「自律実験でAIが最適条件を見つけた」という話は、もう珍しくありません。NTTが今回示したのは、その先です。AIが溜めたデータから人が実行できる手順を取り出し、研究者がその手順どおりに実験したところ、AIの記録を上回りました。自律実験が返すものが変わりつつあります。
NTTは2026年8月25日、AIとロボットを連携させ、薄膜の成膜条件を自律的に最適化しながら、その過程のデータから人が実行できる成膜ルールを抽出する「解釈可能な自律成膜」を実証したと発表した。温度、スパッタ電力、Ar流量、O₂流量の4条件を対象にサファイア製ウェハ上で閉ループ探索を行い、56回目に、スパッタ法で作製したβ-Ga₂O₃薄膜の報告値を下回るアーバックエネルギー182meVの条件へ到達した。
この条件をβ-Ga₂O₃基板に転用し、NTTがスパッタ法では世界初としている単結晶薄膜を得た。抽出したルールに基づく再最適化では85回目に163meVへ到達した。成膜・評価サイクルは従来の実験運用の約3倍に高速化した。論文は8月13日付でNature Communicationsに掲載された。
From:
AI for Scienceで実現する、次世代のAI駆動型ラボ ~ロボットと機械学習による自律実験から、人が理解・転用できる半導体成膜ルールを創出~

【編集部解説】
今回の発表で目を引くのは、AIが見つけた最適条件そのものよりも、探索の過程で溜まったデータを、人が実行できる手順へ翻訳したという点です。
材料研究では、機械学習を使った条件探索がすでに広く使われています。温度やガス流量を機械が振り、結果を見て次を決める。このループを回せば、人手では届かない組み合わせにたどり着けます。ただし、ベイズ最適化の判断層は、条件と品質の関係を中身の見えない関数として扱います。良いレシピは出てきても、そこから持ち出せるプロセス知識が自動的に付いてくるわけではない。今回NTTが埋めようとしたのは、この間でした。
NTTはループの外側に、もうひとつの解析を置きました。閉ループ探索で溜まった66ランのデータを、後からランダムフォレストにかけ、各パラメータの寄与とパラメータ同士の相互作用に分解したのです。この解析は自律ループの意思決定には加わっていません。探索が終わってから、その足跡を読み直す役回りです。
出てきた構造は、思いのほか単純でした。薄膜品質の変化は、温度、スパッタ電力、Ar流量、O₂流量それぞれの加法的な寄与で大部分を近似できる。残る相互作用のうち、温度と酸素の組み合わせだけが際立って大きい。4つの1変数項と、温度–O₂の相互作用項がひとつ。これが簡潔な近似式の姿です。
4次元の探索空間に見えていたものが、「ほぼ足し算で効く4つのつまみと、強く連動する1組」として書き下せた。ここまで還元されて初めて、知識は人の手に渡ります。研究者は「各パラメータを順に調整し、最後に温度と酸素を重点的に詰める」という手順を受け取り、実際にそのとおりに動きました。
再最適化は人の手で行われました。温度、スパッタ電力、Ar流量、O₂流量を順に1次元で振り、最後に温度と酸素の平面を詰める。65回目でAIが到達した182meVの水準に並び、85回目にアーバックエネルギーは163meVまで下がりました。
ただし、これは人がAIに勝ったという比較ではありません。人の探索は、すでにルールという地図を持っています。AI側も、最初の7ランは装置の立ち上がりを確かめる温度スイープで、ベイズ最適化が4つのパラメータをすべて選び始めるのは8ラン目からでした。同じ水準に届くまでのラン数は56対65。差は大きくありません。発表にある約3倍という高速化も、アルゴリズムの賢さではなく、1日に回せる実験の本数が増えたことによるものです。自動化されたワークフローでは1日7〜8本。著者らが比較基準に置いた手作業の成膜・光学評価では、1日約3本です。著者らは、この2つを明確に分けて説明しています。
