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「巨人の肩の上に乗る(Standing on the shoulders of giants)第1回:テクノロジーとサイエンスの名句・格言

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Last Updated on 2025-05-07 17:37 by admin

「もし私がさらに遠くを見渡すことができたとすれば、それは巨人の肩の上に乗っていたからだ」(”If I have seen further, it is by standing on the shoulders of giants.”)

ニュートンが残した名言の真の背景

この科学史に燦然と輝く名言が生まれたのは、1675年2月5日(ユリウス暦)または1676年2月15日(グレゴリオ暦)、サー・アイザック・ニュートンがロバート・フックに宛てた手紙の中でした。当時、ニュートンとフックは光の性質をめぐって学術的な議論を交わしていました。

この手紙の中でニュートンは次のように記しています:「デカルトがしたことは良い一歩でした。あなたはさまざまな方法で多くを加え、特に薄い板の色を哲学的考察に取り入れました。もし私がさらに遠くを見渡すことができたとすれば、それは巨人の肩の上に乗っていたからです。」

この表現がフックの小柄な体格や背骨の湾曲(脊柱後湾症)を皮肉ったものだという解釈があります。しかし、この解釈については学術的に議論の余地があり、確定的なものではありません。実際、この手紙が書かれた当時、二人は比較的良好な関係を保っており、互いに敬意を表する手紙のやり取りをしていたという見方もあります。

実は、この「巨人の肩」という表現自体は、ニュートンのオリジナルではありませんでした。12世紀のフランスの哲学者ベルナール・ド・シャルトル(Bernard of Chartres)が「我々は巨人の肩に乗った小人のようなものだ」と述べており、ジョン・オブ・ソールズベリー(John of Salisbury)によってこの言葉が記録されています。中世ヨーロッパではよく知られた表現だったのです。ニュートンはこの古い知恵を借用し、自らの状況に合わせて再解釈したとも言えるでしょう。

天才科学者の複雑な性格

ニュートンの性格は彼の残した名言からは想像できないほど複雑でした。科学的業績の優先権をめぐっては徹底的に争い、特にライプニッツとの微積分法の発明をめぐる論争では、彼は長年にわたって敵対関係を続けました。

また、ニュートンは研究に没頭するあまり、自分の部屋に入ってきた使用人に「昼食を食べたかどうか覚えていない」と答えたり、重要な光学実験のために自らの眼球に針を突き刺したりするような奇行も見られました。一見すると謙虚な名言を残した人物が、このように偏屈で時に執着心の強い一面を持っていたというギャップは興味深いものです。

フックの肖像画をニュートンが廃棄したという逸話も広く伝えられていますが、この話については歴史的な一次資料による確実な裏付けが少なく、慎重に扱う必要があります。

「ゼロからイチ」を生み出した天才も巨人の肩の上に

近代科学の基礎となる運動方程式(F=ma)や微積分法を創始したニュートンは、まさに「ゼロからイチ」を生み出した天才と言えます。しかし、驚くべきことに、このような革命的発見をした彼自身が「巨人の肩の上に乗る」感覚を持っていたのです。

ニュートンの運動法則は、ガリレオの落体の法則やケプラーの惑星運動の法則を統合し、普遍的な原理として定式化したものでした。微積分法についても、デカルトの解析幾何学やフェルマの接線法など、多くの先人たちの業績があってこそ可能になったのです。

つまり、一見「ゼロからイチ」に見える革命的発明も、実は先人たちの積み重ねた知識という肥沃な土壌の上に花開いたものだったのです。ニュートンの天才性は、それらの断片的知識を統合し、新たな体系として再構築する能力にあったと言えるでしょう。

ペストが生んだ「創造的休暇」と偉大な発見

1665年から1667年にかけて、イングランドではペストが大流行し、ニュートンが学んでいたケンブリッジ大学は閉鎖されました。この「強制的な休暇」の期間に、故郷ウールスソープに戻ったニュートンは、光学、運動法則、そして微積分の基礎となる「流率法」について画期的な発見をしました。彼自身、この時期を「私の発明と数学的思考が最も実り多かった時期」と回顧しています。

