NASAジェット推進研究所(JPL)は2026年4月28日に公式発表。Universe Todayは5月1日報じました。
試験では米国新記録となる120キロワットの出力を達成し、これは小惑星16プシケに向けて航行中のNASA探査機Psycheに搭載された電気推進エンジンの約25倍にあたります。電気推進は化学ロケットと比較して最大90%の燃料節約が可能とされ、Psycheは現在時速約13万5000キロメートル(時速約8万4000マイル)で航行中、巡航終盤には時速約20万キロメートル(時速約12万4000マイル)に達する見込みです。NASAの試算では、有人火星ミッションには2〜4メガワットの出力と2万3000時間(958日/約2.6年)を超える運用時間が必要となり、スラスターは2800℃(5000°F)を超える高温に耐えなければなりません。本試験を主導したJPL上級研究員のジェームズ・ポーク氏は、出力目標の達成と試験基盤の確立を語っています。本シナリオの実現は早くとも10年先と見られています。
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New Lithium-Plasma Engine Passes Key Mars Propulsion Test
【編集部解説】
今回の発表は、NASAジェット推進研究所(JPL)が2026年2月24日に実施した試験の成果です。リチウム金属蒸気を燃料とする「磁気プラズマ動力(MPD)スラスター」の試作機が、米国新記録となる120キロワットの出力を達成しました。これは現在、小惑星16プシケへ向かう探査機Psycheに搭載された電気推進エンジンの約25倍の出力にあたります。
ここで重要なのは、MPDスラスターの基本構想自体は1960年代から存在していたという点です。半世紀以上、理論はあっても実用化が進まなかった技術が、ようやく実機レベルで「動いた」という意味で、これは技術史的なマイルストーンと位置づけられます。
リチウムが燃料として選ばれた理由は、イオン化エネルギーが低く、効率的にプラズマ化できるためです。電気推進は化学ロケットと比較して最大90%もの燃料節約が可能とされており、長期間にわたる継続加速によって、最終的には化学ロケットでは到達できない速度域へと宇宙船を導きます。
ただし、Universe Todayの本記事冒頭にある「時速40万キロメートル」というシナリオは、未来の有人火星ミッションを想定した架空描写です。現実に今飛行中のPsycheの最高想定速度は時速約20万キロメートル(時速約12万4000マイル)であり、このあたりは読み解く際に注意が必要な箇所と言えるでしょう。
このプロジェクトは、NASAの宇宙原子力推進プログラムのもと、プリンストン大学およびNASAグレン研究センターと共同で進められています。最終的には1基あたり500キロワットから1メガワット級、有人火星ミッション全体では2〜4メガワット規模が必要と見積もられており、運用時間は2万3000時間(958日/約2.6年)を超える長丁場となります。
技術的なハードルは「熱」です。スラスターは2800℃(5000°F)を超える高温で稼働するため、構成部品が長時間この熱に耐えられるかどうかが今後の最大の課題となります。
このニュースが意味するところは、単に「火星まで早く行ける」だけではありません。MPDスラスターは原子力電源と組み合わせることで真価を発揮します。つまり、これまで議論の対象となってきた宇宙空間での原子力利用が、有人惑星間航行を支える現実的な工学的選択肢として浮上しつつあるということです。
実際、NASAは2026年3月に「Space Reactor-1 Freedom」を2028年末までに火星へ打ち上げる方針を発表しており、原子力電気推進の実証は研究室の段階から実機の段階へと急速に移行しつつあります。今回のリチウムMPDスラスター試験は、そうした大きな潮流の中に位置づけられる重要な一歩です。
ポジティブな側面としては、より重い物資、より大きな乗組員、より速い惑星間航行が可能になる点が挙げられます。火星表面で18か月の滞在が必要となる現行の往復シナリオも、燃料効率の劇的な改善によって短縮される余地が出てきます。
一方で、潜在的な課題も無視できません。原子力電源を搭載した宇宙船の打ち上げは、安全保障や国際協調の観点で慎重な議論を要するテーマです。発射時の事故リスクや放射性物質の取り扱いについて、各国の規制枠組みの整備も今後問われていくでしょう。
長期的視点で見れば、この技術は火星のみならず、外惑星探査やさらに遠方の天体ミッションを現実的なものに変える可能性を持ちます。記事中でも触れられているように、この未来像は早くても10年先の話ですが、人類が地球の重力圏を本格的に抜け出すための「エンジン」が、いま静かに点火されつつあるのです。
【用語解説】
MPDスラスター(磁気プラズマ動力スラスター/Magnetoplasmadynamic Thruster)
