見える緑ではなく働く葉を測る|ESAのFLEXと日本の「いぶき」

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衛星から植物を見るとき、これまで測ってきたのは葉が跳ね返した光でした。FLEXが測るのは、葉そのものが放つ光です。緑がどれだけあるかではなく、光合成が動いているかどうかを見にいく初めての衛星が、Sentinel-3Cとともに一本のロケットに積まれました。


欧州宇宙機関(ESA)は、2機の地球観測衛星をVega-Cロケットで同時に打ち上げる。飛行名はVV30。仏領ギアナの欧州宇宙港から、9月15日3時21分(中央ヨーロッパ夏時間)の予定である。搭載機はESAのEarth Explorerミッション「FLEX」と、欧州連合のコペルニクス計画で3機目となる「Sentinel-3C」で、別々の2つのミッションにあたる。

FLEXは光合成中の植物が放つ微弱な蛍光を捉える分光計を積み、高度814kmから空間分解能300m×300mの全球マップを作る。Sentinel-3Cは4基の観測装置で海洋、陸域、氷、大気を観測し、軌道上の2機とともに運用される。Vega-CはSentinel-3Cを先に分離し、Vespa+Rアダプターに収めたFLEXを続いて放出する。

From: 文献リンクFLEX and Sentinel-3C ready for liftoff on Vega-C

【参考動画】

ESAが2026年9月に公開した1分弱の解説動画。FLORISが何を捉えようとしているのかを、映像で短く示している。

【編集部解説】

植物は太陽の光を浴びて光合成を行うとき、受け取ったエネルギーのごく一部を、光として外に捨てています。赤から近赤外にかけての、目には見えない弱い光です。FLEXが測るのは、この光です。

ここが、これまでの植生観測との分かれ目になります。衛星による植生の把握は長らく、葉が反射した光の色合いから「緑がどれだけあるか」を推定する方法が中心でした。NDVI(正規化植生指数)に代表される考え方です。葉の量や地表の被覆をよく表す一方で、その葉の光合成活動そのものを示すものではありません。水不足や高温の影響は、葉の色や茂り方が大きく変わるより前に、光合成の仕組みのほうに表れることがあります。反射率だけを見るより早い段階でストレスを捉えられる——それが、この装置に期待されている利点です。もっとも蛍光の出方はストレスの種類や強さによって変わり、いつでも必ず先に弱まる、という単純なものではありません。

この信号を全球規模で捉える扉を最初に開けたのは、日本の衛星でした。2009年に打ち上げられた温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)が積んでいたのは、二酸化炭素とメタンを測るためのフーリエ変換分光計です。植物の蛍光を測るための装置ではありません。限られた地域での蛍光の取得はそれ以前にも報告されていましたが、2011年、研究チームがGOSATの観測データから植物蛍光の全球分布を取り出すことに成功しました。以後、GOME-2やOCO-2、TROPOMIなどからも蛍光が読み出されていきますが、いずれも本来は大気の成分を測るための装置です。FLEXは、植物蛍光の全球観測そのものを目的に設計された初めての衛星になります。

装置の名はFLORIS。500〜780nmを見る分光計ですが、波長の刻み方が一様ではありません。酸素の吸収帯であるO2-A(759〜769nm)とO2-B(686〜697nm)だけは0.1nm間隔という細かさでデータを取り、クロロフィルの吸収帯は2.0nm間隔です。この偏りには理由があります。地上に届く太陽光のスペクトルには、太陽自身や大気の吸収によって暗い「谷」ができています。植物の蛍光はその谷をわずかに埋め戻すため、谷がどれだけ浅くなったかを測れば、強い反射光に紛れた蛍光だけを取り出せる。酸素帯で0.1nm間隔まで刻むのは、この谷の形をなぞるためです。実際に見分けられる幅は0.3nm程度とされており、間隔の細かさはその形状を丁寧に追うための設計にあたります。

そう考えると、300m×300mという空間分解能の受け取り方も変わってきます。分解能2mの世界を競う光学衛星とは、そもそも土俵が違う。弱い信号を読むには、細かく分けることよりも、十分な光の量と信号対雑音比を確保することが効いてきます。FLEXは、300mの地上サンプリングと150kmの観測幅を採用しています。FLORISの150kmという幅は、Sentinel-3の観測装置OLCIが見ている範囲の内側にすっぽり収まるよう設計されています。ESAはこの分解能で、月ごとの全球マップを作るとしています。