この「ニュートンのペスト休暇」は、イノベーションと休息の関係について重要な示唆を与えています。日常の業務や義務から解放された「創造的な空白期間」が、真のブレークスルーを生み出す土壌となることがあるのです。マイクロソフトのビル・ゲイツが実践する「シンキング・ウィーク」や、Googleの「20%ルール」(労働時間の20%を自由な発想のプロジェクトに充てられる制度)も、このような創造的休暇の現代版と言えるでしょう。

デジタル時代に息づく「巨人の肩に乗る」精神

ニュートンの残した名言は、デジタル時代になっても色褪せることなく、むしろその精神は現代のテクノロジーやサイエンスの世界でさらに強く体現されています。

Googleスカラーと「巨人の肩に乗る」

特筆すべきは、世界最大の学術検索エンジンであるGoogleスカラーが、このニュートンの言葉を公式モットーとして採用していることでしょう。Googleスカラーのホームページには「Stand on the shoulders of giants」というフレーズが検索フィールドの下に表示されています。これは、学術研究における先行研究の重要性と、知識の累積的発展という学問の本質を象徴的に表現しています。

Googleスカラーは、学術論文の引用関係を可視化することで、まさに「どの巨人の肩に乗るか」を研究者が選択できるようにするツールとなっています。論文のインパクト・ファクターや引用数を示すことで、学問の発展における「巨人たち」を特定し、その上に新たな知見を積み上げていくプロセスをサポートしているのです。

オープンソースとオープンサイエンスの潮流

現代のテクノロジーとサイエンスの世界では、「巨人の肩に乗る」精神はオープンソースソフトウェア運動やオープンサイエンスの形で具現化されています。Linuxオペレーティングシステムは、世界中の開発者が協力して構築し、その上に無数のアプリケーションが開発されています。GitHubのようなプラットフォームは、コードの共有と協働開発を促進し、プログラマーたちが互いの「肩」の上に乗ることを可能にしています。

学術界では、プレプリントサーバーarXivやオープンアクセスジャーナルが台頭し、研究成果への障壁を取り除くことで、より多くの人々が「巨人の肩」に乗れるようになっています。自然言語処理の分野では、GoogleのBERTモデルが公開されることで、その上に構築された様々な言語モデルが生まれました。これも「巨人の肩」の現代的実践と言えるでしょう。

「巨人の肩に乗る」からの現代的教訓

ニュートンの残した名言から、現代に生きる私たちは何を学ぶことができるでしょうか:

  1. 知識の累積性 – 偉大な発見や発明は、孤立した天才の閃きだけではなく、世代を超えた知識の蓄積と共有の上に成り立っている
  2. 謙虚さの価値 – 自分の業績がどれほど偉大であっても、それは先人たちの貢献なしには成し遂げられなかったという認識
  3. 創造的な「休息」の重要性 – イノベーションは、常に前進し続ける中ではなく、時に立ち止まり、異なる視点から物事を見る空間を持つことで生まれることがある
  4. 多様な知識の融合 – 現代のイノベーションの多くは、異なる分野の「巨人たち」の肩に乗り、これまでにない組み合わせから生まれている
  5. デジタル時代の「巨人の肩」 – オープンソース、クリエイティブ・コモンズなどの動きは、この理念の現代的実践と言える

ニュートンという複雑な人物像を通して見えてくるのは、天才とは孤高の存在ではなく、過去と未来をつなぐ「架け橋」のような存在だということです。彼自身の性格には様々な側面があったにもかかわらず、科学的真理の探究においては、先人たちの貢献を認め、その上に新たな知見を積み重ねることの重要性を理解していたのです。

この有名な名言の背景にある人間ドラマを知ることで、私たちは単なる美しい格言としてではなく、科学の発展と人間の複雑さが交錯する生きた言葉として、この格言を理解することができるのではないでしょうか。そして現代を生きる私たちも、Googleスカラーのモットーにあるように「巨人の肩に乗る」という姿勢を持ち続けることで、より遠くを見通し、より高い到達点を目指すことができるはずです。

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野村貴之
理学と哲学が好きです。昔は研究とかしてました。
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