テレビで気になるCMを見て、スマホでたまたま同じ広告を見かけて、数日後にふらっとその店に立ち寄る。よくある一日ですが、この「見た」から「行った」までの道のりは、これまで広告を出す側からはほとんど見えていませんでした。どの媒体が本当に足を運ばせたのか、証拠がつかめなかったからです。その見えなかった線を、位置情報という手がかりで結び直そうとする動きが出てきました。しかもテレビやスマホ、SNSといった別々の入り口をまたいで、同じものさしで測ろうというのです。私たちの何気ない外出が、静かにデータへと変わっていく――その入り口を、少しのぞいてみます。
電通デジタルは2026年7月2日、ブログウォッチャーと共同で、来店効果分析ソリューション「OmniVisit」を開発し、同日より提供を開始した。電通デジタルの代表取締役社長執行役員は瀧本恒、ブログウォッチャーの代表取締役は新村生である。
OmniVisitは、デジタル広告への接触が実店舗への来店にどれだけ寄与したかを、複数の媒体を横断して計測・分析するソリューションである。電通デジタルが保有する第三者計測プラットフォームと、ブログウォッチャーが保有する位置情報データベースを統合する。ウェブサイト、SNS、音声メディアなどの媒体別、PC、スマートフォン、タブレット、CTVなどのデバイス別の広告接触データを一元管理し、同一指標で評価する。位置情報データは、140種類以上の連携アプリを通じ、利用を許諾したユーザーで構成される最大1億MAU規模(2026年5月時点)である。なお「OmniVisit」は商標出願中である。
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ブログウォッチャーと共同で位置情報データを活用した来店効果分析ソリューション「OmniVisit™」を提供開始 | 電通デジタル
【編集部解説】
このニュースを「また来店計測ツールが一つ増えた」と読むと、本質を見落とします。OmniVisitが解こうとしているのは、デジタル広告業界が長年抱えてきた「壁に囲まれた庭(ウォールドガーデン)」問題だからです。
これまで、GoogleやMeta、各SNSといったプラットフォームは、自社の広告がどれだけ来店に貢献したかを、それぞれ自社の物差しで報告してきました。しかし各社のデータは自社のプラットフォーム内に閉じているため、広告主は「A社の媒体とB社の媒体、どちらが来店効率が良いのか」を同じ基準で比べられませんでした。OmniVisitは、この分断されたデータを電通デジタルの計測環境に集め、共通の指標で並べ直そうという試みです。
技術的な要が、ブログウォッチャーの位置情報データです。仕組みを噛み砕くと、「広告に触れた端末」の記録と「実際に店舗の位置に現れた端末」の記録を突き合わせ、広告を見た人と見ていない人で来店率にどれだけ差(リフト)が出たかを算出します。この差が、広告によって生まれたと推定される来店の押し上げ分だという考え方です。
ここで見逃せないのが、CTV(コネクテッドTV)への対応です。広告事業者のMNTNによれば、米国のCTV広告費は2026年に380億ドル規模に達する見込みで、来店効果の計測が業界の大きな関心事になっています。テレビCMは長らく「効果が測れないもの」の代表でしたが、ネット接続されたテレビなら、世帯単位などで来店との関係を推定・分析できる場合が出てきました。国内でもこの流れに対応するソリューションが登場した点は、注目に値します。
ポジティブに捉えれば、恩恵は広告主だけのものではありません。無駄打ちの広告が減れば、生活者が浴びる的外れな広告も減り、限られた予算がより効果的な施策に回ります。テレビCMのような「効果が見えにくい投資」を数値で語れるようになることは、マーケティングの意思決定を勘や経験則から解放する意味を持ちます。
一方で、冷静に見ておくべき点もあります。来店計測はあくまで統計的な推定であり、GPSの誤差や、広告接触と来店の因果を完全には切り分けられないという限界を抱えます。業界の専門家の間でも、CTV計測は「従来のテレビより優れているが、デジタルほど厳密ではない」というのが率直な評価です。「純粋なリフト効果」「独自の補正ロジック」という表現の中身は、実運用での検証を待つ必要があります。
そして最大の論点はプライバシーです。リリースが「利用を許諾したユーザーのみ」「セキュアな環境」と繰り返し強調しているのは、この技術が個人の移動履歴というプライバシー性の高い情報に触れるからにほかなりません。日本では2023年施行の改正電気通信事業法で、アプリからの位置情報など外部送信への規律が導入済みです。さらに個人情報保護委員会は2026年1月に制度改正方針を公表し、個人データ等の取扱いに関する規律強化や課徴金制度の導入へと議論が進んでいます。
つまりOmniVisitは、規制が厳しくなる方向の真っただ中で船出します。ただ、この逆風は同時に追い風でもあります。サードパーティCookieに依存した広告計測の見直しが進む今、明確な同意を得た位置情報という「筋の良いデータ」を土台に据える設計は、規制強化の時代にむしろ適合しやすいという読み方もできるからです。
長期的に見れば、この動きは「オンラインとオフラインの境界が消えていく」大きな潮流の一部です。私たちがスマートフォンとテレビの前で過ごす時間と、実際に店へ足を運ぶ行動が、一本の線でつながって計測される。その利便性と引き換えに、自分の移動が誰にどう使われるのかを問い直す局面が、生活者一人ひとりに近づいています。
【用語解説】
オフラインコンバージョン
デジタル広告に接触したユーザーが、オンライン上ではなく実店舗への来店や店頭購入といった「現実世界での行動」に至ること。ネット上のクリックや購入では測れなかった成果を指す。
ROAS(Return On Advertising Spend)
広告費用対効果のこと。広告に投じた費用に対して、どれだけの売上や成果が得られたかを示す指標。数値が高いほど広告投資が効率的だったと評価される。
CTV(コネクテッドTV/Connected TV)
