Last Updated on 2025-07-03 07:54 by admin
中国の電力会社のコールセンターにおけるAIアシスタント利用に関する研究が2025年7月2日にThe Registerで報道された。
研究者らは13名のカスタマーサービス担当者に半構造化インタビューを実施し、第28回ACM SIGCHI コンピュータ支援協働作業・社会コンピューティング会議(CSCW)で10月に発表予定である。
調査結果によると、AIは発信者のアクセントや発音、話速により音声転写を不正確に行い、電話番号などの数字列の表示にも困難を抱えている。AIの感情認識システムは通常の話し方を否定的感情として誤分類し、音量レベルを悪い態度の兆候として扱うため、担当者は感情タグを無視している。
AI生成コンテンツの大部分が手動修正や削除を必要とし、基本的なタイピング作業を削減する一方で情報処理における構造的非効率性をもたらしている。
2023年にGartnerは2026年までに組織が顧客サポートスタッフの20-30%を生成AIで置き換えると予測したが、先月に予測を修正し、2027年までに顧客サービス労働力削減を期待していた組織の50%が計画を放棄すると発表した。
From: Call center staffers explain to researchers how their AI assistants aren’t very helpful
【編集部解説】
この研究が示すのは、AI導入における「期待値と現実のギャップ」という、多くの企業が直面している課題の典型例です。特に注目すべきは、AIが単純作業を削減する一方で、新たな「構造的非効率性」を生み出している点でしょう。
音声認識技術の限界は、実は業界では以前から指摘されていた問題です。方言やアクセント、話速の違いによる認識精度の低下は、日本語のような音韻体系が複雑な言語では更に深刻になる可能性があります。実際、日本の電力会社である中国電力も2025年1月にFPTジャパンホールディングスと生成AI導入に関する業務協力覚書を締結しており、国内でも同様の課題に直面していることが予想されます。
感情認識システムの不備も重要な問題です。音量を感情の指標とする単純なアルゴリズムでは、文化的背景や個人差を考慮できません。日本のコールセンターでは、より微細な敬語表現や間の取り方なども感情判断の要素となるため、現在のAI技術では対応が困難でしょう。
興味深いのは、Gartnerの予測修正です。2023年の楽観的な予測から一転、2025年には「AI導入を諦める企業が50%」という現実的な見通しに変わりました。これは業界全体がAI導入の複雑さを理解し始めた証拠といえます。日本国内でも、AIを利用しているコールセンターの割合は2023年の13%から2024年には41%へと急増していますが、同様の課題に直面している可能性があります。
長期的には、この研究が示すハイブリッドアプローチが主流になると予想されます。AIが定型業務を担い、人間が複雑な判断や感情的なケアを行う分業体制です。ただし、これには従業員の再教育や業務プロセスの再設計が必要となり、導入コストは当初の想定を大幅に上回る可能性があります。
規制面では、AI判断の透明性や責任の所在が今後の焦点となるでしょう。特に金融や医療分野では、AIの誤判断による損害の責任範囲を明確にする法整備が急務です。
【用語解説】
ACM SIGCHI Conference on Computer-Supported Cooperative Work & Social Computing(CSCW)
コンピュータ支援協働作業と社会コンピューティングに関する国際学会。人間とコンピュータの相互作用、協働システム、社会的コンピューティングの研究発表を行う権威ある学術会議である。
半構造化インタビュー
事前に用意した質問項目を基本としながら、回答者の反応に応じて追加質問や深掘りを行う調査手法。定性的研究において広く用いられ、柔軟性と一貫性のバランスを取った情報収集が可能である。
同音異義語(ホモフォン)
発音が同じでも意味や綴りが異なる単語。音声認識システムにとって判別が困難な言語現象の一つで、文脈理解が重要となる。
感情認識システム
音声の音調、話速、音量などから話者の感情状態を推定するAI技術。コールセンターでは顧客満足度の向上や適切な対応判断に活用される。
エージェンティックAI
自律的に判断し、タスクを実行できるAIシステム。従来の生成AIとは異なり、人間の指示なしに複数のステップを経て目標を達成する能力を持つ。
【参考リンク】
Gartner(外部)世界最大級のIT調査・助言企業。AIやデジタル変革分野での知見が高く評価されている
【参考記事】
Customer Service Representative’s Perception of the AI Assistant(外部)
コールセンター従業員のAIアシスタント認識を分析した学術論文
FPTとエネコムがAIおよびクラウドソリューションで中国電力と協力(外部)
中国電力とFPTの業務協力覚書について報告した記事
【編集部後記】
皆さんの職場でも、AI導入の話が出ているのではないでしょうか。この研究が示すように、AIは万能ではなく、現場の声を聞くことの重要性が浮き彫りになりました。
日本でも中国電力がFPTと協力してコールセンターAI導入を進めるなど、同様の取り組みが始まっています。もし皆さんがAI導入に関わる立場にいらっしゃるなら、実際に使う人たちの意見をどれだけ聞けているでしょうか。
また、AIに仕事を奪われる不安を感じている方もいるかもしれませんが、この事例を見ると、人間の役割はまだまだ重要そうです。皆さんの業界では、AIと人間の協働はどのような形が理想的だと思われますか。