1.はじめに
われわれ人類の生活は、科学技術の発展によって、豊かになってきました。例えば、われわれは、ハーバー=ボッシュ法によって、約100億人分の食糧を作り出すことが可能になったのです。他方で、原子爆弾が示すように、科学技術は、軍事などにも悪用されてきました。国際社会の各国は、主に後者の面を懸念して、他国に容易に科学技術を教えることは多くありません。そのため、日本の科学技術の発展は、日本が自ら行わなければならない面もあります。日本人が豊かで便利な生活を送る上で不可欠な科学技術は、近年どのような傾向で、どのような課題を持っているのでしょうか?
本稿は、日本の科学技術のマクロな動向を理解し、課題点を明らかにすることを目的とします。科学技術を、「特定の分野の知識を実際の目的のために応用するための方法」と定義するならば、科学技術の発展は、大きく2つの観点に分けることが出来ると思います。1つ目は、日本ではどれだけ知識が形成されているのか(知識の形成)という観点です。これは、研究費の大きさ、研究者の数、特許出願数のデータから測ることができましょう。2つ目は、その知識がどれだけ応用されているか(知識の応用)という観点です。これは、ハイテクノロジー輸出や、ミディアムハイテクノロジー輸出の割合という指標を使って測ることができるでしょう。
本稿では、日本の科学技術のマクロな動向を理解するために、「知識の形成」と「知識の応用」について、関連の指標を見ていき、国際社会の中での日本の立ち位置を明らかにします。それを踏まえて、日本が今後国際社会の中で「科学技術立国」としての立場を維持する・強固にするうえで必要になり得る課題について考えていきたいと思います。
2.日本の経済力
科学技術の発展には、資金力が重要であることは言うまでもありません。そこで、はじめに日本の経済力をGDPやGDPPCなどの指標をもとに明らかにします。
国家全体の経済規模を表す指標:GDPとGDPPC
国家の経済規模を表す代表的な指標は、国内総生産(Global Domestic Product;以下、GDP)と1人当たり国民総生産(Global Domestic Product per capita;以下、GDPPC)です。GDPとは、一定期間内に国内で新たに生み出された財・サービスの付加価値の合計を示す指標です。GDPPCは、GDPを人口で割ったものになります。

出典:World Bank. (2025). “GDP (current US$).”
2024年に、日本のGDPがアメリカ合衆国(以下、アメリカ)、中華人民共和国(以下、中国)、ドイツに続き4位に転落したというニュースがありました。その中で、アメリカと中国のGDPは圧倒的です。アメリカのGDPは、28兆7509億6000万ドルであり、中国のGDPは、18兆7438億ドルになっています。それに対し、ドイツは4兆685億9300万ドル、日本は4兆275億9800万ドルですから、約4倍以上の経済規模です。ヒストグラムで10兆ドル($10T (Trillion))の前後に該当する国家がいないのは、これが理由です。
ただし、人口が多いほど付加価値を生み出せるため、人口で割り、1人がどれだけの付加価値を生み出しているのかという観点(1人当たりGDP)にも着目する必要があります。

出典:World Bank. (2025). “GDP per capita (current US$).”
これを見ると、日本は上半分に属していることが分かりましたが、上位25%より上にいるのかは判別がつきません。そこで、第一四分位数、中央値、第三四分位数を記載した「箱ひげ図」を用いて、GDPPCに関する日本の相対的位置を可視化してみます。

出典:World Bank. (2025). “GDP per capita (current US$).”
この図を見ると、日本は上位25%よりは少し上にいることが分かりました。GDPPCがGDPに比べて低く出ているのは、高齢化による労働人口の減少や労働生産性の減少が考えられます。労働生産性とは、労働者一人当たりに生み出される付加価値のことを言います。
ここまで、国家の経済規模について、GDPとGDPPCから見てきました。総じて日本は、国際社会において、比較的上位の経済規模を持つと結論付けることができるでしょう。
なぜGDPPCが低い?:カギは「労働生産性」?
労働生産性とは、労働者一人当たり、または労働時間当たりに生み出される付加価値を示す指標です。はじめに、労働者一人当たりの労働生産性から見ていきましょう。


出典:International Labour Organization. (2025). “Statistics on labour productivity.”
つぎに、労働時間当たりの労働生産性を見ていきます。