装置図には「(半)自律成膜技術」という書き込みもあります。ウェハをロードロックにセットする作業と、成膜後の試料を光学測定部へ移す作業の一部には、今も人の手が入る。凡例でも自動搬送と手動搬送が描き分けられています。自律実験という言葉が完全無人を連想させやすいなかで、発表者自身が現在地に括弧を付けている。ここは、これから埋まっていく余地として読むのが妥当です。
材料としてのβ-Ga₂O₃にも触れておきます。本研究の薄膜では、バンドギャップは光学評価で約5.0eV。SiCやGaNを上回る超広ギャップ材料として、高耐圧のパワーデバイスや深紫外光デバイスへの応用が期待されてきました。今回の研究が向き合った壁は、成膜法の側にあります。高品質なβ-Ga₂O₃のエピタキシャル成長そのものは、ほかの手法ではすでに確立しています。難しかったのは、大面積化と低コスト化に有利なスパッタ法で、単結晶と呼べる品質に届かせることでした。その壁を越えたと、NTTは説明しています。
探索の作法が変わったことと、作れる材料が増えたことが、ひとつの実験のなかで同時に起きている。ここが今回の骨格です。どちらか一方だけでは、この形にはなりませんでした。
国内では2026年4月、東京科学大学が湯島キャンパスでロボット実験施設を本格稼働させました。生命科学の実験を自動化する拠点で、ヒト型ロボット「まほろ」を中心とした設備が並びます。装置を並べる投資は、日本でも動き始めています。今回のNTTの成果は、その先で何を取り出すのかに一つの答えを出したものです。速く回すことと、回した結果を持ち出せる形にすることは、別の課題でした。
実験科学では、条件をどの順で振り、どこを重点的に詰めるかが、研究者の経験に委ねられてきました。今回の研究は、その経験を集めて形式化したものではありません。実験でサンプリングした応答曲面を数学的に要約し、実行できる段取りに落とし込んだものです。取り出されたのは成長機構の物理ではなく、手順そのもの。NTTが「解釈可能」と呼ぶのも、数学的な意味での解釈可能性を指しています。
それでも、この形にする価値は小さくありません。経験のある研究者なら傾向を予想できたとしても、4次元の空間のどこに良い窓があるかを定量的に描き、順番まで指定した手順に落とすことは、直感だけではできないからです。
論文はNature Communicationsに掲載されましたが、現在公開されているのは査読を通過した早期公開版で、今後、最終版に差し替えられます。査読のやりとりも同時に公開されており、著者が審査の過程でどこまで主張を絞り込んだかを追うことができます。
その絞り込みの結果として、今回のルールが装置や材料をまたいで通用するとは、まだ主張されていません。著者らは、別の材料系や別の成膜装置には適用していないと明言しています。実証されたのは、サファイア上で見つけた窓がβ-Ga₂O₃基板上でも通用するという、同じ材料・同じ装置のなかでの転用まで。一般化できるとされているのは、ルールそのものではなく、ルールを取り出して実験で検証するまでの手続きのほうです。NTTが半導体材料、酸化物材料、量子材料への展開を挙げているのも、この手続きを指しています。自律実験が返すものが、条件表から、人が読んで試せる手順書へ変わる。その入口に立った研究だと言えます。
【関連記事】
東京科学大学、Maholo LabDroid 10台で日本版「AI研究ラボ」始動
自律駆動型ラボの国内動向を伝えた既報。東京科学大学がロボット10台で立ち上げた拠点を扱い、装置を並べる投資が日本でも動き始めたことが分かる。
半導体とは?スマホ・EV・AIを動かす「砂」の正体
半導体の基礎を解説した記事。SiCやGaNに続く超広ギャップ材料としてβ-Ga₂O₃にも触れ、今回の材料の位置づけを確認できる。
【編集部後記】
査読のやりとりが論文と一緒に公開されていて、これが読み物として面白いのです。4人の査読者が「ルールが当たり前すぎる」「一般化しすぎだ」と繰り返し押し返し、著者が主張を削っていく過程がそのまま残っています。削られたあとの版のほうが、実は強い。プレスリリースだけを読んでいたら、この往復には気づけませんでした。原典に当たるとは、こういう時間を追体験することなのかもしれません。
