Last Updated on 2025-05-23 06:53 by admin
国際研究チームが大西洋中央海嶺近くのアトランティス・マシフという海底山脈付近で、これまでにない深さまで地球のマントルに向けた掘削に成功した。この成果はScience誌に掲載された研究で報告された。
JOIDES Resolution研究船に乗船した研究チームは、当初計画していた200メートルをはるかに超え、海底下1,267.8メートルまでのコアサンプルの抽出に成功した。掘削は予想の3倍の速さで進行し、「蛇紋岩化したマントル岩をバターのように切り進んだ」と報告されている。
この掘削は2023年春に実施され、71%という高い回収率で886メートルの岩石サンプルを回収した。抽出されたコアには主にハルツバージャイトと呼ばれる深海底かんらん岩が含まれており、これらの岩石は蛇紋岩化と呼ばれるプロセスで海水による化学的変質を受けていた。
この掘削地点はロストシティ熱水フィールド近くに位置し、地殻が自然に薄くなっている「テクトニックウィンドウ」と呼ばれる場所を選んで実施された。カーディフ大学のヨハン・リッセンバーグ教授とリーズ大学のアンドリュー・マケイグ博士らが研究に参加している。
このミッションでは地球の地殻とマントルの境界であるモホロビチッチ不連続面(モホ)を完全に横断することはできなかったが、地球のテクトニクス活動と海洋リソスフェアの形成過程に関する重要な知見をもたらした。
References:
Scientists Drill Record-Breaking Core Near Earth’s Mantle, Unlocking Geological Mysteries
【編集部解説】
今回の掘削成功は、地球科学の分野において非常に重要な進展といえます。記事で紹介されている掘削は、2023年春に実施されたものであり、その成果が科学誌「Science」に掲載されたことで注目を集めています。
検索結果から確認できる情報によると、この掘削は当初予定されていた200メートルをはるかに超え、1,267.8メートルの深さに達しました。これは海底のマントル岩を対象とした掘削としては史上最長のコアサンプルとなっています。さらに注目すべきは、71%という高い回収率で886メートルの岩石サンプルを回収できたことです。これは従来の同種の掘削における回収率を大きく上回る成果です。
この掘削が行われたアトランティス・マシフは、大西洋中央海嶺の西側に位置する海底山脈で、地殻が薄くなっている「テクトニックウィンドウ」と呼ばれる特殊な場所です。通常、海底の地殻は約6.9キロメートルの厚さがあり、マントルのサンプルを採取するのは極めて困難です。しかし、このエリアではプレートテクトニクスの作用によってマントル岩が海底近くまで引き上げられているため、直接マントルへの掘削が可能になりました。
掘削されたコアサンプルには主に「かんらん岩」と呼ばれるマントル由来の岩石が含まれています。特に「ハルツバージャイト」と呼ばれるタイプが多く見られ、これらの岩石は海水との化学反応「蛇紋岩化」を経験しています。カーディフ大学のヨハン・リッセンバーグ教授によると、回収された岩石には予想よりも輝石が少なく、マグネシウム濃度が高いという特徴があり、これは予想以上に高い溶融度を示唆しています。
この研究の最も興味深い側面の一つは、生命の起源に関する手がかりを提供する可能性です。掘削地点の近くには「ロストシティ」と呼ばれる熱水噴出孔フィールドがあり、ここでは蛇紋岩化によって生成された水素やメタンが微生物の生命活動を支えています。研究者たちは、地球上の生命がこのような環境から始まった可能性を示唆しています。
残念ながら、JOIDES Resolution研究船は2024年8月2日にアムステルダムに入港し、米国国立科学財団が資金提供を継続しないことから、これが最後の科学探査航海となる可能性があります。船からは科学機器の撤去が始まっており、年間7200万ドル(約108億円)の運用費用を確保する明確な道筋は立っていません。
しかし、今回回収されたサンプルは今後何年にもわたって研究され続け、地球の進化、地震や火山活動の予測、さらには地球外生命の探索にまで影響を与える貴重な資料となるでしょう。地球内部の理解を深めることは、私たちの惑星の過去を知るだけでなく、その未来を予測するためにも不可欠なのです。
【用語解説】
モホロビチッチ不連続面(モホ):
地殻とマントルの境界面。クロアチアの地震学者アンドリヤ・モホロビチッチにより1909年に発見された。海洋底では海底下5〜10km、大陸下では20〜90kmの深さに位置している。
アトランティス・マシフ:
北大西洋の海底に位置する山塊で、海底から約4,267m(14,000フィート)の高さがある。大西洋中央海嶺とアトランティス変換断層の交差点の東側に位置する。2000年に発見された。
蛇紋岩化:
かんらん岩などの超塩基性岩が水と反応して変成する過程。この反応で水素やメタンが生成され、岩石の体積が30-40%増加する。反応は発熱性で、1モルの水あたり約40キロジュールのエネルギーを放出する。
ハルツバージャイト:
マントル由来のかんらん岩の一種で、主にかんらん石と斜方輝石から構成される。部分溶融によって形成される。
ロストシティ熱水フィールド:
アトランティス・マシフの頂上付近に位置する熱水噴出孔の集まり。2000年に発見され、最大で高さ180フィート(約55メートル)の炭酸塩の塔がある。通常の「ブラックスモーカー」と異なり、アルカリ性の水を噴出する「ホワイトスモーカー」である。
JOIDES Resolution研究船:
1985年から2024年まで運用された海洋掘削研究船。全長143メートル(469フィート)で、8キロメートル以上の掘削パイプを備え、海底下の地層からコアサンプルを採取する能力を持つ。動的位置決めシステムにより、数週間にわたり一箇所に固定できる特殊な能力を持つ。
【参考リンク】
JOIDES Resolution(ジョイデス・レゾリューション)(外部)
海底掘削を行う研究船。コアサンプルの収集と研究を行う海洋科学の重要な研究施設。
国際深海科学掘削計画(IODP)(外部)
日本、米国、ヨーロッパなどが参加する国際的な海洋掘削研究プログラム。
米国国立科学財団(NSF)(外部)
米国の科学研究を支援する政府機関。JOIDES Resolutionの主要な資金提供者。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)(外部)
日本の海洋科学技術研究を行う機関。IODPに参加し、地球深部探査船「ちきゅう」を運用している。
【参考動画】
【編集部後記】
皆さん、地球内部の探査というと遠い世界の話に感じるかもしれませんが、私たちの足元で何が起きているのか考えたことはありますか?今回の掘削成功は、私たちの住む惑星の謎に一歩近づいた瞬間です。地震や火山活動の予測、さらには生命の起源まで、この研究が秘める可能性は計り知れません。残念ながらJOIDES Resolution研究船は2024年に最後の航海を終えましたが、その遺産は今後の科学に大きな影響を与え続けるでしょう。皆さんなら地球深部からのサンプルを見て、どんな疑問を抱くでしょうか?