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中鎖塩素化パラフィン(MCCPs)が米国大気中に拡散|ストックホルム条約規制強化へ

中鎖塩素化パラフィン(MCCPs)が米国大気中に拡散|ストックホルム条約規制強化へ - innovaTopia - (イノベトピア)

コロラド大学ボルダー校の研究チームが、中鎖塩素化パラフィン(MCCPs)を西半球で初めて大気中から検出した。研究結果は2025年6月にACS Environmental Au誌に発表された。

研究チームは硝酸化学イオン化質量分析計を使用し、オクラホマ州の農業地域で1か月間24時間体制で大気を測定した。主任研究者のダニエル・カッツ博士課程学生は、エアロゾル粒子の研究中に予期せずMCCPsを発見したと発表した。MCCPsは排水処理で生成されるバイオソリッド肥料から大気中に放出されたと推定される。

MCCPsは繊維やPVC製品に使用される工業化学物質で、PFAS(永遠の化学物質)と同様に環境中で長期間残存する。短鎖塩素化パラフィン(SCCPs)は、米国では2009年から環境保護庁(EPA)により、また国際的にはストックホルム条約で2017年から規制されているが、MCCPsは現在規制対象外である。

研究チームは、SCCPs規制により代替品としてMCCPs使用が増加した可能性があると指摘した。

From:文献リンクThis airborne toxin was discovered in the US for the first time

【編集部解説】

今回の発見は、環境科学の分野において極めて重要な意味を持ちます。コロラド大学ボルダー校の研究チームが偶然発見したMCCPsの大気中検出は、北米大陸、ひいては西半球における化学汚染の新たな実態を明らかにしたからです。

これまでMCCPsは南極やアジア地域の大気中で検出されていましたが、西半球での発見は今回が初めてでした。この事実は、MCCPsが地球規模で拡散している可能性を強く示唆しています。特に注目すべきは、研究チームが本来エアロゾル粒子の形成過程を調べていた際に、硝酸化学イオン化質量分析計による測定で予期せずこの有害物質を発見したという点です。

MCCPsの特徴として、PFAS(永遠の化学物質)と同様に環境中で長期間分解されない性質があります。繊維製品やPVC製品の製造過程で使用され、最終的に排水処理施設を経てバイオソリッド肥料に混入する経路が推定されています。

この発見が示す最も深刻な問題は、化学物質規制の「いたちごっこ」現象です。短鎖塩素化パラフィン(SCCPs)が2009年から規制対象となった結果、代替品としてMCCPsの使用が増加した可能性が指摘されています。これは環境政策における典型的なジレンマを表しており、一つの有害物質を規制すると、別の潜在的に有害な物質がその代替として使用される構造的問題を浮き彫りにしています。

長期的な健康影響は現時点で完全には解明されていませんが、既存の研究では肝臓・腎臓への毒性、甲状腺機能への影響、神経系への悪影響などが懸念されています。特に問題となるのは、MCCPsが長距離輸送され、使用地点から遠く離れた地域でも検出される点です。

今回の発見は、2025年にストックホルム条約でMCCPsの全世界的な廃絶が決定されたタイミングと重なっており、規制強化の必要性を裏付ける科学的根拠となります。しかし、規制が実効性を持つためには、代替物質の安全性評価と並行して進める必要があるでしょう。

長期的な視点では、この発見は環境モニタリング技術の重要性を再認識させます。偶然の発見から始まった今回の研究は、継続的な大気監視システムの構築と、新たな検出技術の開発が急務であることを示しています。

【用語解説】

中鎖塩素化パラフィン(MCCPs)
炭素数14-17の塩素化炭化水素の混合物で、塩素含有量は40-70%である。繊維製品やPVC製品の難燃剤、可塑剤として使用される工業化学物質。

短鎖塩素化パラフィン(SCCPs)
炭素数10-13の塩素化炭化水素の混合物。2009年からEPAとストックホルム条約により規制されており、MCCPsの代替品として使用が増加した背景がある。

バイオソリッド肥料
下水処理過程で回収された固形有機物を処理して作られる肥料。病原菌の拡散を防ぐため通常は処理が施されるが、有害化学物質が含まれる場合がある。

PFAS(永遠の化学物質)
ペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質の総称。フッ素と炭素の強固な結合により分解されにくく、環境中に長期間残存する特性を持つ。

硝酸化学イオン化質量分析法
大気中の化学物質を高感度で検出・分析する技術。今回の研究でMCCPsの検出に使用された分析手法である。

ストックホルム条約
残留性有機汚染物質(POPs)から人の健康と環境を保護することを目的とした国際条約。2001年に発効し、有害化学物質の製造・使用・輸出入を規制している。

【参考リンク】

コロラド大学ボルダー校(外部)
米国コロラド州の公立研究大学。1876年創立で、宇宙航空学分野で特に高い評価を受けている。今回の研究を実施した研究機関である。

島津製作所 PFAS分析ソリューション(外部)
PFAS分析に関する技術情報と分析装置を提供する島津製作所の専門サイト。PFASの特性や規制動向について詳細な解説を掲載している。

【参考動画】

【参考記事】

Environmental Risks of Medium-Chain Chlorinated Paraffins (MCCPs)(外部)
MCCPsの環境リスクに関する包括的レビュー論文。MCCPsが水生環境に有毒であり、環境中で持続性を示すことを明らかにしている。

Scientists Found an Unexpected Toxin Floating in the Oklahoma Sky(外部)
ポピュラーメカニクス誌による今回の発見の解説記事。MCCPsの特性や健康への影響について詳しく説明している。

Traces of Toxic Industrial Chemical Found in U.S. Air for the First Time(外部)
ギズモードによる今回の研究発表の詳細記事。MCCPsの発見経緯と今後の規制への影響について報告している。

Environmental risks of medium-chain chlorinated paraffins(外部)
食品包装フォーラムによるMCCPsの環境リスクに関する解説記事。毒性と持続性について科学的知見をまとめている。

Medium-Chain Chlorinated Paraffins Guide(外部)
国際POPs廃絶ネットワーク(IPEN)によるMCCPs規制ガイド。2025年ストックホルム条約でのMCCPs全廃に向けた提言書である。

【編集部後記】

今回のMCCPs発見は、私たちの身の回りにある化学物質の実態について改めて考えるきっかけになりそうです。規制を逃れた物質が代替品として使われ続ける現実を目の当たりにすると、技術の進歩と安全性のバランスについて深く考えさせられます。みなさんは、日常使用している製品の成分表示をどの程度意識されているでしょうか。また、環境モニタリング技術の発達により、これまで見えなかった汚染が可視化される時代において、私たち消費者はどのような選択基準を持つべきなのでしょう。ぜひSNSでご意見をお聞かせください。

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TaTsu
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