JPYC、「JPYC EX連携API」提供開始──HashPort Walletから発行・償還へ直行

「JPYC EX連携API」の機能一覧に、発行も償還も含まれていません。できるのは、ウォレットからJPYC EXの手続画面へ利用者を送り届けるところまで。申込みの受付も、取引可否の確定も、従来どおりJPYC株式会社が行います。技術的にはもっと踏み込めたはずのAPIが、なぜ手前で止まっているのか。


JPYC株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役:岡部典孝)は2026年7月13日、ウォレット事業者および日本円ステーブルコイン「JPYC」を活用するサービス提供事業者向けに、接続事業者用「JPYC EX連携API」の提供を開始したと発表した。同APIは、事業者のウォレットアプリや各種サービス画面から、JPYC EX上の発行・償還手続画面へ利用者を遷移させる連携機能である。

主な機能はJPYC EXへのログイン・アカウント連携、発行・償還手続画面への導線提供、ウォレットアドレス登録補助、手続後のステータス連携の4点。開発パートナーとして、JPYC EXも手掛けたシンプレクス株式会社(本社:東京都港区、代表取締役:金子英樹)が技術支援を行った。導入事例として、株式会社HashPort(代表取締役CEO:吉田世博)のweb3ウォレットアプリ「HashPort Wallet」との連携を予定する。

なお、審査、追加認証、申込みの最終受付および確定は、従来どおりJPYC株式会社が実施する。同社は2025年8月に資金移動業者の登録を取得し、同年10月にJPYCの発行を開始している。

From: 文献リンクJPYC株式会社、ウォレット・JPYC利用サービス向け「JPYC EX連携API」を提供開始

※アイキャッチはJPYC株式会社 PRTIMESより引用

【編集部解説】

なぜ今、「画面遷移だけ」のAPIがニュースになるのか

今回発表されたJPYC EX連携APIは、機能一覧を眺めるかぎり、地味です。ログイン連携、手続画面への導線、ウォレットアドレス登録の補助、ステータス連携——派手な新機能はどこにもありません。

しかし、この地味さこそが本質だと私は見ています。

JPYCの流通量は、いま特定の場所に偏りながら膨らんでいます。オンチェーンの総流通量は7月9日時点で20億JPYCを突破しました。注目すべきはその内訳です。約13.1億JPYCがKaiaチェーン上に集中しており、全体の6割超を占めています。6月26日時点のKaia上の残高は約4.2億JPYCでしたから、短期間で3倍以上に膨らんだことになります。

Kaiaは、LINEアカウントだけで使えるウォレット「Unifi」の基盤チェーンです。つまり足元の伸びは、既存のアプリに乗ったウォレットが持ち込んだものだと読めます。

一方で、JPYC EXの利用体験は、その勢いに追いついていませんでした。ウォレットからJPYC EXへ移動し、手続きを終えて、また戻る。この往復が、発行・償還のたびに発生していたわけです。今回のAPIは、その断絶を埋めるためのものです。

規制の輪郭が、そのままAPI仕様になっている

注目したいのは、リリースにわざわざ書かれた但し書きです。連携先の事業者は、JPYCに代わって申込みの受付も、取引可否の確定も行わない。審査、追加認証、最終受付、確定は、すべてJPYC株式会社が実施する——。

これは技術的な制約ではなく、制度設計の反映だと解釈できます。

2023年6月施行の改正資金決済法は、ステーブルコインを「電子決済手段」と定義し、発行体だけでなく、その売買・交換・媒介・取次ぎ・代理などを担う事業者も「電子決済手段等取引業」として登録の対象に加えました。つまり、ウォレット側が発行・償還の申込みを「受け付けて」しまえば、そのウォレット事業者自身が登録を要する立場に近づいてしまう可能性があります。

だからこのAPIは、あくまで「利用者を連れていく」ところまでしかやらない。裏を返せば、規制の境界線をぎりぎりまで見極めたうえで、そこに触れない範囲でUXを最大化する設計になっている、ということです。

