【解説】CAC「Pactora」手順書―AIに任せる線と、握る線

「AI駆動開発を活用し、人的に確認しながら開発した」。プレスリリースでよく見るこの一文の中身が、CACが公開する開発手順書の第5章に書かれています。AIに任せる範囲を決める境界線を、どういう基準で引くのか。その物差しが、そこで言語化されていました。


株式会社シーエーシー(CAC)は2026年8月19日、ステーブルコインとRWAトークンのマルチチェーンDvP決済基盤「Pactora」の提供を開始した。Avalanche(EVM系)・Solana・Canton Network等、設計思想の異なる複数チェーンに対応する。

トークンの受け渡しとステーブルコインの支払いを同一トランザクション内でアトミックに実行することで、決済リスクを構造的に排除できるとCACは説明している。

発行・募集・購入・決済を一つの基盤上で行うエスクロー型のプラットフォームで、信託銀行・証券会社・資産運用会社等での活用を想定する。開発は、専門スキルを有したエンジニアがAI駆動開発を活用し、実装・セキュリティ上のリスクを人的に確認しながら進めた。

From: CAC、ステーブルコインとRWAトークンのマルチチェーンDvP決済基盤「Pactora」を開発、提供を開始

読み流される一文の、その先

プレスリリースには、開発体制について短い一段落が置かれています。専門スキルを有したエンジニアがAI駆動開発を活用し、実装・セキュリティ上のリスクを人的に確認しながら開発した、という記述です。

全12章のうちの第5章

この種の一文は、多くの発表で見かけるようになりました。読み流されても仕方のない書き方です。ところがCACは、Pactoraのサービスサイトで、Solana上でRWAをトークン化するリファレンス実装の開発手順書を公開しています。全12章のうち、第5章はまるごと「AI駆動開発のワークフローと統制」に充てられています。開発体制として掲げた「AI駆動開発と人的確認」に重なる考え方が、ここでは具体的なルールとして書かれています。

章の冒頭に置かれた前提

章の冒頭に、こう書かれています。AIを使えば専門知識が不要になることはない。AIは出力を速く出すが、その出力が正しいかを保証しない。正否の判定は、最後まで人間の側にある。

この章の価値は、境界線の引き方そのものを言語化したところにあります。

AIに任せる線は、どこで引かれたのか

任せる側と、握る側

第5章は、AIに任せてよい領域と人間が必ず握る領域を表にして区分しています。任せる側にあるのは、ボイラープレートの生成、テストコードの作成、エラー診断。握る側にあるのは、権限設計と鍵管理の方針、デプロイとmainnet反映の承認、依存パッケージの採否です。

線を引いた基準

問題は、この線をどういう基準で引いたかです。手順書はそこを一文で説明しています。「間違えたときに、後から機械的に検知・是正できるか」。ビルドやテストで機械的に検知できる誤りはAIに任せ、人間がレビューする。一方、権限や鍵の設計のように、誤ると不可逆で機械的な事後検知も効きにくい領域は、人間が握ります。

この考え方は、ブロックチェーン以外にも応用が利きます。業務の重要度だけで線を引くのではなく、間違いを後から機械的に見つけて直せるかどうかを、AIに任せる範囲を決めるもう一つの物差しにする。明日から自分の職場に持ち帰れる基準が、金融決済基盤に関連する技術文書の中に書かれていました。

賢さに依存しない統制

誤りが混じっても止まる仕組み

もう一つ、この章の設計思想を示す記述があります。統制は「AIが優秀かどうか」に依存させない、というものです。AIが正しい出力を返すことを期待するのではなく、誤った出力が混じっても機械的に止まる仕組みを作る。だからこそ、AIが生成したかどうかにかかわらず、すべてのコードがビルド・テスト・静的解析・依存監査という同じ関門を通る設計になっています。レビュアーの調子や集中力に品質を依存させない、という一文が添えられていました。

生成AIをめぐる議論は、モデルの賢さの話に寄りがちです。この文書はそこから距離を取り、賢さが揺らいでも壊れない構造の側に軸足を置いています。

新しい入口をどう審査するか

指示書としてのSkill

AI特有の新しい入口についても、具体的な記述があります。手順書は、コーディングエージェントに作業手順を与える公式Agent Skillの導入手順と、公式ドキュメント検索用MCPサーバの接続先や利用方法を示しています。あわせて、スキルはそれ自体がAIへの指示書であり、導入すればエージェントの全権限で動作するという警告を紹介し、公式のものであっても中身に目を通す習慣をつけるよう促しています。

