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大阪大学研究チーム、量子ノイズ克服の新技術開発 – 「ゼロレベル蒸留法」で量子コンピューター効率化

大阪大学研究チーム、量子ノイズ克服の新技術開発 - 「ゼロレベル蒸留法」で量子コンピューター効率化 - innovaTopia - (イノベトピア)

大阪大学大学院基礎工学研究科の糸川智博氏、高田侑吾氏、平野裕氏、および量子情報・量子生命研究センターの藤井啓祐教授らの研究グループが、量子コンピューターに必要な「マジック状態」を効率的に作成する「ゼロレベルマジック状態蒸留法」を開発した。

この手法は物理量子ビットレベルで耐障害性回路を構成し、従来手法と比較して空間的・時間的オーバーヘッドを数十倍削減することに成功した。

研究成果は2025年6月20日にPRX Quantum誌に掲載された。従来のマジック状態蒸留は大量の量子ビットを必要とし計算コストが高いという課題があったが、新手法は物理量子ビットレベルで直接動作することで必要リソースを大幅に削減する。

この技術は超伝導量子プロセッサの制約に適合する最近接量子ビット接続のみを使用し、既存の量子コンピューティングアーキテクチャとの互換性を持つ。大規模な誤り耐性量子コンピュータの実現に向けた重要な技術的ブレークスルーとして期待される。

From: 文献リンクQuantum breakthrough: ‘Magic states’ now easier, faster, and way less noisy

【編集部解説】

大阪大学の研究チームが開発した「ゼロレベルマジック状態蒸留法」は、量子コンピューティング分野において極めて重要な技術的ブレークスルーです。この手法が革新的である理由は、従来の階層的なエラー訂正アプローチを根本的に見直し、物理量子ビットレベルで直接動作する点にあります。

技術的な意義と難しさの解説

「マジック状態」とは、量子コンピューターが万能計算を実行するために不可欠な特殊な量子状態のことです。これまでのマジック状態蒸留は、多数の量子ビットを使用して複数の階層でエラー訂正を行う必要があり、膨大な計算リソースを消費していました。

今回の手法は、物理量子ビットレベルで直接動作する「ゼロレベル」アプローチにより、この問題を解決しています。具体的には、Steane符号でマジック状態を蒸留し、その後表面符号へと転送する格子手術技術を用いることで、従来手法と比較して必要な量子ビット数を約10分の1、計算ステップ数を2分の1に削減できるという結果は、実用的な量子コンピューターの実現に向けて非常に有望な成果といえるでしょう。

産業への影響範囲

この技術革新により、金融業界のリスク分析、製薬業界の分子シミュレーション、暗号技術の発展など、幅広い分野での量子コンピューター活用の可能性が高まってきます。なお、別の研究では2048ビットの素因数分解に必要な物理量子ビット数が従来の2000万個から100万個規模まで削減される可能性が示されており、量子コンピューター技術全体の小型化と低コスト化への期待が高まっています。

ポジティブな側面と潜在的課題

最大の利点は、空間的・時間的オーバーヘッドを数十倍削減できることです。物理エラー率0.1%の条件下で論理エラー率を0.01%まで抑え込み、成功確率70%以上を達成するなど、現在の超伝導量子プロセッサの制約内で実装可能な技術となっています。

一方で、この技術が広く普及すれば、現在の暗号技術の安全性に影響を与える可能性があります。量子コンピューターの実用化が加速することで、RSA暗号などの従来の暗号方式が脆弱になるリスクも考慮する必要があります。

長期的な展望

研究者らは量子コンピューティング時代の到来が予想以上に早まる可能性を示唆しています。Googleの研究チームがこの技術に触発されて「マジック状態栽培」という発展手法を開発するなど、世界的な技術革新の連鎖が始まっています。

ただし、実用的な量子コンピューターの実現には、この技術だけでなく、量子ビットの品質向上、制御システムの精密化、ソフトウェア環境の整備など、多角的な技術発展が必要です。今回の成果は、その重要なピースの一つとして位置づけられるでしょう。

【用語解説】

マジック状態
量子コンピューターで万能計算を実現するために必要な特殊な量子状態。標準的な量子ゲートでは生成できない非古典的な性質を持ち、これがなければ量子コンピューターは限定的な演算しか実行できない。

