約7万5000件の行政手続データを、AIには全部読ませない。デジタル庁のプロダクトマネージャーが公開した実装は、LLMに検索と集計の条件だけを指定させ、計算そのものはサーバ側に置きました。配られたのは、データではなく、データの読み方のほうです。
デジタル庁は、行政手続等の悉皆調査(令和6年度)の結果データ約7万5000件を自然言語で検索・集計できるMCPサーバの実装をGitHubで公開した。同庁プロダクトマネージャーの土岐竜一氏が2026年8月13日、公式noteで公表した。全データをLLMに直接読み込ませて計算させるのではなく、LLMには検索・集計条件の指定を担わせ、集計処理はサーバ側で実行する。
項目の意味やコード値、欠損の扱い、指標の計算方法はdataset.yamlに定義する。データ本体は配布元のファイルをApache Parquetに変換し、約3MBに収まる。MCP Apps対応のクライアントでは、チャット内へ円グラフや表を表示する。ライセンスはMIT。技術検証を目的としたサンプルコードであり、保守は保証しないとする。
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⾏政⼿続等調査データ(約75,000件)をMCPで⾃然⾔語分析可能に|デジタル庁
【編集部解説】
7万5000件を「読ませない」という判断
生成AIに大きなデータを扱わせるとき、多くの人がまず思いつくのは「全部読ませる」ことです。今回の実装は、その反対を選んでいます。約7万5000件の全データをLLMに読み込ませて計算させることはしません。LLMが担うのは「どの条件で、何を、どう集計するか」を指定するところまでで、集計そのものはMCPサーバ側で処理し、集計結果がLLMに返ります。
この分担には理由があります。LLM単体に大量の数値を読み込ませて算術処理まで任せる方法には、正確性と再現性の面で不安が残ります。加重平均を求めるべき場面で単純平均を出す、コード値の意味を取り違える、欠損を0として数える。どれも、生成AIにデータ分析を任せた人が一度は見た光景ではないでしょうか。
計算をサーバ側に置けば、その種の誤りは起きにくくなります。しかも結果を後から検証しやすい。AIを賢くして間違いを減らすのではなく、間違えにくい場所に計算を移す。地味ですが、確かな設計です。
国が配ったのは、データではなく「読み方」だった
もうひとつの核心はdataset.yamlです。ここには、項目が分析軸なのか数値なのか、取り得る値は何か、欠損が何を意味するのか、どの指標をサーバ側で計算すべきかが書かれています。統計データの国際標準であるSDMXの考え方を参考にした、軽量な定義ファイルです。
たとえば「オンライン手続件数」の欠損について、この定義は「件数不明」を意味すると明記します。0件ではありません。この一行があるかないかで、集計結果はまったく別のものになります。
この配慮が効いてくる場面は、実際のデータを開くとよくわかります。調査に含まれる手続件数は、公式の解説資料によれば原則として有効数字2桁以上の概数で、試算が難しい場合は1桁で記載されます。有効数字2桁で回答された「21000件」は、20500件から21499件までを丸めた値に相当します。地方公共団体が関わる手続では、いくつかの自治体から取得したサンプルをもとにした試算値も含まれます。こうした性質を知らないまま合計や平均、比率を算出すると、元データが持つ精度を超えて、見かけ上は精密な数字として受け取られるおそれがあります。dataset.yamlの注記は、AIが概数を精密な値として引用しにくくするため、検索や集計の結果に自動で添えられる仕組みになっています。
開発文書では、新しいデータセットを追加する際、項目説明資料とYAMLの記述ガイドを生成AIなどに読み込ませ、descやcodelist、notes、computed_measuresの補完に使う方法も示しています。ただし生成結果はそのまま利用せず、人が確認・調整し、とくに「0」と「不明・欠損」を区別できているかを確かめるよう求めています。AIに読ませるための意味定義の下書きをAIに手伝わせ、最後は人が確かめる。そういう使い方です。
注目したいのは、この実装が公開しているのが調査データそのものではないという点です。調査結果のファイルは以前からデジタル庁のサイトにありました。今回加わったのは、そのデータをAIが誤読しないための意味の層です。リポジトリにデータ本体は同梱されておらず、コマンドが配布ページから取ってくる構成になっています。公表後に修正が入ることを見越した設計です。
この構図には既視感があります。デジタル庁は2026年3月にも「ダッシュボードデザインの実践ガイドブック」とPower BI用のデザインテンプレートの正式版を公開していました。データではなく、データの見せ方を配る取り組みです。今回は受け取る相手が人間からAIに変わっただけで、発想は地続きに見えます。
行政データとAIの距離は、2年で確実に縮んだ
