JAXA「RV-X」初飛行を正常完了─高度11mの40秒が検証した「着陸のあと」

[更新]2026年7月12日

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高度11メートル。飛行時間40秒。

このニュースを見て「たったそれだけ?」と思った人は、たぶん少なくないと思います。私も最初はそうでした。スペースXが同じ機体を何十回も打ち上げている2026年に、11メートル。宇宙にはかすりもしていません。

でも、ひとつだけ確認してほしいことがあります。JAXAはこの試験の4か月半前、2026年2月27日に、飛行計画をきちんと公開していました。そこに書かれていた数字は「高度約10メートル、水平移動約15メートル、離陸から着陸まで約40秒」。

そして当日、機体は11メートル上がり、16メートル横へ動き、40秒で降りてきました。

つまり彼らは、飛ぶ前に狙いを公表し、その通りに飛ばしたのです。あとから「成功しました」と言ったのではなく、先に数字を出して、あとから答え合わせができるようにしてあった。派手さはありませんが、これはとても誠実なやり方です。

では、なぜ10メートルだったのか。欧州のThemisは初回で100メートルを目指しますし、ホンダの実験機は去年271メートルまで上がっています。世界のホップ試験のレンジからすると、RV-Xの10メートルは飛び抜けて低い。

理由は、この試験が「飛ぶこと」を見ていないからです。JAXAが確かめたかったのは、着陸と、そのあと。降りてきた機体を点検して、整備して、もう一度飛ばせる状態に戻すまでの技術でした。そこにだけ照準を合わせるなら、11メートルで足りてしまう。

高く飛べば絵にはなります。それをやらなかった。地面すれすれで、必要なデータだけを取りにいった。10年かけて準備してきた機体の初飛行で、です。

その40秒に何が積み上がっていたのか、少し丁寧に見ていきます。


宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2026年7月11日、秋田県能代市の能代ロケット実験場で、小型実験機「RV-X」の初となる飛行試験を実施した。速報値は飛行時間約40秒、最高到達高度約11メートル、水平移動距離約16メートルで、計画値の高度約10メートル、水平移動約15メートルとおおむね一致した。RV-Xは全高約7.3メートル、直径約1.8メートル、全備重量3,138キログラム(推進剤95パーセント充填時)。液体酸素と液体水素を用いるエンジン1基と、着陸脚4基を備える。JAXAと三菱重工業株式会社の共同研究であり、今回の試験では着陸に関する技術、着陸後の運用技術、離着陸飛行が機体へ与える影響の3点を検証する。

飛行試験は計画上ノミナル2回とされる。得られた知見は、CNES(フランス国立宇宙研究センター)、DLR(ドイツ航空宇宙センター)と共同開発する実験機「CALLISTO」に活用される。

From: 文献リンク小型実験機(RV-X)飛行試験の準備状況(JAXA 研究開発部門 第四研究ユニット)

【参考動画】

2026年7月11日の飛行試験ライブ中継アーカイブ。RV-Xが垂直に上昇し、水平移動を経て着陸するまでを確認できる。

試験当日11時から開催されたオンライン記者会見のアーカイブ。伊藤隆・研究開発マネージャが速報値を説明している。

【関連記事】

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【編集部解説】

「たった11メートル」という違和感に、まず答えを

このニュースに触れた方の多くが、率直にこう思われたはずです。スペースXが軌道級のブースターを日常的に回収している2026年に、11メートルとは何事か、と。

答えは、JAXAが2026年2月27日付で公開していた飛行試験計画にあります。そこには「高度約10メートル、水平移動約15メートル」「離陸から着陸まで約40秒間」と明記されていました。今回の実測値は高度約11メートル、水平移動約16メートル、飛行時間約40秒。つまり約10メートルの低高度飛行として設計され、計画どおり約11メートルに達したわけです。

