「AIがAIを自分で改良する」という、SFのようで現実になりつつある技術を、日本のスタートアップが正面から事業化しようとしています。東京発のSakana AIが立ち上げたのは、再帰的自己改善(RSI)だけを専門に研究する新チーム。巨大な計算資源を積み上げて競う米中の路線とは逆に、「少ない計算で賢くなる効率」で勝負を挑む、という発想です。世界中で自己改善型AIへの投資が過熱するいま、なぜ日本がこの土俵で戦えるのか。そして「自らを書き換えるAI」が抱える危うさと、それにどう向き合うのか。Sakana AIのこれまでの研究の歩みとあわせて、その狙いを読み解きます。
Sakana AIは2026年6月5日、再帰的自己改善(RSI)技術を専門に担う研究グループ「Sakana AI RSI Lab」の始動を発表した。RSI Labは東京本社に専任の研究・エンジニアリングチームを設置する。
同社はこの2年間、Agent Native ModelがAI Scientistを生み、そのAIがより優れたモデルを生むという循環を組み上げてきた。その歩みには、オックスフォード大学・ケンブリッジ大学と共同のLLM-Squared(2024年、DiscoPOPを考案)、ブリティッシュ・コロンビア大学と共同のThe Darwin Gödel Machine(2025年、SWE-benchで性能を2倍以上・絶対値30ポイント向上)、ShinkaEvolve(2025年、150回の試行で最適化問題を解決)、AtCoder Heuristic Contest 058で804名中1位のALE-Agent(2025年)、MITと共同のDigital Red Queen(2026年)、2026年3月26日にNature誌へ掲載されたThe AI Scientist(2024〜2026年)がある。同社はRSIを4段階のロードマップとして描き、RSI Labで2つのポジションを採用する。
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AIがAIを作る:Sakana AI「RSI Lab」始動

【編集部解説】
今回の発表でまず押さえておきたいのは、Sakana AIが「新しい研究成果」ではなく「専任組織の立ち上げ」を打ち出した点です。これまで同社が個別に発表してきた一連の研究を、再帰的自己改善(RSI)という一本の旗のもとに束ね直し、東京本社に常設チームを置く——いわば、点在していた実験群を研究開発上の重点領域へと位置づけ直す宣言だと読み解けます。
そもそもRSIとは、AIがAI自身の設計図(アーキテクチャやコード)を書き換え、性能を測り、その結果をもとにさらに改良する、という循環を指します。人間の研究者が手作業で次世代モデルを設計する現在のやり方を、AI自身に肩代わりさせていく構想です。難しく聞こえますが、要は「賢くなる作業そのものを自動化する」試みだと捉えると見通しがよくなります。
重要なのは、この発想がもはやSakana AI固有のものではないという背景です。Google DeepMindは2025年5月にAlphaEvolveを公開し、Geminiを用いてアルゴリズムを自動で改良する仕組みは、すでにGoogleのデータセンター運用で計算資源の約0.7%分を継続的に回収し、Gemini自身の学習効率の改善にも使われています。投資の動きも活発で、Richard Socher氏らが立ち上げたRecursive(Recursive Superintelligence)は、自己改善型AIの開発を掲げ、評価額46.5億ドル(46億5,000万ドル)で6.5億ドルを調達しました。RSIは2026年のAI業界で大きな注目を集めるテーマのひとつになりつつあります。
ここで興味深いのが、人材の交差です。Sakana AIの「The Darwin Gödel Machine」は、ブリティッシュ・コロンビア大学のJeff Clune氏の研究室との共同研究であり、そのClune氏はRecursiveの共同創業者の一人にも名を連ねています。Sakana AIの記事が「私たちの研究を土台に出発した取り組みもある」と控えめに記す背景には、こうした研究者のつながりがあると読む余地があります。社名こそ明示されていませんが、技術の源流をたどれば自分たちの研究にたどり着く、という自負がにじみます。
Sakana AIが特に強調しているのは、「計算資源を増やさずに勝つ」という一点です。巨大GPUクラスタに物量で挑むのではなく、少ない試行で答えにたどり着く効率の良さを武器にする——この設計思想は、巨大クラウド事業者を擁する米中と比べ計算資源面で制約を受けやすい日本の現実から逆算された戦略でもあります。同社が制約を「弱み」ではなく「設計条件」と言い換えるのは、ここに勝機を見出しているからです。