出典:International Labour Organization. (2025). “Statistics on labour productivity.”
このように、労働生産性を見ると、時間当たりの労働生産性も、労働者一人当たりの労働生産性も第三四分位数あたりをさまよっています。もちろん、高齢化によって労働者が減少し、日本人一人当たりでGDPを割った場合のGDPPCが減少していることも考えられます。しかし、労働者に限定して1人当たりの付加価値を見ても、GDPに比べて低い位置にあることが分かりました。実際、日本の労働生産性の低さは経済問題の1つになっています(日本経済新聞 2025)。本稿の目的から、日本の労働生産性が低い理由には立ち入りませんが、日本の労働生産性を向上させることが、GDPPCの上昇にもつながるのかもしれません。
個人の経済規模を表す指標:ジニ係数と相対的貧困率
前項までは、日本の経済規模を表す指標としてGDP、GDPPCを用いて、日本の国際社会における立ち位置を見てきました。本項では、日本人の経済規模を表す指標ともいえる、貧困や経済格差についての指標を見ていきます。
1つ目の指標は、「ジニ係数 (Gini Index)」です。ここで、ジニ係数の意味と計算方法を振り返っておきます。ジニ係数とは、各個人の所得の大きさに注目して、所得がどれだけ平等に分配されているかを示す指標です。0だと完全に平等に所得が分配されており、逆にジニ係数が1だと1人が全ての富を独占している状態を指します。右の図の青い部分が大きいほど1に近づきます。ときおり、パーセンテージで表示される場合もあります。この場合、取り得る値は0から100です。
ジニ係数の計算方法ですが、下の図のAとA+Bの面積比を出すこと求めることができます。Aは均等分布線とローレンツ曲線に囲まれた面積です。全員の所得が同じ場合、全員を横軸に並べた際に、同じ変化量で所得が積み重なっていきますから、ローレンツ曲線は均等分布線に重なり、A=0となるため、ジニ係数は0です。他方で、1人だけが全ての所得を有している場合、Aの面積はA+Bに限りなく近づくため、A=A+B が成り立ち、ジニ係数は1になります。(*図は著者作成)

それでは、ジニ係数から、日本の所得格差に関する国際社会の相対的な立ち位置を見ていきましょう。


出典:World Bank. (2026). “Gini index.”
上のヒストグラムで、日本は国際社会の中ではジニ係数は平均以下であることが分かりますが、第一四分位数よりは上に位置していることが分かります。
ジニ係数に並んで、経済格差を表す指標が「貧困率 (poverty rate)」です。これは、国別貧困線 (national poverty line) 以下で生活している割合を示す指標です。国別貧困線は、国ごとの事情を反映し、各国政府が家計調査のデータなどに基づいて独自に設定しています。しかし、日本政府は国別貧困線を定義していません。
その代わりに、経済協力開発機構(Organization for Economic Cooperation and Development;以下、OECD)の貧困線を用いて、貧困率を算出しています。OECDが採用している貧困線は、所得の中央値の半分です。それに満たない人の割合が貧困率になります。OECDの加盟国は38カ国の先進国が加盟する国際機関であり、全ての国が加盟しているわけではありません。そのため、以下で見る貧困率のデータは、国別貧困線を採用している国家とOECDが採用している貧困線を採用している国家がいます。その点に留意しながら、貧困率から、日本の国際社会における立ち位置を見ていきましょう。


出典:World Population Review. (2026). “Gini Coefficient by Country 2026.”
日本は貧困率で見たときにボリュームゾ―ンに属していますが、箱ひげ図を作成すると、第一四分位数に属するため、世界全体で見ると、貧困率が深刻かというとそうではありません。しかし、OECD基準で見れば15.4%が家計所得の中央値の半分以下ですから、貧困問題は日本にとっても身近なものであることが分かります。
ここまで、個人の経済規模に関する指標として、ジニ係数と貧困率に着目して日本の国際社会における位置を確認してきました。日本は第一四分位数あたりに属していることが分かりました。ジニ係数も貧困率も低いほど所得格差が少ないことを表すので、GPPPCや労働生産性のときと同じように、上位25%に位置していることが分かります。日本は経済総体ではGDPから見ると分かるように、世界4位の水準ですが、一人当たりの指標や個人の所得格差に着目すると、上位25%まで落ちてしまいます。経済データから見ると、一人一人の経済力を上げることが課題と言えそうです。
3.「知識の形成」から見た日本の国際社会における立ち位置
知識を形成するには、研究活動が不可欠です。本節では、日本で生み出されている経済的価値がどれほど研究活動に割かれているのかについて明らかにします。
GDP当たりの研究開発費の割合
はじめに、研究開発費についてみていきます。

出典:World Bank. (2025). “Research and development expenditure (% of GDP).”
このデータを見ると、日本では研究開発費がGDP比で大きく割かれているいることが分かりました。日本よりも大きな値を取っている国は、イスラエル(6.35%)、リヒテンシュタイン(6.01%)、大韓民国(4.94%)、スウェーデン(3.60%)、アメリカ(3.45%)になります。ただし、これはあくまで割合であることには注意が必要です。
時系列でみると、下の図を見るように、日本はここ十年ほど研究費の割合は大きく変化していません。しかし、世界における立ち位置からは、日本は、現時点では、GDP比で多くの研究費を出していることが分かります。

出典:CRDS国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター.(2025).『研究開発の俯瞰報告書 主要国・地域の科学技術・イノベーション政策動向(2025年)』,317頁。
人口100万人当たりの研究者の割合
研究開発費の対GDP比は、世界第6位と大きかったですが、研究者の数はどうでしょう。以下は、人口100万人当たりの研究者の数を表したものです。

