Sakana AIにシュミットフーバー氏、RSI Labで世界モデル開発

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2018年、AIが「夢」の中で練習する論文を共著した2人が、東京の同じ会社にそろいました。Sakana AIのCEOデイビッド・ハ氏と、1987年から自己改善するAIを構想してきたユルゲン・シュミットフーバー氏です。AIがAIを作る研究所に、なぜいま、物理世界を頭の中で試す「世界モデル」の研究者が加わるのでしょうか。


Sakana AIは2026年9月24日、ユルゲン・シュミットフーバー氏が現職との兼任で、チーフ・サイエンティフィック・アドバイザーとして同社に参画すると発表した。同氏は再帰的自己改善(RSI)を専門とする研究グループ「RSI Lab」の舵取りを支援し、定期的に東京を訪れてチームと協働する。同氏は1987年のディプロマ論文で自己改善とメタ学習を扱い、世界モデル、メタ学習、ゲーデルマシンの研究で知られる。

Sakana AIは同氏の基礎研究をもとに、行動の結果を事前にシミュレートする「エージェントネイティブな世界モデル」を開発しており、サプライチェーンの最適化やロボットの導入への応用を想定している。

From: 文献リンク人工知能のパイオニア、ユルゲン・シュミットフーバー氏がSakana AIに参画

【編集部解説】

現在公開されているRSI Labのロードマップでは、4段階の出発点に置かれた「Agent-Native Models」に、「LLM & World Model」という副題が記されています。6月にこのラボの始動を取り上げたとき、私は「計算資源の物量に頼らない自己改善」の宣言として読み、世界モデルには触れていませんでした。同社は8月12日、公式Xで、再帰的自己改善の次のフロンティアはフィジカルAIだとし、RSI Labを世界モデルの構築へ広げると表明しています。

シュミットフーバー氏の参画は、その流れの先で、世界モデル研究の源流の一人である研究者が加わった出来事だと捉えると、見通しがよくなります。

世界モデルとは、AIが自分の内側に世界の縮図を持ち、行動の結果を頭の中で先回りして試せるようにする仕組みです。階段を下りる前に、人が足の運びを無意識に予測しているのに近いかもしれません。同氏は1990年に、環境の変化を予測するニューラルネットワークを使って行動を計画する研究を発表しています。同社も公式Xで、同氏の1990年代の研究が世界モデルの初期の枠組みを築いたと紹介しています。

見逃せないのは、2018年の論文「World Models」の共著者が、シュミットフーバー氏と、現在Sakana AIのCEOを務めるデイビッド・ハ氏だった点です。この論文は、AIが世界モデルの生み出す「夢」の中で練習し、身につけた動きを実際のゲーム環境に持ち帰れることを示しました。2018年の共著論文で使われた「夢」という比喩は、行動の結果を「夢」のなかで安全にシミュレートするという今回の発表文にも現れています。8年を経て、共著者の二人が同じ会社で、再び同じテーマに向き合うことになります。

再帰的自己改善の側でも、つながりは具体的です。同社の代表的な研究「Darwin Gödel Machine(DGM)」の名にある「ゲーデルマシン」は、同氏が2000年代に提唱した、理論上の自己改善AIです。自分の書き換えが有益だと数学的に証明できたときにだけ、自らを改変する設計でした。DGMの論文は、その証明が実際にはほぼ不可能だとしたうえで、証明に代えて、ベンチマークでの実測でコードの変更を評価します。そこに、生まれたエージェントを保存して枝分かれさせていく進化的な探索を組み合わせたのがDGMです。ゲーデルマシンの理論を出発点に、実際に動かせる自己改善の形を探った研究だといえます。

さらにさかのぼると、起点は1987年にミュンヘン工科大学へ提出されたディプロマ論文です。学習の仕方そのものを学習する仕組みを、自分自身に繰り返し適用する構想が描かれていました。Sakana AIが、いま取り組んでいることの多くは思われているよりはるかに長い歴史を持つと書く背景には、この約40年の蓄積があります。

