日本発アバター国際規格ISO/IEC 24216-1が発行——「メタバースの身体」を定義した初の包括規格

[更新]2026年7月4日

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VTuberやメタバースの中で、人は「なりたい自分」の姿を選んで生きるようになりました。けれど、その姿をどう定義し、どんな配慮のもとに設計すべきか——アバターについて語るための共通の言葉は、これまで存在しませんでした。日本発の国際規格ISO/IEC 24216-1は、その空白に初めて言葉を与えたものです。規格が実際に何を定め、何を目的にしているのかを見ていきます。


経済産業省は2026年6月29日、日本発のアバターに関する国際規格「ISO/IEC 24216-1:2026」の発行を発表した。策定したのは産業技術総合研究所(産総研)が2024年10月に設置した「アバター国際標準化の国内検討委員会」で、VRMコンソーシアムやKDDI、サイバーエージェント、慶応義塾大学などの関係者に加え、VTuber・バーチャル美少女ねむが有識者として名を連ねた。

規格が扱うのはアバターのファイル形式そのものではなく、

①定義
②デザイン・機能の分類
③身体リアリティの分類と評価
④倫理的社会的配慮事項
⑤利用時の配慮事項

という、アバターという概念自体の語彙と設計思想である。2026年5月にISO/IEC JTC 1/SC 35で正式な国際規格として発行された。

From: 文献リンク経産省、アバター国際規格発行を発表! VTuberねむ委員コメント「日本発でアバターを規格化する意義」

【編集部解説】

今回の規格が実際に何を定めたのかは、経済産業省の発表(5項目の骨子)よりも、同日に産総研が公開したプレスリリースの方が具体的です。規格はアバターを「利用者を表す図形オブジェクト(graphical object)」と定義した上で、用語・機能・設計運用上の配慮事項を体系的に整理し、開発者や事業者向けの要件・推奨事項として定めています。

整理の対象には、アバターを自分の身体だと感じる感覚である身体所有感(Body Ownership)や、多様な文化・価値観への配慮も含まれます。適用範囲はエンターテインメントに限らず、VR・AR・MR、サイバーフィジカルシステム、メタバースなど、アバターを用いる情報技術分野全般に及びます。原案の編集は、産総研の大山潤爾主任研究員(人間社会拡張研究部門 インターバース研究チーム)がプロジェクトエディタとして主導し、同所のXR評価実験システム「Xperigrapher」による身体所有感・身体リアリティ研究が学術的な基盤になっています。

規格発行後のX上の反応で目立ったのは、「VRMとの違いがわからない」という質問でした。VRMは日本発の民間規格で、アバターの技術的な実装(3Dモデルのファイル形式)を定めるものです。

一方、ISO/IEC 24216-1が扱うのは、アバターの定義・分類・倫理的配慮事項といった、概念と語彙のレイヤーです。ファイルフォーマットの話ではなく、「アバターとは何であり、どう扱われるべきか」を説明するための共通言語を整備したものだ、と捉えるとわかりやすいと思います。検討委員の一人であるVTuber・バーチャル美少女ねむさんも、X上で「ファイルフォーマットの話ではなく、概念の整理だ」と繰り返し説明に回っていました。

一方で、XR開発に携わるユーザーからは「共通言語ができることで、自分のサービスも『ISO規格準拠』とうたえるようになる」という実務的な歓迎の声もありました。

ここから先は、確認できた事実ではなく編集部の推測であることを断った上で書きます。この規格が海外で今後どう使われていくかは、いくつかの異なる経路が考えられます。技術実装よりも先に、HCI・XR分野の学術論文で「定義の出典」として引用される、あるいは行政・自治体のメタバース関連調達文書で「参照済み」の一項目として消費される、といった活用は比較的想像しやすいところです。もう一段推測が強くなりますが、ISO 9001が実質的な品質保証というより信頼シグナルとして機能しているのと同じように、この規格も「ISO準拠」という宣伝文句のラベルとして消費される可能性もあります。

それでも、この規格が倫理的・社会的配慮事項を扱っていること自体には、掘り下げる価値があります。技術規格は通常、測定できるもの——寸法、通信手順、ファイル形式——を対象にします。それに対してこの規格は、「身体所有感」や「倫理的な配慮」という、測定しにくい人間の経験の領域に、公式な語彙と分類を与えました。何かに名前を与えるという行為は一見地味ですが、その後の議論の土台を規定します。

ハラスメントという言葉が生まれる前からハラスメントは存在していましたが、名前を得たことで初めて、被害を訴え、対策を制度化する回路が開かれました。アバターをめぐる体験——自分の身体が別の姿であることの感覚、その姿を否定されることの痛み——も同じで、共通の語彙を得ることで初めて、保護や設計の正式な対象として扱えるようになります。

この規格の本体は、ファイル形式の統一ではなく、この「語れるようにする」という営みです。

倫理を扱う規格には、技術規格とは違う時間の効き方がある、という点も付け加えておきます。これも推測の域を出ませんが、AIガバナンスの領域では、ISO/IECの規格群が、EUのAI規制を支える欧州規格として採用・参照されつつある、という前例があります。

アバターをめぐる倫理的な問題——なりすまし、身体表現への攻撃、アイデンティティの侵害——が将来どこかで顕在化し、各国の規制やプラットフォームの利用規約が対応を迫られたとき、「すでに体系的な語彙を用意していた文書」として、この規格が参照される可能性はあります。倫理領域の規格の価値は、発行直後の採用数ではなく、問題が起きたときに言葉が既に在った、という形で遅れて現れるのかもしれません。

