1機ずつの審査では見えないものがある。そう指摘する論文が公開されたのは7月31日ですが、そこで臨界サイズを超えると判定された計画のいくつかは、いまも各国の規制当局の審査を待っている段階にあります。物差しが、判断に間に合うかどうかという局面です。
バーミンガム大学のヒュー・ルイス氏は2026年7月31日、衛星コンステレーションが軌道デブリを自己増殖させ始める「臨界サイズ」を算出する解析モデルをarXivに投稿した。16のコンステレーションについて衛星特性に妥当な修正を加えて評価したところ、9つが臨界サイズを超えた。
Guowang、Stampede、Project Sunrise、Starcloud、E-Spaceの統合構成、Starmindの6つは破片が際限なく増える「暴走」しきい値を、Eutelsat OneWeb、Eutelsat Next、Starlink Generation 3の3つは「不安定」しきい値を超えると予測された。
一方、15,000機のStarlink MSSは両しきい値を下回った。査読前のプレプリントである。
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Critical Sizes of Satellite Constellations
【編集部解説】
米FCCの規則には、大きな物体との衝突を避けるために効果的な機動を行っている期間について、その衛星の衝突リスクをゼロと仮定してよい、という扱いがあります。衛星1機を取り出して見るかぎり、この扱いには合理性があります。
ただしNASAは、第2世代Starlinkの審査に寄せた意見のなかで、この規模のコンステレーションでは、誤りのないシステムや衝突リスクゼロを前提にはできないと指摘していました。FCCはKuiperの審査でも同じ懸念を引き、衝突回避システムの停止や利用不能を報告する条件を付けています。
今回の論文が投げかけているのは、その1機分の答えを1万倍しても、コンステレーション全体の答えにはならない、という指摘です。
ヒュー・ルイス氏はバーミンガム大学工学部のSERENEグループに所属し、20年以上にわたって軌道デブリと宇宙の持続可能性を研究してきました。イギリス宇宙庁を代表してIADC(機関間スペースデブリ調整委員会)に参加し、第2作業部会の議長を務めた経験を持ちます。今回のモデルは、2001年のドナルド・ケスラー氏らの安定性モデルを土台に、コンステレーション特有の事情を織り込んで組み直したものです。
結果のなかで最も目を引くのは、順位が入れ替わっていることです。
15,000機を計画するStarlink MSSは、両方のしきい値を下回りました。一方、528機のEutelsat Nextは不安定しきい値を超えると予測されています。基数でおよそ28倍の開きがあり、しかも衛星はStarlinkのほうが大きいにもかかわらず、判定は逆になりました。5,850kgという大型機を使うAST SpaceMobileも、243機の計画規模で、モデル上は両しきい値の下に収まっています。
このモデルが見ているのは、基数の多さではありません。基数、軌道配置、衛星の質量と断面積、そして機動能力。この4つが組み合わさって、その計画に許される上限が決まります。同じ事業者のなかでも判定は割れ、SpaceXの計画ではStarlink MSSが両しきい値の下、Starlink Generation 3が不安定側、軌道データセンター構想のStarmindが暴走側と、3つに分かれました。
もう一つ、この論文が丁寧に扱っているのが、ユーザーに向けて働いていない衛星の存在です。
コンステレーションは、地上のインフラと同じように補充と廃棄を繰り返しながら長い年月を運用します。そのため軌道には、上昇中の機体、退役して降下中の機体、故障して漂う機体が常に一定数いることになります。これらはサービスを提供する「何千機」の数には含まれませんが、物体としては確かにそこにあります。そしてIADCの25年ルールやFCCの5年ルールに沿って廃棄する場合、その多くはすでに機動能力を失っています。
軌道インフラの本当の在庫は、カタログ上の基数より多い。この視点が、今回のモデルの背骨にあたる部分です。
では、使い終わった衛星をどう降ろすか。論文はここで2つのシナリオを比べています。
1つはFCCの5年ルールをモデル化したシナリオです。FCCの規則は、高度2,000km未満の低軌道で任務を終えるか、同領域を通過し、非制御の再突入で廃棄する衛星について、できるだけ速やかに、遅くとも任務終了から5年以内の再突入を求めています。論文はこれを、廃棄軌道へ移して不活性化し、5年以内に再突入すると仮定して計算しました。もう1つは、推進系を使って再突入の直前まで軌道を下げ続ける「制御再突入」です。
結果は一貫していて、制御再突入のほうがしきい値を高く保てました。最後まで機動能力を残せることが、そのまま余力になるからです。