実現すれば、その恩恵は計り知れません。潤沢な計算基盤を持たない国・大学・中小企業でも、自分たちの課題に合わせたAIを自力で育てられるようになる可能性があります。Sakana AIが掲げる「AIの民主化」とは、AIの開発力を一部の巨大企業の独占物から、社会全体の公共財へと開いていく構想にほかなりません。
一方で、リスクも技術の核心に埋め込まれています。自らを書き換えるシステムは、想定外の方向へ進化したり、与えた制約をすり抜けたりしうるからです。Anthropicは、完全な再帰的自己改善が実現した場合、AIが制度の監督を上回る速さで自らの開発を加速させかねないと警告しており、フロンティアAI開発の一時停止すら検討に値するとの考えを示しています。Sakana AIが「失敗結果も含めて公開し、検証可能な安全策を最初から組み込む」と明言したのは、この懸念への先回りの応答といえます。
規制の観点でも、RSIは新たな論点を突きつけます。OpenAI、Anthropic、Google DeepMindはいずれも、サイバー攻撃やCBRN(化学・生物・放射性物質・核)、モデルの自律性、AI研究開発の自動化といった項目を、フロンティアAIの重大リスクとして安全性フレームワークのなかで扱っています。「AIがAIを作る」工程が常態化すれば、誰がその開発の責任を負うのか、どこで人間が監督に介入すべきかという問いが、これまで以上に現実味を帯びてきます。
長期的に見れば、今回の動きは「日本発のAI研究が、規模ではなく発想で世界の最前線に立てるか」を占う試金石になります。日本が進めるソブリンAI戦略とも歩調が合う取り組みであり、人材採用の成否を含め、今後1〜2年の進捗が日本のAI開発の立ち位置を大きく左右することになるでしょう。innovaTopiaとしても、その「壊れ方」までオープンに語る姿勢が本物かどうか、継続して見届けていきたいテーマです。
【用語解説】
再帰的自己改善(RSI / Recursive Self-Improvement)
AIが自分自身の設計図やコードを書き換え、性能を測定し、その結果をもとにさらに改良する改善の循環を指す。改善が次の改善を呼び、進歩が加速していく点が核心だ。
Agent Native Model(エージェントネイティブモデル)
チャット用途を前提とした従来のモデルとは異なり、最初から「自ら考えて行動するエージェント」としての利用を念頭に設計された土台モデル。Sakana AIのロードマップの出発点に位置づけられる。
DiscoPOP
研究「LLM-Squared」から生まれた選好最適化アルゴリズム。人間の比較データをもとにモデルを調整する手法を、LLM自身がほぼ自力で発見・記述した点に新しさがある。
SWE-bench
ソフトウェアの実際の不具合をAIが正しく修正できるかを測る業界標準のベンチマーク。コーディングエージェントの実力を比較する物差しとして広く使われている。
ソブリンAI(Sovereign AI)
自国が主体となって開発・運用し、データや基盤を他国に依存しすぎないAIを指す概念。経済安全保障や産業競争力の観点から、各国が国家戦略として整備を進めている。
AIの民主化(Democratized AI)
高度なAIの開発力を一部の巨大企業の独占物にとどめず、計算資源の乏しい国・大学・中小企業を含めて広く使えるようにする考え方。Sakana AIはRSIをその実現手段と位置づける。
フロンティアAI / フロンティアラボ
その時点で世界最高水準の性能を狙う最先端のAI、およびそれを開発する研究機関を指す通称。OpenAI、Google DeepMind、Anthropicなどが代表例とされる。
【参考リンク】
Sakana AI(公式サイト)(外部)
2023年設立で東京拠点のAI研究開発企業。進化や集合知に着想を得た独自路線を歩む日本発のフロンティアラボである。
About Sakana AI(公式・会社概要)(外部)
David Ha・Llion Jones・Ren Itoの3氏が2023年に創業したことを記す、Sakana AI公式の会社概要ページである。
Sakana AI RSI Lab(発表ページ)(外部)
今回の発表本体。RSI専任グループの始動を告知し、これまでの研究の歩みと4段階のビジョンを解説する公式ページ。
The Darwin Gödel Machine(DGM)(外部)
自らのコードを書き換えて進化するエージェントの研究。UBCと共同でSWE-benchの性能を自動で大きく高めた成果を紹介する。
ShinkaEvolve(外部)
高いサンプル効率でプログラムを進化させるオープンソースのフレームワーク。少ない試行で最適化問題を解いた成果を公開する。
ALE-Agent(外部)
競技プログラミング大会で人間の参加者を抑え1位を獲得した最適化エージェントの研究紹介ページ。失敗から学ぶ仕組みを持つ。
The AI Scientist(Nature掲載解説)(外部)
着想から論文執筆・査読までを自動でこなす研究システム。その成果が学術誌Natureに掲載されたことを伝えるページ。
