電通グループが、22年前に提唱したAISASに代わる購買行動モデルを打ち出しました。「注意・認知」は「蓄積」に、「検索」は「問答」に置き換わります。そして5文字の真ん中に残されたのは、人間の「判断」でした。AIが情報の入口を握りつつある時代に、なぜそこだけ人に預けたのでしょうか。
国内電通グループの4社(電通、電通デジタル、電通総研、電通マクロミルインサイト)は2026年9月10日、AI時代の新購買行動モデル「AIJES(アイジェス)」を提唱すると発表した。商標は出願中である。AIJESは蓄積(Archive)、問答(Interaction)、判断(Judgment)、参加(Engagement)、評価(Score)の5つで構成され、人とAIが協働して5つのステップを歩み、それが循環する点に特徴がある。
2004年に同グループが提唱した「AISAS®」を発展させたもので、過渡期には両モデルが並走することも想定する。発表資料の図版は、蓄積のみをニーズ潜在期、残る4つをニーズ顕在期と位置づけている。同グループは2025年よりAIJESの実践を推進している。
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国内電通グループ、AI時代の新購買行動モデル「AIJES」を提唱
【編集部解説】
「AIJES」を一文字ずつAISASと並べると、この発表が何を差し替えようとしているのかが見えてきます。A(Attention=注意・認知)はA(Archive=蓄積)へ、S(Search=検索)はI(Interaction=問答)へ、A(Action=行動)はE(Engagement=参加)へ、S(Share=共有)はS(Score=評価)へ。発表資料の図版でも、5つの要素は上下に一対一で対応する形で並べられています。
最も踏み込んでいるのは先頭です。「注意を引く」から「情報を積む」へ、入口の役割そのものが置き換えられました。図版はAの欄を「人とAIの第一想起につながる情報蓄積期」と定義し、人が生活や広告や体験を通じて情報を蓄積する一方で、AIも日々さまざまな情報を蓄積すると書いています。生活者の頭に最初に浮かぶブランドであることと、AIが参照する情報の中に入っていることが、同じ段に並べられたわけです。
図版だけが持っている定義もあります。AIJESの5ステップは、ニーズ潜在期と顕在期に分けられています。潜在期に属するのは蓄積(A)のみで、問答・判断・参加・評価の4つは顕在期です。本文にある「判断の質を高めるためには、ニーズ潜在期における情報蓄積や、ニーズ顕在期のAI経由だけではない、統合的な情報入手も重要」という一文は、この二区分を前提に置いた記述だと読めます。買われる瞬間より、はるか手前に長い時間があるという見立てです。
このモデルの重心は、3文字目のJにあります。判断(Judgment)。電通はこれを、最終的な意思決定を担う人間の「(直感も駆使した)判断」に着目したモデルだと説明しています。AI時代の購買行動モデルでありながら、中央に据えたのは人間の直感でした。
この設計と重なる観測が、1か月半ほど前に同じグループから出ています。2026年7月23日、電通デジタルが「生活者のAI活用実態調査 2026.7」を公表しました。調査が実施されたのは2026年5月と7月です。調査を実施したのは、AIJESを共同で提唱した4社の一社、電通マクロミルインサイトです。プライベートで生成AIを利用し、かつ購買意欲もある層では、直近半年の買い物でAIに相談した割合が旅行計画/宿泊予約で57%、金融商品/保険で56%。一方、生成AI利用者に購買ファネル別のAI利用意向を尋ねた別の設問では、存在認知70.9%、比較検討78.8%、購買後の対応72.5%と高い数字が並ぶなかで、最終的な購入決定だけが49.6%でした。電通デジタルはこれを、最終決定では他の段階に比べて人が判断する割合が依然として高い状態だと考察しています。AIJESがJに人間の判断を据えた背景には、この観測があります。
そのJの欄には、もう一行が添えられています。「時にAIが判断も担う」。先の調査でも、AIの回答をそのまま採用すると答えた層が各カテゴリーで2〜3%ありました。限られた割合ですが、図版はその席の存在を書き落としていません。Iの欄には「時に自己問答」、Eの欄には「AIがサポート」とあり、どの段でも人とAIの持ち分は固定されていません。観測が動いている最中の領域を扱うモデルとして、可動域を残した設計だと感じます。
似た試みは、他社にもあります。博報堂買物研究所は2025年1月21日、AIエージェントと協働する購買行動モデル「DREAM」を発表しました。Dialogue(対話)、Recommended(推奨される)、Experience(体験)、Assurance(確信/承認)、Management(管理)の5段で、掲げられたスローガンは「『検索』から『対話』へ、『選択』から『承認』へ」です。