名前ではなく発行元を見る

依存パッケージの扱いも同じ発想です。AIは実在しないパッケージや、正規品に似た名前のパッケージを提示することがあります。これはサプライチェーン攻撃の入口になり得る。だから名前ではなく発行元の組織まで確認する、という運用です。手順書は実例も挙げています。ファジングの文脈で名前が挙がった「avm」を確かめると、crates.io上の同名パッケージはAnchorとは無関係の別物だった。第三者製のSkillやMCPについては、公式の組織が出しているものか、実績はあるか、中身は何を指示しているかを導入前に見る、という審査手順も示されています。論点は第三者製だから危ないということではなく、誰が出しているかを正しく把握することにあります。

監査で問われるのは「どう検証したか」

説明材料をどう残すか

第5章がもっとも実務的なのは、監査についての節です。第三者監査や社内のコンプライアンス確認でAIの利用を問われたとき、示すべきなのは「AIが書いたかどうか」ではなく「どう検証したか」である、と手順書は書いています。これは第5章だけの話ではありません。第1章は、この状態を作ることを本書の各章が一貫して求める、と宣言しています。

そのための材料も具体的です。CIのログ、依存の発行元を確認した記録、導入したスキルの名称と入手元と確認日。エージェントは会話ごとに記憶を持たない前提のため、各作業セッションの終わりに変更したファイル・実行したコマンドと結果・固定したバージョン・追加した依存と確認結果・未解決事項を記録し、次のセッションの冒頭で読み直す運用も紹介されています。

記録に失敗を含める

注目したいのは、その記録に失敗を含めている点です。手順書の制作過程で、配布されたAnchorのバイナリが新しいGLIBCを要求し、古い環境ではビルドが止まる事象に実際に遭遇した。その詰まりと回避方法を記録に残したことで、環境構築の章のトラブルシューティングは想像上のエラーではなく実際に起きた事象として書けている、と説明されています。うまくいった手順だけを清書した文書より、詰まった場所が残っている文書のほうが、後から同じ道を歩く人には効きます。

方針と実装のあいだ

同じ月に動いていたもの

この文書が置かれている状況にも、目を向けておきたいところがあります。

2026年8月5日、一般社団法人金融データ活用推進協会(FDUA)が『金融生成AIガイドライン(第1.2版)』を公開しました。AIエージェント時代を見据え、「AIレジリエンス」と新たなリスク対応を拡充した、という改訂です。業界団体がAIエージェントの普及を見据えて組織としての統制を改訂する一方、CACのサービスサイトでは、8月3日付で最終更新された実装向けの統制手順書を、いま読むことができます。

粒度の話

方針を示す文書は、この数年で厚みを増してきました。そのなかでこの手順書が持つ特徴は、鍵をどこに置くか、CIにどのゲートを並べるか、といった実装の粒度まで統制を降ろしている点にあります。方針と実装の間にある距離を、自力で埋めなくてよくなる。読める場所に置かれていることの価値は、そこにあります。

なぜこの文書が書けたのか

習熟という、もう一つの課題

手順書がなぜ無償で公開されているのかを考えると、リリースの背景説明に戻ることになります。CACは、金融機関がパブリックブロックチェーン上のシステム導入を検討する際の課題を二つ挙げています。決済リスクへの対応と、チェーンごとに異なる技術体系への習熟です。

前者に応えるのがPactoraという製品です。トークンの発行・募集・購入・決済を一つの基盤上に載せ、設計思想の違いを基盤側で吸収して共通のUIとUXにまとめています。デジタル社債やファンド受益権のトークン化、サプライチェーン決済、ポイントや社内通貨、会員権や利用券のトークン化まで、想定されるユースケースが幅広く挙げられているのも、差異を基盤の側で引き受ける設計だからです。

一方、後者の習熟という課題は、製品を導入しただけでは消えません。手順書の想定読者を見ると、その狙いが見えてきます。第1章は、EVM系またはWeb2バックエンドの開発経験を持つエンジニアを主読者に置き、RWA事業を検討する企画・法務の担当者を副読者として、技術的詳細に立ち入らない第1〜3章を中心に読むことを想定すると書いています。これから同じ領域に入ってくる人たちの入口として設計された文書だということです。