高さは、この試験の主目的ではありません。

それでも、RV-Xの11メートルは「際立って低い」

ここは正直に書きます。再使用ロケットの初期ホップ試験は、たしかに低高度で行われることが多い。ただしRV-Xの約10メートルは、その中でも際立って低い部類です。

欧州の再使用ブースター実証機「Themis」は、初回ホップで最大100メートル程度を目指します。スペースXのStarship試験機SN5・SN6は、2020年に約150メートルのホップを実施しました。国内でも、本田技術研究所が2025年6月、北海道大樹町で高度271.4メートルまで上昇し、目標地点から37センチメートルの位置に着陸させています。

数十メートルから数百メートル。それが世界のホップ試験のレンジです。RV-Xは、その下限をさらに下回ります。

では、なぜこれほど低いのか。この試験が「飛ぶこと」を目的にしていないからです。

本当の検証対象は「着陸」と、その「あと」

JAXAが今回の飛行試験の目的として挙げたのは、次の3点でした。着陸に関する技術。着陸後の運用技術。そして、離着陸飛行が機体へ与える影響、すなわち機体の健全性の検証です。

なぜこの3点なのか。JAXA公式資料によれば、地上で検証できる事項はすでに確認済みだったからです。エンジン、誘導制御機器、着陸脚といったコンポーネント単位の検証。クレーンで機体を吊り上げた状態での誘導制御の確認。地上燃焼試験による推進系の確認。さらに、機体の移動、推進剤の充填、燃焼、推進剤の排出、試験間点検——離着陸を除く一連の運用を、すでに複数回まわし終えていたのです。

ここが要点です。着陸そのものや誘導制御ももちろん検証対象ですが、それに加えて「着陸した機体を、また飛ばせる状態に戻すまでの技術」、いわゆるターンアラウンド運用が明確に目的として掲げられている。JAXAの公式ページは、この一連のシーケンスを短時間の間隔で高頻度に実施する機体運用方法の確立を目指す、と明言しています。

そして、再使用ロケットの経済性を左右する主要因の一つが、着陸後の点検・整備に要する日数と費用です。もちろん開発費、製造費、回収による搭載能力の低下、機体寿命、飛行需要といった変数も効いてきます。ただ、整備が長引けば、他をどれだけ最適化しても頻度は上がりません。

その意味で、11メートルという高度でも、初期目的には有用なデータが得られたとみられます。ただし詳細解析と機体点検はこれからです。

Themisより先に飛んだ。ただし同列ではない

Themisの初飛行はスウェーデンのエスレンジ射場で2026年前半を予定していましたが、本稿執筆時点で実施を示す公式発表は確認できません。現地の積雪が遅延要因の一つとして言及されています。

つまり日本は、欧州の主力実証機より先に垂直離着陸の実飛行データを得たことになります。ただしこれを「技術で先行した」と読むのは誤りです。RV-Xの全高7.3メートルに対し、Themisは全長約28メートル。しかもThemisは実機第1段そのもののフルスケール実証機です。機体規模も速度域も試験目的も、両者はまったく別物です。

水素という選択——ただし「日本だけ」ではない

RV-Xの特徴として、しばしば燃料が挙げられます。JAXA自身がこう書いています。他の再使用型ロケットや実験機がメタンを燃料とするのに対し、RV-Xは水素を採用している。水素は比推力(燃費)に優れ機体を軽くできる一方、沸点が低く爆発しやすいため、技術的難易度は高くなる、と。

ここは正確に整理します。新規の大型再使用機では、たしかにメタン採用が有力な潮流です。欧州のThemisを動かすPrometheusエンジンは液体酸素と液体メタン。国内でも、再使用型ロケット「ASCA」を開発する将来宇宙輸送システムが液体メタンエンジンの燃焼試験に成功しています。

一方で、「水素は日本だけ」ではありません。RV-Xの発展先である日仏独共同のCALLISTOも液体水素系ですし、Blue Originが実運用しているNew Shepardも液体水素を使います。ファルコン9に至ってはケロシンです。世界を一色に塗ることはできません。

