どれほど巨大な企業になっても、Appleの新製品発表がここまで熱を帯びるのは、スペック表だけでは説明がつきません。壇上に立つ人物が「なぜこの製品を作ったのか」を自分の言葉で語ってきたからです。日本時間今夜午前2時に始まる特別イベント「Surprise and Shine」は、その語り部が15年ぶりに交代してから初めて臨む舞台です。しかも主役になるとみられる初の折りたたみiPhoneは、報道によれば新CEOではなく前任者が10年近くかけて執念を注いだ製品だといいます。
今夜、私たちが見届けるべきものは何でしょうか?
Appleは日本時間9月10日午前2時、クパチーノのApple Parkで新製品発表イベント「Surprise and Shine」を開催する。9月1日付でジョン・ターナス氏がティム・クック氏の後任として最高経営責任者(CEO)に就任しており、今回が新体制で迎える初の大型イベントとなる。イベントでは初の折りたたみ式iPhoneが披露されるとみられ、Bloombergのマーク・ガーマン氏によれば、開発はティム・クック氏が2020年のアジア出張後に主導したとされる。ヒンジにはチタンとアルミニウムを使用し、コーニングと共同開発した専用カバーガラスを採用したと報じられている。想定価格は当初1,999ドルを目指していたとされるが、直近の報道では2,199ドル以上になるとの見方も出ている。前CEOのクック氏は今回のイベント映像には登場しない見込みだと報じられている。
ライブ配信:
(Apple公式YouTubeチャンネルより)
【編集部解説】
誰の物語として語られるのか
今夜披露されるとみられる初の折りたたみiPhoneには、少しねじれた出自があります。Bloombergのマーク・ガーマン氏が伝えた開発史によれば、この製品を最も強く後押ししたのは、2026年9月1日付でCEOを退いたばかりのティム・クック氏でした。2020年にアジアを訪れたクック氏は、サムスンやHuaweiの折りたたみ端末が現地で広がっている様子に触発され、社内で検討段階だった「開くと大型タブレットになるiPad mini的な構想」ではなく、折りたたみ「iPhone」を優先するようチームを方向づけたとされています。関係者の一人は、クック氏が「最も早く、最大の推進者だった」とガーマン氏に証言しています。
開発自体は、当時ハードウェアエンジニアリングを率いていたダン・リッチオ氏の下で始まり、後任のジョン・ターナス氏へと引き継がれました。画面の折り目の目立ちにくさ、ヒンジの耐久性、内側用の柔軟カバーガラス、アンダーディスプレイカメラという4つの技術課題を経て、最終的にチタンとアルミニウムのヒンジ、コーニングと共同開発した専用カバーガラスという構成に落ち着いたと報じられています。つまり今夜の主役になるはずの製品は、新CEOのビジョンというより、旧CEOが仕込み終えて置いていった宿題という性格を強く帯びています。
単独でホストを務めるのは、今夜が初めて
一方で、今夜のイベントを進行するのはターナス氏一人になる見込みです。ガーマン氏のニュースレターによれば、クック氏は発表動画にも登場しない見込みだと報じられています。ターナス氏はこれまでもハードウェア責任者として個別セグメントには何度も登壇してきましたが、イベント全体の司会を一人で担うのは今回が初めてです。海外メディアの記者たちも「ショーマンだったジョブズ型か、物静かで実務的だったクック型か、それとも彼自身の新しいスタイルになるのか、今のところ予想がつかない」と率直に書いています。
ここは「わからない」という事実そのものが今夜の見どころです。クック氏が発表動画に映らないとすれば、ターナス氏は自分が生みの親ではない製品について、前任者に一切頼らずに「なぜAppleがこれを作ったのか」を自分の言葉で語らなければなりません。技術的な完成度がどれだけ高くても、その物語を誰がどう語るかによって、製品の受け止められ方は変わります。
Appleが「語り部」を代えるということ
Appleの新製品発表が業界随一の注目を集め続けてきたのは、単に販売台数や技術力だけが理由ではありません。ジョブズは製品を自らの物語として語り、クックはその型を継承しながらも、操業規律とサプライチェーンの手腕で会社の時価総額を15年で13倍以上に伸ばし、2026年9月時点で4.7兆ドル規模に押し上げました。Bloombergの報道によれば、Apple取締役会はターナス氏に、クック時代の合議的な意思決定プロセスよりも、ジョブズ時代を思わせる速く大胆な製品判断を期待しているとされています。一方、2024年にターナス氏がCEO候補として報じられ始めた頃、ガーマン氏のニュースレター「Power On」では、ターナス氏に近い関係者の一人が、彼を「物腰が柔らかく、メールに物議を醸すようなことは一切書かず、決断には慎重なタイプ」と評したことが紹介されていました。取締役会が今まさに期待する「大胆な決断力」と、2年前に身近な関係者が語っていた「慎重な物腰」――どちらもGurman氏の同じ取材網から出てきた人物像である以上、単純にどちらかを採ることはできません。この矛盾がどんな形で今夜のステージに現れるのかは、幕が開くまで分からないままにしておきます。