出典:World Bank. (2025). “Researchers in R&D (per million people).”
このヒストグラムを見ると、研究費に比べて、研究者の数は少し順位を下げているように見えます。実際、日本は世界第19位まで落ち込んでしまいます。世界第一位のリヒテンシュタイン(約18130人)とは、約3.5倍もの差です。ただ、リヒテンシュタインは、世界第2位の韓国(約9472人)と大きく差をつけているので、考えないとしても、韓国とも2倍ほどの差があります。
特許出願数
特許出願数は、研究開発によって生まれた知識が、発明として制度的に可視化されたものと考えられます。もちろん、特許の中には、すぐに実用可能なものも含まれるでしょう。こうした意味で、特許出願数は、「知識の形成」と「知識の応用」の中間にあたる指標であると考えられます。
以下のデータを見ると、特許出願数は日本の強みであることが分かります。実際、日本の特許出願数は、中国(約143万件)、アメリカ(約26万2000件)に次いで、第3位に位置しています。

出典:World Bank. (2025). “Patent applications, residents.”
科学技術の発展のために必要な「知識の形成」という観点から、研究費の対GDP比、人口100万人当たりの研究者数、特許出願数を指標としてみてきました。日本は、研究費の対GDP比は大きいものの、研究者数の割合には課題があると言えるかもしれません。
4.「知識の応用」から見た日本の国際社会における立ち位置
知識の形成では、研究者数の割合に課題があることが分かりました。では、これらの知識がどのように応用されているかという観点で、ハイテクノロジー輸出比とミディアムハイテクノロジー輸出比を見ていきます。ハイテクノロジーとは、医薬品、電子機器、航空・宇宙などの研究集約型開発品を指します。ミディアムハイテクノロジーは、化学品と化学製品、電気機器、機械器具、自動車などを含めた研究集約型開発品を指します(科学技術国際交流センター 2023)。
はじめに、ハイテクノロジー輸出比(ハイテク輸出比)を確認します。日本のハイテクノロジーの輸出比率は、国際社会の中で、飛びぬけて高いわけではないことが分かります。では、具体的にどの位置にいるのかを箱ひげ図から見ていくと、
日本は、第三四分位数あたりにいることが分かります。日本と同じ階級にいる国には、バルバドス、メキシコ、インド、オーストリア、エストニア、キプロス、ドイツ、スウェーデン、デンマークがいます。


出典:World Bank. (2025). “High-technology exports (% of manufactured exports).”
つづいて、ミディアムハイテクノロジー輸出に関してみていきましょう。日本は、ミディアムハイテクノロジー輸出に関して言えば、国際社会の中で比較的高い位置にいることが分かります。実際、ヒストグラムを見ると、フィリピン、中央アフリカに続いて世界第3位の水準です。先ほど見た、ハイテクノロジー輸出がとりわけ高くないことを踏まえると、日本の「科学技術立国」の地位を支えているのは、こうした高度先端技術と既存技術の中間に位置づけられる技術であることが分かるでしょう。

出典:World Bank.(2026). “Medium and high-tech exports (% manufactured exports).”
ミディアムハイテクノロジーには、化学品と化学製品、電池および蓄電池といった電気機器、機械器具、自動車などが含まれます。日本が引き続き「科学技術立国」であるためには、ミディアムハイテクノロジーの生産に必要な原材料を継続的に獲得できること、および生産するための知識が引き継がれることが求められます。
5.おわりに
本稿では、「科学技術立国」日本のマクロな動向を把握し、科学技術の発展のための課題を明らかにするために、「知識の形成」と「知識の応用」に関するさまざまなデータを参考に、国際社会における日本の立ち位置を分析してきました。この分析を通して、昨今見聞きする「日本の研究力の凋落」(例えば、須田 2020)という一辺倒の事実だけではない結果も見えてきました。
本稿の分析の結果に関して、まず「知識の形成」の側面から振り返ります。たしかに、日本の研究者の割合は減っています。これはノーベル賞級の研究が生まれうる可能性が減り得るという点で、対処すべき問題です。他方で、GDPに占める研究開発費の割合はそこまで悲惨ではありません。筆者は、あくまで本質的な問題は、研究費予算の増額ではなく、「研究費予算の配分」にあるのだと考えます。研究費の対GDP比が変わらないけれども、近視眼的に結果が出やすい分野に資金が投入され、応用に時間がかかる分野には資金がでにくいという配分の不均衡が、「知識の形成」という側面における問題の本質であるように著者は考えます。
「知識の応用」という観点からは、日本は、依然として、ミディアムハイテクノロジーの分野で強い存在感を放っていることが分かりました。しかし、ハイテクノロジーの輸出に関して言えば、日本は主流の位置にいません。ハイテクノロジーには、医薬品、電子機器、航空・宇宙が含まれます。これらに対して、日本が世界を牽引していくためには、これらの分野に対する資金と研究者の育成が求められましょう。航空・宇宙分野では、大きな投資の動きがみられます。JAXAの「宇宙戦略基金」がその好例でしょう。
また、科学技術の発展には、資金や研究者だけでなく、原材料も不可欠な要素です。本稿では詳しく掘り下げませんでしたが、医薬品に関しては、昨今、ナフサ不足が問題となっており、電子機器に関しては半導体が重要な原材料の1つです。原材料の安定的な獲得も、「科学技術立国」日本にとって重要な課題となるでしょう。
参考文献
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