141種の鳴き声を識別するAI「KoeTurri」正式リリース|生物多様性が「守る理想」から「測る対象」へ

私たちの周りには、昼も夜も無数の生き物の声が響いています。けれど、その大半は人の耳を素通りしていきます。一方で「どんな生物がそこにいるのか」という問いは、いまや保全の理想を超えて、企業や自治体が向き合うべき経営の課題になりつつあります。ネイチャーポジティブや30by30といった言葉が、生物多様性を「測り、示す」対象へと変えているからです。そんななか、姿の見えない生き物の鳴き声をAIが24時間聴き取り、141種を自動で識別するサービスが正式にリリースされました。聞こえていなかった声を、データとして可視化する試みです。


音環境分析を手がけるハイラブル株式会社は2026年5月28日、生物の鳴き声をAIで識別するクラウドサービス「KoeTurri(コエチュリー)」を正式リリースした。

たまご型の防水8chマイクアレイを屋外に設置し、姿の見えない生物の鳴き声から、種類と音の到来方向を自動で出力する。対応種は鳥類129種を中心に、両生類4種・昆虫5種・哺乳類3種の計141種にのぼる。

録音から識別までを一括で行い、音声ファイル、テキスト形式のラベルデータ、PowerPoint形式の自動レポートを出力する。同社は2016年の創業以来、のべ17万人の会話分析で培った技術を生物の声へ応用したとしている。料金はPoCを30万円から提供する。

From: 文献リンク生物の鳴き声×AIで生態系を可視化する「KoeTurri®(コエチュリー)」正式リリース

【編集部解説】

「そこに何がいるか」を知る、という難題

生物多様性を守る、回復させる、活用する――いずれの議論も、その手前にある「そもそも、そこに何がいるのか」という把握を前提にしています。ところが、この把握こそが長く難題でした。

従来は専門家が現地で観察する方法が中心で、高い頻度で継続するのは容易ではありません。カメラや衛星による自動化も進みましたが、物陰や死角に入った生物は取りこぼされやすい。生物多様性の分野では、こうした観測の困難が「データ欠損(data deficit)」と呼ばれ、保全や評価の足かせとして指摘されてきました。

音で聴くという手法 ― 得意なことと、できないこと

KoeTurriが用いるのは「音」です。たまご型の防水8chマイクアレイを屋外に設置し、24時間・無人で鳴き声を拾い、AIが種類と音の到来方向を自動で出力します。対応は鳥類129種を中心に、両生類4種・昆虫5種・哺乳類3種の計141種にのぼります。

音の利点は、視覚が届かない領域に届くことです。夜間でも、姿が隠れていても、声があれば計測できる。全方位のマイクなら到来方向もわかります。鳥・カエル・虫・シカといった分類群を一拠点で横断的に捉えられる点も、現場の負担を考えると小さくありません。

一方で、音響モニタリングの限界も一般に知られています。声を出さない、あるいは滅多に鳴かない生き物は捉えられず、複数の声が重なる環境では識別が難しくなります。生物多様性の観測手法には、ほかに環境DNA(eDNA)、カメラトラップ、衛星リモートセンシングがあり、それぞれに長所と短所があるとされます。

たとえばeDNAは水や土に残るDNAから種を推定できますが、「その生物がいつ・どれだけ通過したか」の推定は難しいことが研究で指摘されています。音響はこれらを置き換えるものではなく、人手の観察を継続性と自動化の面から補い、他手法と組み合わせて全体像に近づく位置づけと考えられます。

「守る自然」から「測る自然」へ ― 世界で進む開示と数値化

KoeTurriが正式リリースされ、建設・不動産・環境調査・自治体から関心を集めている背景には、生物多様性が「守るべき理想」から「測り、開示すべき経営課題」へと位置づけを変えつつある流れがあります。

その象徴が自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)です。2023年9月に枠組み最終版v1.0が公表され、2024年1月のダボス会議では日本企業約80社が早期開示を宣言しました。気候に続く開示テーマとして、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)も生物多様性・自然を有力候補に挙げています。

