Last Updated on 2025-06-16 23:13 by admin
「地球内部に巨大な“水の貯蔵庫”が存在する」——15年前に提唱されたこの仮説が、いま決定的な証拠とともに確認された。
2025年5月、科学誌『Nature』に掲載された最新研究は、地球の地下深くに閉じ込められた膨大な水の存在を裏付けた。これは、私たちの水循環に対する理解を根本から書き換えるだけでなく、レアアース資源の分布や地球内部構造に関する認識にも影響を及ぼす可能性がある。2009年の発見を出発点に、なぜ今あらためてこの話題が世界的に注目されているのか——その背景と意味を読み解く。
2009年、ブラジルでグラハム・ピアソン率いるアルバータ大学の研究チームが、地下410-660キロメートルの深度からリングウッダイト鉱物を発見した。
この鉱物は重量の1.5%の水分を含有し、地球のマントル遷移帯に海洋全体に匹敵する水量が存在する可能性を示した。2022年にボツワナでも同様の発見が確認された。
一方、南大西洋のリオグランデ海膨では、ブラジル東方約1000キロメートルの海底に水没した島が発見され、電子機器や電気自動車製造に必要なレアアース元素が豊富に含まれている可能性が判明した。
ヒューストン大学のウィリアム・W・セイガーらの研究により、9200万年前から6600万年前の後期白亜紀にリオグランデ海膨とウォルビス海嶺の間で大規模な地殻変動が発生し、マイクロプレートが形成されたことが明らかになった。これらの発見は地球の水循環とプレートテクトニクスの理解を根本的に変える可能性がある。
【編集部解説】
今回の発見は、地球科学における複数の重要な研究成果を統合したものです。
まずはリングウッダイトという鉱物の特殊性について説明します。この鉱物は地下410-660キロメートルの「遷移帯」と呼ばれる領域に存在し、極度の高圧環境下でのみ安定化します。重要なのは、この鉱物が結晶構造内に水分子を「スポンジ」のように保持できることです。
従来の地球水循環モデルでは、表面の海洋・大気・陸水のみが考慮されていました。しかし今回の発見により、地球内部に「第4の水貯蔵庫」が存在する可能性が示されました。これは地球の水の起源や分布に関する根本的な理解を変える可能性があります。
一方、南大西洋のリオグランデ海膨での発見は、地政学的な意味合いも持ちます。レアアース元素は現在、中国が世界供給量の大部分を占めており、これらの元素を含む新たな鉱床の発見は、グローバルなサプライチェーンに大きな影響を与える可能性があります。
技術的な観点では、これらの発見は地震波解析技術の進歩によって可能になりました。特にヒューストン大学のウィリアム・W・セイガー教授らによる海底地形、重力、地震データの統合解析は、南大西洋の複雑な構造史を明らかにする画期的な手法となりました。数千の地震計データを統合解析するこのような手法は、今後の地球内部探査において標準的な手法となるでしょう。
潜在的なリスクとしては、深部水資源の存在が地震活動や火山活動に与える影響がまだ十分に解明されていない点が挙げられます。また、海底鉱物資源の開発は海洋生態系への影響も懸念されます。
長期的な視点では、これらの発見は火星や他の惑星における水の存在可能性の研究にも応用される可能性があります。惑星科学の発展において、地球内部の水循環メカニズムの理解は重要な基盤となるでしょう。
【用語解説】
リングウッダイト(Ringwoodite)
地下410-660キロメートルの遷移帯に存在する高圧鉱物。オーストラリアの地球物理学者テッド・リングウッドにちなんで命名された。結晶構造内に水分子を「スポンジ」のように保持する特性を持つ。
遷移帯(Transition Zone)
地球内部の上部マントルと下部マントルの境界領域。深度410-660キロメートルに位置し、極度の高圧・高温環境下にある。
ヒドロキシルイオン(Hydroxyl Ion)
水分子(H₂O)が分解して生成されるOH⁻イオン。リングウッダイト内では、この形で水分が鉱物の結晶構造に組み込まれる。
キンバーライト(Kimberlite)
地球深部から地表に向かって噴出する火山岩。ダイヤモンドを地表まで運ぶ「運搬役」として知られる。
レアアース元素(Rare Earth Elements)
スマートフォン、電気自動車、風力発電機などの製造に不可欠な17種類の希土類元素の総称。
プレートテクトニクス(Plate Tectonics)
地球表面を覆う岩盤(プレート)の動きによって地震や火山活動が説明される地球科学の基本理論。
マイクロプレート(Microplate)
主要なプレートから分離した小規模な地殻片。南大西洋では9200万年前から6600万年前にかけて形成された。
【参考リンク】
アルバータ大学(University of Alberta)(外部)
カナダ・エドモントンに本部を置く公立研究大学。グラハム・ピアソン教授が所属し、北極資源地球化学研究所を運営している。
ヒューストン大学(University of Houston)(外部)
テキサス州ヒューストンに本部を置く公立研究大学。ウィリアム・W・セイガー教授が地球大気科学部に所属し、海洋地球物理学研究を行っている。
米国宝石学会(Gemological Institute of America)(外部)
1931年設立の非営利宝石学研究機関。カリフォルニア州カールスバッドに本部を置き、ダイヤモンド鑑定の国際基準「4C」を開発した。
サンパウロ大学海洋研究所(University of São Paulo Oceanographic Institute)(外部)
ブラジル最大の研究大学であるサンパウロ大学の海洋学研究機関。リオグランデ海膨の研究を主導している。
JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)(外部)
日本の独立行政法人。世界各国の鉱物資源情報を収集・分析し、ブラジルの非鉄金属資源についても詳細な調査報告を公表している。
【参考記事】
An ocean inside the Earth? Water hundreds of kilometres down(外部)
フランクフルト大学による地球内部の水貯蔵庫研究。遷移帯が「乾いたスポンジ」ではなく大量の水を保持していることを確認した国際研究の詳細を報告。
There May Be a Massive Ocean Beneath the Earth’s Surface(外部)
2014年のブラジルでのダイヤモンド発見から始まった地球内部海洋研究の経緯。マット・グロッソ州での発見とその後の科学的検証過程を詳述。
Scientists Discover Massive “Ocean” Near Earth’s Core(外部)
2022年のボツワナでのダイヤモンド研究による追加検証。地球全海洋の3倍の水量が遷移帯に存在する可能性を示した国際研究チームの成果を報告。
【編集部後記】
地球の足元に眠る巨大な水の世界と貴重な資源の発見は、私たちが当たり前だと思っていた「地球の常識」を根底から覆すものかもしれません。
リングウッダイトという鉱物が示す新たな水循環システムや、海底に眠るレアアース資源は、今後のテクノロジー発展にどのような影響を与えるでしょうか。皆さんは、この発見が最も大きな変化をもたらすと思う分野はどこだと考えますか?地震予測技術、宇宙探査、それとも資源開発でしょうか。ぜひSNSで教えてください。