Dragon Copilotの画面に、他社のAIが自分のカードを出せるようになりました。とはいえ、その仕組み自体は3月から動いています。8月の一般提供で新しく整ったのは、機能ではなく規約とレジのほうでした。Microsoftの出版社契約に加わった付属文書には、まだ開いていない棚の名前まで書かれています。
Microsoftは2026年8月、医師向けワークフロー用の拡張機能「Dragon Copilot AI Apps and Agents」の一般提供を開始した。同社は2026年3月にこの仕組みをプレビューとして発表しており、今回そのオファータイプ「Dragon Copilot Physician Apps and Agents」が一般提供へ進んだ。
医療機関はMicrosoft Marketplace上のDragon Copilot専用ストアフロントで購入し、Dragon admin centerで配備すると、Dragon Copilotの画面上に表示される。用途はコーディングと文書化、医療意思決定支援、リスク調整、事前承認など。提供は米国のみである。
From:
Extend clinical workflows with Dragon Copilot AI Apps and Agents in Microsoft Marketplace
【参考動画】
Microsoft Learnの「What’s new in Microsoft Dragon Copilot 5.0」に埋め込まれている、医師向け体験の紹介動画である。今回の一般提供の発表本文に掲載されたものではない。
【編集部解説】
3月に見えていた棚に、規約とレジが付きました
2026年3月のHIMSSで、MicrosoftはDragon Copilot向けのAIアプリやエージェントをMicrosoft Marketplaceで提供する仕組みを、プレビューとして発表しています。当時例示されたのはCanary Speech、Humata Health、Optum、Regardでした。
では、8月に何が変わったのか。棚そのものが初めてできたわけではありません。プレビューだったオファータイプが一般提供へ進み、パートナーが公開し、医療機関が購入して配備する商流が、正式な運用になったということです。
その傍らで、規約のほうも整いました。7月1日に発効したMicrosoftの出版社契約に、Dragon Copilot専用の付属文書が加わっています。Marketplaceに商品を並べる企業が守るべき条件が、この製品のために独立して書かれたわけです。
そして、その付属文書には棚が3つ書かれています
興味深いのは、その規約が定義しているオファーの種類です。医師向けアプリとエージェント、放射線科向けアプリとエージェント、そして臨床アプリコネクター。3つの名前がすでに並んでいます。
今回一般提供になったのは、このうち医師向けの1つ目です。設計図のほうが先にできていて、そこから順に開いていく形になっています。Marketplace側の告知も、これがオファータイプの「ファミリー」の第1弾であると位置づけています。
診察中の画面に、他社の機能がカードで出る
医療機関から見た流れは一本道です。MarketplaceのDragon Copilot専用ストアフロントで購入すると、そのアプリはDragon admin center(管理センター)のテナントに自動で追加されます。管理者が配備すればDragon Copilotとの接続が成立し、医師の画面に現れます。前提として、Dragon Copilotのライセンスと、Microsoft Customer Agreementの締結、そして環境の作成とプロビジョニングが必要です。購入後30日以内に構成を完了しなければ、サブスクリプションは自動的に削除されます。
拡張機能が受け取れる文脈データは4種類です。電子カルテ由来の患者情報、医師と患者の発話ターンごとの音声と書き起こし、作成中の臨床ノート、そして診察全体の書き起こし。これらを使って、他社の機能は目の前の患者に応じた処理結果をDragon Copilotへ返します。
返ってくるのは構造化されたカードです。カードには、拒否、コピー、ノートへの追記や統合、生成し直しといった操作を持たせられます。ノートへ統合する操作では、利用者が確認した内容が反映される設計です。配備やアクセスの管理はDragon admin centerに集約され、組織の側が、どの拡張機能を入れるかを決められます。
規約が引いた、もう一本の線
外部のコードに診療情報が渡る仕組みですから、責任の所在は書いておく必要があります。7月の付属文書は、そこをかなりはっきり書いています。
患者の保護対象保健情報について、Microsoftとパートナーは互いにHIPAA上のビジネスアソシエイトではない。パートナーは、顧客のために保健情報を扱い始める前に、各顧客と個別にビジネスアソシエイト契約を結ばなければならない。加えて、反キックバック法や連邦虚偽請求取締法への準拠も条件に挙げられています。
Marketplaceに載ることは、パートナーが負うPHIの取扱いに関する契約上の責任まで、Microsoftが引き受けることを意味しません。Marketplaceには認証やセキュリティ面の適合要件が置かれていますが、患者情報を誰との契約で扱うかは、また別の線として引かれています。医療機関の調達担当者にとっては、ここが実務上いちばん効く一文かもしれません。
