Tokyo Artisan Intelligence×Oppstar|エッジAI半導体量産、日本発ベンチャーの挑戦

[更新]2026年7月6日

Googleで優先するソースとして追加するボタン

自分たちの手で半導体を設計し、動かす。小さな研究室発のベンチャーが、その一歩を踏み出しました。日本発のAIチップづくりが、どこまで進んでいるのか。ここからが本番です。


Tokyo Artisan Intelligence株式会社(TAI、神奈川県横浜市、代表取締役社長CEO・CTO中原啓貴氏)は、独自アーキテクチャによるエッジAI向けリコンフィギャラブル半導体のテストチップ「Sting Ray」の設計・製造・評価を完了し、量産フェーズへ移行したと発表した。

Oppstar社の日本法人Oppstar Japanの協力を得て量産に向けた技術ノウハウを獲得したとしている。製造にはUMC社の40nmプロセスを採用し、次世代量産チップ「Manta Ray」の開発につなげる方針。想定用途は鉄道・インフラの点検、製造ラインの検査、産業用ロボットの制御などフィジカルAI分野で、2028年1Qに量産版チップの評価ボード製造を計画している。

From: 文献リンクAIベンチャーTAI、次世代AI半導体テストチップ「Sting Ray」の評価を完了〜独自アーキテクチャによるエッジAIチップの量産化へ移行〜

【編集部解説】

TAIにとって、半導体の量産は今回が初めてではありません。2025年8月には既製のFPGA(Field Programmable Gate Array、現場書き換え可能な半導体)を用いたエッジAIボードを自社開発し、2025年6月のシリーズB+ラウンドでは総額約11.1億円を調達、JR東日本コンサルタンツ株式会社と九州旅客鉄道株式会社を戦略投資家として迎えています。鉄道インフラという具体的な導入先を持ちながら、すでに一定規模の量産と事業化を経験しているベンチャーだといえます。

今回変わったのは、量産の対象そのものです。これまでは既製のFPGAチップを組み込んで製品を作る、いわばシステム開発としての量産でした。「Sting Ray」は、TAIが自社アーキテクチャに基づく半導体チップ自体を設計し、量産へ移行する初めての取り組みです。

既製部品を使う開発と、半導体そのものを設計・製造する開発とでは、技術的な難度も必要な資金規模も、性質が異なると考えられます。

この移行を支えているのが、マレーシア・ペナン州の半導体設計会社Oppstarの日本法人、Oppstar Japan株式会社との協業です。TAIは同社の協力を得て、量産チップの設計に必要な技術ノウハウを獲得したとしています。製造プロセスには、最先端の微細化競争とは一線を画す、コストを抑えた実用的なノードであるUMC社の40nmプロセスが採用されています。

なお、TAIとOppstarの提携は今回が初めてではありません。2026年6月には両社が戦略的パートナーシップ契約(SCF)を締結したことをTAI自身が公式に発表しており、この提携を同月の日本・マレーシア首脳共同声明やマレーシアの国家半導体戦略と関連づけて位置づけています。国内に半導体設計(IC設計)の技術基盤を十分に持たない日本のベンチャーが、海外の設計専業企業と組むことで量産に踏み出す構図が、ここにも表れています。

ロードマップでは、2027年1Qに設計ソフトウェア(α版)、2027年2Q・3Qにエンジニアリング・サンプルチップと評価ボード、2027年4Qに量産版(MP版)チップの製造を計画しています。なお、ここでいう量産とは、今回完成した「Sting Ray」そのものではなく、その知見を踏まえて開発される次世代チップ「Manta Ray」の量産を指します。一方で今回の発表には、量産に必要な追加の資金調達の見通しや、Oppstarとの協業契約の規模・条件についての言及はありません。

半導体量産、とりわけ量産用フォトマスクの製造は工程の中でも費用がかさむ部分であり、テストチップの評価完了から実際の量産開始までの間には、技術検証に加えて資金調達という高いハードルが控えていると考えられます。