正確に言えばこうです。メタン系が勢いを増すなかで、RV-XとCALLISTOは水素系の技術を継続している

なぜ水素なのか——技術系譜という文脈

RV-Xのエンジンはエキスパンダーブリードサイクルです。燃料である液体水素を燃焼室やノズルの冷却に使うと同時にガス化させ、そのガスでターボポンプを回す。JAXA宇宙輸送技術部門は、プリバーナーが不要で構造が単純、パーツ数を減らせ、異常な燃焼状態になりにくい、と説明しています。

この方式は、H-IIロケットの第2段エンジンLE-5Aで世界に先駆けて実用化された、日本独自の技術です。H3の主エンジンLE-9も同方式で、こちらは実用ロケット第1段への大推力適用としては世界初にあたります。

ただし、注意が必要です。RV-XのエンジンがLE-9の派生型であることを示す公表資料はありません。共通しているのは、水素とエキスパンダーブリードという技術系譜です。直接の資産転用ではなく、思想の連続性と理解するのが正確でしょう。

それでも、この連続性には意味があります。日本は、自分たちが30年以上かけて磨いてきた方式を捨てずに、その系譜の上で再使用へ進もうとしている。ここには明確な選択があります。

次段階はCALLISTO、その先に次期基幹ロケット

JAXAの計画では、RV-Xは2段階の飛行実験の第1段階にあたり、次段階がCALLISTO(カリスト)です。

CALLISTOは全長約13.5メートル、直径約1.1メートル、質量約3.6トン。CNES、DLRとの3機関共同で、南米ギアナ宇宙センターから飛ばします。高度およそ20キロメートルまで上昇して帰還する計画で、初飛行後は最大10回の飛行が想定されています。

重要なのは、CALLISTOのエンジンがRV-Xエンジンの改良版であるという点です。2026年の査読論文(CEAS Space Journal)は、CALLISTOが用いるRSR-2エンジンを、JAXAが三菱重工業とともに開発したRV-Xエンジンの改良版だと明記しています。

推力範囲を並べると関係が見えます。JAXA公式資料が示すRV-Xのエンジン推力は16〜40キロニュートン。CNES公式が示すCALLISTOのエンジン推力は16〜46キロニュートン。下限が同じで、上限だけが拡大しています。

今回の40秒で得られたデータは、CALLISTOの検証・運用モデルの改善に資する可能性が高いと考えられます。ただし、どのデータがどの設計項目に直接反映されるかは、公表資料からは確定できません。

CALLISTOの初飛行時期は、公開情報が食い違っている

JAXA公式資料(2026年2月27日時点)は、CALLISTOの飛行試験開始を「2026年度」としています。日本の年度は2027年3月末までを含みます。

一方、CNESが2025年9月に公開した調達資料は、初飛行が2027年へずれ込むことを示唆していると、欧州の専門メディアが報じました。ただしCNESの現行プロジェクトページは、いまも2026年と記載しています。正式な全面改訂の発表は確認できません。

当初は2020年後半の初飛行を予定していたものが、複数回の延期を重ねて現在に至っているのは事実です。2027年へずれ込む可能性を考慮しておくのが妥当でしょう。

経済的な文脈——ただし単純比較はできない

なぜ国がここに予算を投じるのか。宇宙基本計画(令和5年6月13日 閣議決定)が答えを書いています。次期基幹ロケットでは機体の一部を再使用化したうえで、打ち上げ頻度と輸送能力を向上させ、打ち上げ価格を低減する——と。

現在の主力H3は使い捨て型です。2018年の詳細設計資料では、定常生産などを前提としたH3-30S形態の機体価格を約50億円としています。これは条件付きの目標値であり、現在の個別契約価格ではありません。