開発パートナーがシンプレクスである点も、この文脈で読めます。規制業種のシステムを長年つくってきた事業者は、「何ができるか」と同じだけの重みで「何をやってはいけないか」を扱います。JPYC EX本体も手掛けてきた同社の知見が、この線引きの精度に効いていると考えられます。

同日の大型アップデートとセットで読む

このAPIは単独で出てきたわけではありません。JPYC EXは同じ7月13日に、パスキーによるログイン対応、SMS認証・音声認証の追加といった認証強化を含むアップデートを実施しています。連携サービス経由で利用する場合は、事前のウォレットアドレス登録が不要になります。

さらにHashPort Wallet側では、償還時に送信先アドレス、ネットワーク、送信数量があらかじめ入力された状態で送信操作に進める「JPYCかんたん送金機能」が用意されます。

導線を滑らかにする施策と、本人確認を締める施策が、同時に出ている。この組み合わせは偶然ではないでしょう。

滑らかさは、そのままリスクの入口にもなる

ここは、セキュリティを扱う立場からあえて書いておきたいところです。

ウォレットからワンタップでJPYC EXの手続画面に飛べる——この体験に慣れることは、「見慣れた遷移だから安心だ」という判断のクセを利用者に植え付けます。フィッシングサイトや偽ウォレットアプリにとって、これほど都合のいい土壌はありません。

送信先アドレスやネットワークが自動入力されるかんたん送金機能も、誤送信を防ぐ有力な手段である一方、最終確認を利用者自身が行うという原則は変わりません。自動入力された内容を、自分の目で確かめる。この一手間だけは、便利になっても手放さないでいただきたいと思います。

円建てステーブルコインの「使われ方」を取りに行く一手

世界のステーブルコイン市場は、その大半が米ドル建てで占められています。円建ての存在感は、まだ誤差の範囲です。

JPYCは2025年8月18日に資金移動業者の登録(関東財務局長 第00099号)を取得し、同年10月27日に発行を開始しました。同社は、今後3年で発行残高10兆円規模という目標を掲げています。裏付け資産となる国債と預金の運用益を収益源とするモデルであり、残高そのものが事業の土台になる構造です。

現在の流通量20億JPYCから、その水準までは4桁近い開きがあります。埋めるには、投機的な保有ではなく、日常のサービスのなかで自然に発行され、自然に償還される状態をつくるしかありません。

今回のAPIは、その「自然さ」を、他社のサービス画面の内側にまで持ち込むための布石です。ウォレット、決済アプリ、地域通貨、web3サービス——JPYCが自前で抱え込むのではなく、他社の導線のなかに溶け込むことを選んだ。この方向性は、通貨インフラが普及するときの典型的な形でもあります。

派手さのないAPIですが、円がデジタル空間でどれだけ使われるかという問いに、静かに効いてくる一手だと私は受け止めています。

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【編集部後記】

Kaia上の残高が約13.1億JPYC。7月9日時点の流通量20億JPYCのうち、6割超がこのチェーンに集まっています。牽引しているのは、LINEアカウントで使えるウォレット「Unifi」の存在が大きい。

にもかかわらず、JPYC EX連携APIの導入第1号はHashPort Walletです。流通が最も厚い場所と、発行・償還の導線を最初につないだ場所が、ずれている。順番に意味があるのか、それとも単に準備が整った順なのか。次にどのウォレットが名前を連ねるのか。


【用語解説】

ステーブルコイン
法定通貨などの資産に価値を連動させ、価格の安定を図るように設計されたデジタル通貨だ。世界の流通量は米ドル建てが大半を占めており、円建ての存在感はまだ小さい。

電子決済手段
2023年6月施行の改正資金決済法で定義された区分である。法定通貨と1対1で価値が連動し、償還が保証されるものを指す。価格が変動する暗号資産(仮想通貨)とは法律上まったく別の存在として扱われる。

電子決済手段等取引業
電子決済手段の売買・交換・媒介・取次ぎ・代理・管理などを担う事業者に課される登録区分である。発行体そのものではなくても、発行・償還の申込みを取り次ぐような行為を行えば、この登録が必要になり得る。今回のAPIが「画面遷移まで」に機能を限定している背景には、この線引きがあると考えられる。