ただしDREAMも、人間を承認するだけの存在としては描いていません。Recommendedの項には、AIエージェントの的確な提案と生活者自身の直感が融合し、納得感のある最適な選択肢が選び抜かれる、とあります。直感という言葉は、2社のモデルにそろって出てきます。違うのは、どの段に名前を与えたかです。DREAMは対話・推奨・体験・確信・管理という体験の順路を並べ、AIJESは5文字のうち1文字を「判断」に充てました。成り立ちも異なります。DREAMは93の未来事象を集め、生成AIで作ったバーチャル生活者へのインタビューから組み立てた予測です。一方、国内電通グループはAIJESについて、2025年からモデルの実践を推進してきたと説明しています。人とAIの関係をどの言葉で切り取るか。日本の広告会社2社が別々の答えを出していること自体が、いまの過渡期をよく表しています。
実務の側から見ると、効いてくるのは輪の閉じ方です。S(評価)の欄には「評価が自他、AIに蓄積される」とあり、そこからA(蓄積)へ矢印が戻ります。生活者による評価が自分にも他者にもAIにも積まれ、次の購買行動につながる材料になる。最後の段が、最初の段へ流れ込む構造です。ここは、実務の世界でいま急いで整備が進んでいる領域と重なります。AIの回答にブランドや媒体がどう載るかについては、米国のIABが2026年8月3日、測定の指針をまとめた文書を公表しました。物差しづくりが始まったところです。電通デジタルも先の調査の考察で、AIの検索や推奨に選ばれるための情報設計と、生活者自身の最終判断に影響を与える体験設計の両立が重要になると述べています。AIJESの言葉でいえば、AとJの両方を設計するということです。
AISASが提唱されたのは2004年、商標として登録されたのは翌2005年6月でした。それから20年あまり、日本のマーケティングの現場はこの5文字を共通語として使ってきました。モデルを提唱するとは、業界が使う言葉を用意することでもあります。AIJESは現在、商標を出願中です。そして発表者自身が「過渡期においてはAISAS®とAIJESがしばらく並走していく」と見込んでいます。置き換えを宣言するのではなく、並べて使う時期がしばらく続くという構えです。
提供の形や、効果をどう測るかは、これから示されていく部分でしょう。担い手ははっきりしています。2026年1月30日に発表され、同年2月1日に新設された電通総研の「AI開発センター」が、AIJESの考え方に基づくAIアプリケーションやAIエージェントの開発と各種PoCを進めるとされています。発足時は24名体制の予定と告知されていました。4社の役割分担も、戦略立案は電通、実装は電通デジタル、開発は電通総研、調査は電通マクロミルインサイトと明示されました。
購買行動モデルは、生活者を動かすための地図であると同時に、企業が生活者をどう見ているかの自画像でもあります。情報の入口をAIが握りつつあるいま、電通はその中央に、人間の直感を残しました。この一文字が実際の広告やCRMの設計をどう変えていくのか。次に出てくる実装が、この見取り図をどこまで具体化するのか。AI時代のマーケティングを語る言葉が、いま一つずつ選び直されているところです。
【関連記事】
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AIJESがJに人間の判断を据えた背景にある調査を詳報した記事。数値がどの対象者に限られるかまで踏み込んで解説している。
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最終判断を任せたい層が6割という別の調査。設問も対象も異なるため単純比較はできないが、本記事の49.6%と並べて読める。
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AI For Growthの系譜に連なる直近の一手。AIJESという見取り図の下で、実装の側がどこまで来ているのかが分かる。
【編集部後記】
電通総研のAI開発センターには前身があります。2025年7月に発足した「dentsu Japan AIセンター」です。国内電通グループがAIJESの実践を始めたとするのも2025年。モデルと組織が、同じ年に動き出していたことになります。
言葉が先か、体制が先か。今回のリリースを読むかぎり、先に手を動かし、2年目に名前を付けた順序に見えます。AISASのときはどうだったのでしょうか。22年前の資料をあたってみたくなりました。
【用語解説】
AISAS