一方、スペースXは公式の「Capabilities & Services」で、ファルコン9の標準価格を7,400万ドル(約120億円)と提示しています。静止トランスファ軌道へ5.5トンまで、回収運用時の条件です。(1ドル=約162円換算)

ここで注意が必要です。この2つを並べて「H3は価格で勝っている」と言うことはできません。 片方は将来条件付きの機体価格、もう片方は打ち上げサービスの公表価格で、能力も軌道条件も違います。比較の土俵が揃っていない。

ただし、打ち上げ実績と頻度では、現時点で大きな差があります。H3は2026年6月12日、低コスト化の本命である「30形態」を6号機で初めて実証しました。H3は号機の順どおりには飛んでおらず、これが通算8機目の飛行にあたります。2025年12月の8号機が失敗していたため、成功率はこの飛行で75パーセントとなりました。一方のファルコン9は、同一ブースターを何十回も飛ばす運用をすでに定着させています。

この差を埋めるには、機体を回収し、短期間で整備し、また飛ばす技術が要ります。整備日数の短縮は、再使用の経済性を成立させるための必要条件の一つです。RV-Xが検証対象に「着陸後の運用技術」を掲げた意味は、まさにここにあります。

潜在的なリスクを、正直に書いておきます

第一に、水素はリスク要因の一つです。密度が低いためタンクが大きくなり、機体構造が重くなる。極低温ゆえに蒸発(ボイルオフ)も避けられず、条件によっては水素脆化も起こります。再使用のたびに健全性を保証しなければならない機体にとって、点検負担は重い。もっとも、高い比推力という利点と、日本の技術蓄積という強みもあります。単純な失点ではありません。

第二に、スケジュールの遅れ。当初の計画では1回目の飛行試験は2026年3月7日、2回目は3月14日が目標でした。予備期間は3月8日から22日。実際の実施は7月11日です。報道では天候と地上設備関連の問題が延期理由として伝えられています。

第三に、「まだ11メートル」であることも事実です。高度20キロメートルのCALLISTO、そしてその先に想定される実機第1段の帰還。その間には、超音速から亜音速への遷移、空力制御、エンジンの空中再着火という、質的に異なる壁が横たわっています。CALLISTOの計画には、これらがすべて含まれます。今回のデータが有効なのは、その入口部分です。

見落とされがちな論点——「戻ってくるロケット」の制度整備

技術以外にも壁があります。

今回の飛行試験では、射点から半径1,070メートルの範囲を警戒区域とし、試験中は無人としました。11メートルのホップでもこの措置が必要です。

そしてこの課題は、政府自身も認識しています。内閣府の宇宙活動法見直しに関する最終報告は、再使用段に応じた追加審査基準、着地予想区域の設定、異常時対応などの整備が必要だと明記しています。

象徴的な事例もあります。国内の宇宙輸送スタートアップ・将来宇宙輸送システムは、米国での離着陸試験について、FAAの許可を2026年3月までに得ることが極めて困難と判断し、計画を中止して国内開発へ方針転換しました。米政府機関の閉鎖による手続き停滞も理由に挙げられています。

技術と制度は、並んで進まなければなりません。制度整備は、エンジン開発と並ぶ重要な並行課題です。ここは、技術ニュースとしてはあまり報じられない領域です。

この40秒が、何を変えるのか

再使用が当たり前になった世界では、打ち上げが安くなるだけではありません。打ち上げが「日常」になり得ます

軌道上の実験が、失敗を織り込んで何度でもやり直せるものになる。衛星コンステレーションの維持更新が、インフラ保守のリズムで回るようになる。もっとも、これは可能性の提示です。需要、規制、製造能力、軌道環境——実現には多くの条件が要ります。

その入口に立つために、日本は2016年度からのコンポーネント調達を起点に、約10年をかけてRV-Xを積み上げてきました。今回の40秒は、その最初の自由飛行データです。これまでの地上燃焼、吊り下げ、移動試験では、決して得られなかったものです。