販路としてのDragon Copilot
パートナー企業から見ると、これは技術の話であると同時に販路の話です。専門特化したAIを医療機関へ広げる際は、個別統合や複雑な調達・契約・配備が負担になりやすい領域でした。Marketplaceに載れば、Microsoftの契約と決済の枠組みに乗り、直販とチャネル販売の両方を選べます。課金モデルや価格は、各パートナーがPartner Centerで設定します。ユーザー単位でも定額でも設計でき、契約期間は月次から複数年まで用意されています。
ただし、誰でも即日出せるわけではありません。販売の前に、MicrosoftのHealth and Life Sciencesチームとビルドおよび統合を完了することが必須とされています。
日本から見ると、何が違うのか
提供は米国のみです。ここは日本の読者にとって、そのまま持ち帰れる話ではありません。
日本はいま、医療情報を施設間で共有するための土台を整えている段階にあります。電子カルテ情報共有サービスは2026年度の冬ごろに全国での運用開始を目指しており、標準型電子カルテの開発も続いています。病名等をICD-10などの標準コードへ自動変換する機能を備えたJUST Medical 2026のような製品が登場するのも、この文脈でした。
米国のDragon Copilot Marketplaceとは制度も技術構成も異なります。全国基盤がなければアプリの市場が成り立たない、という関係でもありません。この仕組みが動いているのは、Dragon Copilot自身が拡張機能へ文脈を渡す共通のインターフェースを持っているからです。それでも、データ形式や接続方法の標準化が進むほど、外部の機能を複数の施設へ展開しやすくなる点は共通します。
内側と外側を、同じ年に
7月末、Microsoft AIはDragon Copilotの多言語ワークフローを担う音声認識を、58言語にわたって自社のMAI-Transcribe-1.5へ置き換えたと公表しました。同社によれば、この製品は17万人の医療提供者に使われ、直近の四半期で2,800万件の診療を扱っています。買収したNuance由来の資産の中身に、自前の部品を差し込む動きです。
一方の外側では、3月からプレビューしていたパートナー拡張の仕組みが、8月に一般提供へ進みました。内側では自社モデルへの置き換えを進め、外側ではパートナーが参加する仕組みを正式運用へ移す。2026年には、その二つの動きが並行して進んだことになります。
今回の発表は、セキュリティやプライバシー、コンプライアンス、責任あるAIについて、臨床医による監督と組織の基準を維持できることを、この仕組みの利点として挙げています。画面に現れるカードをどう扱うかは、最後は使う人の手に残ります。この仕組みが問うているのは、限られた診察時間のどこに、どの機能を置くかという設計の判断です。それを決めるのは、これからDragon admin centerを開く各医療機関のほうです。
【関連記事】
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Microsoftの消費者向け医療AIを扱った記事。同社が医療分野で描いている全体像を、患者側の入口のほうから捉えている。
MAI-Image-2.5-Pro発表 Microsoftが主力製品からOpenAIモデルを外した意味
Dragon Copilotの音声認識が58言語で自社モデルへ置き換わった件を扱う。本記事でいう「内側」の動きに対応する。
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電子カルテ情報共有サービスを前にした国内の動きを、医療機関向け日本語入力ソフトの発売という具体例のほうから追いかけた記事。
AIが診察記録を自動化し医師の負担を軽減│Microsoft Dragon Copilot
2025年3月のDragon Copilot発表を伝えた記事。製品としての出発点と、当時の機能の全体像をつかむことができる。
【編集部後記】
規約と仕様書を読んでいて目が止まったのは、「拒否」という操作名でした。カードに持たせられるアクションの一覧に、受け入れる側の動きと並んで、断るための動きが最初から書かれています。
提案を出す仕組みを作るとき、断り方まで設計に含めるかどうかは、思想の分かれ目だと思います。診察の限られた時間に何かを差し込む以上、差し込まれた側が一動作で消せることのほうが、機能の豊富さより効く場面もあるはずです。みなさんの現場では、断りやすい道具とそうでない道具の差は、どこに出ているでしょうか。
【用語解説】
一般提供(GA)
試験提供や限定招待ではなく、条件を満たす顧客が誰でも利用できる段階を指す。その前段階がプレビューである。
オファータイプ
Microsoft Marketplaceで商品を出品する際の枠組み。種別ごとに、対象となる利用者、機能が表示される場所、満たすべき技術要件が定められている。
PHI(保護対象保健情報)
HIPAAが定める、個人を特定できる医療情報。氏名や生年月日と結びついた診療記録などが該当する。
HIPAA
米国の医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律。医療情報のプライバシー、セキュリティ、漏えい時の通知について基準を定めている。