2004年に電通グループが提唱したウェブ時代の購買行動モデル。Attention(注意・認知)、Interest(関心)、Search(検索)、Action(行動)、Share(共有)の5段からなる。2005年6月に商標登録され、日本のマーケティング実務の共通語となった。
第一想起
ある商品カテゴリーを思い浮かべたとき、最初に頭に浮かぶブランドのこと。トップ・オブ・マインドとも呼ばれる。AIJESでは、人だけでなくAIの側にも情報が蓄積される点が新たに加わっている。
ニーズ潜在期/ニーズ顕在期
買いたいという欲求がまだ表面化していない期間と、購入のきっかけが生じたあとの期間。AIJESの図版では、蓄積(A)だけが潜在期に、問答・判断・参加・評価の4つが顕在期に置かれている。
購買ファネル
存在認知から特徴認知、比較検討、購入決定、購入後の対応までの購買プロセスを、段階ごとに分けて捉える枠組み。段階が進むほど対象者が絞られる形が漏斗(ファネル)に似ることから、こう呼ばれる。
AIエージェント
利用者に代わって目的を理解し、自律的に判断や作業を進めるAIシステム。単発の質問応答ではなく、複数の手順をまたいで動く点が特徴とされる。
PoC
Proof of Conceptの略。概念実証。本格的な開発や導入の前に、小規模に作って構想が成り立つかを確かめる工程を指す。
CRM
Customer Relationship Managementの略。顧客関係管理。既存顧客との接点を記録し、継続的な関係を育てる仕組みを指す。
商標の出願中と登録
出願中は、特許庁に商標登録を申請したが審査を経た登録には至っていない状態を指す。登録済みを示す®は付けられない。AIJESは出願中、AISASは2005年に登録済みである。
【参考リンク】
株式会社電通(外部)
国内電通グループの中核企業。今回のAIJES提唱では、モデルに基づくマーケティング戦略の立案とグループ各社の連携を担うとされる。
AI For Growth(外部)
国内電通グループのAI戦略。人間の知とAIの知の掛け合わせで顧客と社会の成長に貢献することを掲げる。AIJESもこの枠組みに置かれる。
with AIラボ(電通デジタル)(外部)
電通デジタルが設立した専門組織。生活者のAI利用状況を追う定点調査を通じ、AI時代のインサイトや行動の変化とその予兆を研究する。
株式会社電通総研(外部)
国内電通グループのIT・シンクタンク企業。社内のAI開発センターが、AIJESに基づくアプリケーション開発とPoCを担う。
株式会社電通マクロミルインサイト(外部)
国内電通グループの調査会社。AIJESの観点で購買行動や生活者インサイトの解明を担うほか、本文で引用した電通デジタルの調査も実施した。
博報堂買物研究所(外部)
博報堂のシンクタンク。2003年から活動し、2025年1月にAI時代の購買行動モデル「DREAM」を提唱した組織である。
Measuring Visibility in the AI Era(IAB)(外部)
米国のIABが2026年8月3日に公表した、AIの回答内でブランドや媒体がどう見えているかを測るための共通指針をまとめた文書。
【参考記事】
生活者のAI活用実態調査を実施 AI利用者の約3人に1人が購買行動においてAIに相談 旅行や金融で顕著(外部)
電通デジタルが2026年7月23日に公表した調査。購買ファネル別のAI利用意向で、最終的な購入決定だけが49.6%と低い。
博報堂買物研究所、「買物フォーキャスト2025」発表 AIエージェントの活用で変わる新しい購買行動モデル「DREAM」を提唱 ~「検索」から「対話」へ、「選択」から「承認」へ~(外部)
93の未来事象とバーチャル生活者へのインタビューから構築されたモデル。Recommendedの項に「生活者自身の直感」が明記されている。
電通総研、国内電通グループにおけるAIソリューション開発の中核機能を集約した専門組織『AI開発センター』を新設(外部)
2026年2月1日設立の専門組織。AIJESの考え方に基づくAIアプリケーションやAIエージェントの開発とPoCを担うとされる。
IAB Releases “Measuring Visibility in the AI Era” to Help Brands, Publishers, and Agencies Navigate AI-Powered Discovery(外部)
AI回答内での可視性を測る指標を統一しようとする文書。20社超のツールが方法論を揃えていない現状に対する業界団体の回答。
IAB’s New Advice On How To Measure AI Search Visibility(外部)
IABのVP of AIへの取材記事。業界が移行期にあるため今回の文書は「標準」ではないと、担当役員自身の言葉で語られている。


