発表文が福島邦彦氏と甘利俊一氏の名を挙げている点も、日本の読者には響くところです。福島氏が1979年に発表したネオコグニトロンは、画像認識を支える畳み込みニューラルネットワークの原型とされます。甘利氏は、学習する神経回路網の数理的な基盤を早くから築いてきました。AI研究の火種は日本にもあった、という物語を海外の第一人者が語る構図は、世界の研究者を東京に呼び込みたい同社にとって、大きな意味を持つはずです。

世界モデルが実用に届けば、ロボットの行動を実機で試す前に、仮想環境で検討できる可能性があります。同社は、サプライチェーンの最適化やロボットの導入を用途に挙げています。試作や段取り替えに時間とコストをかけてきた日本の製造現場にとって、動かす前に試す手段は相性のよい技術です。6月の記事で見た「計算資源の制約を設計条件に変える」という発想とも重なり、実機での試行錯誤をどこまで減らせるかが、ものづくりへの応用を測る一つの焦点になります。

今回の発表は研究体制の強化であり、同社の世界モデルは開発中で、今回の発表では性能や公開の時期は示されていません。同氏は現職と兼任し、チーフ・サイエンティフィック・アドバイザーとしてRSI Labの研究の方向づけに携わります。同社は同氏を「現代AIの父」と紹介しています。一方で、深層学習の個々の成果を誰に帰するかをめぐっては、研究者の間で議論があります。

自己改善と物理世界が結びつくと、失敗の影響はコードの中にとどまらなくなるかもしれません。DGMの研究チームも、AIが評価の仕組みをすり抜けようとした振る舞いを報告しています。RSI Labは6月の発表で、うまくいかなかった結果も公開し、検証可能な安全策を最初から組み込むと約束しました。OpenAIも9月21日、再帰的自己改善の進み具合の評価を、国際的な標準づくりの候補に挙げています。自己改善するAIをどう確かめるかは、業界全体でこれから作法が整えられていく領域です。

1987年に描かれた自己改善の構想と、1990年に芽生えた世界モデル。RSI Labは、その二つを現代の基盤モデルを使った研究構想の中で結びつけようとしている、と読むことができます。ロードマップの第1段階が具体的な形を現したとき、日本のものづくりとAIの関係も、新しい章を迎えるのかもしれません。

【関連記事】

Sakana AI「RSI Lab」始動|AIがAIを作る再帰的自己改善で挑む、計算競争の先
本記事の前編にあたる6月の記事。RSI Labの2年間の研究の歩みと、計算資源の物量に頼らない自己改善の戦略を解説している。

OpenAI、国際AI標準の米国主導を提言|参入障壁にしない設計
再帰的自己改善の進み具合の評価を、国際的な標準づくりの候補に挙げたOpenAIの提言を読み解いた記事。安全性の議論の背景を補える。

Anthropicが警告、AIが自らを作る「再帰的自己改善」—Claudeが社内コードの80%超を執筆
同じ再帰的自己改善を、リスクの側から扱った記事。自己改善するAIを安全に確かめる必要性を、Anthropicの警告から補える。

Sakana AI、世界初のAI生成論文が査読通過 – 科学研究の未来を変える日本発の技術革新
ロードマップ第2段階にあたるThe AI Scientistの初期の成果を伝えた記事。Nature掲載へ至る前段の歩みを押さえられる。

【解説】フィジカルAIとNVIDIA・Noetra1兆円構想|世界の頭脳が日本に集うのはなぜか
日本のフィジカルAIをめぐる国家構想と、研究者が日本に集まる背景を解説した記事。ものづくりとAIの接点を広く見渡せる一本。

【編集部後記】

ICLR 2026の講演者紹介には、シュミットフーバー氏が15歳のころから掲げてきた目標が書かれています。自分より賢い、自己改善するAIをつくり、そして引退すること。

自分を追い越す存在をつくることを人生の目標に据えてきた研究者が、AIが研究を肩代わりする循環の舵取りに加わります。その「引退」の日が来たとき、研究の現場に人間の役割はどんな形で残っているのでしょうか。