この流れが「土地の価値」にまで及んでいる例は、すでに制度として存在します。英国(イングランド)は2024年2月12日から、大規模開発に対し生物多様性を開発前比10%以上純増させる「生物多様性ネットゲイン(BNG)」を、国レベルとして世界で初めて義務づけました。

生息地の規模・質・種類を「生物多様性ユニット」として数値化し、開発許可手続きの一環で専門家が現地を評価する仕組みです。創出・強化した生息地には少なくとも30年の監視・管理が課されます。ここでは「そこに何がいるか」が数値化され、取引され、開発の可否や土地の評価に接続されています。30年以上に及ぶ監視期間を人手だけで担うのは現実的ではなく、自動で測り続ける仕組みへの需要は、保全の理念とは別の経路からも生まれています。

影響は双方向 ― データで見る人と野生動物

「そこに何がいるか」を知ることは、人と生き物の影響を双方向で捉え直すことにもつながります。これは観念的な話ではなく、すでに数字で語られています。

開発が生き物に与える影響に対し、逆方向、つまり生き物が人の暮らしに与える影響もまた、定量化が進む領域です。農林水産省によると、令和6年度(2024年度)の野生鳥獣による全国の農作物被害は約188億円で、前年度から24.0億円増加しました。内訳ではシカ79億円、イノシシ45億円が大きく、いずれも増加傾向にあります。同省は「スマート捕獲」など技術を用いた鳥獣対策の普及も進めています。

つまり、生物多様性の把握は「守る」文脈だけでなく、土地の利活用や被害対策という「管理」の文脈でも価値を持ちます。一方では、BNGのように生息地が数値化され資産として扱われ、もう一方では、野生動物の動向が被害額という形で経営や行政のコストに直結している。継続的・客観的に「何がいるか」を測るデータは、この両極をつなぐ基盤になりえます。

測ることと、魅せること

KoeTurriにはもうひとつの用途があります。識別結果を一般向けサイネージや観察イベントのコンテンツに使う「魅せる」用途で、商業施設での利用も始まっています。生物の豊かさを体験価値に変える試みであると同時に、保全のための測定がブランディング素材へ転用される構図でもあります。可視化が関心を広げる効果と、保全が体験価値に回収される側面は、どちらも同じ仕組みの中に共存します。

技術の出自も、この製品の性格を物語ります。ハイラブル代表の水本武志氏は、博士課程でニホンアマガエルの合唱の時空間構造を可視化する研究に取り組んでいました。数十匹が一斉に鳴く声を解きほぐすという問いから出発した音響信号処理の技術が、のべ17万人の人間の会話分析を経て、いまカエルや虫の声へと展開されています。

「見えないものを音で見える化する」という一貫した技術が、人と人以外の世界を往復している格好です。KoeTurriが屋外で2年間の連続稼働を実証済みである点も、その延長線上にあります。

【用語解説】

鳴き声識別AI/バイオアコースティクス(生物音響学)
生物が発する音や鳴き声を解析し、種類や行動を把握する手法。視覚に頼らず、夜間や物陰の生物も計測可能。

マイクアレイ/音の到来方向
複数のマイクを配置し、音がどの方向から届いたかを推定する仕組み。KoeTurriは8chの防水マイクアレイを使用。

環境DNA(eDNA)
水や土壌などの環境試料に残された生物のDNAから、その場にいた種を推定する手法。音響やカメラと並ぶ生物観測手法の一つ。

30by30(サーティ・バイ・サーティ)
2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全する国際目標。2022年のCOP15「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に位置づけ。

ネイチャーポジティブ
生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること。30by30の上位ゴール。

自然共生サイト/OECM
民間の取組等により生物多様性の保全が図られている区域を環境省が認定する制度。保護地域以外で保全に資する区域(OECM)として国際登録される。

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)
企業が自然関連のリスクや機会を評価・開示するための国際的枠組み。気候分野のTCFDに続く位置づけ。

生物多様性ネットゲイン(BNG)/生物多様性ユニット
開発前より生物多様性を純増させる考え方。英国では生息地の規模・質・種類を「生物多様性ユニット」として数値化し、開発に純増を義務づけ。

