Last Updated on 2025-06-30 08:39 by admin
フランス政府は2025年6月、欧州の衛星通信事業者Eutelsatに対して13億5000万ユーロ(約15億8000万ドル)の資本増強を主導すると発表した。
この投資により、フランス国家の持ち株比率は約30%に上昇し、同社の筆頭株主となる。Eutelsatは2023年に英国の衛星ベンチャーOneWebと合併し、イーロン・マスクのStarlinkに対抗する欧州の衛星インターネット事業者として位置づけられている。
現在Eutelsatの時価総額は16億ユーロで、SpaceXの3500億ドルの評価額を大きく下回る。EutelsatのOneWeb部門は650基の低軌道衛星を運用するが、Starlinkの7600基を大幅に下回る規模である。
2025年5月にはエヴァ・ベルネケ前CEOに代わり、フランス通信大手Orange出身のジャン・フランソワ・ファラシェが新CEOに就任した。専門家はEutelsatが今後5年以内にStarlinkと同等の競争力を獲得することは困難と分析している。
From: France is betting Eutelsat can become Europe’s answer to Starlink — but experts aren’t convinced
【編集部解説】
今回のフランス政府によるEutelsat大規模投資は、単なる企業支援を超えた戦略的な意味を持っています。この動きは、欧州が直面している「宇宙インターネット主権」の危機に対する緊急対応策といえるでしょう。
現在の宇宙インターネット市場は、SpaceXのStarlinkが圧倒的な優位性を確立しています。7600基を超える衛星ネットワークは、ウクライナ戦争において軍事通信インフラとして決定的な役割を果たし、その戦略的価値を世界に示しました。
一方、Eutelsatが運用するOneWebの650基という衛星数は、技術的にはStarlinkの10分の1以下の規模です。しかし、この数字だけで劣勢を判断するのは早計かもしれません。OneWebは「ベントパイプアーキテクチャ」という異なる技術方式を採用しており、企業や政府機関向けの専用通信において独自の強みを発揮します。
注目すべきは、フランスがEutelsatを「デュアルユース重要インフラプロバイダー」として位置づけている点です。これは民間商用と軍事用途の両方に対応できる戦略的資産として育成する意図を示しています。
技術面では、OneWebの直接ネットワークピアリング機能は、セキュリティを重視する政府機関や企業にとって重要な差別化要素となっています。また、Eutelsatは静止軌道衛星も運用しており、グリーンランドやアラスカなどの極地域での通信カバレッジに強みを持ちます。
ウクライナ情勢では、ドイツが4月に1000台のEutelsat端末を設置し、Starlinkの50000台に対する代替手段を提供しました。これは完全な置き換えではなく、選択肢の多様化を図る戦略的な動きです。
長期的視点では、欧州は2030年代初頭にIRIS²という次世代衛星システムの運用開始を予定しています。しかし、現在の地政学的緊張を考慮すると、「IRIS²まで待てない」というのがフランス政府の本音でしょう。
この投資が成功するかは、技術革新のスピードと欧州各国の連携にかかっています。Eutelsatが真にStarlinkの対抗馬となるには、衛星数の大幅増加と次世代技術への投資が不可欠です。ただし、欧州の技術主権確立という観点では、すでに重要な第一歩を踏み出したといえるでしょう。
【用語解説】
低軌道(LEO)衛星
地球から200~2000km上空の軌道を周回する衛星。静止軌道衛星(36000km上空)と比較して地球に近いため、通信遅延が少なく高速インターネット通信が可能である。
ベントパイプアーキテクチャ
衛星が受信した信号を処理せずにそのまま中継する技術方式。信号処理を地上局で行うため、衛星の構造は簡素だが、オンボード処理方式と比較して通信容量や効率性で劣る。
コンステレーション
特定の目的のために協調動作する複数の衛星群。地球全体をカバーするため、数百から数千基の衛星を配置する。
技術主権
国家や地域が重要技術分野において外国に依存せず、自立的に技術開発・運用できる能力。欧州がStarlinkに依存しない独自の衛星インターネット網構築を目指している。
デュアルユース
民間用途と軍事用途の両方に使用可能な技術や製品。衛星通信は商業利用と国防利用の両面で重要な役割を果たす。
【参考リンク】
Eutelsat Group(外部)
フランスの衛星通信事業者。2023年にOneWebと合併し、静止軌道と低軌道の両方の衛星を運用する世界初の統合型衛星オペレーター
SpaceX Starlink(外部)
イーロン・マスクのSpaceXが運営する衛星インターネットサービス。7600基を超える低軌道衛星により世界130カ国以上でサービス提供
OneWeb(外部)
英国発の衛星インターネット企業。現在はEutelsatの子会社として648基の低軌道衛星コンステレーションを運用
【参考動画】
SpaceXによるEutelsat 10B衛星の打ち上げミッションの公式映像。EutelsatとSpaceXの協力関係を示している。
OneWebのサービス実演動画。実際のユーザー端末と衛星接続の様子を紹介し、技術的な仕組みを解説している。
【参考記事】
France gives Eutelsat capital boost to try to build European satellite(外部)
ロイターによる投資発表の速報記事。フランス政府の持ち株比率変化と投資額の詳細を報告
Eying a Starlink alternative, France to boost Eutelsat stake(外部)
軍事・防衛の観点からEutelsat投資の戦略的意義を分析した専門記事。10年間10億ユーロの軍事契約についても詳述
Eutelsat – Wikipedia(外部)
Eutelsatの企業概要、歴史、技術仕様に関する包括的な情報源
【編集部後記】
宇宙インターネット競争は、私たちの日常生活にどのような変化をもたらすでしょうか。Starlinkの独走状態が続く中、欧州が技術主権を取り戻そうとする今回の動きは、単なる企業間競争を超えた意味を持っているように感じます。
皆さんは、衛星インターネットサービスを選ぶ際に「どこの国の技術か」を意識されますか?また、災害時や緊急時の通信手段として、複数の選択肢があることの重要性についてはいかがお考えでしょうか。この分野の技術革新が加速する中で、私たちユーザーにとって本当に必要な機能や価値とは何か、一緒に考えてみませんか。