国内の動きを並べると、変化の速さが見えてきます。2025年11月、国土交通省が国土交通データプラットフォームのMCPサーバを公開しました。2026年2月には、民間のAI HYVEとN-3が国交省・中小企業庁・総務省のAPIを束ねたリモートMCPサーバを無料公開しています。そして今回、デジタル庁のプロダクトマネージャーが調査データの分析実装をMITライセンスで公開しました。
国外でも、インドの統計・計画実施省、米国のGovInfoやセンサス局が同様の取り組みを進めています。英国政府が2026年1月に公開したガイドラインは、「技術的最適化」「データとメタデータの品質」「組織・インフラの文脈」「法・セキュリティ・倫理への適合」という4つの柱を示しました。
この文書には、今回の実装と正面から響き合う指摘があります。英国の独立した公的支出監視機関であるNAOは、品質や収集時期といった文脈を欠いたまま生データやAPIを提供すると、誤解と誤用を招き得ると指摘してきました。ガイドラインはこれを踏まえたうえで、AIは文脈を持たないまま大規模にパターンを学ぶため、そのリスクがさらに増幅すると説明しています。
MCPそのものも、この2年で立ち位置を変えました。2024年11月25日にAnthropicがオープン標準として公開した規格は、2025年12月にLinux Foundation傘下のAgentic AI Foundationへ寄贈され、運営が中立の場に移りました。2026年7月28日には、拡張の枠組みを備えた新しい仕様が公開されています。今回使われているMCP Appsは、その枠組みのもとで正式な拡張として位置づけられたものです。公共のデータを載せる土台として、ようやく形が整ってきた時期にあたります。
「懸」が「憸」になる ── 実装記録としての価値
この記事のいちばん面白いところは、うまくいった話だけを書いていない点かもしれません。
LLMが項目名の漢字を取り違えて出力した実例が、そのまま記されています。「懸」が「憸」になった。対処として、完全一致、Unicode正規化、近似一致の3段階で照合する仕組みを入れています。ただし近似一致を適用するのは項目名だけで、データの値には広げていません。しきい値と候補1件のガードを設け、補正した事実は応答に明示する。曖昧さを許す範囲を、あらかじめ線引きしているということです。
引数がdictで来るかJSON文字列で来るか一定しない、単一の値を配列で送るかどうかも揺れる。応答の形式をキーの繰り返しがない列指向に変えてトークンを削る。こうした話は、MCPサーバを自分で書こうとしている人にとって、そのまま持ち帰れる知見です。
AIに何かをさせる実装で本当に難しいのは、モデルの選定ではなく、こうした揺れをどこまで吸収し、どこから先はエラーとして返すかの線引きにあります。その判断を、判断した本人の言葉で読める記事はそう多くありません。
手を動かす人へ、開かれている
セットアップはリポジトリを取得してスクリプトを1本走らせるだけで、必要なのはPython 3.10以上です。MCP対応のチャットがなくても、ブラウザに内蔵されたAIを使って動きを確認できる経路が用意されています。ツールの実行は手元の環境内で完結します。
そして新しいデータセットの追加は、定義ファイルとParquetを置けば、サーバやツールのコードを変えずに行えます。行政手続のデータに限らず、表形式のデータを同じ構成に整えれば、この枠組みをほかのデータセットにも応用できる余地があります。MITライセンスで公開されているため、自社データへの応用を検討することもできます。
使ううえで押さえておきたいことも、記事とリポジトリに率直に書かれています。搭載されているのは調査時点の情報であり、今日の行政手続の姿とは異なる場合があります。基準時点は一つではなく、調査項目によってフェーズ1が2024年10月1日、フェーズ2が2024年3月31日と分かれています。実装は技術検証のためのサンプルで、動作の安定性や継続的な保守は保証されません。HTTPで外部に公開する場合の認証やレート制限は備えておらず、既定では手元のアドレスにのみ応答します。複数の利用者を抱える本番運用は、そもそも想定の外に置かれています。
これらは落ち度ではなく、実験の範囲を先に宣言したものと読むのが正確です。書き手自身も、意味定義と品質情報の提供はAI-ready化の一部であって、出典・来歴やバージョン管理、ガバナンスを含む基盤全体には届いていないと書いています。宿題の在処を、自分で示している。
行政が持つデータは、これまで「たどり着けない」ことが最大の壁でした。MCPによる公開はその壁を下げます。今回の実装が示したのは、その先にもう一段の壁があるということです。たどり着いたデータを、AIが正しく読むための言葉。それを誰が、どんな形で用意するのか。7万5000件の行政手続データは、その問いを試すには十分な大きさの題材でした。
【関連記事】
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MCPサーバを外部に公開するとき、安全性の面で何が論点になるのかを扱った記事。設計の前提を考えるための材料になるはずだ。
【編集部後記】
