9月10日、シンガポールの3行が、シンガポールドルの送金をSwiftの新しい台帳の上で実行しました。7月に「24時間365日のクロスボーダー決済のため」として公開された仕組みが、2か月で同じ国の中の銀行間決済に使われています。この台帳の上で動いているものが何なのかを追うと、日本で進むもう一つの実証との、対照的な設計が見えてきます。
Swiftは2026年7月9日、ブロックチェーン基盤の共有台帳が初期利用の段階に入ったと発表した。三菱UFJ銀行やシティなど6大陸17行が、トークン化預金を用いた24時間365日のクロスボーダー決済の実取引に向けて準備を進める。台帳は銀行間の支払コミットメントを記録・検証する調整層であり、最終決済はRTGSやコルレス銀行関係など参加行が合意した手段で完了する。
8月19日にHSBCとスタンダードチャータードが台帳上で初の銀行間取引を実施。以後、UOBとHSBCの香港ドル、シティとファースト・アブダビ銀行およびOCBCの米ドル、シティとDBSの週末送金と続き、9月10日にはDBS、OCBC、UOBがシンガポール国内の取引を実施した。
24時間動く台帳が、国内送金に降りてきた
9月10日、シンガポールのDBS、OCBC、UOBの3行が、シンガポールドル建ての送金をこの台帳の上で実行しました。3行が国内の銀行間でトークン化預金を動かしたのは初めてです。
注目したいのは、通貨と距離です。7月にSwiftがこの台帳を公開したときの看板は「24時間365日のクロスボーダー決済」でした。国境をまたぐ送金が時差と営業時間で止まる、その解決策として出てきた仕組みです。それが2か月で、同じ国の中の銀行間決済に使われました。
8月以降、この台帳の上でライブ取引が続いています。8月19日、HSBCとスタンダードチャータードが台帳上で初の銀行間クロスボーダー取引。8月下旬、UOBがHSBCと香港ドルの取引を実施。9月2日、シティがファースト・アブダビ銀行と中東で、OCBCと東南アジアで、それぞれ地域初の米ドル取引。Treasury Management Internationalによれば、9月4日にはBNPパリバとHSBCが、シーメンスのフランスのユーロ口座から英国の英ポンド口座へ資金を移す企業財務決済を実施しています。9月5日の土曜日、シティとDBSが初の週末クロスボーダー送金。そして9月10日の国内シンガポールドルです。
並べると、埋まっていく順序が見えます。通貨は香港ドル、米ドル、ユーロと英ポンド、シンガポールドルへ。用途は銀行間の資金移動から企業の財務決済へ。時間帯は営業時間から週末へ。距離は国境をまたぐものから同じ国の中へ。既存の回廊を置き換えるのではなく、使える場面を一つずつ増やしていく進み方です。
動いているのは、お金ではなく約束
Swiftの台帳の上で直接動いているのは、お金そのものではなく、銀行間の支払コミットメントです。ここがこの仕組みの肝で、同時にいちばん誤解されやすいところでもあります。
各行はトークン化預金を自分の基盤の上で発行します。台帳がやるのは、銀行間の支払コミットメントを記録し、検証し、照合して相殺すること。顧客の口座では資金が使えるようになりますが、銀行間の最終決済は、RTGSやコルレス銀行関係、あるいは参加行どうしが合意した手段を通じて完了します。
Swift自身の説明も、そこを明確にしています。参加行は夜間や週末を含めて顧客の資金を動かせるようになる。そのうえで、最終決済は既存のシステムで完了させる。顧客から見れば送金は終わっていて、銀行どうしの帳尻はそのあとで合う。この時間差を安全に持てるようにしたのが、この台帳です。
置き換えではなく、上に一枚重ねるという選択
つまりSwiftは、既存の決済網と競合する別のレールを敷いていません。Swift自身、この設計を、競合する並行レールを持ち込んだり既存インフラを分断したりすることなく機関間の連携を高めるものだと説明しています。上に一枚、24時間動く調整の層を重ねた形です。
地味に聞こえるかもしれません。ただ、これは意図された地味さだと思います。既存の銀行の決済アプリケーションとSwiftの標準の上に組み上げる設計で、台帳は構想の発表から9か月で初期利用の段階に入りました。
この速さの背景は、周囲を見れば分かります。24時間動くお金は、すでに存在しています。ステーブルコインは週末も止まりません。各国の中央銀行はCBDCを検討し、大手行は自前の預金トークンを持ち始めました。稼働時間という一点だけを見れば、後から来た仕組みのほうが速い。
一方でSwiftは、200を超える市場をつなぎ、2〜3日で世界のGDPに相当する額を運んでいると自ら説明しています。既存レールを改善しながら、デジタルマネーのための層も自ら加える。Swiftはこれを二本立ての戦略と呼んでいます。今回の台帳は、その片方です。
日本では、二つの層が別々に動いている
三菱UFJ銀行は17行に名を連ねています。同行はSwiftのリリースで、トークン化預金と分散型台帳技術がクロスボーダー決済と流動性管理の効率化に貢献しうると述べ、実用的なユースケースの実証と評価に取り組むとしています。