投資家の受け止めも一様ではありません。強気派として知られるアナリストのダン・アイブス氏は、ターナス氏について「リスクを取るビジョナリーではない」としたうえで、就任当初からAI分野での成果に対する大きなプレッシャーがかかるだろうと指摘しています。一方、IDCのシニアリサーチディレクターであるナビラ・ポパル氏は、Appleが原点に回帰し「製品の人」をトップに据えたことを歓迎するとコメントしています。さらにガーマン氏は、ジョナサン・アイブ氏の退任以降に進んだデザイン権限の低下が、ハードウェアとソフトウェアの一体感の欠如を招いており、強力なデザインリーダーシップの再建がターナス氏の急務だと指摘しています。
私たちがまだ知らないこと
今夜確実なのは、日本時間午前2時に「Surprise and Shine」が始まるという事実だけです。折りたたみiPhoneの正式名称(iPhone FoldかiPhone Ultraか)も、最終価格(1,999ドルという当初目標から2,199ドル以上まで報道が割れています)も、ターナス氏がどんな言葉で講演を始めるのかも、すべて幕が開くまで分かりません。
分かっているのは、ターナス氏がこの夜、二重の意味で「初めて」に直面するということです。CEOとして初めての大型イベントであると同時に、自分が中心となって発案したのではない製品を、自分の言葉で語る初めての夜でもあります。私たちが見るべきは、折りたたみ機構の完成度以上に、この二重の初舞台をターナス氏がどう乗り切るか、なのかもしれません。
【関連記事】
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WWDC2026直前まとめ|Appleの1年を振り返る、ティム・クック最後の発表とSiriの未来
オペレーションの天才からシリコンの設計者へ――クックからターナスへのバトンタッチを一足先に描いた記事。
【編集部後記】
新しい船長が舵を握る夜、私たちが本当に見たいのは、折り目のない画面よりも、その人がどんな声で語るかなのかもしれません。誰かが敷いたレールの上に立つことは、恥ではありません。むしろ、それをどう自分の言葉に変えるかにこそ、その人らしさが表れるのではないでしょうか。今夜午前2時、夜更かしして見届ける方も、朝になってから追いかける方も、私たちは同じ問いを携えてこの夜を迎えたいと思います。
【用語解説】
執行会長(エグゼクティブチェアマン)
CEOを退いた後にティム・クック氏が就く新設ポスト。取締役会の議長でありながら、各国政策担当者との関与など特定の役割を持ち続ける、業務執行寄りの会長職。
【参考リンク】
Apple Newsroom(CEO交代の公式発表)(外部)
クック氏からターナス氏への交代を伝えた2026年4月20日付の公式プレスリリース。
Apple Events(本日のライブ配信視聴ページ)(外部)
「Surprise and shine.」の配信ページ。Apple TVアプリでも視聴可能。
Corning公式サイト(外部)
折りたたみiPhoneの専用カバーガラスを共同開発したとされる素材メーカー。
【参考記事】
Apple’s foldable iPhone took a decade to arrive — and may start above $2,000 — MacDailyNews(外部)
Bloomberg・ガーマン氏による折りたたみiPhone開発史の詳報。クック氏が最大の推進者だったという経緯を報じる一次的な出典。
アップル初の折り畳み式iPhone、開発に約10年-価格は2000ドル超か — Yahoo!ニュース/Bloomberg(外部)
ヒンジ素材やカバーガラスなど折りたたみiPhoneの技術的詳細を報じるBloomberg記事のYahoo!ニュース転載。
9月10日のApple発表イベント、ティム・クック氏は動画に登場しない見込み — iPhone Mania(外部)
クック前CEOが今回の発表動画には登場しない見込みだと報じる記事。新体制での初イベントの位置づけを解説。
iPhone Ultra will be the star of Apple’s ‘Surprise and Shine’ event, but all eyes will be on John Ternus — TechRadar(外部)
ターナス氏の講演スタイルが未知数である点を指摘し、単独司会は今回が初めてだと報じる海外メディア記事。
Can Apple hardware engineering veteran John Ternus restore Jobs-era decisiveness? — MacDailyNews(外部)
取締役会がターナス氏にジョブズ時代を思わせる速い決断力を期待しているというBloomberg発の報道をまとめた記事。
Apple hardware boss John Ternus may succeed Tim Cook as CEO, claims report — Notebookcheck(外部)
2024年当時、CEO候補として報じられ始めたターナス氏の人柄について、関係者による評価を紹介した記事。
アップル次期CEOジョン・ターナス氏、分断されたデザイン文化の再建という喫緊の課題に直面 — finance.biggo.jp(外部)
アイブ氏退任以降のデザイン権限低下という課題について、Gurman氏の指摘を伝える記事。

