ビジネスアソシエイト契約(BAA)
HIPAAに基づき、医療機関に代わってPHIを扱う事業者が、当該医療機関と結ぶ契約。取り扱いの範囲と安全管理の義務を定める。
反キックバック法
米国の連邦法。公的医療保険で償還される診療について、患者の紹介や商品の購入を誘導する目的で報酬をやり取りすることを禁じる。
連邦虚偽請求取締法
米国の連邦法。政府に対する虚偽の請求を禁じ、違反した場合の民事責任を定める。医療分野では不正請求の摘発に用いられる。
事前承認(prior authorization)
米国の民間保険で、治療や薬剤の給付可否を保険者が事前に審査する手続き。日本の保険診療に対応する概念はない。
リスク調整
患者集団の重症度や併存疾患の構成に応じて、保険者への支払い額を補正する仕組み。診断名を正確に記録することが前提になる。
電子カルテ情報共有サービス
厚生労働省が進める、全国の医療機関や薬局が患者の診療情報を共有・閲覧できるようにする仕組み。2026年度の冬ごろの全国運用開始を目指している。
標準型電子カルテ
国が主導して開発を進めている、共通仕様の電子カルテ。医療機関ごとに異なるデータ形式を揃えることを狙う。
ICD-10
世界保健機関が定める疾病及び関連保健問題の国際統計分類の第10版。病名を統計処理できるコードへ対応させる際に用いられる。
【参考リンク】
AI apps and agents|Microsoft Learn(外部)
拡張機能が受け取る4種類の文脈データと、返す出力の形式を説明した公式ドキュメント。米国市場に限られる旨も明記されている。
Dragon admin center documentation|Microsoft Learn(外部)
ライセンスの管理、環境の作成、拡張機能の配備と管理など、管理者側が行う操作をひととおりまとめた公式のドキュメントである。
Purchase a Dragon Copilot offer in Marketplace within Azure portal|Microsoft Learn(外部)
顧客側の前提条件、購入手順、課金の開始時点、購入後30日以内に構成を完了しない場合の扱いまでを記した公式ドキュメントである。
Plan a Dragon Copilot offer|Microsoft Learn(外部)
パートナー側の出品要件を説明したページ。販売前にHealth and Life Sciencesチームとの統合完了が必須である旨を示す。
Microsoft Publisher Agreement 8.0 July 2026 update|Microsoft Learn(外部)
2026年7月1日発効の出版社契約。付属文書EがDragon Copilot向けの条件と3つのオファー種別、BAAの義務を定めている。
What’s new in Microsoft Dragon Copilot 5.0|Microsoft Learn(外部)
バージョン5.0のリリースノート。AI apps and agentsの用途一覧と、米国限定である旨、管理者に求められる操作を記載。
MAI-Transcribe-1.5|Microsoft AI(外部)
Dragon Copilotの多言語ワークフローに採用された、Microsoft AIの音声認識モデルの公式ページである。
電子カルテ情報共有サービス(医療従事者向け)|厚生労働省(外部)
制度の概要、検討会の資料、医療機関向けの案内をまとめた厚生労働省の公式ページ。全国運用開始をめぐる議論もここから追える。
JUST Medical 2026|ジャストシステム(外部)
病名等をICD-10などの標準コードへ自動変換する機能を含む、医療機関向けオフィス統合ソフトの製品ページである。9月1日発売。
【参考記事】
Unify. Simplify. Scale: Microsoft Dragon Copilot meets the moment at HIMSS 2026(外部)
2026年3月5日付。Marketplace経由でパートナー製のAIアプリを購入・配備できると説明した記事。今回との差分の基準にした。
Accelerate healthcare innovation with Dragon Copilot apps and agents in Microsoft Marketplace(外部)
Marketplace側から見た解説記事。医師向けがオファー種別の第1弾である旨と、課金モデルや契約期間の選択肢を示している。
August 2026 announcements|Partner Center(外部)
2026年8月20日付のパートナー向け告知。標準化された基盤という位置づけ、想定される用途、提供地域までを記載している。
Optimizing the frontier performance curve(外部)
2026年7月29日付。58言語にわたる自社モデルへの置き換えと、17万人・2,800万件という直近の利用規模を記している。
医療機関向け文書作成環境を刷新、「ATOK Medical 2026」「JUST Medical 2026」を9月1日(火)より発売(外部)
2026年6月1日付。病名等の標準コード変換機能が、JUST Medical 2026の表計算ソフトに搭載されることを示す。


















