突き合わせて棚の間を進む仕組みだと考えられます。これは掃除ロボットや配膳ロボットに近い系譜の技術だと理解すると、腑に落ちやすいはずです。
ひとつ補助線を引いておきましょう。大阪工業大学のリリースはRomiを「人型ロボット」と紹介していますが、確認したビブリオテカ社の公式資料では一貫して「モバイルロボット(自律移動ロボット)」と説明されています。二足歩行するアンドロイドではなく、ディスプレイを備えて館内を巡回する車輪型の案内役、というのが実像に近いでしょう。呼称の違いそのものが、日本で「ロボット=人型」というイメージがなお根強いことを映し出しているようにも見えます。
「国内初」という点も、範囲を丁寧に見ておきたいところです。大学が述べているのは「このRomiというロボットとして、国内の大学・学校図書館で初」という趣旨です。日本では甲南大学の図書館に別の図書館ロボットが登場した例もあり、図書館ロボット全般としての国内初ではありません。ここは誇張せず、大学の発表どおりに受け止めるのが公平でしょう。
このニュースの意義は、「本を探す」という行為の最後の一歩をつなぐ点にあります。蔵書検索はとうにデジタル化されました。しかし請求記号を頼りに広い書架のどこかへたどり着く最後の距離は、図書館によってはなお利用者や職員に委ねられてきました。Romiは、検索結果と実際の棚を地続きにする「デジタルと物理の接着剤」になりうる存在です。
導入先が図書館であることにも、編集部としては注目しています。固定的な棚配置を持つ図書館は、自律移動ロボットにとって地図を描きやすい空間である一方、静粛性や狭い通路、利用者の多様性という難しさも抱えます。ここで得られる知見は、病院や商業施設、公共空間へ応用できる可能性があります。大阪工業大学がロボット工学・情報・建築の研究室を擁する強みを生かし、学生の研究刺激につなげようとしている点は、単なる話題づくりを超えた狙いだと受け取れます。
一方で、期待だけを語るのは公平を欠きます。留意したいのは、ビブリオテカ社が2025年時点でRomiを「ベータ段階」と明記しており、2026年3月時点でも米国メサ市ゲートウェイ図書館で試験運用されていたことです。同館の担当者も、2025年12月の取材で、当時の機能は限定的であり、今後の拡張に期待していると語っていました。今回の期間限定導入も、完成品のお披露目というより、日本という新しい環境での試験的な運用に近いと捉えるのが実態に即しているでしょう。
潜在的な論点も静かに存在します。館内を動くロボットはカメラやセンサーで周囲を把握しながら進むため、来館者のプライバシーや取得データの扱いは、普及の局面で必ず問われます。もっとも、Romiが実際に何を記録・保存・送信するのかは公開資料では確認できません。だからこそ、取得項目や保存期間、送信先といった運用ルールの明確化が、導入を広げる際の前提になるはずです。加えて、案内や貸出をロボットが担うようになったとき、司書という専門職の役割をどう位置づけ直すのか。ビブリオテカ社自身は「人のサービスを補完する」と表現しており、代替を断定してはいません。省人化の道具と見るか、司書を単純作業から解放する相棒と見るか——この線引きは、技術ではなく運用側の思想が決める、というのが編集部の見方です。
長期の視点で見れば、Romiは見た目の議論よりも、生活空間に溶け込むサービスロボットが日本社会にどう受け入れられるかを測る、小さなリトマス試験紙です。2025年平均の労働力人口はむしろ増加していますが、中長期的な生産年齢人口の減少と人手不足を見据えれば、日常支援ロボットの社会実装は避けて通れないテーマになっていくでしょう。1台のロボットが書架まで案内するという素朴な光景の先に、人とロボットが空間を分かち合う近未来が見えてくる——だからこそ、私たちは今このニュースを取り上げます。
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【編集部後記】
この記事を書きながら、いちばん長く手が止まったのは、技術の話ではありませんでした。「誰が作ったのか」という、ごく素朴な一点です。大学のリリースには、あるグローバル企業が2024年に開発・製造した、と書かれていました。けれど開発元をたどっていくと、韓国の企業が2022年と2023年に開発した記録が残っている。どちらかが嘘をついているという話ではなく、こういうズレは、国境をまたいで製品が流通するとき、案外あっさり生まれるのだと思います。だからこそ、確かめられたことと確かめられなかったことを、そのまま分けて書きました。契約の詳細は、私たちにも見えていません。
