中国映画基金会は2025年6月18日、上海国際映画祭でカンフー映画遺産プロジェクトを発表した。
このプロジェクトでは、AIを使用してブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジェット・リーらが出演する武術映画100本を復元する。復元対象にはリーの「ドラゴン危機一発」(1971年)と「ドラゴン怒りの鉄拳」(1972年)、チェンの「酔拳」(1978年)、リーの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」(1991年)が含まれる。
同基金会の張丕民会長は、AIが画像、音響、制作品質を向上させる一方で、ストーリーテリングと美学を保持すると説明した。プロジェクトには1億元(約1390万ドル)の予算が投じられる。
また、ジョン・ウーの「男たちの挽歌」(1986年)をAIで完全制作したアニメーション映画「男たちの挽歌:サイバー・ボーダー」も世界初上映された。この作品は30人のスタッフで制作され、制作期間は従来の数年から数ヶ月に短縮された。張丕民会長と提携企業上海燦星文化メディアの田明会長は、これは保存が目的であり改変ではないと強調した。
From: AI revives the Dragon: Bruce Lee’s legacy gets high-tech makeover
【編集部解説】
今回のプロジェクトは、単なる映画復元を超えた文化的・技術的な実験として注目に値します。中国映画基金会が発表した大規模な投資は、AI技術を活用した映像コンテンツ制作の新たな可能性を示しています。
特に興味深いのは、復元対象となる作品群の選定基準です。ブルース・リーの「ドラゴン危機一発」(1971年)から始まり、ジャッキー・チェンの「酔拳」(1978年)、ジェット・リーの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」(1991年)まで、約20年間にわたる香港映画黄金期の代表作が含まれています。
技術的な側面では、AIが画像・音響・制作品質の向上を担う一方で、オリジナルのストーリーテリングと美学を保持するという方針が示されています。しかし、この「保持」の定義が曖昧な点は懸念材料でもあります。ジョージ・ルーカスによる「スター・ウォーズ」特別編の例が示すように、技術的向上が必ずしも作品価値の向上につながるとは限りません。
プロジェクトの革新性は、完全AI制作アニメーション「男たちの挽歌:サイバー・ボーダー」にも表れています。30人のスタッフで制作期間を数年から数ヶ月に短縮したという実績は、映画制作の工業化に新たな道筋を示しています。
一方で、著作権者の意図を反映できない点は重要な課題です。1973年に亡くなったブルース・リーや1996年に亡くなった監督ロー・ウェイの意図を、現代の技術者がどこまで正確に解釈できるかは疑問視されています。
このプロジェクトが成功すれば、他国の映画産業にも大きな影響を与える可能性があります。特に、制作コストの大幅削減と品質向上の両立が実現されれば、映画制作の民主化が進む可能性があります。
長期的には、AIによる映像復元技術の標準化が進み、失われた文化遺産の復活や、新たな表現形式の創造につながることが期待されます。ただし、オリジナル作品の芸術的価値と技術的向上のバランスをどう取るかが、今後の課題となるでしょう。
【用語解説】
AI復元技術
人工知能を使用して古い映像の画質、音質、色彩を向上させる技術。機械学習により劣化した映像を分析し、元の品質に近い状態まで復元する。
カンフー映画遺産プロジェクト
中国映画基金会が主導する、AI技術を活用した武術映画の文化遺産保存プロジェクト。100本のクラシック作品の復元と新作アニメーション制作を含む。
フルスタックAIパイプライン
映画制作の全工程(脚本作成、モデリング、アニメーション、レンダリング)をAIで処理する包括的な制作システム。
上海国際映画祭
1993年に開始された中国最大級の国際映画祭。毎年6月に開催され、アジア太平洋地域の映画産業の重要なイベントとして位置づけられている。
【参考リンク】
中国映画基金会
中国の映画産業発展を支援する政府系組織。映画制作への投資、文化遺産保存、国際協力を推進している。
China Film Group Corporation(中国電影集団公司)
中国最大の映画企業。中国共産党中央宣伝部が所有し、映画の輸入・配給・製作を独占的に行っている国営企業である。
China Film Archive(中国電影資料館)
1958年設立の中国国立映画アーカイブ。中国映画の保存・復元・研究を行う機関で、北京に本部を置く。
【参考動画】
【参考記事】
Jackie Chan, Bruce Lee Headline AI Kung Fu Revival at Shanghai(外部)
Varietyによる詳細報道。プロジェクトの技術的詳細と投資額を包括的に報じている
Among Kung Fu Classics Set For AI Restorations(外部)
Deadlineによる業界分析。AI技術への業界内の懸念と期待を詳細に報告している
China uses AI to revive 100 classic Kung Fu films(外部)
India Todayによる報道。プロジェクトの文化的意義と技術革新の側面を強調している
【編集部後記】
AIによる映画復元技術は、私たちが愛する作品をどこまで「オリジナル」のまま蘇らせることができるのでしょうか。ブルース・リーの名作が現代技術で生まれ変わる一方で、創作者の意図を正確に反映できるかという課題も浮上しています。
皆さんは、技術的な向上と芸術的価値の保持、どちらを重視されますか?また、30人のスタッフで制作されたAI映画の登場は、映画業界の未来をどう変えていくと思われますか?ぜひコメント欄で、皆さんの率直なご意見をお聞かせください。私たちも一緒に考えていきたいと思います。