【用語解説】

再帰的自己改善(RSI / Recursive Self-Improvement)
AIが自らの設計やコードを書き換え、性能を測り、その結果をもとにさらに改良していく循環を指す。改善が次の改善を呼ぶ点が核心である。

世界モデル(World Model)
AIが環境の仕組みを内部に持ち、行動の結果を事前に予測・シミュレートするためのモデル。強化学習では環境の予測モデルを指すが、動画生成など分野によって指す範囲に揺れがある。

フィジカルAI
ロボットや産業機械など、物理世界で動く身体にAIを組み込む取り組み。認識・判断・動作を一体のシステムとして扱う。

メタ学習
学習の仕方そのものを学習する手法。「学び方を学ぶ」とも表現される。シュミットフーバー氏は1987年の論文からこの研究に取り組んできた。

ゲーデルマシン
シュミットフーバー氏が2003年に提唱した理論上の自己改善AI。書き換えが有益だと数学的に証明できたときにだけ、自らのコードを改変する。

Darwin Gödel Machine(DGM)
ブリティッシュ・コロンビア大学とSakana AIの研究者による自己改善エージェントの研究。コードの変更をベンチマークで実測評価し、生まれたエージェントを保存して枝分かれさせる進化的な探索を組み合わせる。

ディプロマ論文
ドイツ語圏の大学で、ディプロマ(Diplom)の学位を得るために提出する論文。日本の修士論文に近い位置づけとされ、博士論文とは異なる。

ネオコグニトロン
福島邦彦氏が1979年に発表した、視覚の仕組みに着想を得た神経回路モデル。画像認識を支える畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の原型とされる。

【参考リンク】

Sakana AI(公式サイト)(外部)
2023年に東京で設立されたAI研究開発企業の公式サイト。進化や集合知に着想を得た研究と、金融や防衛などの領域での実装を手がける。

Sakana AI RSI Lab(公式・日本語)(外部)
再帰的自己改善を専門とする研究グループの紹介ページ。2年間の研究の歩み、4段階のロードマップ、責任あるRSIへの姿勢を掲載する。

Member of Technical Staff(RSI Lab)採用ページ(外部)
RSI Labの研究者・エンジニアの募集要項。ラボが迎えたい人材像と、自己改善や世界モデルに関わる研究の方向性を確認できる。

Juergen Schmidhuber’s home page(外部)
シュミットフーバー氏の個人サイト。1987年の論文、1990年の世界モデル研究、ゲーデルマシンなどを本人の視点で解説している。

Jürgen Schmidhuber(KAUST CEMSE教員プロフィール)(外部)
キング・アブドラ科学技術大学(KAUST)による同氏の公式プロフィール。現在の肩書き、学歴、経歴、受賞歴をまとめている。

World Models(インタラクティブ版)(外部)
ハ氏とシュミットフーバー氏の2018年の論文を、ブラウザ上で動くデモとともに解説する対話型ページ。「夢」の中の学習を体感できる。

【参考記事】

AI pioneer Schmidhuber to join Japan’s Sakana AI as science adviser(Nikkei Asia)(外部)
シュミットフーバー氏がチーフ・サイエンティフィック・アドバイザーとしてSakana AIに加わると報じた日経の英字記事。

Sakana AI hires Jürgen Schmidhuber, inventor of deep learning, world models, and your next ChatGPT update(The Decoder)(外部)
同氏の参画を、1987年の論文や1990年の世界モデル研究、1991年の深層学習技術など約40年の研究史とあわせて紹介した記事。

AIs that program themselves: Sakana AI founds research lab(heise online)(外部)
6月のRSI Lab始動を報じた記事。第1段階のAgent-Native Modelsを、世界モデルを含むものとして説明している。

World Models(arXiv:1803.10122)(外部)
ハ氏とシュミットフーバー氏の2018年の論文。AIが世界モデルの生み出す「夢」の中で学び、その方策を実環境へ移せることを示した。

Darwin Gödel Machine: Open-Ended Evolution of Self-Improving Agents(arXiv:2505.22954)(外部)
DGMの論文。ゲーデルマシンの証明要件を実測評価に置き換え、SWE-benchでの性能を20.0%から50.0%に高めた。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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