派手なニュースではありません。けれど、技術というものは、こうした地味な40秒の積み重ねでしか前に進まない——そのことを、能代の空は静かに示したのだと思います。

【編集部後記】

正直に白状すると、最初はこの11メートルを軽く見ていました。数字だけ見て「まあ、そうか」と流しかけていたのです。

考えが変わったのは、JAXAが2月に出していた資料を最後まで読んだときでした。

そこには、飛ぶ前から数字が並んでいました。高度約10メートル。水平移動約15メートル。約40秒。試験日は3月7日、2回目の目標は3月14日。予備期間は3月8日から22日。警戒区域は射点から半径1,070メートル。当日のタイムスケジュールも、実施体制も、全部載っている。

これ、けっこうすごいことだと思うんです。

先に数字を出すというのは、外したときに逃げ場がないということです。7メートルしか上がらなかったら、横に20メートル流れてしまったら、誰でもその資料を開いて指摘できる。

それでも出した。そして、その通りに飛ばしました。「たった11メートル」と笑われるかもしれない数字を、4か月半前から堂々と公表したうえで、です。


半年前、この飛行試験はまだ「予定」でした。

2026年1月、中国の再使用ロケット工場建設を報じた同僚の記事は、JAXAのRV-XとCALLISTOに触れながら、飛行試験を「2025年度の予定」と書いています。その予定が、4か月遅れて、いま実際に飛んだことになります。

中国が総額7.4億ドルを投じて工場を建てているあいだに、日本は11メートルを飛んだ——この対比を、どう受け取るか。

物量では、明らかに離されています。あの記事は「技術格差は広がりつつある」と結んでいました。読んだときは、私も同じ危機感を持ちました。

ただ、今回の一次資料を最後まで読んで、見方が少し変わりました。RV-Xが取りに行っているのは高さでも規模でもなく、着陸したあとの運用データです。競争のレイヤーが、そもそも違う。

もちろん、これは負け惜しみになりかねない話です。だから資料の中身をもう少し書きます。


RV-Xの10年は、資料を読むと見えてきます。

2016年度後期からコンポーネントの調達がはじまり、2018年に第1次地上燃焼試験。2020年から2021年にかけてシステム燃焼試験。2025年12月にも総合的な地上試験。誘導制御機器も、エンジンも、着陸脚も、ひとつずつ潰してきています。

なかでも、いちばん胸を打たれた記述がこれでした。

離着陸を除く一連の運用を、すでに複数回実施している。

機体を運んで、推進剤を入れて、燃やして、抜いて、また運んで、点検する。それを、飛ばさずに、何度も。

地味です。あまりに地味です。誰も見に来ないし、たぶん記事にもならない。それでも繰り返した。再使用ロケットで本当に問われるのがそこだと、わかっていたからでしょう。

派手なホップ映像を撮ることより、退屈な整備手順を体に叩き込むことを選ぶ。10年かけて。私はこの選択が、静かに好きです。


もうひとつ、書き直した部分があります。

最初は「世界がメタンを選ぶなか、日本だけが水素で挑む」という構図を書こうとしていました。孤高の挑戦、みたいな話にしたかったのだと思います。

でも事実は違いました。RV-Xの発展先であるCALLISTOは日本・フランス・ドイツの共同機で、これも液体水素です。Blue OriginのNew Shepardも水素で飛んでいる。日本だけ、ではなかった。

ただ、調べ直したことで、もっといい話が出てきました。

そのCALLISTOのエンジンは、日本製なのです。

査読論文にはっきり書いてあります。CALLISTOが積むRSR-2エンジンは、JAXAと三菱重工業が開発したRV-Xエンジンの改良版だと。CNESの公式ページも、エンジンはJAXAが供給すると明記しています。RV-Xの推力は16〜40キロニュートン、CALLISTOは16〜46キロニュートン。同じ心臓の、少し強くなった版です。

