SAKULaLa「顔パス改札」、東武・日立が池袋駅に都内初導入|財布もスマホも要らない通勤へ

[更新]2026年7月13日

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改札を通るとき、私たちは無意識に手を動かしています。ポケットを探る。カバンの中でパスケースを掴む。スマホを取り出して、かざす。一日に何度も繰り返している、ほんの数秒の所作です。

その数秒が、消えようとしています。しかも今回の主役は、ピカピカの新型改札機ではありません。すでに何年も動き続けてきた、あの見慣れた改札機です。そこにカメラを一つ足すだけで、顔で通れるようになる——東武・日立ら6社が池袋に持ち込むのは、そういう仕掛けです。

同時に、こんな引っかかりも生まれます。顔で通れるということは、顔がどこかで照合されているということ。そのデータは、いったいどこへ行くのでしょうか。


財布もスマートフォンも取り出さず、歩いたまま顔だけで改札を通り抜ける。そんな「手ぶら」の通勤が、東京・池袋にも広がろうとしている。日立製作所、東武鉄道、オムロン ソーシアルソリューションズ、日本信号、東芝、パナソニック コネクトの6社は、生体認証サービス「SAKULaLa」を活用し、国内の主な改札機と連携できるウォークスルー型顔認証改札の仕組みを実現した。

鉄道事業者は既存の改札機に顔認証用のカメラを追加設置し、「SAKULaLa」などとネットワーク接続することで、改札機を交換せずに顔認証改札へ切り替えられる。オムロン・日本信号・東芝の改札機に対応し、日立の公開型生体認証基盤PBIによって、生体情報は元の情報への復元が極めて困難な形に変換される。2026年7月15日から、1日約42万人が利用する東武東上線池袋駅と上板橋駅に導入する。

利用できるのは、SAKULaLaに顔画像と対象区間を含むPASMO定期券を登録し、定期券を携帯する人に限られる。「SAKULaLa」は2024年4月に提供を開始し、2026年7月現在20,000名以上が登録している。

From: 文献リンク生体認証サービス「SAKULaLa」を活用した、国内の主な改札機と連携可能な顔認証改札の仕組みを実現 | ニュースリリース | 東芝

【参考動画】

【編集部解説】

顔認証で改札を通り抜ける——それ自体は、もはや驚くべき技術ではありません。大阪メトロは2019年12月に一部駅で実証を始め、2025年3月には全134駅中130駅への設置を完了して本格運用に入っています。京成スカイライナーの座席指定券発券や、JR西日本の大阪・新大阪での実証、JR東日本の上越新幹線での実証(2025年11月〜2026年3月)と、顔をキーにした乗車の試みはすでに各所で進んでいます。では、なぜ今回の東武・日立らの発表を、私たちはあえて取り上げるのか。発表には複数の要点がありますが、編集部が最も注目したのは「改札機そのものを、作り替えていない」という設計思想です。

これまでの顔認証改札は、カメラを内蔵した専用の新型改札機を設置する方式が採られる例が多く見られました。今回の要点は、稼働中の既存改札機に顔認証用カメラを後付けし、「SAKULaLa」などとネットワーク接続することで、ウォークスルー型に切り替えられるという設計思想にあります。鉄道事業者にとって改札機の更新には費用と工期を要し、全駅一斉更新は容易ではありません。「本体を買い替えずに機能を足せる」という発想は、技術的な派手さこそないものの、全国普及の課題とされてきた「コスト」と「工期」の負担を軽くする実務的な一手だと言えます。

もう一つの鍵は、対応範囲の広さです。国内の自動改札機は、オムロン、日本信号、東芝の3社が国内の私鉄などで高いシェアを持つとされます(発表の注記による)。今回、この3社製の対象改札機に対応する汎用基盤を構築したことで、全国の多くの鉄道事業者が、自社の既存設備のまま導入を検討できる土台が広がりました。特定メーカーの機器に縛られず3社の改札機を横断して扱える「マルチベンダー連携(発表では『オープンエコシステム』と表現)」を掲げた点に、社会インフラ化への本気度がうかがえます。

そして、多くの読者が最も気にするであろう「顔データはどこへ行くのか」という問いに、この仕組みは明確な設計で応えようとしています。中核にあるのが、日立の公開型生体認証基盤PBI(Public Biometric Infrastructure)です。PBIは公開鍵暗号基盤(PKI)をベースに、生体情報を、元の情報への復元が極めて困難な形へ「一方向変換」し、変換後の情報を公開鍵として扱います。生体情報そのものはサーバーに保存しません。乱数を用いるため、同じ顔でも登録のたびに異なる変換結果になり、万が一漏れても破棄・更新ができます。認証できる水準に変換された顔の特徴量データは、個人情報保護法上、個人を特定できる「個人識別符号」に位置づけられます。暗号化や一方向変換などによって秘匿化しても、個人情報としての性質が当然に失われるわけではなく、安全管理措置などの適切な取扱いが求められます。PBIはこうした要請に対し、「元の生体情報を保存せず、復元が極めて困難な変換後情報を扱う」という技術的回答を用意しているわけです。