許可型台帳で積んだ10年

もう一つ、この文書の書き手についても触れておきたいところです。CACは1966年の創業以来、銀行や証券、保険といった金融業界向けにITサービスを提供してきた会社です。ブロックチェーン領域では2016年に専門組織を設け、約10年にわたって許可型のプライベートブロックチェーンを中心に実績を積んできました。エンタープライズ向けブロックチェーンCordaの、国内唯一のプレミアパートナーでもあります。

許可型台帳の世界は、参加者が誰かを最初に決め、権限を設計し、監査に耐える記録を残す、という作法の上に成り立っています。その現場に10年いた組織が、2025年にパブリックチェーンへ出てきた。第5章を読んでいて腑に落ちるのは、そこです。AIに何を任せるかという新しい問いに対して、この文書が持ち出しているのは、権限と鍵と記録という、金融のシステム開発が昔から握ってきた急所でした。新しい道具に、古い作法を当てている。だからこそ、方針ではなく実装の粒度まで降りてこられたのだと思います。

この手順書の現在地

未実施の工程は何についてか

現在地についても、手順書は自ら書いています。このSolanaリファレンス実装については、コマンドの対象は原則devnetで、mainnetへのデプロイやVerifiable Build、第三者監査は未実施の工程だと第1章に明示されています。これはPactora製品そのものの監査状況を示す記述ではありません。未実施の工程を自分から名指しした技術文書は、そう多く見かけるものではありません。Avalanche向けとCanton Network向けの手順書は順次公開予定とされ、2026年8月25日時点でPactoraのサービスサイトから閲覧できる手順書はSolana分です。具体的な導入金融機関名は、現在の公開資料では確認できません。

innovaTopiaのパートナーメディア Cryptoverseで、「CAC「Pactora」提供開始―未実施の工程まで書いた手順書」として、Solana手順書の技術的な検証状況や、DvP決済基盤としてのPactoraの位置づけまで詳しく解説しています。

そのうえで、この手順書を技術文書として見たときの価値は、決済基盤の仕様よりも、統制の設計にあると考えています。AIがコードを書く前提で、責任の所在をどう保つか。その問いに対する一つの回答が、実装可能な粒度で、無償で読める場所に置かれました。

金融の話でもブロックチェーンの話でもなく、AIに何を任せ何を握るかという問いは、いまあらゆる職場で起きています。間違えたとき、後から機械的に見つけて直せるか。その物差しを、いちど自分の仕事に当ててみてもいいのかもしれません。

【関連記事】

FDUA金融生成AIガイドライン1.2版が示す「AIレジリエンス」 加わったのは行動の統制
本記事で触れた第1.2版の改訂内容を扱った記事。組織としてAI活用を続ける力をどう整理したかを詳しく解説している。

Black Duck調査:AIコーディング導入率97%、それでも勝者を分ける「ガバナンス」とは
AI生成コードの追跡と可視化をめぐる調査。統治されたチームほど効率改善を報告したという結果を取り上げている。

生成AI時代に残る「紙のロングテール」までカバーする、CACのSaaS型AI-OCR 料金プラン拡充
同じCACによる別のサービスを扱った記事。紙やPDFなど構造化されていない業務データへの取り組みを紹介している。

ブロックチェーンが変革するリポ取引:日々500億ドルを処理
金融機関のブロックチェーン活用を扱った記事。Cordaを含む許可型台帳が主役だった時期の状況を伝えている。

【編集部後記】

第5章の末尾に、自己チェック表という一覧が置かれています。「要検証」の残数はゼロ、スタイル規則違反なし、バージョン表との不一致なし。技術文書の最後に、自分でチェックした結果を読者から見えるところへ残しているわけです。

第5章が説くのは「AIが書いたかではなく、どう検証したか」でした。その主張を、文書そのもので実演しているように見えます。あなたが最後に書いた資料に、検証の跡は残っていますか。


【用語解説】

DvP(Delivery versus Payment)
資産の引き渡しと代金の支払いを連動させ、一方が行われない限り他方も行われないようにする決済方式。これによって構造的に排除されるのは、資産だけ渡して代金を受け取れないといった元本リスクである。流動性リスクや再調達コストなど、他の種類のリスクまで消えるわけではない。

RWA(Real World Asset)
債券や不動産など、現実に存在する資産のこと。ブロックチェーン上でトークンとして表現することを「RWAのトークン化」と呼ぶ。

