Last Updated on 2025-04-24 22:15 by admin
世界の科学覇権争いで日本の凋落が止まらない—かつての科学大国はなぜ後退したのか
中国とアメリカが研究開発競争を加速する中、日本はなぜ立ち遅れているのか
ノーベル賞輩出国の研究力が急落—論文引用数で13位に転落した衝撃
「選択と集中」の罠—ノーベル賞受賞者たちが警鐘を鳴らす研究政策の危うさ
世界の研究地図から消えつつある日本—GDP比研究費の使い方に見る構造的問題
◇————————————–◇———————————–◇
アメリカの大学資金凍結問題:日本の大学改革の教訓から
大学の自由と公的資金の意義
若手研究者の現状と長期的研究の価値
アメリカの資金凍結から考える日本の研究の未来
◇————————————–◇———————————–◇
第一部:日本の研究力の国際的位置づけと課題
世界の学術研究の潮流において、かつて科学技術大国として名を馳せた日本の存在感が薄れつつある。Natureをはじめとするトップジャーナルでは、日本の研究力の低下について警鐘が鳴らされてきた。
1. 研究投資の国際比較:GDP比と投資動向
日本の研究力低下を示す指標の一つとして、Nature誌が指摘する通り、世界的水準の研究からの後退が挙げられる。日本は世界有数の研究コミュニティを持ちながらも、世界クラスの研究への貢献が継続的に低下している。特に、日本は研究者数で世界第3位であるにもかかわらず、過去20年間で最も引用された上位10%の論文における世界シェアが6%から2%へと低下している状況は深刻である。
これを研究投資の観点から見ると、日本、中国、アメリカの研究費のGDP比には明確な差がある。2021年時点で、アメリカは3.5%、日本は3.3%、中国は2.4%のGDP比を研究開発に投じている。日本はアメリカに次いで高い投資率を維持しているように見えるが、中国の研究開発支出は1991年から2018年までの間に約35倍も増加し、4626億ドルに達した。また、中国は研究開発費で世界第2位となり、2019年には約5260億ドルを投じ、対してアメリカは6570億ドルという状況である。
研究資金の配分方法にも大きな違いがある。中国は基礎研究と応用研究に約771億ドルを投じており、これは韓国(345億ドル)や日本(547億ドル)を上回るが、アメリカ(2005億ドル)の半分以下である。さらにアメリカは研究開発資金の17.3%を基礎研究に、20.4%を応用研究に投じているのに対し、中国の基礎研究への投資は2000年から2018年まで平均約5%に留まり、応用研究の割合は17%から11.1%に低下している。
2. 論文引用数と国際的地位の変化
日本の研究力低下は論文引用数の国際比較からも明らかである。2018年の研究出版数では、アメリカと中国が最も多く、それぞれ世界の2.6百万件中42万2808件(17%)と52万8263件(21%)を産出している。次いでインド(13万5788件)、ドイツ(10万4396件)、日本(9万8793件)、イギリス(9万7681件)と続く。
特に懸念されるのは、日本が最も引用される上位10%の論文の被引用数でイランに追い抜かれ、13位に転落したことである。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の報告書によると、これは日本の科学研究における相対的な地位が継続的に低下していることを示している。
日本の研究生産性の下降傾向が解決されなければ、世界のエリート研究開発国としての地位を失うリスクがある。また、材料科学や工学など、歴史的に日本が強かった分野での出版数は10%以上減少し、特にコンピュータサイエンスでは37.7%と最も急激な減少が見られた。
一方、韓国は日本を追い上げる勢いを見せている。韓国は研究開発への支出のGDP比ではイスラエルに次いで世界第2位という高い水準にある。韓国は国家的プロジェクトとしてドイツのマックス・プランク協会や日本の理化学研究所をモデルにした基礎科学研究院(IBS)を2011年に設立し、韓国初のノーベル賞獲得を目指す「ノーベル賞プロジェクト」として知られている。
3. 選択と集中への批判:ノーベル賞受賞者の視点
研究資金の「選択と集中」という日本の政策アプローチに対して、ノーベル賞受賞者からの懸念の声が上がっている。同様の政策を導入しようとした韓国では、2023年に訪韓した5人のノーベル賞受賞者が政府の研究開発予算削減に対して警鐘を鳴らした。特に2017年ノーベル化学賞受賞者のヨアヒム・フランク教授は、研究者に特定分野への集中を強いることに警告を発し、これは12の戦略的技術分野への投資を増やしながら他分野の支出を削減する政府の計画に対する反論と見なされた。
また、1988年ノーベル化学賞受賞者のハルトムート・ミヒェル教授は、トップジャーナルでの論文発表数で研究者のパフォーマンスを評価する方法に同意しないと述べた。これは成果主義によって多様な基礎研究が阻害されるリスクを示唆している。
日本でも同様に、政府は基礎科学分野の研究者を支援するために多くの資金を割り当てているが、多くの研究者は政府の助成金で何をしたかを証明するための目に見える成果の提出に執着するようになったという批判がある。このような状況は長期的には研究の質を低下させる可能性がある。
「選択と集中」という考え方は、限られた資源を効率的に活用するために一見合理的に思えるが、科学研究、特に基礎研究の本質的な特性と相容れない面がある。研究の「選択と集中」に対する批判の根底には、科学的発見の予測不可能性と、多様な研究の必要性への認識がある。ノーベル賞受賞者たちは、特定分野を予め選んで集中投資するのではなく、広範な基礎研究への持続的支援の重要性を強調している。
【参考リンク】
Nature: “Japanese research is no longer world class — here’s why”
https://www.nature.com/articles/d41586-023-03290-1 Nature Portfolio: “Japan slows decline in research output as global collaboration helps Big 5 science superpowers consolidate positions as world leaders”
https://www.natureasia.com/en/info/press-releases/detail/8905 Nature Index: “Can Japan halt the decline?”
https://www.nature.com/nature-index/news/can-japan-halt-the-decline Nature: “Japanese research leaders warn about national science decline”
https://www.nature.com/articles/550310a Times Higher Education: “Nature Index: Japan falls behind on scientific research”
https://www.timeshighereducation.com/news/nature-index-japan-falls-behind-scientific-research National Science Foundation: “Research and Development: U.S. Trends and International Comparisons”
https://ncses.nsf.gov/pubs/nsb20246/figure/RD-10 American Association for the Advancement of Science: “New Data Says U.S. R&D Has Topped 3% of GDP For the First Time Ever”
https://www.aaas.org/news/new-data-says-us-rd-has-topped-3-gdp-first-time-ever CSIS China Power Project: “Is China a Global Leader in Research and Development?”
https://chinapower.csis.org/china-research-and-development-rnd/