もう一つ、このミッションはSentinel-3との組み合わせを前提に設計されています。蛍光の信号を切り出すには、その瞬間に雲やエアロゾル、水蒸気がどうだったか、地表の温度や植生の状態がどうだったかを知る必要があるからです。FLEXはSentinel-3衛星の40〜100km前方を飛び、同じ地点を6〜15秒の差で観測します。ほぼ同時刻の、二つの目です。

ここで一点、混同しやすい部分があります。同じロケットに乗っているSentinel-3Cが、そのままFLEXの相棒になるわけではありません。ESAは、FLEXが当初タンデムを組む相手はSentinel-3Cではないと明記しています。2機は同じフェアリングを共有しますが、別々のミッションであり、軌道上での役回りもそれぞれです。

そのSentinel-3C側にも、静かな重みがあります。初号機の打ち上げから約10年。海面水温、海色、海氷、陸域の温度といったデータを日々供給し続けてきたシリーズの、3機目にあたります。OLCI、SLSTR、SRAL、MWRという4基の装置構成は先行機を踏襲しており、新しいことをするための機体ではなく、途切れさせないための機体です。気候政策の土台になる長期データは、こうした継続によってしか作れません。

一つのフェアリングに、新しい問いを開く科学衛星と、答えを絶やさないための業務衛星が同居している。VV30という飛行は、そういう構図になっています。全高35m、発射台上で210tのVega-Cが、Vespa+Rという二段構えのアダプターに2機を積み分け、Sentinel-3Cを先に、FLEXを後に放出します。

日本の読者にとっての射程も考えておきたいところです。国内のスマート農業や農地監視は、SAR衛星や高分解能の光学衛星で圃場単位の変化を読む方向に進んできました。FLEXが作るのは月ごと・300mの全球マップですから、個々の畑の営農判断に直接差し込むものではありません。むしろ効いてくるのは、その上の層です。ここで押さえておきたいのは、蛍光そのものは光合成の量ではない、ということです。ESA自身、光合成を宇宙から直接測ることはできないと説明しています。蛍光は、そこへ変換するための手がかりにあたります。それでも、地域や国のスケールで光合成の活動量を推定するとき、観測された量に基づく制約が一つ増える意味は小さくありません。作物の不調の兆しや、森林が光合成によって取り込む炭素量の見積もりが、モデルの内側の仮定だけに頼らずに済むようになります。

運用期間は3.5年に3か月の初期チェックアウトを加えたもので、地球観測衛星としては長いほうではありません。ただしこの年数は、南北両半球で少なくとも3回の植生サイクルを通すという目的から逆算されたものです。まず、蛍光という物差しが本当に使えるのかを確かめる。Earth Explorerというプログラムの性格が、ここによく表れています。

人類は長いあいだ、植物を外から眺めて健康を推し量ってきました。葉の色、茂り方、枯れ具合。FLEXが持ち込むのは、植物自身が発している光を直接聞き取るという方法です。見えている緑ではなく、働いている葉を測る。地球の光合成に、宇宙から定期的に聴診器を当てる観測が始まろうとしています。

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【編集部後記】

「いぶき」の分光計は、二酸化炭素を測るために設計されました。植物の蛍光まで読み出せたのは、その目的のために必要だった波長の細かさが、まったく別の信号を拾えるだけの精度を、たまたま備えていたからです。

道具は、作った人が想定した用途の外側に、わずかな余白を持つことがあります。その余白から研究分野がひとつ生まれ、いまその分野のための専用機が用意された。FLEXの最初のデータが届いたら、「いぶき」が残した観測と並べて眺めてみたいと思っています。


【用語解説】

Earth Explorer
ESAが進める小型の地球科学衛星群。磁気圏から氷床、バイオマスまで、地球環境の特定の側面を科学的に探ることを目的とする。実用衛星ではなく、新しい観測手法が成立するかを確かめる性格が強い。FLEXはこのシリーズの一機である。

コペルニクス(Copernicus)
欧州連合が運営する地球観測プログラム。欧州委員会が所有し、Sentinelと名の付く一連の衛星がデータを供給する。成果は無償で公開される。

NDVI(正規化植生指数)
赤色光と近赤外光の反射率の差から植生の状態を推定する指標。衛星による植生観測の標準的な物差しとして長く使われてきた。葉の量や地表の被覆をよく表す。

