イーロン・マスクが所有するX(旧Twitter)のCEOリンダ・ヤッカリーノ氏は、2025年6月16日から20日にフランス・カンヌで開催されたカンヌライオンズ広告祭で、Xプラットフォーム上で投資や取引機能を近日中に提供すると発表した。
ヤッカリーノ氏は「プラットフォーム上で金融生活のすべてを送れるようになる」と述べ、ピア・ツー・ピア決済、価値保存、クリエイター支払い、ペイ・パー・ビューイベント視聴を例に挙げた。
Xは2025年初頭にVisaと提携してデジタルウォレット「X Money」を開発しており、これは中国のWeChatのようなスーパーアプリ化を目指すマスクの構想の一部である。マスクはミームコインDOGEを支持し、テスラは11,500BTC(約12億ドル相当)を保有している。暗号通貨関係者は、Xの金融サービスに暗号通貨が組み込まれる可能性が高いと見ている。
From:
Elon Musk’s X to Offer Investments, Trading ‘Soon:’ FT
【編集部解説】
今回の発表は、単なる機能追加のニュースを超えて、プラットフォーム経済の新たな局面を予告する重要な動きです。WeChat型のスーパーアプリ構想は、西洋圏でこれまで成功例がないチャレンジでもあります。
X Moneyの基盤構築は着実に進行しており、Visaとの提携で既存の金融インフラとの接続を確保しています。現在Xは米国38州で送金業者ライセンスを取得済みですが、投資・取引機能の追加には証券業の規制も関わってくるため、さらなる認可が必要になる可能性があります。
注目すべきは、この構想が暗号通貨との親和性を前提としている点です。マスクのDOGE支持とテスラの11,500BTC保有(約12億ドル相当)は、X上での暗号通貨取引が単なる付加機能ではなく、戦略の中核になることを示唆しています。
しかし課題も山積しています。金融サービス参入には厳格な規制対応が不可欠で、特にニューヨーク州では議員がXの送金業ライセンス阻止を求める動きも見られます。これは、プラットフォームの内容管理方針への懸念が背景にあります。
技術的な実現可能性よりも、ユーザーの信頼獲得こそが最大のハードルかもしれません。ソーシャルメディアとしてのXが抱える論争と、金融サービスに求められる安定性・信頼性との間に、どう橋渡しするかが成否を分けるでしょう。
成功すれば、米国初の真のスーパーアプリが誕生し、他のテック企業も同様の統合戦略を加速させることになります。一方で失敗すれば、プラットフォーム多様化の限界を示す事例として記録されることになるでしょう。
【用語解説】
スーパーアプリ:メッセージング、決済、電子商取引、金融サービスなど複数の機能を統合した包括的なモバイルアプリケーション。中国のWeChatが代表例である。
P2P決済(ピア・ツー・ピア決済):個人間で直接行う電子決済サービス。銀行を介さずにユーザー同士が資金を送受信できる仕組みである。
DOGE(ドージコイン):2013年に冗談として作られた暗号通貨。柴犬をモチーフとしたミームコインだが、イーロン・マスクの支持により注目を集めている。
【参考リンク】
X (エックス)(外部)
イーロン・マスクが所有するソーシャルメディアプラットフォーム。現在スーパーアプリ化を推進中
X公式企業ページ(外部)
X Corpの企業情報とセキュリティ・プライバシーに関する取り組みを紹介
Tesla(外部)
マスクが率いる電気自動車企業。11,500BTCを保有し暗号通貨戦略の重要な要素
Visa(外部)
世界最大級の決済ネットワーク企業。X Moneyの技術基盤を提供するパートナー
WeChat(外部)
テンセント社開発のスーパーアプリ。Xが目指すモデルとして参考にされている
カンヌライオンズ(外部)
世界最大の広告・クリエイティブ業界祭典。2025年6月16-20日に開催
Dogecoin公式サイト(外部)
マスクが支持するミームコイン。X上での暗号通貨機能統合の候補とされる
【参考動画】
CES 2025 Keynote with CEO of X Corp, Linda Yaccarino
CES公式チャンネル。X Corp CEOリンダ・ヤッカリーノ氏の2025年1月基調講演。X社の変革とビジョンについて語った34分間の公式インタビュー。
Axios’ Sara Fischer in conversation with X’s Linda Yaccarino
Axios公式チャンネル。2025年6月18日公開の最新インタビュー。スポーツコンテンツとX上でのビジネス機会について議論している22分40秒の動画。
【参考記事】
Elon Musk’s X to offer investment and trading in ‘super app’ push(外部)
フィナンシャル・タイムズ原記事。ヤッカリーノCEOの発言を詳報しスーパーアプリ戦略を分析
X’s Super App Ambition: Navigating Regulatory Rapids(外部)
X社の金融サービス参入の規制課題と各州での送金業者ライセンス取得状況を詳細分析
X CEO Linda Yaccarino rejects claims of advertiser pressure(外部)
Yahoo FinanceによるカンヌライオンズでのヤッカリーノCEOインタビュー詳報
X to Launch X Money in 38 States(外部)
X社が38州で送金業者ライセンスを取得しX Moneyサービス展開準備完了を報告
Tesla Discloses Bitcoin Holdings in SEC Filing(外部)
テスラの11,500BTC保有をSEC書類で確認、新会計基準で未実現利益計上も報告
【編集部後記】
今回のXの発表を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」でした。いや、直接的に関係があるわけじゃないんですけど、SFの世界で描かれた「企業が社会インフラを支配する未来」が、まさに現実になろうとしているように思えます。
でも、一番興味深いのは、マスクがこの構想を「WeChat型」と表現していることなんです。これって、シリコンバレーの価値観が中国のプラットフォーム戦略に学ぼうとしている証拠で、ある意味でビジネス戦略の逆輸入が起きているんですよね。昔、日本の製造業がアメリカの大量生産システムを学んだように、今度はアメリカのテック企業が中国のデジタル統合戦略を研究している。
これは完全に個人的な妄想なんですが、もしXが本当にスーパーアプリとして成功したら、次は絶対にメタバース統合を狙ってくるはず。SNS、金融、そしてVR空間が統合された時、それはもう新しい世界の始まりかもしれませんね。ちょっと大げさですかね?