利便性の設計も見逃せません。「SAKULaLa」に一度登録すれば、この仕組みを導入する各鉄道事業者ごとに顔情報の登録をやり直す必要がなく、各社の顔認証改札を横断して使えます(定期券区間や乗車媒体の登録・更新は別途必要になる場合があります)。同時に、鉄道事業者側は利用者から個人情報や生体情報を直接取得することなくサービスを提供できます。改札カメラで取得した顔画像と特徴量は認証処理のため日立が一時取得し、東武の案内では認証後に保存せず削除するとされています。事業者は生体情報という「重い荷物」を持たずに済み、利用者は登録を何度も繰り返さずに済む。この二重の負担軽減が、普及を後押しする設計になっています。

一方で、潜在的な論点も冷静に見ておく必要があります。業界関係者による解説では、改札を通る瞬間よりも「顔情報の登録(エンロール)」の工程が大きな運用課題になり得るとの指摘があります(Impress Watchのコラム等)。本人が確かに登録したことをどう確認し、その情報をどう安全に保つかが、運用上のネックになりうるという見方です。加えて、顔は、認証端末への接触や明示的な操作を伴わなくても撮影され得る生体情報です。PBIは元の生体情報を保存しない設計により、データ漏えい時のリスク低減を図っていますが、「誰が、いつ、どの改札を通ったか」という通過履歴の扱いや、認証範囲外の通行人が意図せず写り込む可能性への配慮は、社会実装の広がりとともに継続的に問われていくでしょう。東武は、カメラが常時稼働し利用者以外が写り込む可能性を公式に明記したうえで、録画は行わないと案内しています。

規制の観点では、この動きは日本の個人情報保護法制、とりわけ個人識別符号としての生体情報の扱いを、実運用の規模で試す試金石になります。EUのGDPRが本人識別目的の生体データを特別カテゴリーとして規律し、AI Actが、一部の遠隔生体識別などを禁止対象とし、その他の一定の生体AI利用を高リスク用途に位置づけるなか、日本でも2026年7月10日、「特定生体個人情報」の規律を新設する改正個人情報保護法が国会で成立しました(公布・施行は今後)。こうした流れのなかで、「生体情報を保存しない認証」というアプローチが受け入れられれば、日本発の設計思想が一つのモデルケースになる可能性もあります(これは編集部の見立てです)。

最後に、長期的な視点を添えておきます。この発表の本質は「改札の高速化」ではありません。東武と日立は、鉄道改札にとどまらず、店舗決済、オフィスやスポーツクラブの入退管理まで、顔と指静脈を鍵に業種を横断して一つのIDでつなぐ構想を描いています。改札を通った顔が、そのまま駅ビルでの支払いや本人確認につながる——ただし、この連続的な体験は現時点では構想段階であり、池袋駅の改札利用が自動的に駅ビル決済へつながるわけではありません。それでも、移動と生活が「手ぶら」で連続する世界の入口として池袋という巨大ターミナルが選ばれたことは、日本の都市生活の認証基盤がどこへ向かうのかを占う動きとして、編集部として注目に値すると考えています

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【編集部後記】

改札を通るときの、あの一瞬。財布を探る手も、スマホをかざす仕草も、なくなってしまえばそれまでのことです。便利になった、で話は終わるのかもしれません。

でも、ほんの少しだけ立ち止まって考えてみたいのです。私たちは今、「顔で通れる」という体験を手に入れようとしています。それは同時に、顔という、隠すことも預けることもできない情報を、日常のインフラに預ける習慣が始まる、ということでもあります。

今回の仕組みは、その不安に技術で答えようとしています。元の顔に戻せない形に変換して、生体情報そのものは保存しない。改札のカメラが撮った画像も、認証が済めば消える。設計としては、かなり誠実な部類だと思います。それでも、「じゃあ完全に安心ですね」と言い切ってしまうのは、少し早い気もするのです。誰がいつどこを通ったかという記録の扱いや、たまたま前を歩いていただけの人が写り込むこと。こうした問いは、この仕組みが全国に広がるほど、繰り返し問い直されていくはずです。

技術の話をするとき、「便利になる」と「大丈夫なのか」は、しばしば対立するものとして扱われます。でも本当は、両方を同時に握りしめたまま前に進むしかないのだと思います。ワクワクしながら、同時にちゃんと目を凝らす。その両立こそが、新しい技術と付き合う唯一の作法なのかもしれません。

7月15日、池袋の改札に、いくつかのカメラが灯ります。もしその前を通ることがあったら、少しだけ足を止めてみてください。何が変わろうとしているのか、自分の目で確かめられる機会は、そう多くはないのですから。


【用語解説】

ウォークスルー型顔認証改札
ICカードやスマートフォンをタッチせず、立ち止まることなく歩いたまま通過できる顔認証方式の改札。東武の案内では「正面を向き、立ち止まらずゆっくり進む」とされる。いったん立ち止まってタブレットに顔をかざす独立型タブレット方式と区別される。

