Last Updated on 2025-04-24 22:08 by admin
トランプ政権の大学資金凍結という前例なき暴挙—ハーバード大学23億ドルの危機
イーロン・マスクの「効率化」が大学を破壊する—MAGAの学問支配という新たな脅威
日本の国立大学法人化20年の教訓—「効率化」の名の下の学問への介入が招いた惨状
思想監査と予算削減—学問の自由への政治介入が日米で同時進行する危険
失われた20年の後に来るもの—科学技術力低下を経験した日本から見るアメリカの未来
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アメリカの大学資金凍結問題:日本の大学改革の教訓から
大学の自由と公的資金の意義
若手研究者の現状と長期的研究の価値
アメリカの資金凍結から考える日本の研究の未来
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トランプ政権の大学資金凍結とその政治的背景
アメリカでは現在、トランプ政権が複数の主要大学に対して大規模な資金凍結を実施しており、学問の自由と大学の自治に対する重大な危機が生じている。特にハーバード大学では約23億ドル(約2.3兆円)の連邦資金が凍結され、コロンビア大学でも約4億ドルの資金が停止された。この動きはアメリカの高等教育に対する政府の介入として異例の規模といえる。
この資金凍結の表向きの理由は反ユダヤ主義への対応とされているが、実際はトランプ政権の政治的立場と支持層の意向が強く反映されている。ホワイトハウス報道官のハリソン・フィールズは声明で「トランプは無制限の反ユダヤ主義を終わらせ、連邦納税者のドルが危険な人種差別や人種的動機による暴力をハーバードが支援するために使われないようにすることで、高等教育を再び偉大にするために取り組んでいる」と述べている。
この政策はトランプの支持基盤であるMAGA(Make America Great Again)運動の価値観を大学に押し付けるものといえる。ニューヨーク自由人権協会のエグゼクティブディレクター、ドナ・リーバーマンはこの動きを「政府がMAGAに承認されていない学生の言論や主張、特にイスラエルを批判したりパレスチナの権利を支持したりする言論を検閲するよう大学を強制する違憲の試み」と批判している。
トランプの支持層は主に白人労働者階級を中心とした保守的なグループだが、近年はイーロン・マスクを筆頭とするテクノロジー業界のリーダーたちがMAGAアジェンダにコミットするという主要な変化が起きている。この新たな連携の背景には、テクノリバタリアン(技術志向の自由主義者)と呼ばれる人々の「ウォーク(進歩的社会正義)」政治への嫌悪感と、革新的で自由で成長志向のアメリカ経済を望む理念がある。
しかし、古参のトランプ支持者やベテラン政治家たちと、マスクのような億万長者アドバイザーとの間には対立も生じている。従来のMAGA支持者が労働者の権利保護を重視するのに対し、マスクらのテクノリバタリアンたちは規制緩和と政府の極端な効率化を求めており、スティーブ・バノンは「完全に無神論的で、ダンジョンズ&ドラゴンズのような科学フィクションの少年のような連中に国を引き渡した」と批判している。
こうした状況下でのハーバード大学への資金凍結には、単に反ユダヤ主義への対応以上の意味がある。ハーバード大学学長のアラン・ガーバーは、政府の要求には「メリットベース」の入学・採用方針の導入や、学生団体・教員・指導部の思想監査など、反ユダヤ主義との戦いとは無関係な内容が含まれていると指摘している。これは学問の多様性や学術的自由を制限し、政権の価値観に沿った教育機関への改造を目指すものといえる。
「効率化」の名の下の学問への介入
イーロン・マスクが率いる「政府効率化局(DOGE)」の取り組みは、学問の場への「効率化」という名目での不当な介入の象徴といえる。マスクは「官僚制が責任を持っていれば、民主主義にはどんな意味があるのか?」と問いかけ、政府機関の徹底的な削減を進めている。
しかし、この「効率化」の実態は民主的に選ばれた政府の機能を弱体化させる試みであり、「トランプはマスクを政府効率化の責任者にすると約束した。マスクの企業は毎年数十億ドルの政府契約を受け取っており、政府規制当局とも頻繁に衝突している—マスクは実質的に自分を規制する機関を削減する権限を与えられることになる」と批判されている。
このような「効率化」は短期的な財政削減効果はあっても、長期的な学術研究や文化的発展を犠牲にする危険性がある。特に基礎研究や人文学など、即座に経済的リターンを生み出さない分野は「非効率」とみなされ切り捨てられる恐れがある。
日本では2004年の国立大学法人化以降、同様の「効率化」路線が追求されてきた。国立大学(日本の主要な科学技術研究が行われている)への政府資金は、2004年に直接的な政府管理から解放され部分的に民営化された大規模改革の一部として、毎年約1%ずつ削減されてきた。この結果、運営資金は2004年の870億ドルから2022年には760億ドルに減少した。
この改革は市場原理を大学に導入することで効率性を高めるという理念に基づいていたが、実際には研究力の低下を招いた。20年前は世界の大学トップ100に5校がランクインしていた日本の大学だが、現在は東京大学(27位)と京都大学(39位)の2校のみとなり、残りの3校はランク外に転落した。
さらに、国立大学の民営化は、実際には文部科学省による大学への管理と規制を強化する結果となった。大学は官僚の承認なしに学生数や学部・学科の構造を変更することができず、意思決定機関として管理委員会を設置することが義務付けられた結果、大学のガバナンス構造はさらに複雑で断片化したものになってしまった。
日本の経験から学ぶべきことは、「効率化」という名目での大学予算削減と外部からの管理強化は、短期的な財政改善効果はあっても、長期的には研究力の低下と国際競争力の衰退を招くという事実である。トランプ政権の大学資金凍結と「効率化」による介入は、同様の結果をもたらす危険性が高い。
科学技術力が弱まった日本の立場からの批判的視点
日本の経験は、アメリカの大学への政治的介入と資金凍結政策に対する重要な警鐘となる。科学技術力の低下を経験した日本の視点から見れば、アメリカの現在の政策は憂慮すべき方向性を示している。
日本では、2004年の国立大学法人化と「選択と集中」という政策理念の下で、大学への公的支援が継続的に削減されてきた。2004年以降、日本政府は国立大学への予算を毎年1%ずつ削減し、大学に民間セクターからの資金調達を促してきたが、「一般的にそれは実現せず、大学は単に予算削減に適応することを学んだ」という状況が生じた。