リポジトリの開発ガイドの末尾に、外部からの機能追加や仕様変更は原則として受け付けない、と書かれています。公開はするが、共同開発はしない。素っ気なく見えるかもしれませんが、受け取り方は逆でもよいはずです。
続ける約束ができないものを、続くように見せない。MITライセンスで置いてあるのだから、必要な人が自分の手元で枝分かれさせればいい。行政が出すコードの引き際として、これはひとつの誠実さだと思います。
【用語解説】
MCP(Model Context Protocol)
AIと外部のツールやデータソースを接続するためのオープン標準。2024年11月25日にAnthropicが公開し、2025年12月にLinux Foundation傘下のAgentic AI Foundationへ寄贈された。2026年7月28日に、拡張の枠組みを備えた新しい仕様が公開されている。
MCP Apps
MCPの公式拡張のひとつ。MCPサーバが、チャットの応答欄に直接グラフや表などの対話型UIを表示できる。2026年7月28日の仕様で正式な拡張として位置づけられた。
dataset.yaml
本実装が独自に用意した軽量な定義ファイル。項目が分析軸か数値か、取り得る値は何か、欠損が何を意味するか、どの指標をサーバ側で計算するかを機械可読な形で記述する。
AI-ready(AIレディ)
データをAIが正しく扱える状態に整えること。定義は業界で定まっておらず、本実装が扱うのは意味定義と品質情報の提供という一部分にあたる。
SDMX
統計データとメタデータを交換するための国際標準。データ構造定義(DSD)で、分析軸・測定値・属性と、その取り得る値を記述する考え方を持つ。dataset.yamlの設計はこれを参考にしている。
Apache Parquet
列指向の圧縮バイナリ形式。ファイル末尾にスキーマや行数などのメタデータを持つため、本体を読み込まずに件数や項目構成を取得できる。約7万5000行のデータが約3MBに収まる。
行政手続等の悉皆調査
国の法令に基づく行政手続のオンライン化状況などを網羅的に調べるもの。デジタル庁が結果を公表している。調査項目によって基準時点が分かれ、フェーズ1は2024年10月1日、フェーズ2は2024年3月31日の状況にあたる。
Unicode正規化
文字の表記揺れを標準的な形にそろえる処理。本実装では、項目名の照合で完全一致に次ぐ2段階目として用いる。
MITライセンス
著作権表示を残せば、改変・再配布・商用利用を広く認めるオープンソースライセンス。
【参考リンク】
行政手続データ分析 MCP Server(GitHub)(外部)
本実装のリポジトリ。4つのツールの仕様、セットアップ手順、入力の上限値、免責事項、開発ガイドまでをまとめて確認できる場所だ。
行政手続等の悉皆調査結果等|デジタル庁(外部)
調査結果の配布ページ。概要のPDF、結果ファイル、調査項目の解説資料が公開されており、調査の基準時点もここで確かめられる。
Model Context Protocol(外部)
MCPの公式サイト。仕様の改訂履歴、各言語のSDK、拡張の枠組みについての情報がまとまっており、最新の動向をここから追える。
MCP Apps(外部)
チャットの応答欄に対話型の画面を表示する、MCPの公式拡張の概要ページ。どのような仕組みで画面が描画されるのかを読める。
ダッシュボードデザインの実践ガイドブックとデザインテンプレート|デジタル庁(外部)
2026年3月31日に正式版が公開された、ダッシュボード設計の手引きとPower BI用テンプレート。無償で入手できる。
Guidelines and best practices for making government datasets ready for AI|GOV.UK(外部)
英国政府が2026年1月に公開した、行政データをAIに使える状態にするための指針。4つの柱と、自己点検のための一覧を含む。
SDMX(外部)
統計データとメタデータの国際標準の公式サイト。データ構造定義における分析軸・測定値・属性という考え方の、原典にあたる場所。
Apache Parquet(外部)
列指向の圧縮ファイル形式の公式サイト。仕様、対応する言語、末尾にメタデータを持つ構造についての情報が一通りまとまっている。
【参考記事】
国土交通省が「MCPサーバ」公開 APIの知識不要、対話形式でのデータ取得が可能に(外部)
2025年11月、国土交通省が国土交通データプラットフォームのMCPサーバを公開した件を報じた記事。国内の起点にあたる。
無料の国交省、中小企業庁、総務省データ用「リモートMCPサーバー」公開(外部)
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国土交通省、「国土交通データプラットフォーム」のデータを自然言語で検索・取得できるMCPサーバーを提供開始(外部)
国立国会図書館による記録。国土交通省がMCPサーバの提供を開始した日付を裏取りする用途に使える、簡潔な一報になっている。

