FLORIS
FLEXが搭載する観測装置。500〜780nmの範囲を観測する分光計で、酸素の吸収帯だけを0.1nm間隔という細かさで刻む。押し掃き(プッシュブルーム)方式で、観測幅は150kmである。

フーリエ変換分光計
干渉計を使い、光の干渉パターンから波長ごとの強度を算出する方式の分光計。回折格子を使う方式に比べ、高い波長分解能を得やすい。GOSATが搭載したTANSO-FTSがこれにあたる。

信号対雑音比
測りたい信号の強さと、装置や環境に由来する雑音の強さの比。微弱な光を扱う観測では、この比を確保できるかどうかが成否を分ける。

タンデム運用
2機の衛星が近い軌道を一定の間隔で飛び、同じ地点をほぼ同時に観測する運用方式。単独では取り出せない情報を、組み合わせによって得る。

地上サンプリング
衛星の1画素が地表で何メートル四方に相当するかを示す値。見分けられる細かさそのものではなく、データを取る間隔を指す。

Vespa+R
Vega-Cで2機の衛星を上下に積み分けるためのペイロードアダプター。下部にFLEXを収め、その上にSentinel-3Cを取り付ける構造になっている。

初期チェックアウト(コミッショニング)
打ち上げ後、定常観測に入る前に装置の状態と性能を確認する期間。FLEXでは3か月が見込まれている。

GOME-2、OCO-2、TROPOMI
いずれも大気の成分を観測するための装置ないし衛星。オゾンや微量気体、二酸化炭素の観測を主目的としながら、観測データから植物蛍光を副産物として取り出せることが知られている。

【参考リンク】

FLEX|ESA(外部)
欧州宇宙機関によるFLEXの公式ミッションページ。観測の目的、FLORISの装置諸元、軌道、打ち上げに関する情報をまとめて確認できる。

Copernicus Sentinel-3|ESA(外部)
コペルニクスSentinel-3の公式ページ。OLCIなど4基の観測装置の仕様と、海洋・陸域・氷・大気を観測する役割を解説している。

Vega|ESA(外部)
ESAによるVegaロケットの公式ページ。Vega-Cの機体構成や打ち上げ能力、Avioとの開発体制、これまでの飛行実績を掲載している。

Avio(外部)
Vega-Cの主契約者かつ設計責任者であり、飛行VV30では打ち上げサービス運用者も務めたイタリアの宇宙企業Avioの公式サイト。

GOSAT「いぶき」(外部)
環境省、国立環境研究所、JAXAが共同で進めるGOSAT「いぶき」の公式サイト。2009年の打ち上げ以降の観測成果とデータ公開状況がわかる。

いぶき(GOSAT)|JAXA(外部)
JAXAによる「いぶき」の解説ページ。搭載センサーTANSO-FTSの役割や、三菱電機を中心とした開発体制を平易に紹介している。

【参考記事】

Facts and figures|ESA FLEX(外部)
FLORISの波長諸元、質量400kg、軌道、タンデム距離40〜100kmなど、本記事で用いた数値の多くが確認できるESAの公式資料。

Watch: FLEX and Sentinel-3C launch on Vega-C|ESA(外部)
FLEXが当初タンデムを組む相手はSentinel-3Cではない、とESAが明記しているページ。打ち上げ中継の視聴案内も兼ねている。

Avio to launch Copernicus Sentinel-3C and FLEX satellites on September 14th 2026 on Vega C|Avio(外部)
打ち上げ運用者による発表。飛行時間116分、投入高度約820km、傾斜角98.6度という、飛行そのものの諸元を示している資料。

Fluorescence Imaging Spectrometer (FLORIS) for ESA FLEX Mission|Remote Sensing(外部)
FLORISの設計を論じた査読論文。観測幅150kmや、酸素吸収帯での実効的な分解能0.3nmといった諸元の根拠にあたる。

Global GOSAT, OCO-2, and OCO-3 solar-induced chlorophyll fluorescence datasets|ESSD(外部)
衛星による蛍光観測の系譜をまとめた総説。初の全球観測がGOSATによるものであることを、複数の原論文を挙げて明記している。

FLEX (Fluorescence Explorer)|eoPortal(外部)
FLORISの観測幅がSentinel-3のOLCIが見る範囲に収まる設計であることと、両機が6〜15秒差で観測することを記載している。

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山本 達也 代表社員
合同会社デジタルの窓口 代表。ウェブ解析士。生成AI・サイバーセキュリティ・ 宇宙開発領域を中心に執筆。

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