フランスとドイツが組み立てるロケットの、心臓部分を日本が担っている。能代で燃焼試験をしてから、仏領ギアナへ運ばれていく。

孤高ではありませんでした。もっといい。日本の水素エンジンが、欧州のロケットを飛ばそうとしているのです。

エキスパンダーブリードサイクル。液体水素を冷却に使い、そのガスでポンプを回す。プリバーナーがいらず、構造が単純で、異常な燃焼になりにくい。LE-5Aで世界に先駆けて実用化した、日本が育ててきた方式です。

その方式が、いま国境を越えようとしている。今回の11メートルは、そのエンジンが実際に機体を持ち上げて、静かに降ろした、最初の記録です。


離陸は、午前6時過ぎ。夜明けです。

現場にはその何時間も前から人が集まっていたはずです。3月に飛ぶはずが7月まで延びて、そのあいだずっと、点検と手順の確認を繰り返してきた人たち。

そして会見で、責任者の方はこう言いました。

「ほっとしている」

やった、でも、成功だ、でもなく、ほっとしている。10年やってきて最初に出てきた言葉がこれなのだと思うと、なんだかたまりません。


この先が長いのは事実です。

CALLISTOは高度20キロメートル。超音速からの減速も、空力制御も、空中での再着火も、まだ何ひとつ証明されていません。初飛行が2027年へずれ込む可能性も出ています。実機の第1段が本当に帰ってくる日となると、いつになるのか誰にもわかりません。

10年かけて11メートル。この歩幅を遅いと笑うのは簡単です。

でも私は、笑えませんでした。

先に数字を出して、その通りに飛ばす。飛ばさない運用を何度も繰り返して、手順を体に入れる。夜明け前から現場に立って、降りてきた機体を確かめて、「ほっとしている」と言う。

技術というのは、たぶんこういうふうにしか進まないのだと思います。そして、こういうふうに進んできたものだけが、最後まで残るのだと思います。

11メートルの向こう側に何が見えるか。よかったら、一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。


【用語解説】

RV-X(Reusable Vehicle eXperiment)
JAXAと三菱重工業が共同研究する再使用ロケット小型実験機。将来の基幹ロケット第1段を回収・再使用するための技術と運用手順を検証する。全高約7.3メートル、直径約1.8メートル。乾燥重量2,283キログラム、全備重量3,138キログラム(推進剤95パーセント充填時)。

能代ロケット実験場
秋田県能代市にあるJAXAの試験施設。ロケットエンジンの燃焼試験など、推進系研究の主要拠点。今回のRV-X飛行試験もここで実施された。

ホップ試験
ロケットを低高度まで垂直に上昇させ、そのまま垂直に着陸させる試験。垂直離着陸型(VTVL)の再使用機開発で広く用いられる。ただし翼による滑空帰還やパラシュート回収など、ホップを必要としない再使用方式もある。高度は数メートルから数百メートル以上まで幅がある。

ターンアラウンド運用
着陸した機体を点検・整備し、次の飛行に送り出すまでの一連の作業。再使用ロケットの経済性を左右する主要因の一つ。RV-Xが検証目的に掲げる項目である。

エキスパンダーブリードサイクル
燃料である液体水素を燃焼室やノズルの冷却に使うと同時にガス化させ、そのガスでターボポンプを回すエンジン方式。加熱・気化した燃料の一部を燃焼室に戻さず排出(ブリード)するのが特徴。プリバーナーが不要で構造が単純、異常な燃焼状態になりにくいという長所を持つ。H-IIロケットの第2段エンジンLE-5Aで世界に先駆けて実用化された、日本独自の方式である。

LE-9
H3ロケットの第1段主エンジン。エキスパンダーブリードサイクルを採用しており、実用ロケット第1段への大推力適用としては世界初。ただしRV-XのエンジンがLE-9の派生型であることを示す公表資料はなく、両者は技術系譜を共有する関係にある。