最後に一つ、懸念点を残しておきます。検討委員の一人であるねむさんはコメントで、海外の「文化の盗用」批判が「なりたい自分になれる自由」を狭めかねないという懸念を示していました。デフォルメされた表現を正当な選択肢として位置づけたこの規格は、それ自体が一つの文化的立場——日本のデフォルメ文化が育んだ身体観——を色濃く反映しています。

多様性を擁護する枠組みであっても、誰かの視点から書かれることを免れません。この規格が国際的な正統性を持てば持つほど、「この規格の身体観に馴染まない文化圏の感覚は、どう扱われるのか」という問いが立ち上がってきます。これは規格の欠陥ではなく、倫理を明文化するという営みに必ずついて回る構造です。その緊張を引き受けた上で、なお言語化に踏み出したこと。それが今回の発表の重さだと、私は考えています。

【用語解説】

ISO/IEC 24216-1:2026
アバターの定義・分類・身体リアリティの評価・倫理的社会的配慮事項など、ユーザーインターフェースとしてのアバターに関する国際規格。ファイル形式ではなく、概念と語彙のレイヤーを扱う。2026年5月にISO/IEC JTC 1/SC 35で発行。

VRM(Virtual Reality Model)
一般社団法人VRMコンソーシアムが策定する、3Dアバターのファイル形式に関する日本発の民間規格。プラットフォームに依存しない相互運用性を目的とし、今回のISO/IEC 24216-1とは異なるレイヤーを扱う。

身体所有感(Body Ownership)
アバターなどの外的な身体表現を「自分自身の身体である」と感じる感覚。VR研究における中心概念の一つで、ISO/IEC 24216-1が整理する主要概念でもある。

サイバーフィジカルシステム
現実世界(フィジカル空間)の情報をセンサー等で収集し、サイバー空間での分析・シミュレーションと連動させて現実側に還元する仕組み。ISO/IEC 24216-1の適用範囲に含まれる。

Metaverse Standards Forum
Meta、Microsoft、NVIDIA、Adobe、Sony、Khronos Group、W3Cなど2,400以上の組織が参加する、メタバースの相互運用性標準化を議論する業界フォーラム。2022年設立。ISO/IEC JTC 1/SC 35とは別の枠組みで、業界の実質的な議論の中心になっている。

ISO/IEC 23090-39(ARF:Avatar Representation Format)
MPEG(Moving Picture Experts Group)が主導する、3Dアバターの資産形式・アニメーション配信形式に関する国際規格。VRMと同じく技術的な実装レイヤーを扱うが、こちらは国際規格として策定されている点で、今回のISO/IEC 24216-1(概念・語彙レイヤー)とは異なる系統にある。

バーチャル美少女ねむ
VTuber/作家。「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに人類の進化を促すべく配信・執筆・調査活動を行っている。世界最古の個人系VTuberとして2017年にデビュー。メタバースの革命性を論じた著書『メタバース進化論(技術評論社)』で「ITエンジニア本大賞2023」を受賞。国連IGF登壇を始め、講演や大学講義の経験多数。2023年にはMoguLive VTuber Award 2023「今年最も輝いたVTuber」に選出。2025年にはForbes JAPAN「NEXT100:世界を救う希望」に選出されたほか、全国高専入試「国語」にも文章が採用された。

【参考リンク】

日本発の「アバター」に関する国際規格が発行されました(外部)
経済産業省による規格発行の公式発表。背景・規格5項目の骨子・期待される効果を説明する一次情報。

次世代XRコンテンツ産業を規格が後押し(外部)
産総研の発表。アバターの定義文や身体所有感の位置づけ、策定体制まで規格の中身を最も具体的に説明。

ISO/IEC 24216-1:2026(ISO公式)(外部)
規格そのものの公式ページ。英文の概要・適用範囲を確認でき、冒頭部分の無料サンプルも閲覧可能。

Metaverse Standards Forum(外部)
Meta、Microsoft、NVIDIAなど2,400以上の組織が参加する相互運用性標準化フォーラムの公式サイト。

MPEG ARF(ISO/IEC 23090-39)(外部)
MPEG主導のアバター表現形式規格の公式サイト。技術実装レイヤーの標準化動向を確認できる。

【参考記事】

経産省、アバター国際規格発行を発表!ねむ委員コメント「日本発でアバターを規格化する意義」 — note(バーチャル美少女ねむ)(外部)
検討委員本人による一次発信。コメント全文と、X上でのVRMとの混同への補足を含む。

【編集部後記】

規格や標準化の話題は、新製品の発表のように大きな見出しになることが多くありません。VR/ARの現場を追いかけてきた身として、それはよく知っています。けれど、見出しの大きさと、出来事の大きさは、必ずしも一致しません。

ただ、中身を調べるほどに、この文書が「身体所有感」や「文化・ジェンダーへの配慮」といった、普段は言葉にされない体験の領域にまで踏み込んでいることがわかってきました。

業界の実質的な議論が別の場で進んでいること、ISO規格に強制力がないことも事実です。この規格が数年後にどれだけ参照されているかは、正直なところ、まだ誰にもわかりません。

それでも、アバターと共に生きる人たちの体験を語るための言葉が、国際的な合意文書として用意されたこと自体は、記録しておくべき出来事だと考えています。

なお、本記事の制作にあたって、編集部でも規格本文を購入しました。規格はISOや日本規格協会のサイトから、どなたでも購入できます。

規格は「第一弾」であり、シリーズとしての拡張が予告されています。この文書がこれからどう育っていくのか、私たちも読者のみなさんと一緒に、その経過を追い続けたいと思います。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。