自然資本
森林・土壌・生物多様性など、自然がもたらす便益を資本としてとらえる概念。開示や経営判断の対象として注目。

データ欠損(data deficit)
生物多様性の現状把握に必要な観測データが不足している状態。継続的なモニタリングの難しさを背景とする課題。

【参考リンク】

KoeTurri® サービスサイト(外部)
生物の鳴き声をAIで識別するクラウドサービスKoeTurriの公式サイト。仕様・特長・導入事例を掲載。

KoeTurri お問い合わせ(PoCは30万円から)(外部)
小規模に試せるPoC(実証導入)や本格導入の相談窓口。

ハイラブル株式会社(外部)
「音環境分析でコミュニケーションを豊かにする」を掲げるハイラブルの公式サイト。

ハイラブル 提供サービス一覧(外部)
話し合い見える化Hylable Discussion、場の見える化Bamiel、KoeTurri等の製品情報。

Project Dolittle(生物研究プロジェクト)(外部)
音響技術を生物のコミュニケーション研究に応用する同社のプロジェクト。

おたまじゃくし研究所(外部)
ハーモニーのあるコミュニケーションを定量的に研究する同社の研究組織。

環境省 30by30/自然共生サイト(外部)
30by30目標・ネイチャーポジティブ・自然共生サイト認定・30by30アライアンスの公式案内。

TNFD(公式)(外部)
自然関連財務情報開示タスクフォースの公式サイト。開示フレームワークの一次情報。

農林水産省 鳥獣被害対策コーナー(外部)
全国の農作物被害状況、被害防止計画、スマート捕獲等の対策情報。

【参考記事】

農作物被害状況 — 農林水産省(外部)
令和6年度の野生鳥獣による農作物被害は約188億円(前年比+24.0億円)。シカ79億円・イノシシ45億円など増加傾向。

イギリス、イングランドの開発業者に生物多様性ネットゲイン10%達成を義務化 — EICネット(外部)
2024年2月12日施行。大規模開発に生物多様性10%以上の純増を義務づけ。国レベルの義務化は世界初。

TNFD開示が加速、自然のリスク対応が企業価値を左右 — 日経ESG(外部)
2024年1月のダボス会議で日本企業約80社がTNFD早期開示を宣言。気候に続く開示テーマとして自然が浮上。

biodiversity tnfd support — KPMG(外部)
TNFDフレームワーク最終版v1.0が2023年9月に公表され、自然関連の情報開示の主流となる見込み。

A comparison of eDNA to camera trapping — bioRxiv(外部)
陸生哺乳類の観測におけるeDNAとカメラトラップの比較。eDNAは通過頻度や経過時間の推定が難しいと指摘。

バイオアコースティックス・生物音響学を研究 — Fidelity(外部)
音が生物多様性の「データ欠損」を埋めうるかを論じた論説。音響モニタリングの可能性と位置づけ。

【関連記事】

AIを生き物の声に向ける試みは、種の識別にとどまりません。マッコウクジラの「言葉」の解読や「自然の権利」をめぐる議論については、別の記事で取り上げています。

「人間以外の生物種とどう共存するか」という問いの背景は、マルチスピーシーズという視点を整理した記事でも論じています。

【編集部後記】

庭先や通勤路にも、私たちが名前を知らないまま通り過ぎている声があります。KoeTurriのような仕組みは、その声を記録し、数えられるものへと変えていきます。保全のためにも、土地の管理のためにも、必要なことです。ただ、声がデータになった瞬間に、聞こえてはいたのに気にとめてこなかった、という事実のほうが見えてくる気もします。測れるようになった声と、まだ測れない声。その両方に耳を澄ませながら、人と生き物の距離をどう捉えていくのか、私たちも一緒に考えていきたいと思います。

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りょうとく
趣味でデジタルイラスト、Live2Dモデル、3Dモデル、動画編集などの経験があります。最近は文章生成AIからインスピレーションを得るために毎日のようにネタを投げかけたり、画像生成AIをお絵描きに都合よく利用できないかを模索中。AIがどれだけ人の生活を豊かにするかに期待しながら、その未来のために人が守らなけらばならない法律や倫理、AI時代の創作の在り方に注目しています。