AlphaEvolve(Google DeepMind)(外部)
Geminiでアルゴリズムを自動設計・改良するコーディングエージェント。Google社内で運用されるRSIの先行事例である。
AtCoder(外部)
ALE-Agentが挑んだAtCoder Heuristic Contestを主催する、日本発の競技プログラミングプラットフォーム。
Anthropic(外部)
AI開発企業の一つ。再帰的自己改善が安全性上のリスクになりうると警告し、業界全体での慎重な議論を促している。
【参考記事】
Sakana AI bets AI that improves itself can break the compute arms race of frontier labs(The Decoder)(外部)
RSI Lab始動を計算資源競争への対抗策と分析。創業者の経歴やNature掲載、Anthropicの制御リスク警告にも言及した記事。
Recursive Superintelligence raises $650M to build self-improving AI models(SiliconANGLE)(外部)
Recursiveが2026年5月13日に6.5億ドルを調達し評価額46.5億ドルでステルスを脱したと報じる記事。出資企業も伝える。
Recursive Superintelligence raises $650m at $4.65bn valuation to build self-improving AI(The Next Web)(外部)
Recursiveの大型調達からRSI投資の過熱を整理。GPT-5.5の高速化やチーム規模など業界動向を数値で伝える記事。
Recursive Raises $650 Million At $4.65 Billion Valuation To Create Self-Improving AI(OfficeChai)(外部)
Recursiveが評価額46.5億ドルで6.5億ドルを調達。DGMとの人脈や各社の安全性方針への言及も含む記事。
What Is AlphaEvolve? How Google’s AI Is Already Improving Its Own Training(MindStudio)(外部)
RSIの代表例AlphaEvolveを解説。Geminiの学習効率を改善し計算資源の0.7%を回収した成果を紹介する記事。
Sakana AI Opens Lab For Recursive Self-Improvement(WinBuzzer)(外部)
RSI Lab始動を物量依存脱却の賭けと報道。競合の自動研究やAnthropicの監督リスク懸念を整理した記事。
Anthropic urges AI labs to pause development, warns humans risk losing control(Reuters)(外部)
Anthropicが主要ラボに協調的で検証可能な開発停止の検討を要請。RSIで制御を失う危険に警鐘を鳴らす記事。
【関連記事】
Anthropicが警告、AIが自らを作る「再帰的自己改善」—Claudeが社内コードの80%超を執筆
本記事と同じRSIを主題に、Anthropic側のリスク警告を扱った記事。今回のSakana AIの「攻め」と対をなす「守り」の視点。
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同じSakana AIによる、計算効率を追求する研究の最新例。RSIと地続きの「アイデアで勝つ」路線を示す記事。
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本記事の編集部解説で触れたAlphaEvolveを単独で深掘りした記事。RSIの先行事例をより詳しく知りたい読者向け。
Sakana AI、世界初のAI生成論文が査読通過 – 科学研究の未来を変える日本発の技術革新
RSIロードマップの一段階「The AI Scientist」の成果を報じた記事。Nature掲載に至る前段を押さえられる。
OpenAI・Anthropic・Google DeepMind、2027年にAGI実現を予測──AI 2027レポート
AIの自己改良を前提に超知能の到来を描いたシナリオ記事。RSIが持つ長期的インパクトを俯瞰したい読者に。
【編集部後記】
「AIがAIを作る」と聞くと、どこか遠い未来の話に思えるかもしれません。けれど今回の発表は、計算資源で巨大企業に及ばない日本だからこそ挑める領域がある、と教えてくれているようにも感じます。
みなさんは、こうした「制約をバネにする」発想に可能性を感じますか。それとも自己改善するAIの危うさのほうが気になるでしょうか。私たちも答えを持っているわけではありません。よければ一緒に、この技術の行く先を見守っていけたらうれしいです。