innovaTopiaでは、アクセルスペースとサカセ・アドテックが共同開発した膜面展開型デオービット機構「D-SAIL」や、Astroscaleのアクティブデブリ除去をお伝えしてきました。いずれも軌道上の物体を早く減らすための技術です。ただし、D-SAILは膜を広げて大気抵抗で高度を下げる装置、Astroscaleのアクティブデブリ除去は別のサービス衛星が対象を捕獲する方式であり、論文が評価した制御再突入とは仕組みが異なります。
今回の結果が直接示しているのは、運用を終えた衛星をどう降ろすかという方法の違いが、そのコンステレーションに許されるしきい値そのものを動かす、ということです。後片付けの方法は、打ち上げたあとに付いてくる事柄ではなく、計画の可否を左右する設計変数として現れてきました。国際ガイドラインが長く重視してきた廃棄・不活性化から、制御を保ったまま降ろす方向へ。論文は、この転換が必要だと示唆しています。
そして、この論文を「落第リスト」として読むと、おそらく肝心なところを取りこぼします。
判定は、設計次第で動きます。Telesat Lightspeedは、衛星の運用寿命を5年から8年に延ばすという仮定を置くだけで、両しきい値の下に移りました。Eutelsat OneWebとEutelsat Nextを統合した構成も、同じく8年の仮定で暴走しきい値を下回ります。寿命が延びれば補充のための打ち上げが減り、上昇・下降中の機体が薄くなるためです。逆にE-Spaceの10kg級ナノ衛星は、推進系を持たないと仮定すると、高度360kmを超える領域で暴走しきい値を上回りました。
数字が動くということは、設計で戻せるということでもあります。この意味で、臨界サイズは順位表というより、設計と規制が共有できる物差しに近いものです。
ルイス氏自身は、このモデルが出す答えを楽観的なものだと繰り返し書いています。各コンステレーションは、ほかの衛星もデブリも存在しない空っぽの軌道に単独で置かれた条件で評価されました。回避機動は成功率100%、廃棄の成功率は99%と、現実の観測値より高い水準を仮定しています。球殻を前提とした計算も、実際の軌道傾斜角を考慮すれば体積が小さくなり、臨界サイズはさらに下がると本人が明示しています。それでも9つが超えた、という順序で読むのが原典に忠実です。
なお、ここでいう「暴走」は、無限の時間をかけて破片が際限なく増える傾向を指す用語であり、何年で軌道が使えなくなるという時間軸は論文に書かれていません。また本稿は査読前のプレプリントであり、今後の査読で数値や表現が変わる可能性があります。
それでも、この手法には規制の現場で効きそうな性質があります。
必要な情報は、事業者がすでに申請書類に書いているものだけ。追加のデータ提出も、既存の軌道環境の推定も要りません。出力は「しきい値を超えているか、いないか」の二値です。事業者は自分でパラメータを選べる立場にあり、規制側はその結果を検証したり、どこを調整すればよいかを示したりできます。
論文がFCCの申請データを確認した2026年7月31日の時点で、2026年に届いた新規コンステレーションの申請は合計120万機を超えていました。審査の速度が申請の速度に追いつかないという状況に対して、今回のモデルは、紙とペンの側から追いつくための道具を差し出しています。
【関連記事】
低軌道は22秒に1回ニアミス:Starlink含むメガコンステレーションが引き起こす軌道崩壊の危機
低軌道での接近頻度から、現在どれだけ完璧な運用に依存しているかを示した指標を扱った記事。長期の臨界点とは別の観点である。
SpaceX、最大100万基の軌道上データセンター構想をFCCに申請──AIブームが宇宙インフラ競争を加速
本論文が暴走側と判定したStarmindについて、FCCへの申請そのものを報じた記事。100万基という規模の由来がわかる。
日本発デオービット装置「D-SAIL」が軌道上実証へ─アクセルスペース、FCC 5年ルール対応の切り札
膜を広げて大気抵抗で高度を下げるD-SAILの軌道上実証を伝えた記事。今回の論文が評価した制御再突入とは異なる方式である。
【編集部後記】
論文の謝辞に、短い一文が置かれています。ドナルド・ケスラー氏とフィリップ・アンツメドー氏の指導への感謝です。2001年に臨界数という考え方を示した二人のもとで学んだ研究者が、四半世紀を経て、その計算式を書き換えました。
軌道デブリの研究は、答え合わせが済むまでの時間が、人の一生に近い長さを持っています。今回のモデルは、次に誰の手へ渡り、どこを書き換えられるのでしょうか。
【用語解説】
臨界サイズ(critical size)
コンステレーションごと、高度ごとに算出される衛星数のしきい値。本論文は、破片群が平衡水準まで増える「不安定」と、際限なく増える「暴走」の2種類を評価する。基礎となる臨界数の考え方は2001年の研究に遡り、本論文はこれをコンステレーション向けに拡張したものである。
暴走(runaway)
無限の時間をかけて、破片の数が際限なく増え続ける状態。しきい値を超えたコンステレーションは、ほかに物体が存在しない軌道であっても、自らの衛星の破砕によって破片を増やし続けると予測される。
不安定(unstable)