比推力
推進剤の単位重量あたりに得られる推力、あるいは力積を示す指標。ロケットエンジンの燃費にあたる。燃料だけでなく酸化剤を含む推進剤全体が基準となる。水素はメタンより比推力に優れる。

ボイルオフ
極低温の推進剤が外部からの熱で気化し、失われる現象。液体水素では避けにくいが、断熱、再液化、ベント管理などで低減できる。

水素脆化
水素が金属内部に侵入し、材料をもろくする現象。発生の程度は材料、温度、圧力、応力状態などに依存する。すべての金属が必ず脆化するわけではないが、再使用機の健全性管理では重要な検討項目となる。

CALLISTO(カリスト)
JAXA、CNES、DLRの3機関が共同開発する1段再使用飛行実験機。全長約13.5メートル、直径約1.1メートル、質量約3.6トン。南米・ギアナ宇宙センターから飛行し、高度約20キロメートルまでの上昇と帰還を目指す。液体酸素と液体水素を使用する。

RSR-2
CALLISTOに搭載されるエンジン。JAXAと三菱重工業が開発したRV-Xエンジンの改良版。推力範囲は16〜46キロニュートンで、RV-Xの16〜40キロニュートンに対し上限が拡大している。飛行中の再着火が可能。

Themis(テミス)
欧州が開発する再使用ブースター実証機。CNES・ESA公表で全長約28メートル。実機第1段相当のフルスケール実証機である。液体酸素と液体メタンを用いるPrometheusエンジンを搭載する。初回ホップは最大高度100メートル程度を目指すが、本稿執筆時点で実施は確認できない。

Prometheus(プロメテウス)
Themisを動かす欧州の再使用型ロケットエンジン。燃料は液体メタン。推力は100トン級とされる(資料により約120トン級との記載もある)。

ASCA(アスカ)
将来宇宙輸送システムが開発する再使用型ロケット。2025年3月に液体メタンエンジンの燃焼試験を計6回実施し、最大8.3秒、4.3キロニュートンを達成したと同社が公表している。

New Shepard(ニューシェパード)
Blue Originが運用する再使用型サブオービタル機。液体水素を使用する。2015年11月に垂直着陸、2016年1月に同一ブースターの再飛行を実現した。水素採用が日本固有の選択ではないことを示す実例である。

基幹ロケット
国の宇宙開発や産業活動を支えるため、衛星打ち上げや探査ミッションといった国家レベルの任務に用いられる主力ロケット。現在の日本の基幹ロケットはH3である。

H3ロケット
日本の現行主力大型ロケット。第1段の回収・再使用機能を持たない使い捨て型。2018年の詳細設計資料では、定常生産などを前提としたH3-30S形態の機体価格を約50億円としている。現在の個別契約価格は公表資料上、確認できない。

30形態
H3の機体構成の一つ。固体ロケットブースターを使わず、LE-9エンジン3基のみで打ち上げる最小構成。価格低減を目指す形態であり、2026年6月12日の6号機で初めて飛行した。

宇宙基本計画
日本の宇宙政策の基本方針を定めた政府文書。令和5年6月13日に閣議決定された版では、次期基幹ロケットについて機体の一部を再使用化し、打ち上げ頻度と輸送能力を向上させ、価格を低減する方針が示されている。

警戒区域
飛行試験時に人の立ち入りを禁じる安全区域。今回のRV-X飛行試験では、射点から半径1,070メートルの範囲が設定され、試験中は無人とされた。

宇宙活動法
国内でのロケット打ち上げや人工衛星の管理について、許可制度と損害賠償の枠組みを定めた法律。国内射場から人工衛星等を打ち上げる場合、原則として打ち上げごとに許可が必要となる。内閣府の見直し最終報告では、再使用段に応じた追加審査基準や着地予想区域の整備が必要と明記されている。