マジック状態蒸留
複数の低忠実度(精度の低い)量子状態から、単一の高忠実度(精度の高い)量子状態を準備する技術。「蒸留」という名前の通り、精度の良くない状態を多数用意し、フィルターで濾し取るような作業を繰り返すことで精度の高い状態を取得する。

誤り耐性量子コンピューター
量子ノイズにさらされても正確に計算を続けることができる堅牢な量子コンピューター。量子誤り訂正機能を持ち、産業上重要な問題を高速で解くために必要不可欠とされる。

量子ビット(キュービット)
量子コンピューティングでデータをエンコードするために使用される情報の基本単位。従来のビットと異なり、量子力学の重ね合わせの原理により「0」と「1」の状態を同時に表現できる。

PRX Quantum
量子科学技術分野の高選択性オンライン学術誌。Physical Review X の基準に基づき、影響力のある研究成果を発表する完全オープンアクセスジャーナル。

Steane符号
量子エラー訂正符号の一種。7量子ビットを使用して1つの論理量子ビットを符号化し、単一量子ビットエラーを訂正できる能力を持つ。

表面符号
大規模量子コンピューターで広く使用される量子エラー訂正符号。2次元格子上に配置された量子ビットを使用し、高いエラー耐性を実現する。

格子手術
異なる量子エラー訂正符号間で量子情報を転送する技術。量子テレポーテーションを利用して、符号変換を行う。

【参考リンク】

大阪大学(外部)
大阪大学の公式サイト。研究、国際交流・留学、入試、学生生活など、阪大のさまざまな情報を発信している。

大阪大学 量子情報・量子生命研究センター(QIQB)(外部)
大阪大学が注力する重点3領域の一つ「量子情報・量子生命研究」を推進する研究センター。

PRX Quantum(外部)
量子科学技術分野の高選択性オンライン学術誌。Physical Review X の基準に基づく完全オープンアクセスジャーナル。

【参考動画】

阪大教授が解説する量子力学と量子コンピュータ(前編)
大阪大学教授 藤井啓祐が量子力学と量子コンピュータについて解説する動画。量子力学の基本概念から量子コンピューターの仕組みまでを分かりやすく説明している。

【参考記事】

Quantum breakthrough: ‘Magic states’ now easier, faster, and way less noisy – ScienceDaily
大阪大学チームの「ゼロレベル」蒸留技術について詳細に解説。従来手法と比較して空間的・時間的オーバーヘッドを数十倍削減できることを報告している12

Physical Review X Quantum | Asia Research News
大阪大学研究者による「ゼロレベル蒸留」技術の概要を紹介。物理レベルでの量子ビット操作により従来手法より大幅にオーバーヘッドを削減できることを報告13

“ゼロレベル魔法状態蒸留法”を構築 – 大阪大学 ResOU
大阪大学公式研究ポータルサイトによる研究成果の詳細報告。糸川智博氏らの研究グループが開発した低コストマジック状態蒸留法について解説している3

「Experimental Demonstration of Logical Magic State Distillation …」の紹介
QuEra、Harvard、MITの論文を基にマジック状態蒸留の実験的実証について解説。中性原子量子コンピュータでの論理的量子ビットを用いた実証実験の詳細を紹介1

量子情報理論の基本:マジック状態蒸留 – Qiita
マジック状態蒸留の基本原理と実装方法について技術的に詳しく解説。量子計算シミュレータqlazyを使用したプロセスのシミュレーション例も含む2

【編集部後記】

量子コンピューターの技術的ブレークスルーが続く中、私たちの身近な生活にどのような変化をもたらすのか、一緒に考えてみませんか。今回の大阪大学の研究成果は、量子コンピューターの実用化を大きく前進させる可能性を秘めています。

皆さんが日常的に使っているスマートフォンやパソコンが、将来的に量子技術によってどう進化するか想像してみてください。また、ご自身の業界や関心のある分野で、この技術がどのような革新をもたらすか、ぜひSNSで教えていただけませんか。量子コンピューターの実用化が現実味を帯びてきた今、私たち一人ひとりがこの技術革新の当事者として、未来を一緒に描いていければと思います。

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TaTsu
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