破片の数がある平衡水準まで増えて、そこで留まる状態。暴走ほど深刻ではないが、破片の総数は増加する。本論文は暴走と不安定を明確に区別している。
コンステレーション
共通の目的のために協調して動く衛星群。本論文が扱った16計画は、243機から100万機まで規模の幅が大きい。
軌道デブリ
運用を終えた衛星やロケットの上段、それらが砕けて生じた破片など、機能を持たない人工物の総称。
制御再突入(control-to-re-entry)
運用を終えた衛星が、推進系を使って再突入の直前まで軌道を下げ続ける廃棄方法。降下中も機動能力を保てる点が特徴である。
FCCの5年ルール
米連邦通信委員会が2022年に採択した規則。高度2,000km未満の低軌道で任務を終えるか、同領域を通過し、非制御の大気圏再突入によって廃棄する衛星に対し、任務終了後できるだけ速やかに、遅くとも5年以内の再突入を求める。従来の25年基準を短縮した。
IADCの25年ルール
機関間スペースデブリ調整委員会が示した国際的な指針で、運用終了後25年以内に軌道から離脱させるという内容。
膜面展開型デオービット機構「D-SAIL」
アクセルスペースとサカセ・アドテックが共同開発した軌道離脱装置。約2平方メートルの膜を広げて大気抵抗を増やし、受動的に高度を下げる。
アクティブデブリ除去
専用のサービス衛星が既存のデブリに接近し、捕獲または軌道変更によって取り除く技術。対象の衛星自身が降りる方式とは異なる。
プレプリント
査読を経る前の段階で公開される論文原稿。arXivなどのサーバーに投稿され、以後の査読で数値や表現が変わることがある。
【参考リンク】
SERENE(バーミンガム大学) ヒュー・ルイス教授(外部)
論文の著者ヒュー・ルイス氏の所属先。DAMAGEなど軌道デブリモデルの開発歴と、IADCで担ってきた役割が紹介されている。
IADC(機関間スペースデブリ調整委員会)(外部)
各国の宇宙機関がスペースデブリ低減の指針を調整する国際的な枠組み。記事で触れた25年ルールは、ここから示されたものである。
FCC Adopts New ‘5-Year Rule’ for Deorbiting Satellites(外部)
低軌道衛星の廃棄期限を従来の25年から5年へ短縮した2022年の規則。論文が比較した2つ目のシナリオの前提にあたるものである。
FCC Order and Authorization DA 23-114(Kuiper)(外部)
機動している衛星の衝突リスクをゼロと仮定する扱いと、それに対するNASAの意見が併記された、FCCによる審査文書である。
ESA DISCOS(外部)
欧州宇宙機関が公開する軌道物体のデータベース。論文が各コンステレーションの衛星質量と断面積を得た出典にあたるものである。
Jonathan’s Space Pages: Enormous (‘Mega’) Satellite Constellations(外部)
天文学者のジョナサン・マクダウェル氏が維持する大規模コンステレーションの一覧。論文が用いた計画基数データの出典にあたる。
原子状酸素耐性材料により人工衛星の軌道離脱装置「D-SAIL」の耐久性と信頼性を向上(外部)
原子状酸素耐性材料の採用を伝えるリリース。D-SAILの仕組みと、アクセルスペースとサカセ・アドテックの開発分担も説明されている。
【参考記事】
Critical number of spacecraft in low earth orbit: a new assessment of the stability of the orbital debris environment(外部)
本論文の前段階にあたる2025年の関連研究。2025年3月のカタログ全体を対象に、高度520〜1000kmが臨界数を超えたと評価している。
Critical number of spacecraft in low earth orbit: using satellite fragmentation data to evaluate the stability of the orbital debris environment(外部)
2001年の発表。1999年2月のカタログで高度900km付近と1400km付近が臨界数を超えたと示した、モデルの原型。
Safety Considerations for Large Constellations of Satellites(外部)
ルイス氏らによる2024年の論文。大規模コンステレーションが直面する接近事象の多さと、運用する側が負う負荷を扱っている。
Cowboy files plans for up to 20,000 orbital data centers(外部)
論文が暴走側と判定したStampedeの申請を報じた記事。高度700〜1000km、2028年の打ち上げ開始を予定する。
ESA’s Annual Space Environment Report(外部)
欧州宇宙機関による軌道環境の年次統計。実際の廃棄遵守率が仮定よりも低い水準にあると論文が述べる際の、根拠となっている資料。


















