「いつ・どこで撮ったか」を、写真自身が証明してくれる——もしそんな仕組みが当たり前になったら、私たちの「信じる」のかたちは少し変わるかもしれません。位置情報はこれまで、便利に「使う」ものでした。けれど今、その位置情報そのものが本物かどうかを問われる時代に入っています。偽の信号で位置を欺く攻撃が世界中で急増し、自動運転からドローン、物流まで、私たちが当然の前提にしてきた「正しい場所」が揺らぎ始めているのです。日本の衛星「みちびき」を起点に、その揺らぎへ正面から応えようとする動きが、いま静かに始まりました。
JAXAとSpacid株式会社は2026年6月22日、準天頂衛星システム「みちびき」の信号認証サービスを活用した「みちびき空間証明システム」の事業共同実証を開始したと発表した。SpacidはBIPROGY株式会社の100%子会社である。
本実証はJAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)の枠組みで行われる。みちびきの信号認証と既存のタイムスタンプを組み合わせ、デジタルデータが特定の時刻に特定の場所で取得されたことを証明する。JAXAは空間認証局の信号安定化や妨害波対策を担い、Spacidはスマートフォンなど汎用デバイスで利用できる仕組みを構築する。事業化後は物流、農業、建設・保全、防災、金融の各分野での活用を想定している。
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JAXAとSpacid、準天頂衛星システム「みちびき」を活用した「みちびき空間証明システム」の事業共同実証を開始
【編集部解説】
まず、今回の発表で一番の肝になる「空間証明」という言葉を解きほぐしておきましょう。従来の電子署名は「このデータは本物だ(改ざんされていない)」ことは証明できますが、「いつ・どこで取得されたか」までは保証できません。今回の「みちびき空間証明システム」は、みちびきの信号認証に時刻と位置の証明を重ねることで、「その日時に、その場所に、確かに存在した」という”時空間のアリバイ”をデータに付与する仕組みです。電子署名が身分証明書だとすれば、空間証明は消印付きの現場写真に近い発想だと考えると、イメージしやすいかもしれません。
なぜ今このニュースなのか。背景には、衛星測位の信頼性が世界規模で揺らいでいる現実があります。GPSなどの信号を妨害する「ジャミング」や、偽の信号で位置を誤認させる「スプーフィング」が急増しているのです。国際航空運送協会(IATA)のデータでは、航空機が受けるGPS信号喪失は2021年から2024年で220%増加しました。米連邦航空局(FAA)の報告では、スプーフィングの報告件数が2025年1月から6月にかけて2倍以上に増えています。さらに、一部報道・業界情報では2024年に1日あたり世界で約700件の妨害・なりすましが発生したとの推計もあり、測位の「正しさ」はもはや当然の前提ではなくなりつつあります。
日本の準天頂衛星「みちびき」は、こうした脅威への対抗策として2024年4月に信号認証サービスを本格運用しました。これは電子署名技術を使い、受信した信号が本物のみちびきから送られたものかを検証できる仕組みです。世界の主要衛星測位システムのなかでも、こうした認証機能を実装する動きは先進的な部類に入ります。
ただし、ここに普及の壁がありました。信号認証を使うには専用受信機が必要で、一般の産業や個人がすぐに使えるものではなかったのです。今回の実証で注目すべきは、Spacidが「スマートフォンなど汎用デバイスでも使える仕組み」を構築しようとしている点です。専用端末という参入障壁を取り払い、アプリとして配布できれば、空間証明はB2Bの特殊技術から、現場の誰もが使えるインフラへと一気に裾野を広げる可能性があります。
役割分担も明快です。JAXAは地上の「空間認証局」で受信信号の安定化や妨害波対策という”信号の守り”を固め、SpacidはBIPROGYグループが持つシステム統合力を背景に”使える仕組み”を社会へ実装する。今回の枠組みであるJ-SPARCは、JAXAと民間が事業化までを共同で目指すプログラムで、2018年5月の始動以来これまで約50のプロジェクトを進めてきました。研究で終わらせず事業に着地させる「出口志向」が特徴で、Spacidは2026年4月設立・資本金5,000万円の新会社として、まさにその出口を担う存在です。
この技術が実装されると何が変わるのでしょうか。プレスリリースは物流の置き配完了確認、農産物の産地証明、建設の点検記録、災害現場の情報、位置情報を付けたキャッシュレス決済などを挙げています。共通するのは「その場所に、その時、確かにあった」という事実が金銭的・法的な価値を持つ領域です。たとえば産地偽装の防止や、保険金請求時の現場証拠、サプライチェーンのトレーサビリティなど、これまで「自己申告」や「人の目」に頼っていた信頼が、衛星由来の客観的証明に置き換わっていく可能性があります。
一方で、冷静に見ておくべき論点もあります。第一に、空間証明はあくまで「みちびきの電波が届く環境」が前提です。屋内や地下、電波が遮られやすい場所での扱いは課題として残るでしょう。第二に、なりすまし手法は日々高度化しており、認証技術と攻撃側のいたちごっこは続きます。プレスリリース自身も妨害波対策を「これからの取り組み」として位置づけており、完成された防御ではない点は読者と共有しておきたいところです。
最後に、長期的な視座を一つ。位置情報が「証明可能な事実」になるということは、裏を返せば、人やモノの所在が高い確度で記録される社会が近づくことでもあります。利便性と引き換えに、どこまでを証明し、どこからをプライバシーとして守るのか——制度設計の議論はこれからです。みちびきは他国に頼らない自立的な測位を目指して7機体制の構築に向けた開発・整備が進められており、測位インフラとしての自立性も高まっていく見通しです。空間証明は、その日本の宇宙インフラを”安全保障”から”日常の信頼基盤”へと橋渡しする試みとして、innovaTopiaは注目していきたいと考えています。
【用語解説】
準天頂衛星システム「みちびき」(QZSS)