インターネットに接続され、動画配信サービスなどを視聴できるテレビの総称。スマートテレビや、Fire TV・Chromecastなどの外付け端末を接続したテレビ、ゲーム機経由の視聴も含む。従来のテレビCMと違い、視聴データに基づく計測や配信ができる点が特徴である。
MAU(Monthly Active Users)
月間アクティブユーザー数。ひと月の間にそのサービスやデータ基盤で実際に活動があったユーザーの数を表す規模の指標。
(来店)リフト効果
広告に接触したグループと接触していないグループの来店率を比べ、その差から広告が生んだと推定される「来店の押し上げ分」を算出する考え方。単なる来店数ではなく、広告そのものの貢献度を切り分けようとする点に意味がある。
第三者計測プラットフォーム
広告を配信する媒体(GoogleやSNSなど)とは独立した立場で、広告の表示や効果を客観的に計測する仕組み。媒体の自己申告に頼らず、共通のものさしで横並びに比較するために用いられる。
ウォールドガーデン(Walled Garden)
GoogleやMetaなど、大手プラットフォームが自社サービス内にデータを囲い込み、外部からは中身を検証・比較しにくい状態を指す業界用語。「壁に囲まれた庭」の意。媒体横断での効果比較を難しくする要因とされてきた。
サードパーティCookie
ユーザーが訪れているサイトとは別の事業者が発行し、サイトをまたいで閲覧行動を追跡するために使われてきた技術。プライバシー保護の観点から各ブラウザで制限や見直しが進み、広告計測の前提が大きく変わりつつある。
改正電気通信事業法/外部送信規律
2023年6月に施行された、日本の通信・オンラインサービスに関する法律の改正。ウェブサイトやアプリがタグやSDKを使って利用者の閲覧履歴・位置情報などの利用者情報を外部の第三者に送信する際、その内容を通知・公表したり同意を得たりすることを求める規律で、通称「Cookie規制」とも呼ばれる。
【参考リンク】
株式会社電通デジタル(公式サイト)(外部)
電通グループのデジタルマーケティング中核会社。広告運用やデータ・AI活用を手がける、本ソリューションの提供主体。
株式会社ブログウォッチャー(公式サイト)(外部)
2007年に電通とリクルートの共同出資で設立された、位置情報・人流データを専門とする企業。本件でデータを提供する。
株式会社ブログウォッチャーの株式譲渡に関するお知らせ|リクルート(外部)
リクルートが2026年2月、子会社ブログウォッチャーの全株式をunerryへ譲渡すると決議した公式リリース。資本関係の照合に用いた。
総務省|外部送信規律の解説ページ(外部)
改正電気通信事業法の「外部送信規律」を事業者・利用者向けに解説。位置情報など外部送信の考え方がわかる公式ページ。
個人情報保護委員会(公式サイト)(外部)
個人情報保護法を所管する日本の行政機関。編集部解説で触れた制度改正方針など最新の規制動向を確認できる。
【参考記事】
What Is Connected TV? How CTV Advertising Works (2026) — MNTN(外部)
米CTV広告費が2026年に380億ドル規模に達する見込みと紹介。地理ターゲティングや視聴完了率などCTV広告の特徴を解説する。
Connected TV in 2026: 5 Myths Costing You Growth — AdCellerant(外部)
CTVが表示回数の38%で計測可能CVの63%を生むとし、世帯単位の追跡でテレビ視聴と来店を結ぶ手法を論じる記事。
Foot Traffic Attribution: Measure Real Store Visits — OnSpot(外部)
Cookie消滅を背景に来店計測の意義を解説。米成人の67%がCookieを管理・ブロックとの調査に触れ、限界を指摘する。
Leveraging InMarket foot traffic attribution to measure CTV ads — Madhive(外部)
CTV広告の来店計測の仕組みを具体的に解説。世帯IDと店舗のモバイルIDを突き合わせる帰属手法を事例とともに示す。
CTV Attribution: How to Measure Connected TV Ad Performance — ATTN Agency(外部)
CTV計測は確率的なモデリングが必要と冷静に整理。従来のテレビより優れるがデジタルほど厳密ではない評価を示す。
【関連記事】
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【編集部後記】
広告が的確になることは、悪い話ばかりではありません。見当違いのバナーに追いかけ回される日々より、興味に近いものだけが届くほうが、正直ありがたいと感じる人も多いはずです。予算の無駄が減れば、まわりまわってサービスの質にも返ってくるかもしれません。そういう恩恵は、たしかに存在します。
ただ、その裏側で動いているのが「自分がいつ、どこにいたか」という記録だと知ると、少し立ち止まりたくなります。同意した覚えのある人も、うろ覚えの人もいるでしょう。多くのアプリで、位置情報の許可は一度タップしたきり忘れられていきます。今回のような仕組みが広がるほど、その一度のタップの重みは増していきます。
面白いのは、規制が厳しくなる流れと、こうした技術が伸びる流れが、同時に進んでいることです。ルールが締まるからデータが使えなくなる、という単純な話ではなく、「きちんと同意を取ったデータなら堂々と使える」という方向に業界全体が舵を切りつつある。窮屈になるのではなく、むしろ健全な地面の上で競争が起きるのかもしれません。そう考えると、この変化は締めつけというより、線引きのやり直しに近い気がします。
答えを出せる話ではないと思っています。便利さを丸ごと拒むのも、無防備に差し出すのも、どちらもしっくりこない。だからこそ、自分の外出がどんなふうに使われているのかを時々思い出しながら、そのつど選んでいくしかないのだろう、と。この先も一緒に、その選び方を考えていけたらうれしいです。