公開型生体認証基盤(PBI)
Public Biometric Infrastructure の略。日立が2013年に基本技術を発表した認証基盤で、公開鍵暗号基盤(PKI)をベースとする。生体情報に「一方向変換」を施し、元の情報への復元が極めて困難な公開鍵として登録する。乱数を用いるため同じ生体情報でも登録のたびに異なる変換結果となり、生体情報そのものはサーバーに保存されない。万が一漏えいしても復元は極めて困難で、破棄・更新も可能とされる。

マルチベンダー連携(オープンエコシステム)
特定メーカーの機器に縛られず、複数メーカーの機器を共通の基盤上で横断的に扱える仕組み。本件では、国内改札機メーカー3社の機器を共通の汎用基盤で扱える点を指す。発表では「オープンエコシステム」と表現されている。

NIST FRTE
米国国立標準技術研究所(NIST)が実施する顔認証技術のベンチマーク評価。1対1の本人照合精度を測る「1:1」と、多数の登録者から検索する「1:N」の評価がある。パナソニック コネクトの特定アルゴリズムは、2022年11月公表の1:1、2024年3月公表の1:Nの複数カテゴリで世界1位とされる。提出年月・データセット・閾値を伴う個別評価であり、「すべての条件で常に世界一」を意味するものではない。

【参考リンク】

株式会社日立製作所(外部)
SAKULaLaの共同運営・開発を担い、認証基盤PBIを提供。社会イノベーション事業を軸とするグローバル企業である。

東武鉄道株式会社(外部)
SAKULaLaの共同運営・開発を担い、関東私鉄最大の鉄道ネットワークを持つ鉄道事業者。登録商標「SAKULaLa」の保有者である。

顔認証改札サービス(東武鉄道公式・利用案内)(外部)
登録手順や対象区間、顔画像・特徴量データの取り扱い方針、カメラ運用を説明した利用者向けの公式ページである。

SAKULaLa 一般利用者向けサイト(外部)
利用者が会員登録や各種手続きを行う、SAKULaLaの公式サービスサイトである。

日立 生体認証統合基盤サービス(PBI解説)(外部)
PBIの仕組みと、生体情報を保存せずに認証する技術的な考え方を解説した日立の公式ページである。

オムロン ソーシアルソリューションズ株式会社(外部)
自動改札機や交通管制システムなど、社会公共システムを手がけるオムロングループの事業会社である。

日本信号株式会社(外部)
鉄道信号や自動改札機など交通インフラ機器を手がけるメーカー。2028年度に創立100周年を迎える。

株式会社東芝(外部)
エネルギー、デジタルインフラ、デバイス&テクノロジーの領域で事業を展開する。改札機メーカー3社の一角である。

パナソニック コネクト株式会社(外部)
パナソニックグループのB2Bソリューションの中核企業。本件では顔認証技術を提供する。

パナソニック コネクト 顔認証ソリューション(外部)
NIST評価で高い実績を持つ顔認証技術の詳細を紹介する製品・サービスページである。

【参考記事】

なぜ今、鉄道各社は「顔パス改札」を競うのか 東武・日立が「SAKULaLa」で描く”第3の道”(ITmedia)(外部)
SAKULaLaの構想発表からの経緯を整理。JCB「JET-S」との連携や指静脈と顔を使い分ける設計思想を解説している。

日立と東武が顔認証で「手ぶら改札・決済」実現へ(Business Insider Japan)(外部)
顔認証と指静脈を場面ごとに使い分ける設計思想や、後発である東武の立ち位置を報じている。

改札は「顔パス」の時代へ!Osaka MetroとJR東日本が導入する顔認証改札のしくみ(@DIME)(外部)
大阪メトロ梅田駅の1日乗降人員42万718人という数値や、JR東日本の実証実験の評価項目を解説している。

JR東日本の顔認証改札に思うこと【鈴木淳也のPay Attention】(Impress Watch)(外部)
ウォークスルー改札の精度向上策と、運用課題が「顔情報の登録」にあり得ることを指摘している。

ウォークスルー型顔認証改札の本格運用(Osaka Metro公式)(外部)
大阪メトロが2025年3月に全134駅中130駅で本格運用を開始したことを示す一次情報である。

個人情報保護法ガイドライン(個人情報保護委員会)(外部)
顔特徴量や指静脈データが「個人識別符号」に該当することなど、生体データの法的位置づけを確認できる。

Face Recognition Technology Evaluation 1:1(NIST)(外部)
顔認証の本人照合評価の一次情報。「他人受入率10万分の1」が条件設定であり誤認率そのものでない点を確認できる。

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omote
デザイン、ライティング、Web制作を行っています。AI分野と、ワクワクするような進化を遂げるロボティクス分野について関心を持っています。AIについては私自身子を持つ親として、技術や芸術、または精神面におけるAIと人との共存について、読者の皆さんと共に学び、考えていけたらと思っています。