日本が運用する衛星測位システム。日本のほぼ真上(準天頂)に長く留まる軌道の衛星を主体に構成され、米国GPSを補完・補強する役割を持つ。山間部やビル街などGPSが届きにくい場所でも測位精度を高められる。2018年11月から4機体制で運用を開始し、他国に頼らず単独測位が可能となる7機体制の構築に向けて開発・整備が進められている。
信号認証サービス(航法メッセージ認証)
電子署名技術を用いて、受信した測位信号が本物のみちびきから送信されたものかを検証できる仕組み。2024年4月に本運用を開始した。なりすまし(スプーフィング)対策として位置・時刻情報の信頼性を高める。利用には公開鍵と対応受信機が必要となる。
スプーフィング(なりすまし)/ジャミング(妨害)
スプーフィングは偽の信号で受信機に誤った位置を信じ込ませる攻撃。ジャミングは強い電波で信号をかき消し、測位そのものを妨害する手法。いずれも紛争地帯を起点に民間航空・海運へ広がっている。
空間証明(時空間証明)
従来の電子証明(データが本物である証明)に、みちびき由来の「位置」と「時刻」を組み合わせ、「特定の日時に特定の場所に存在していたこと」を証明する考え方。データに”いつ・どこで”の客観的裏付けを与える。
空間認証局
みちびきの空間証明を担う地上基地局。受信信号の安定化や妨害波対策を行い、認証基盤としての信頼性を支える役割を持つ。
データトラスト
デジタルデータの改ざんを防ぎ、取得した情報の真正性を担保する考え方。Spacidが空間証明を通じて実現を目指すもの。
PNT(Positioning, Navigation, Timing)
位置・航法・時刻を提供する衛星測位の中核機能。社会インフラの基盤として、自動運転やインフラ保全など幅広い分野を支える。
【参考リンク】
みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト(外部)
内閣府が運営するみちびき公式サイト。サービス概要や信号認証の仕様、7機体制の計画を網羅した一次情報源。
信号認証サービス(みちびき公式・サービス解説)(外部)
本リリースが背景とする信号認証サービスの公式解説。電子署名による検証の仕組みや想定分野を記載している。
Spacid株式会社(外部)
BIPROGYの100%子会社として2026年4月設立。みちびきを活用した位置証明・時空間証明サービスを展開する事業会社。
BIPROGY株式会社(外部)
旧・日本ユニシス。システム統合を手がける企業で、Spacidの親会社にあたる本リリースの発信元である。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)(外部)
日本の宇宙航空分野を担う国立研究開発法人。みちびきの研究開発に関与し、本実証ではJAXA側の主体となっている。
JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)(外部)
JAXAと民間が事業化を共同で目指す共創プログラムの公式ページ。本実証の枠組みで、過去の採択事例も確認できる。
【参考記事】
Rising GPS jamming attacks threaten critical sectors globally(RCR Wireless News)(外部)
FAAの報告として、スプーフィング報告件数が2025年1〜6月に2倍以上へ増加。1日約700件の妨害発生という業界情報も紹介する。
Ships and planes are vulnerable to GPS jamming(CNN)(外部)
IATAデータで航空機のGPS信号喪失が2021〜2024年に220%増加。イラン情勢で1日350件から672件へ倍増した事例を伝える。
Surging GPS Interference Is a Global Threat to Air Safety(Foreign Policy)(外部)
スウェーデンで4か月に約123,000件の妨害を記録。2024年にスプーフィングだけで310,000便が影響を受けたと報じる。
FAA flags global surge in GPS jamming & spoofing(GlobalAir.com)(外部)
FAAが対策ガイドをv1.1へ改訂。1,000便あたりの信号喪失率が2024年上半期に前年比65%増加したと報じている。
EASA and IATA Publish Plan to Mitigate GNSS Interference Risks(IATA)(外部)
EASAとIATAがGNSS妨害対策の包括計画を公表。GPS信号喪失が2021〜2024年に220%増加したとする一次データを示す。
準天頂衛星「みちびき」を活用した位置証明サービスを展開する新会社Spacidを設立(共同通信PRワイヤー)(外部)
Spacid設立時の一次資料。資本金5,000万円、本社豊洲、社長・重道誠之など会社概要と事業3本柱を明示している。
【関連記事】
GNSS干渉が日常生活を脅かす – ロシアの電子戦と代替技術開発の最前線
GPS干渉が1日約700件から1000件超へ急増する現状を報じる記事。今回の空間証明が求められる脅威の背景を理解できる。
Celeste打ち上げ成功|ESAが低軌道(LEO)衛星測位の新時代を切り開く
都市部や屋内での測位の弱点と妨害耐性を論じる記事。測位インフラの信頼性という共通テーマを掘り下げられる。
H3ロケット打上げ失敗でみちびき5号機喪失、日本独自の測位システム構築に暗雲
みちびき7機体制の整備状況と課題を扱う記事。本記事で触れた測位インフラ自立化の文脈を補える。
【編集部後記】
スマホをかざせば「いつ・どこに確かにいた」を証明できる——そんな日が、案外近くまで来ているのかもしれません。位置情報を「使う」時代から「証明する」時代へ。これは便利さと引き換えに、自分の所在をどこまで残すかという問いも連れてきます。
みなさんなら、置き配の確認や産地証明、あるいは思い出の記録に、この技術をどう活かしたいと感じるでしょうか。逆に、ここは慎重にと思う場面はありますか。よかったら、その感覚を一緒に持ち寄って考えていけたら嬉しいです。