国内では8月26日に、別の動きがありました。DCP、GMOあおぞらネット銀行、アビームコンサルティングが、金融庁「FinTech実証実験ハブ」の支援案件「トークン化預金の銀行間決済」に43社が参加したと発表しています。内訳は申請者3社、参加銀行、オブザーバー。参加銀行には足利銀行、静岡銀行、常陽銀行、横浜銀行、りそなホールディングス、商工組合中央金庫、イオン銀行などが、オブザーバーには千葉銀行、広島銀行、京都銀行、北洋銀行などが並びます。公表された一覧に、メガバンクの名前はありません。
同じ「トークン化預金を銀行間でどう決済するか」という問いに、日本では二つの層が別々の枠組みで向き合っていることになります。国際線は三菱UFJ銀行がSwiftの台帳で、国内線は地域銀行とネット銀行が金融庁の実証で。顔ぶれは重なっていません。
興味深いのは、出している答えが違うことです。国内の実証が主眼に置くのは、オンチェーンでのユーザー間取引にともなう銀行間決済も、オンチェーンで完結させること。24時間365日、すべての取引をRTGSにできないかを確かめようとしています。一方でSwiftの台帳は、コミットメントの調整までを担い、最終決済は既存の手段に委ねます。
どちらが正しいという話ではありません。オンチェーンで閉じるほうが構造としては一貫し、既存の手段に委ねる設計は、既存インフラとの接続を保ちやすいと考えられます。同じ問いに対して、内と外で違う賭け方がされています。日本の銀行界は、その両方を同時に走らせていることになります。
続きは、2週間後のマイアミにある
Swiftの年次会議Sibosが、9月28日から10月1日までマイアミビーチで開かれます。テーマは「Digital finance for AI-driven economies」。Swiftは会期中、この台帳と決済スキームについて、顧客の採用、ライブ実装、市場の成果、今後のロードマップを4日連続の朝のセッションで扱うと告知しています。開幕の基調に立つのは、シティのジェーン・フレーザー(Jane Fraser)会長兼CEO。台帳の上で最初に米ドルを動かした銀行のトップです。
いま公表されているのは、取引が行われた事実と相手行までです。金額や、パイロット全体の規模は明かされていません。シティは自社が参加する試行を2026年7月から12月までの限定的な概念実証の一部と説明し、Swiftは台帳全体について、いまを初期の限定稼働段階と位置づけています。ライブ実装や市場で得られた成果、今後のロードマップがどこまで示されるか。次の確認点はマイアミにあります。
そしてSwiftのリリースは、この台帳が将来的にプログラマブルマネーとエージェンティック・コマースの土台になりうると書いています。Sibosのテーマは、まさにその先にあります。AIが自ら支払う世界の決済基盤は、これまでステーブルコインの側から語られてきました。そこに、銀行のお金の側からも道が引かれつつあります。
週末に止まらない送金は、ここ数年ずっと暗号資産の側の言葉でした。それが2026年の秋、規制を受けた銀行が発行する商業銀行マネーでも起き始めています。どちらが勝つかという話ではなく、24時間動くことが特別でなくなっていく、その途中の景色だと思います。
【関連記事】
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【編集部後記】
この台帳が何の上に建っているのかは、本文では触れませんでした。Swiftは今年3月、MVPがオープンソースを基礎とし、Hyperledger BesuをベースとしたEVM互換のアーキテクチャであることを公表しています。
イーサリアムの実装系が、銀行の支払コミットメントを載せる土台に選ばれた。ステーブルコインが走ってきた道具立ての一部を、規制の内側にいる銀行のお金が使い始めている、とも読めます。どちらの陣営が勝つかという構図では、たぶん見えないところです。
【用語解説】
トークン化預金
銀行預金をブロックチェーン上で扱えるデジタル形式にしたもの。規制を受けた銀行が発行し、通常の預金と同じく発行銀行の負債である。民間企業が発行するステーブルコインと異なり、既存の銀行の枠組みの内側にとどまる。
支払コミットメント
銀行が相手行に対して負う「支払う」という約束のこと。Swiftの台帳が記録・検証しているのはこの約束であり、資金そのものではない。
調整層(オーケストレーション層)
複数の当事者の処理を突き合わせ、順序づけ、整合させる中間の層。決済そのものは行わない。Swiftの台帳はこの位置に置かれている。
RTGS(即時グロス決済)
銀行間の資金決済を、まとめずに1件ずつ即時に確定させる方式。各国の中央銀行が運営する決済システムで用いられる。
コルレス銀行関係
海外送金のために銀行どうしが結ぶ口座関係。相手国の銀行に口座を持ち、その残高を通じて資金をやり取りする。決済システムそのものではなく、銀行間の契約関係である。
商業銀行マネー
中央銀行ではなく民間の銀行が発行するお金。預金はその代表であり、発行した銀行の信用に支えられている。