この政策が日本の研究力低下の要因となったことは明らかである。日本の研究パフォーマンス悪化の理由として、国立大学への一括交付金の削減による実際の研究支出の減少、専任研究者数の減少、博士課程候補者の減少(日本の人口あたりの博士号取得者数は英国やドイツの約3分の1)が挙げられる。
競争の過度な重視も問題である。競争が研究パフォーマンスを向上させると考えられているが、過度な競争は悪影響をもたらす可能性がある。失敗したプロジェクトに費やされた時間とリソースを「無駄」と分類することでモチベーションを低下させる可能性がある。これはまさにトランプ政権とマスクが推進する「効率化」政策の問題点と重なる。
日本の大学がこの20年間で経験した困難からの教訓は、大学への公的資金削減と外部からの過度な介入が研究力低下の直接的原因となるということだ。アメリカの大学もこれと同様の道を歩めば、世界的な研究拠点としての地位を失う危険性がある。
特に憂慮すべきは、トランプ政権の政治的理由による資金凍結が、「ハーバード大学の連邦資金のうち22億ドル以上の助成金と6000万ドルの契約を凍結している」など、科学や医学の研究プロジェクトにまで影響していることだ。ハーバード公衆衛生大学院の教授サラ・フォーチュンは、結核研究への作業停止命令を受け取ったが、これは複数の米国大学が関わる6000万ドルの国立衛生研究所(NIH)の契約の一部であると報じられている。
日本では研究費削減が若手研究者の減少や海外流出を招き、研究の持続性に深刻な打撃を与えた。アメリカでも同様の事態が生じれば、科学技術の国際的リーダーシップを維持することは困難になるだろう。
【参考リンク】
CNN: “Harvard’s president rejected Trump’s demands. Here’s how other university leaders have responded to the White House”
https://www.cnn.com/2025/04/15/us/universities-responses-investigations-funding-freeze/index.html Reuters: “Harvard rejects Trump demands, gets hit by $2.3 billion funding freeze”
https://www.reuters.com/world/us/harvard-will-fight-trump-administration-demands-over-funding-2025-04-14/ AP News: “Trump administration freezes $2.2 billion in grants to Harvard University over campus activism”
https://apnews.com/article/harvard-trump-administration-federal-cuts-antisemitism-0a1fb70a2c1055bda7c4c5a5c476e18d NBC News: “Trump’s populist platform gives way to billionaires’ agenda”
https://www.nbcnews.com/politics/donald-trump/trump-populist-platform-gives-way-billionaires-agenda-rcna194639 City Journal: “Tech Leaders Like Elon Musk Can Help Trump Advance MAGA”
https://www.city-journal.org/article/trump-maga-elon-musk-tech-industry PBS News: “How Elon Musk gained so much power in the Trump administration”
https://www.pbs.org/newshour/show/how-elon-musk-gained-so-much-power-in-the-trump-administration Nature: “Will Japan’s new ¥10-trillion university fund lift research performance?”
https://www.nature.com/articles/d41586-023-00665-2 Chemistry World: “Huge endowment fund to boost Japanese universities flagging on international stage”
https://www.chemistryworld.com/news/huge-endowment-fund-to-boost-japanese-universities-flagging-on-international-stage/4015267.article Wiley Online Library: “Japan’s Higher Education Policies under Global Challenges”
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/aepr.12421 Science: “Japan tries, again, to stop its universities from sliding down global rankings”
https://www.science.org/content/article/japan-tries-again-stop-its-universities-sliding-down-global-rankings East Asia Forum: “Japan’s University Fund is ill-equipped to stem decline in research performance”
https://eastasiaforum.org/2023/12/29/japans-university-fund-is-ill-equipped-to-stem-decline-in-research-performance/