電流と磁場の相互作用によって推進剤を加速する電気推進エンジンの一種である。従来の電気推進が電場でイオンを加速するのに対し、MPDは電磁力を使うことでより高出力での運用が可能となる。基本構想は1960年代から存在していた。
リチウム金属蒸気(推進剤)
本エンジンの燃料として用いられる物質である。リチウムはイオン化エネルギーが低く、効率的にプラズマ化できるため、電気推進の推進剤として理想的とされてきた。
電気推進(Electric Propulsion)
電気エネルギーで推進剤を加速して推力を得る方式の総称である。化学ロケットと比べて推力は小さいが、長時間の連続運転で高速に到達できる点と、燃料を最大90%節約できる点が特徴だ。
原子力電気推進(Nuclear Electric Propulsion/NEP)
原子炉から得た電力で電気推進エンジンを駆動する方式である。MPDスラスターをメガワット級で運用するには、太陽光発電では出力が不足するため、原子力電源との組み合わせが想定されている。
16プシケ(16 Psyche)
金属に富んだ小惑星である。NASAの探査機Psycheが現在この天体に向けて航行中だ。
Space Reactor-1 Freedom(SR-1 Freedom)
NASAが2028年末までに火星へ打ち上げる計画の、初の原子力動力の惑星間探査機である。深宇宙での原子力電気推進の実証を目的とする。
打ち上げウィンドウ
惑星間ミッションにおいて、地球と目的惑星の軌道上の位置関係から、最も少ないエネルギーで到達できる打ち上げ可能期間を指す。火星の場合、約2年に一度しか開かない。
【参考リンク】
NASA Jet Propulsion Laboratory(JPL)公式サイト(外部)
カリフォルニア工科大学が運営するNASAの研究機関。今回のリチウム燃料スラスター試験を実施した拠点である。
NASA Psycheミッション公式サイト(外部)
金属小惑星16プシケを目指す探査機の公式情報ページ。現在運用中で最も強力な電気推進エンジンを搭載している。
NASA Space Nuclear Propulsion プログラム公式ページ(外部)
有人火星探査を見据えた原子力推進技術の開発プログラム。マーシャル宇宙飛行センターが主導している。
NASA Glenn Research Center(外部)
オハイオ州クリーブランドに所在するNASAの研究施設。推進系および動力系の研究で中心的な役割を担う。
Princeton University(外部)
今回のリチウムMPDスラスター開発にJPLおよびNASAグレン研究センターと協力した米国の研究機関である。
【参考記事】
NASA Fires Up Powerful Lithium-Fed Thruster for Trips to Mars(NASA JPL公式)(外部)
JPL公式発表。2026年2月24日に米国史上最高出力での電気推進試験を実施したと報告している。
New lithium-plasma engine passes key Mars propulsion test(phys.org)(外部)
試験で達成された120kWは現行電気推進の25倍、稼働温度は2800℃を超えたと報告している。
NASA Fires Up Powerful Lithium-Fed Thruster for Trips to Mars(NASA公式)(外部)
NASA本体による公式リリース。原子力電源との組み合わせで打ち上げ質量削減が可能と示している。
NASA Ignites Lithium Plasma Engine That Could Redefine Human Missions To Mars(Daily Galaxy)(外部)
プリンストン大学およびNASAグレン研究センターとの2年以上の共同開発の経緯を解説している。
NASA Fires Up Futuristic Plasma Thruster Designed to Take Us to Mars(Futurism)(外部)
中央のタングステン電極が華氏5000度を超えて加熱され赤く輝く映像の様子を伝えている。
NASA Unveils Initiatives to Achieve America’s National Space Policy(NASA公式)(外部)
2028年末までに原子力動力惑星間探査機SR-1 Freedomを火星へ打ち上げる方針を発表している。
【関連記事】
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【編集部後記】
「火星まで人を運ぶエンジン」と聞くと、まだまだ遠い未来の話に感じられるかもしれません。けれども今回の試験は、半世紀前から構想されていた技術が、ようやく実機として「火を噴いた」瞬間でもありました。
みなさんは、人類が火星に到達する日を、どのくらい先のことだと感じているでしょうか。そして、その実現のために原子力を宇宙で使うという選択肢について、どのような印象をお持ちですか。
こうした技術の進化を見届けながら、一緒に未来を考えていけたらと思っています。気になった点や違う視点があれば、ぜひお聞かせください。