1号電子決済手段(資金移動業型)
資金移動業者が発行するステーブルコインを指す。JPYCがこれにあたる。信託会社・信託銀行が発行する「3号電子決済手段」(SBIグループのJPYSCなど)とは、発行主体も保全の方法も異なる。同じ「円建てステーブルコイン」でも、制度上は別の器に入っている。

発行(ミント)・償還(リディーム)
日本円を預けてブロックチェーン上にJPYCを新規発行することを「発行」、逆にJPYCを日本円に戻すことを「償還」と呼ぶ。ステーブルコインにおける入口と出口にあたる手続きだ。

ウォレットアドレス登録
JPYC EXは利用者の資産を預からない設計のため、発行したJPYCの送り先を利用者自身が事前に登録する必要がある。この手入力が、発行・償還の摩擦になっていた。連携API経由の利用では、この事前登録が不要になる。

オンチェーン流通量
ブロックチェーン上に実際に存在し、流通しているトークンの総量である。発行から償還を差し引いた残高にあたり、発行体の累計発行額とは異なる数値だ。

Kaia(カイア)
LINEおよびKakaoの関連プロジェクトを源流とするパブリックブロックチェーンだ。2026年6月以降にJPYCの流通量が急増し、チェーン別で首位に立った。7月9日時点で約13.1億JPYCと、全体の6割超を占める。

【参考リンク】

JPYC EX(外部)
日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行・償還を行うプラットフォーム。対応ウォレットや手続きの流れが確認できる。

JPYC株式会社(外部)
JPYCの発行体。プレスリリース、会社概要、資金調達や提携に関する最新情報が公開されている。

JPYC info(外部)
JPYCのオンチェーン指標をまとめたサイト。チェーン別の流通量や対応サービス一覧をリアルタイムで追える。

HashPort Wallet(外部)
株式会社HashPortが提供するweb3ウォレットアプリ。今回のJPYC EX連携API、導入事例の第1号となる。

株式会社HashPort(外部)
2018年設立のweb3企業。ウォレットやブロックチェーン基盤の開発を手がけ、大規模イベントでの実装実績を持つ。

シンプレクス株式会社(外部)
1997年創業の金融系システム開発企業。JPYC EX本体および今回の連携APIで開発パートナーを務めた。

JPYC EXを利用できる対応ウォレットの基準(外部)
JPYC EXで利用できるウォレットの条件を解説。発行・償還を試す前に確認しておきたい情報だ。

【参考記事】

日本円ステーブルコインJPYC、オンチェーン流通額20億円を突破。7月13日の大型アップデートで発行・償還UXを大幅改善(外部)
パスキー対応、SMS・音声認証の追加、アカウント連携機能、かんたん送金機能を発表した一次情報。

JPYC、総流通量20億円を突破──2週間で10億円増加(外部)
7月9日に20億JPYCを突破。増加分の約9割をKaiaチェーン上の流通が占めたと報じている。

発行・償還プラットフォーム「JPYC EX」の累計口座開設数が6000件を突破(外部)
「今後3年で10兆円規模の発行残高」という目標を、JPYC自身が明記した一次情報である。

国内初の円建てステーブルコイン「JPYC」発行開始 次世代の”通貨”目指す(外部)
2025年10月の発行開始を報道。国債運用益を収益源とするビジネスモデルを詳しく解説している。

金融庁、JPYCを資金移動業に登録 円建てのステーブルコイン発行へ(外部)
改正資金決済法により、流通を担う事業者も電子決済手段等取引業の監督対象となった経緯を解説。

【速報】日本初の円建てステーブルコイン発行へ、JPYCが資金移動業の登録報告(外部)
登録番号「関東財務局長 第00099号」、第二種という具体的な登録内容を伝えた記事である。

シンプレクス、JPYCの「JPYC EX連携API」の開発を支援(外部)
開発パートナー側からの発表。JPYC EX構築時から支援を継続してきたことが述べられている。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。