ステーブルコイン
法定通貨などと価値を連動させ、価格変動を抑えたデジタル通貨。日本では資金決済法上「電子決済手段」として位置づけられ、発行できる主体が限定されている。

エスクロー
売り手と買い手の間に第三者が入り、条件が満たされたときにだけ資産と代金を引き渡す仕組み。第三者預託ともいう。

アトミック
一連の処理が「すべて成功する」か「すべて失敗する」かのどちらかにしかならない性質。途中だけ成立した状態が発生しない。

リファレンス実装
仕様どおりに動く見本として作られた実装。製品そのものではなく、同じものを作る人が参照するための土台となる。

AI駆動開発(AI-Driven Development)
AIを活用した開発手法。コード生成だけを指す場合と、設計・テスト・ドキュメントまで含む開発プロセス全体を指す場合があり、用法は業界で揺れている。

Agent Skill
AIコーディングエージェントに、作業手順や参照情報を与える仕組み。エージェントにとっては指示書にあたるため、導入したものの中身は使う側が確認する必要がある。

MCP(Model Context Protocol)
AIエージェントが外部の情報源へ問い合わせるための接続口。公式ドキュメントを検索しながら実装させる、といった使い方ができる。

CI(継続的インテグレーション)
コードを追加するたびに、ビルドやテストを自動で実行する仕組み。人の注意力に頼らず品質の関門を設けられる。

依存監査
プロジェクトが利用している外部パッケージに、既知の脆弱性や不審なものが含まれていないかを検査すること。

ボイラープレート
どのプロジェクトでもほぼ同じ形になる定型的なコード。

devnet/mainnet
devnetは開発・検証用のネットワーク、mainnetは実際に資産が動く本番ネットワーク。両者は明確に区別される。

Verifiable Build
公開されているソースコードから、実際に動いているプログラムが本当に生成されたものかを、第三者が検証できる形でビルドすること。

サプライチェーン攻撃
開発に使われる外部パッケージやツールに悪意あるコードを紛れ込ませ、それを取り込んだ側を侵害する攻撃手法。

crates.io
Rustのパッケージが公開・配布される公式のレジストリ。

Anchor
Solanaのプログラム開発で広く使われるフレームワーク。

GLIBC
Linuxの基盤となるC標準ライブラリ。実行するプログラムが要求するバージョンと、環境に入っているバージョンが合わないと動作しないことがある。

AIレジリエンス
技術・規制・リスク環境の変化に適応しながら、組織としてAIの活用を安全かつ適切に続ける力。FDUAが第1.2版で整理した概念。

【参考リンク】

Pactora(外部)
本記事が扱うDvP決済基盤の公式サイト。三つの対応チェーンと、それぞれの技術資料の公開状況が確認できる。

Solana RWAプロジェクト開発手順書(外部)
Solana上でRWAをトークン化するリファレンス実装の設計・実装手順書。全12章を無償で公開しており、誰でも読める。

同 第5章 AI駆動開発のワークフローと統制(外部)
本記事が主に扱う章。AIに任せる領域と人間が握る領域の区分から、CIのゲート、監査対応までを定めている。

株式会社シーエーシー(CAC)(外部)
1966年創業の独立系システムインテグレーター。2016年にブロックチェーン専門組織を設け、金融分野で実績を積んできた。

金融データ活用推進協会(FDUA)(外部)
一般社団法人金融データ活用推進協会。金融生成AIガイドラインを策定しており、2026年8月に第1.2版を公開した。

Solana(外部)
高速・低コストを特徴とするレイヤー1ブロックチェーン。Pactoraの対応チェーンのひとつで、手順書の題材でもある。

Canton Network(外部)
機関投資家向けの金融に特化したブロックチェーン。プライバシーを重視した設計を特徴とし、Pactoraが対応する。

【参考記事】

CAC、ステーブルコインとRWAトークンのマルチチェーンDvP決済基盤「Pactora」提供開始(外部)
同じ発表を扱った国内メディアの記事。エスクロー型のマルチチェーン取引プラットフォームという位置づけを整理している。

FDUA 生成AIWG、『金融生成AIガイドライン(第1.2版)』を公開(外部)
2026年8月5日の発表。AIエージェント時代を見据え、AIレジリエンスと新たなリスク対応を拡充した趣旨が示されている。

金融システムレポート別冊「金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理」(外部)
日本銀行が取引先金融機関153先へ実施したアンケートの結果。運用ルールの継続的な見直しを求める問題意識が示される。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

関連記事