ファルコン9
スペースXが運用する再使用型ロケット。ケロシンを燃料とする。軌道級ロケットの第1段について、垂直着陸と再使用を初めて商業運用として定着させた。標準価格は7,400万ドル(約120億円)。

【参考リンク】

JAXA 研究開発部門|基幹ロケットの再使用化による打ち上げコストの低減(外部)
RV-Xの研究目的と経緯をJAXA自身が解説。スペースシャトルの反省を踏まえた繰り返し運用の思想が明示される。

JAXA|小型実験機(RV-X)飛行試験の準備状況(PDF)(外部)
2026年2月27日付の一次資料。機体諸元、計画値、検証目的3項目、警戒区域、開発ロードマップを収録する。

JAXA 研究開発部門|CALLISTO(外部)
日仏独共同の1段再使用飛行実験機の公式ページ。機体諸元と、RV-Xとの技術的な接続関係が説明されている。

JAXA 宇宙輸送技術部門|LE-9エンジン(外部)
エキスパンダーブリードサイクルの仕組みと、LE-5Aで世界初の実用化に至った経緯を解説する公式ページ。

三菱重工業|LE-9(H3ロケット用第1段エンジン)(外部)
日本独自のエキスパンダーブリード方式を大推力化し第1段に初採用したと明記。RV-Xの共同研究相手でもある。

CNES|Callisto(外部)
CALLISTOのフランス側公式ページ。エンジン推力16〜46キロニュートン、高度約20キロメートルの計画を掲載。

ESA|Themis(外部)
欧州の再使用ブースター実証機の公式ページ。初回ホップ最大100メートルと、メタン燃料Prometheusを解説。

Blue Origin|New Shepard(外部)
液体水素を使う再使用型サブオービタル機の公式ページ。2015年に垂直着陸、2016年に再飛行を実現している。

将来宇宙輸送システム株式会社(ISC)(外部)
再使用型ロケット「ASCA」を開発する国内スタートアップ。液体メタンエンジンの燃焼試験に成功している。

内閣府|宇宙活動法見直しに関する最終報告(PDF)(外部)
再使用段に応じた追加審査基準や着地予想区域の整備が必要と明記。制度課題を政府自身が認識している証左。

SpaceX|Capabilities & Services(PDF)(外部)
ファルコン9の標準価格を7,400万ドルと示す公式資料。GTOへ5.5トンまでの回収運用時の条件が付されている。

【参考記事】

CALLISTO: on the design and development of a reusable first stage demonstrator(外部)
2026年の査読論文。RSR-2エンジンがRV-Xエンジンの改良版であること、飛行試験が最大10回想定であることを示す。

CNES Call Reveals Inaugural Callisto Flight Test Pushed to 2027(外部)
CNESの調達資料がCALLISTO初飛行の2027年ずれ込みを示唆と報道。ただしCNES公式ページは現在も2026年と記載。

SpaceX Raises Falcon 9 Launch Price to $74M, Rideshare Now $7,000/kg(外部)
2026年2月にファルコン9標準価格が7,000万ドルから7,400万ドルへ上昇と報道。旧価格は二次情報である点に留意。

ArianeGroup and ESA Target Spring 2026 for First Themis Reusable Launcher Hop Test(外部)
Themis T1Hの諸元と進捗を伝える。ESAが2億3,000万ユーロ(約425億円)を追加拠出したと記す。

Europe’s Themis Reusable Launcher Demonstrator To Test Launch In Spring 2026(外部)
Themis未飛行の要因として、スウェーデン北部射場の積雪をESA幹部が挙げていると報じる記事。

H3ロケット6号機・30形態が本日打上げ|LE-9エンジン3基で挑む再起、MMXへ続く一機(外部)
H3の30形態初飛行を解説した自社記事。約50億円が条件付きの目標値であることを明確に線引きしている。

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山本 達也
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。