もうひとつ、書き終えてから何度も考えたのは、司書という仕事のことです。Romiは棚まで案内してくれる。でも、「なんとなくこういう本が読みたい」という、輪郭のない気持ちを言葉にしてくれるのは、いまのところ人間の司書です。ロボットが単純作業を引き受けた先に、その対話の時間が増えるのか、それとも人そのものが減っていくのか。ここは技術ではなく、運用する側が何を大事にするかで、たぶん正反対の未来に分かれます。答えを持ち合わせているわけではないけれど、分かれ道があることだけは、書き残しておきたいと思いました。
そして最後に、素直に楽しみでもあります。ベータ段階の一台が、日本の書架のあいだをどう進むのか。静かな館内で、車輪の音はどのくらい響くのか。利用者は話しかけるのか、遠巻きに眺めるのか。40日間という短い滞在のあいだに、きっと予想外のことがいくつも起きるはずです。もし大宮キャンパスに立ち寄る機会があれば、その様子をぜひ見てきてください。私たちも、続報を追いかけます。
【用語解説】
LiDAR(ライダー)
レーザー光を照射し、反射が返るまでの時間から周囲の距離や形状を測る技術である。自動運転車や掃除ロボットの「目」として広く使われている。米国報道によれば、RomiもこのLiDARとRGBを組み合わせて館内を移動するとされる。
RGBカメラ
赤・緑・青の光を捉える一般的なカラーカメラを指す。LiDARが距離を測るのに対し、RGBカメラは色や見た目の情報を取得し、物体や通路の認識を補助する役割を担うと考えられる。
RFID
電波を使い、タグに記録した情報を非接触で読み書きする技術である。図書館では蔵書一冊ずつにタグを貼り、貸出・返却・棚卸しを自動化する用途で普及している。ビブリオテカ社やAND Roboticsの主要な技術・製品領域の一つでもある。
【参考リンク】
AND Robotics(旧NRobotics)公式サイト(外部)
図書館ロボットRomiの開発元。韓国のAI・自律走行ロボットや図書館向けシステムを手がける企業の公式サイト。
ビブリオテカ社(bibliotheca)公式サイト(外部)
Romiを自社製品として米国の図書館業界イベントなどで展示するグローバルな図書館テクノロジー企業の公式サイト。
大阪工業大学 図書館(外部)
今回Romiを導入する大阪工業大学図書館の公式ページ。開館日や利用案内、大宮本館の情報を確認できる。
American Library Association(米国図書館協会/ALA)(外部)
Romiが年次大会のBibliothecaブースで展示された、米国の図書館協会。図書館業界で最大規模の団体の公式サイト。
【参考記事】
AND Robotics 会社沿革(History)(外部)
開発元の公式沿革。Romiを2022年にRFID貸出返却型、2023年に書架案内型として開発した旨を確認できる。
AND Robotics 図書館ロボット(Library Robot)製品ページ(外部)
開発元によるRomiの製品ページ。製品写真とLibrary Robot Systemの表記を確認できる。
Have you ever heard of a library robot?(12news.com)(外部)
米国での先行事例。RomiはLiDARとRGBで移動し8言語に対応、同種として米国の公共図書館で初と関係者が説明。
Bibliotheca to Showcase Library Technology Solutions at PLA 2026(外部)
2026年3月の告知。Romiがアリゾナ州メサ公共図書館ゲートウェイ館で当時試験運用されていた旨を示す。
Bibliotheca to Host Access Sessions and Exhibit at ALA Annual 2026(外部)
ビブリオテカ社の告知。21カ国・3万超の図書館と協業という数字と、Romiの機能を確認できる。
Bibliotheca Returns to ALA with New Self-Service Technologies(外部)
2025年の告知。Romiをベータ段階のモバイルロボットと明記し、試験段階にある事実を確認できる記事。