【関連記事】

EIZO × JR西日本|鉄道AIを社会インフラへ開放するエッジコンピュータ「mitococa Edge」発売
鉄道会社発のエッジAI活用は、TAIだけの動きではありません。JR西日本とEIZOが組んだ「mitococa Edge」の事例もあわせてご覧ください。

半導体の新拠点、マレーシアが米中技術戦争で躍進
マレーシアの半導体産業がなぜ台頭してきたのか、その背景を2024年の記事で振り返ることができます。

【編集部後記】

「評価完了」という発表は、半導体スタートアップにとって、ある種の通過儀礼です。設計が動き、実機で動作を確認したという事実自体は軽くありません。

ただし、それだけでは製品としての完成度も、量産できるかどうかも測れません。私たちが次に見たいのは、消費電力や遅延といった、他社と比較可能な具体的な数値です。今回の発表にはそれが含まれておらず、第三者による検証データもまだありません。テストチップから量産チップへの距離を、今後も数字などで測っていきたいと思います。

【用語解説】

リコンフィギャラブル半導体:用途に応じて内部の回路構成を後から変更できる半導体の総称。今回の「Sting Ray」もこの一種。

FPGA(Field Programmable Gate Array):現場で回路を書き換え可能なLSI。TAIが従来製品で採用してきた既製の再構成可能チップ。

半導体設計(IC設計):半導体の回路構成・レイアウトを設計する工程。ウェハーの製造・加工を指す「前工程」とは区別される。日本国内でこの領域を担える企業・人材が限られていることが、今回の海外連携の背景。

テストチップ:量産前に技術的な妥当性を検証するための試作チップ。今回の「Sting Ray」がこれに当たり、量産版(MP版)とは位置づけが異なる。

フィジカルAI:ロボットやセンサーなど物理的な現場でリアルタイムに機能するAIの総称。鉄道点検・製造検査・ロボット制御など、TAIが想定する応用領域全般を指す。

【参考リンク】

Tokyo Artisan Intelligence株式会社(外部)
東北大学・東京工業大学発のAIベンチャー。エッジAI製品「SEASIDE」シリーズの開発・販売から、独自半導体チップの設計・量産へと事業を拡大中。

Oppstar Japan株式会社(外部)
マレーシア・ペナン州本社の半導体設計会社(ICデザインハウス)。日本法人を通じてTAIの量産チップ設計に技術協力を提供。

UMC(United Microelectronics Corporation)(外部)
台湾に本社を置く世界大手の半導体ファウンドリ。今回のテストチップ製造に採用された40nmプロセスの提供元。

JR東日本コンサルタンツ株式会社(外部)
JR東日本の完全子会社で、鉄道インフラ全般のコンサルティングを手がける。TAIのシリーズB+ラウンドに戦略投資家として参画。

九州旅客鉄道株式会社(JR九州)(外部)
九州地方を中心に鉄道事業を展開。TAIのシリーズB+ラウンドに戦略投資家として参画し、鉄道点検分野での活用が見込まれる。

【参考記事】

Tokyo Artisan Intelligence 株式会社、独自開発のエッジAI用FPGAボードを開発|TAI公式PR TIMES(外部)
TAI公式PR TIMES。従来のFPGAベース製品の実績を示す一次情報。

エッジAI技術を提供するTokyo Artisan Intelligence 株式会社がシリーズB+の資金調達(総額 約11.1億円)を完了|TAI公式PR TIMES(外部)
TAI公式PR TIMES。JR東日本コンサルタンツ・JR九州との資本業務提携と調達額の一次情報。

日馬共同声明の「AI・半導体連携」を具現化。TAIとマレーシアOppstar、低消費電力AIチップの共同開発へ|TAI公式PR TIMES(外部)
TAI公式PR TIMES。Oppstarとの戦略的パートナーシップ契約(SCF)締結の一次情報。

Googleで優先するソースとして追加するボタン
投稿者アバター
乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。