分散型台帳技術(DLT)
取引の記録を複数の参加者が共有し、同じ内容を持ち合う技術。ブロックチェーンはその一形態である。
概念実証(PoC)
本格導入の前に、限られた範囲で成立するかどうかを確かめる検証。規模を意図的に絞って行われる。
プログラマブルマネー
条件を満たしたときに自動で動くよう、プログラムを組み込めるお金。
エージェンティック・コマース
人ではなくAIエージェントが商品やサービスを選び、支払いまで実行する商取引。
Hyperledger Besu/EVM互換
Besuはオープンソースのブロックチェーン実装のひとつ。EVM互換とは、イーサリアム上のプログラムがそのまま動く設計を指す。
MVP(最小実用製品)
必要最小限の機能で動かす最初の実装。
【参考リンク】
Swift’s blockchain ledger ready for use as 17 banks set to pioneer tokenised cross-border payments on trusted global infrastructure(外部)
台帳が初期利用の段階に入ったことと、参加する17行の顔ぶれを公表したSwiftの発表。本記事の起点となった一次情報である。
Swift「Blockchain-based ledger」(外部)
台帳の概要、参加17行の一覧、解説動画、FAQをまとめたSwiftの公式ページ。設計思想と第一のユースケースを確認できる。
Sibos 2026 Miami(外部)
Swiftが9月28日から10月1日にマイアミで開く年次会議の公式ページ。会期中のセッション構成と登壇者を掲載している。
金融庁「FinTech実証実験ハブの設置について」(外部)
前例のない実証実験を金融庁が支援する枠組みの説明ページ。今回のトークン化預金の銀行間決済も、この枠組みの支援を受けている。
株式会社DCP(外部)
トークン化預金DCJPYの基盤を提供する事業者の公式サイト。国内実証では申請代表を務め、検証の設計と運営の中心に立っている。
GMOあおぞらネット銀行(外部)
国内実証で代表銀行を務めるネット銀行の公式サイト。法人向け決済とAPI連携に強みを持ち、検証の実務を引き受けている存在。
アビームコンサルティング(外部)
国内実証の事務局を担うコンサルティング会社の公式サイト。金融領域の知見をもとに、検証の設計と進行の全体を受け持っている。
【参考記事】
Swift’s blockchain-based shared ledger progresses to MVP implementation(外部)
設計フェーズの完了とMVP着手を伝えたSwiftの発表。台帳の技術基盤と、最終決済の手段が複数あることをあわせて明記している。
Citi’s Services Business Pioneers Live Transactions on Swift’s Ledger, Collaborating with FAB and OCBC to Redefine Always-On Global Payments(外部)
9月2日の米ドル取引を伝えるCitiの発表。この試行が2026年7月から12月までの限定的な概念実証の一部であると示している。
DBS and Citi partner to enable instant 24/7 cross-border USD payments with tokenised deposits(外部)
9月5日の週末送金を伝えるDBSの発表。従来は最長2営業日を要した送金が数分で完了したと、従来手法との比較を添えている。
DBS, OCBC and UOB complete first live blockchain-enabled SGD transactions on Swift’s ledger(外部)
9月10日の国内シンガポールドル取引を伝える発表。UOBが香港ドルから他の通貨へ広げてきた経緯も、あわせて記されている。
Standard Chartered and HSBC execute first live tokenised deposit transaction on Swift’s blockchain-based ledger(外部)
8月19日の初の銀行間取引を伝える発表。債務が両行の基盤に記録され、台帳が照合と相殺を担ったことを具体的に説明している。
BNP Paribas and HSBC Complete First Corporate Treasury Payment on Swift’s New Ledger for Siemens(外部)
9月4日の企業財務決済を報じた記事。本記事で唯一、一次発表を確認できていない情報源のため、本文でも媒体名を明示している。
金融庁「FinTech実証実験ハブ」支援案件「トークン化預金の銀行間決済」の検証に43社が参加(外部)
国内実証の参加43社を区分付きで公表したリリース。検証する2つの実現方式と、その主眼となる考え方を具体的に説明している。
















