手のひらサイズのAIガジェットが、障害者福祉の「下請け依存」という長年の構造に小さな風穴を開けようとしています。3DプリンターとAI音声認識を組み合わせた製品を、支援される側の当事者自身が作って市場に問う。テクノロジーが「誰でも作れる」を拡張してきた先に、「誰が作る側に立てるか」という問いが見えてきました。
個人開発レーベル「White poop」は、2026年6月16日よりクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」にて、AIホログラムペット「ヨビタマ」の製品化と会社設立を目指すプロジェクトを開始した。目標金額は30万円で、募集期間は2026年8月8日までだ。
「ヨビタマ」は直径4cmのカプセル型キーホルダーで、スマートフォンの光を内部構造で反射・透過させることでホログラム映像を表示する。電子基板や液晶画面は使用しない。AI音声認識により、持ち主の声がけに応じて4種類のアクション(吠える・お手・ボール遊び・倒れる)を返す仕様だ。
プロジェクトの背景には、就労継続支援B型事業所の低工賃問題がある。発起人は現役の職業指導員で、障害を持つ利用者が正当な対価を得て働ける会社の設立を目指している。ヨビタマは利用者自身が3Dプリンター技術とAIを習得して開発に参加した製品だ。
From:
【福祉の低工賃の壁を壊す】現役指導員が起業へ挑む。声で芸をするAIホログラムペット『ヨビタマ』クラウドファンディング開始|PR TIME
アイキャッチ画像は公式プレスリリースより引用
【編集部解説】
就労継続支援B型事業所(いわゆる「B型作業所」)の利用者は、事業所と雇用契約を結びません。法的には「労働者」ではないため、労働基準法や最低賃金法の保護の外に置かれています。厚生労働省の調査によると、令和6年度の全国平均工賃は月額24,141円とされていますが、算定方法の変更(計算式の見直し)が数値に影響しており、現場の実態が同程度改善したとは言い切れません。
週3日程度の通所では月収1〜2万円台にとどまるケースも多いという報告もあります。多くの事業所は外部企業から単価の低い軽作業を下請けすることで運営費を確保する構造に依存しており、付加価値の源泉が事業所の外にある以上、利用者がスキルを高めても工賃の天井はなかなか上がりません。
White poopが提示しているのは、この構造への一つの実践的な回答です。3DプリンターとAI音声認識を組み合わせ、障害を持つ利用者自身が製品開発の主体となって市場に直接問う。発注者から仕事を受け取る側ではなく、自分たちで製品を作って売る側に立つという事業モデルの転換です。ヨビタマはその最初の製品として位置づけられています。
技術的な観点から見ると、ヨビタマの設計は興味深い選択をしています。電子基板や液晶画面を一切使わず、スマートフォンの光を独自の内部構造で反射・透過させてホログラム映像を表示する仕組みは、複雑な電子工学的な知識がなくても3Dプリンターで量産できる構造を実現するための判断と読めます。AI音声認識による4段階の反応も、製品のユニークさを支える差別化要素です。3Dプリンターという製造手段を持てば、アイデアと設計データさえあれば少量から製品を作れる。この「手軽に作れる」という製造民主化の恩恵を、福祉の現場で活用しようとしている点に、このプロジェクトの技術的な着眼があります。
一方で、クラウドファンディングの成否とは別の課題も残ります。目標金額30万円は、会社設立の足がかりとしては象徴的な意味合いが強く、量産体制の構築や継続的な販路の確保は次の問いとして残ります。また、B型事業所の枠を超えて会社を設立するということは、雇用契約に基づく労働関係に移行することを意味しており、利用者の障害特性や体調の波に合わせた柔軟な働き方をどう設計するかは、制度設計として問われ続ける論点です。
「テクノロジーが福祉の現場に入る」事例はこれまでもありましたが、多くは「支援ツールとして外から持ち込まれる」かたちでした。今回のように「当事者自身がテクノロジーを使って製品を作り、市場に出る」という構造は、その向きが逆です。この逆転が持続可能な事業として根付くかどうかは、ヨビタマという製品が市場でどう受け取られるかにかかっています。
【用語解説】
就労継続支援B型
障害者総合支援法に基づく福祉サービスの一種。一般企業への就職が難しい障害者が、雇用契約を結ばずに生産活動や就労トレーニングを行う場。利用者は法的に「労働者」ではないため、最低賃金法は適用されない。支払われる報酬は「工賃」と呼ばれる。
工賃
就労継続支援B型事業所が利用者に支払う報酬。給与・賃金とは法的に区別され、最低賃金の保証がない。生産活動の収益から運営費を差し引いた範囲で支払われる仕組みのため、事業所の収益構造に直接依存する。
ホログラム(本記事の文脈)
本製品「ヨビタマ」における「ホログラム」は、光の干渉を利用した厳密な意味でのホログラフィーではなく、スマートフォンの画面光をカプセル内部の構造で反射・透過させることで立体的に見せる視覚効果を指している。製品説明として使われている表現であり、技術的な定義とは異なる点に留意が必要。
【参考リンク】
White poop プロジェクトページ(CAMPFIRE)(外部)
AIホログラムペット「ヨビタマ」の製品化と会社設立を目指すクラウドファンディングページ。リターン内容・実施期間・プロジェクトの詳細が掲載されている。
工賃(賃金)実績の公表|厚生労働省(外部)
就労継続支援A型・B型事業所の工賃実績を毎年公表。都道府県別データも閲覧可能。障害者の就労支援施策の全体像が把握できる。
【参考動画】
【参考記事】
就労継続支援B型の工賃とは?平均工賃や計算方法、工賃ルールをわかりやすく解説|knowbe(外部)
厚労省データに基づき、令和5年度の就労継続支援B型事業所の全国平均工賃月額(23,053円)と算定方法変更の影響を解説。
就労継続支援B型 工賃が安い理由と構造的背景|reinolz(外部)
雇用契約なし・最低賃金法適用外という制度設計と、下請け軽作業への依存という事業モデルの問題を整理。低工賃の構造的背景を把握するための基礎資料。
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【編集部後記】
3Dプリンターは「誰でも作れる」を拡張するツールとして語られることが多いですが、「誰が作る側に立てるか」という問いはまだ十分に問われていないかもしれません。White poopのプロジェクトは、その問いを小さくて具体的なかたちで私たちの前に置いています。目標金額30万円という数字は、事業としての規模より、「自分たちで作って売る」という選択を公の場で宣言することに意味があるように見えます。制度の内側から見えていた壁を、制度の外に出ることで別の角度から問い直す試み。成否にかかわらず、その記録は次の誰かにとっての参照点になるはずです。ヨビタマが手のひらの上で芸をするその先に、私たちは何を見るでしょうか。