【用語解説】
β-Ga₂O₃(β型酸化ガリウム)
約5eVの大きなバンドギャップを持つ酸化物半導体。高い電圧に耐えるパワーデバイスや深紫外光デバイスへの応用が期待されている。
スパッタ法
真空中でプラズマを使い、原料をたたいて飛び出した粒子を基板に積もらせる成膜手法。大面積化と低コスト化に向く一方、結晶の品質を高めることは難しいとされてきた。
バンドギャップ
半導体の中で、電子が電気伝導に関われる状態へ移るために必要なエネルギーの幅。この値が大きいほど、高い電圧をかけても絶縁を保てる。
超広ギャップ材料
SiCやGaNをさらに上回る大きなバンドギャップを持つ半導体材料の総称。ウルトラワイドギャップ半導体とも呼ばれる。
アーバックエネルギー(Eu)
光の吸収スペクトルのうち、バンドギャップのすぐ下に伸びる裾の傾きから求まる値。膜の中の欠陥や原子配列の乱れを反映し、小さいほど品質が高い。
ベイズ最適化
少ない試行から次に試すべき条件を確率的に推定する手法。条件と結果の関係が未知でも探索を進められる一方、判断の中身は外から読み取りにくい。
ランダムフォレスト
多数の決定木を組み合わせて予測する機械学習手法。予測結果を各要因の寄与や要因同士の相互作用に分解して読み解くことができる。
閉ループ探索
実験、評価、次条件の決定を人の判断をはさまずに繰り返す仕組み。本研究では成膜、光学測定、ベイズ最適化による条件提案の3工程がつながっている。
単結晶薄膜
原子が規則正しく並んだ結晶構造を持つ薄膜。向きのそろわない多結晶膜や、配列の乱れた非晶質膜と比べ、電子や光の性質を制御しやすい。
応答曲面
成膜条件を軸に取り、その組み合わせごとに得られた品質を高さとして表した仮想的な面。最適な条件を探すことは、この面の谷を探すことに相当する。
【参考リンク】
NTT|AI for Scienceで実現する、次世代のAI駆動型ラボ(外部)
今回の発表の原文。自律成膜基盤の構成図、成膜ルールの抽出過程、人による再最適化の記録を含む4点の図版と、10項目の用語解説が付く。
Nature Communications|Interpretable self-driving sputtering epitaxy reveals human-usable growth rules for β-Ga₂O₃ films(外部)
査読済み論文の本体。オープンアクセスで、補足情報、実験データ、査読のやりとりを記録したファイルまで、すべて無償で読める。
NTT|半導体薄膜の材料分析にAIを活用し、自動化に成功(外部)
2025年5月の発表。半導体薄膜の材料分析にAIを活用して自動化した研究で、今回の自律成膜基盤につながる直接の前段にあたる。
東京科学大学|ロボット未来創造センター(外部)
東京科学大学が湯島キャンパスに設けたロボット実験施設。生命科学の実験自動化を目的に、2026年4月から本格稼働している。
【参考記事】
Transparent Peer Review file(Nature Communications)(外部)
査読の全記録。4人の査読者の指摘と著者の回答が収録され、閉ループ探索が66ラン、人による再最適化が85ランだったことも確認できる。
バイオ研究をフィジカルAIで自動化、東京科学大に新拠点 実験者は双腕ロボ(日経クロステック)(外部)
東京科学大学のロボット未来創造センターを取材した記事。双腕ロボットを含む10台の稼働と、2040年に2000台という構想を伝えている。
迷いながら進む自分らしい研究の道(応用物理 第94巻第8号)(外部)
著者の一人である小川友以氏が応用物理学会誌に寄せた文章。企業研究者としてのキャリアの選択を、自身の経験から率直に書いている。


















