NVIDIAのベンチャーキャピタル部門NVenturesが2025年6月18日、小型モジュール原子炉開発企業TerraPowerの6億5000万ドルの資金調達ラウンドに参加した。この資金調達にはTerraPower創設者のビル・ゲイツとHD Hyundaiも参加している。
TerraPowerは2006年にマイクロソフト元CEOのビル・ゲイツによって設立され、従来の大型加圧水型原子炉より建設が容易で安価な原子炉設計を約20年間開発してきた。同社はワイオミング州で345メガワットのNatrium原子炉と1ギガワット容量の溶融塩エネルギー貯蔵システムを組み合わせたプラントを建設中である。
非核部分の建設は2024年に開始されたが、原子力規制委員会の承認は2026年、実際の稼働は2030年を予定している。NVenturesを率いるMohamed Siddeek企業副社長は、AI産業の変革に伴い原子力エネルギーがより重要な電源になると述べた。AWS、Google、Microsoft、Oracleなどの大手テック企業も原子力エネルギーイニシアチブを発表している。
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Nvidia bets on Gates-backed TerraPower micronuclear provider
【編集部解説】
今回のNVIDIAによるTerraPowerへの投資は、AIブームが生み出す電力需要の急激な拡大に対する業界の危機感を象徴する出来事といえます。
データセンターの電力消費量は急速に増加しており、特にAI処理に特化した次世代データセンターでは500メガワット以上の電力が必要とされています。これは中規模都市一つ分の電力需要に匹敵する規模です。従来の電力供給では対応が困難な状況を受け、大手テック企業が次々と原子力エネルギーに目を向けているのが現状です。
NVIDIAの投資戦略を見ると、同社は単なる半導体メーカーではなく、AI生態系全体の成長を支えるプラットフォーマーへと進化していることがわかります。より多くのエネルギーがあれば、より多くのGPUを稼働させることができ、結果として同社の収益機会も拡大するという構図です。
しかし、小型モジュール原子炉(SMR)の技術的課題は深刻です。エネルギー経済・金融分析研究所(IEEFA)の2024年レポートによると、これまでに建設された4基のSMRすべてが当初予算を大幅に超過し、工期も大幅に遅延しています。例えば、アルゼンチンのCAREM原子炉は建設費が600%も増加しました。業界先駆者のNuScaleも協力自治体との主力プロジェクトが費用増加により中止となっています。
TerraPowerのNatrium技術は、液体ナトリウムを冷却材として使用し、溶融塩エネルギー貯蔵システムと組み合わせることで、従来の原子炉よりも安全性と効率性を高めるとされています。しかし、2030年の稼働予定から見ても、AI産業の急速な成長に対する即効性のある解決策とは言えません。
規制面での課題も無視できません。原子力規制委員会による承認プロセスは複雑で時間がかかり、TerraPowerも2026年まで承認を得られない見込みです。また、地域住民の反対や環境影響評価など、社会的受容性の問題も残されています。
一方で、この投資は長期的な視点では合理的な判断ともいえます。再生可能エネルギーの間欠性の問題を解決し、安定した大容量電力を供給できる技術として、SMRは将来的に重要な役割を果たす可能性があります。特に、24時間365日稼働するデータセンターにとって、天候に左右されない安定電源の価値は計り知れません。
【用語解説】
小型モジュール原子炉(SMR)
出力が300メガワット以下の原子炉で、工場での標準化された生産により建設コストと期間の短縮を目指す技術。従来の大型原子炉と比較して安全性の向上と運用の柔軟性を特徴とする。
Natrium技術
TerraPowerが開発する345メガワットのナトリウム冷却高速炉と1ギガワット容量の溶融塩エネルギー貯蔵システムを組み合わせた先進原子炉技術。従来の加圧水型原子炉とは異なり液体ナトリウムを冷却材として使用する。
溶融塩エネルギー貯蔵システム
高温の溶融塩を使用してエネルギーを蓄積し、必要に応じて電力を供給するシステム。再生可能エネルギーの間欠性を補完し、電力網の安定化に寄与する。
【参考リンク】
TerraPower(外部)
ビル・ゲイツが創設した原子力イノベーション企業。Natrium技術の開発とワイオミング州での実証プラント建設を推進。
NVentures(外部)
NVIDIAのベンチャーキャピタル部門。AI、ヘルスケア、エネルギー分野の革新的企業への投資を実行。
HD Hyundai(外部)
韓国の大手産業コングロマリット。造船、建設機械、電力設備など幅広い事業を展開している。
Sabey Data Centers(外部)
米国の大手プライベートデータセンター運営会社。エネルギー効率と持続可能性に焦点を当てた施設運営。
NuScale Power(外部)
小型モジュール原子炉分野の先駆企業。2023年に主力プロジェクトが中止となった背景を持つ。
【参考記事】
Nvidia Goes Nuclear, Investing in Bill Gates’ Start-Up(外部)
NVIDIAのTerraPowerへの投資について報じたBloombergの記事。6億5000万ドルの資金調達ラウンドの詳細を分析。
Small Modular Reactors: Still Too Expensive, Too Slow and Too Risky(外部)
エネルギー経済・金融分析研究所による2024年のSMR市場分析レポート。建設されたSMRの大幅な予算超過を検証。
TerraPower Announces $650 Million Fundraise(外部)
TerraPower公式による資金調達発表。NVentures、ビル・ゲイツ、HD Hyundaiの参加とNatrium実証プラント建設計画を説明。
Is nuclear energy the answer to AI data centers’ power consumption?(外部)
ゴールドマン・サックスによるAIデータセンターの電力需要分析。85-90ギガワットの新規原子力容量が必要との予測。
TerraPower begins construction at 345-MW advanced reactor site in Wyoming(外部)
電力業界専門メディアによるTerraPowerのワイオミング州建設開始の報告。プロジェクトの技術仕様と建設スケジュールを詳述。
【編集部後記】
AI時代の電力問題は、私たちの日常にも深く関わってくる課題です。データセンターの電力需要が急増する中、再生可能エネルギーだけでは限界があるのかもしれません。NVIDIAのような企業が原子力に注目する理由を考えると、テクノロジーの進歩には必ずエネルギーという基盤が必要だということを改めて実感します。