Anthropicが描く2028年、米中AI競争の2つのシナリオ ─ 半導体規制が分ける未来

[更新]2026年5月21日

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AIの未来は、誰がルールを決めるのか―。Claudeを開発するAnthropicが、米国と中国のAI競争をめぐる新しいペーパーを公開しました。鍵を握るのは、モデルの賢さを左右する半導体「コンピュート」。米国がこの優位を守れるかどうかで、2028年の世界はまったく違う姿になるといいます。当事者であるAI企業が描いた2つの未来図を、日本の視点から読み解きます。


Anthropicは2026年5月14日、米中のAI競争に関するペーパー「2028: Two scenarios for global AI leadership」を公開した。同社はモデル学習に使う半導体(コンピュート)が最重要の要素であり、米国の輸出規制が中国への供給を制限していると指摘する。

HuaweiはNVIDIAの総処理性能の4%を2026年、2%を2027年に生産するとの分析や、規制強化時に米国は中国のAIセクターの約11倍のコンピュートにアクセスできるとの推計を挙げる。CAISIによれば、DeepSeekのR1-0528は悪意あるリクエストの94%に応じ、米国の参照モデルは8%だった。

Anthropicは2028年について、米国と同盟国が圧倒的なリードを保つシナリオと、CCPが接戦に持ち込むシナリオの2つを提示し、抜け穴の閉鎖、蒸留攻撃の抑止、米国製AIの輸出促進の3つの政策領域を支持するとした。

From: 文献リンク2028: Two scenarios for global AI leadership

📋 編集部注(2026年5月21日更新):記事公開後、H200輸出をめぐる状況に新展開がありました。米国は中国10社の購入を正式承認しましたが、北京側が自国企業に待機を指示したため一枚も納品されていません。DeepSeekが最新モデルをHuawei向けに最適化したことも確認されており、追記しています。

【編集部解説】

この文書を読むとき、まず押さえておきたい性格があります。これは中立な学術論文ではなく、Anthropicという当事者企業による「政策提言(Policy)」です。米国が半導体の優位を守り、Anthropicを含む米国企業のモデルを保護することが、そのまま提言の核になっています。だからこそ、内容の妥当性とは別に、「誰が、何のために語っているのか」をいったん意識して読むことをおすすめします。

技術的なつまずきやすい箇所を、ひとつ補っておきます。本文で繰り返される「蒸留攻撃(distillation attacks)」とは、他社のAIに大量の質問を投げ、その回答を教材として自分のモデルを鍛える手口を指します。本来「蒸留」は、自社の大きなモデルを軽量版に圧縮する一般的な訓練技術です。問題は対象が他社モデルである点で、Anthropicは2026年2月の別の発表で、DeepSeek・Moonshot AI・MiniMaxの3社が約24,000の不正アカウントを通じ1,600万回超のやり取りをClaudeと行ったと指摘していました。今回の提言は、その告発を政策論として整理し直したものといえます。

「コンピュート(演算資源)」を競争の中心に据えた論立ては、技術的にはおおむね妥当です。モデルの賢さが計算量とともに伸びる「スケーリング則」は実証的な裏づけがあり、半導体の量がそのまま開発速度を左右するのは事実といってよいでしょう。Huaweiの生産量がNVIDIA比で2026年に4%という数字も、半導体製造の壁の高さを示しています。

一方で、この論考には注意して読むべき「偏り」もあります。最も大きいのは、中国のAI進歩を「人材や独自研究の成果」ではなく「抜け穴と模倣」に強く帰している点です。The Registerはこの点を率直に批判し、自社も他者のコンテンツを学習に使ってきた業界が「コピー」を非難する姿勢を疑問視しました。中国が独自に革新する力を過小評価していないか、という視点は持っておいてよいと思います。

規制への影響という観点では、提言の現実味にも触れておく必要があります。記事は輸出規制の強化を求めますが、トランプ政権はむしろH200という高性能チップの対中輸出を一部容認する方向に動いたと報じられています。提言の方向と実際の政策が逆を向いている可能性があり、「Anthropicの願望」と「現実の力学」を切り分けて受け取るのが賢明でしょう。

では、この技術が進むと何が可能になるのか。本文が挙げるFirefoxの事例は示唆的です。Mythos Previewの支援で脆弱性修正が大幅に加速したという話は、AIが防御側の武器になりうることを意味します。同じ能力は攻撃側にも渡るため、サイバー空間の攻防は「人手をどれだけ割けるか」から「どれだけ高性能なAIを使えるか」の勝負へと移りつつあります。その入口に、私たちはいま立っているといえそうです。

長期的な視点を加えるなら、本稿が問うているのは技術の優劣ではなく「ルールを誰が書くか」です。最も高性能なAIが生まれた政治体制が、安全基準や規範の初期設定を握る、という主張には一定の説得力があります。ただし欧州では、米国と中国のどちらの覇権も民主主義への脅威とみなし「デジタル主権」を求める動きが強まっています。世界は「米国か中国か」の二択ではない、という前提も忘れずにおきたいところです。

私たち日本の読者にとっての意味も小さくありません。本文はNVIDIAやASMLと並べてTSMC、Samsung、そして日本を「優位を支えた民主主義国家のエコシステム」と位置づけています。日本は半導体サプライチェーンの当事者であり、この競争の傍観者ではない――その自覚から、次の一歩を考えていきたいと感じます。

【2026年5月21日 追記】
記事公開後、H200輸出をめぐる状況に新たな展開がありました。米商務省はAlibaba・Tencent・ByteDance・JD.comを含む中国10社に対し、1社あたり最大7万5,000枚のH200購入を正式に承認しています。しかし、記事執筆時点で一枚も納品されていません。北京側が自国企業に購入の待機を指示し、Huawei製チップへの誘導を進めているためです。トランプ大統領自身も訪中からの帰路に「中国が自国製を選んだ」と認めています。さらに、DeepSeekが最新モデルをHuaweiプロセッサ向けに最適化したことも確認されています。
「規制緩和か強化か」という軸だけでなく、中国が自らデカップリングを選択しつつあるという動きは、本記事が問う「コンピュート競争の行方」に新たな複雑さを加えています。Anthropicの提言が想定する構図——米国が規制を緩めれば中国の優位につながる——とは異なる現実が動き始めている点は、引き続き注目が必要です。

The Nvidia H200 China deal survived the Trump-Xi summit–just not in the way anyone expected(AI News)(外部)
米中首脳会談後もH200の納品がゼロのまま膠着している経緯を詳報。DeepSeekの最新モデルがHuaweiプロセッサ向けに最適化されたことや、北京が自国プラットフォームをAscendチップへ誘導している実態を伝えている(2026年5月19日)。

President Trump Pushed for Nvidia China Deal — but It’s AMD’s Chips Beijing Wants(24/7 Wall St.)(外部)
トランプ訪中でNvidiaのH200商談が前進したように見えたが、北京が実際に関心を寄せているのはAMD製チップであると分析。中国がNvidiaの市場支配を地政学的リスクとみなしている構図を解説している(2026年5月20日)。

【用語解説】

コンピュート(演算資源)
AIモデルの学習や推論に使われる計算能力の総称。実体はGPUなどの先端半導体であり、その量がモデル開発の速度を直接左右する。本記事では米中競争の最重要要素と位置づけられている。

蒸留攻撃(distillation attacks)
他社のAIに大量の質問を投げ、その回答を教材として自社モデルを訓練する手口。「蒸留」自体は大型モデルを軽量化する一般的技術だが、対象が他社モデルの場合は規約違反・知的財産の不正抽出とみなされる。

スケーリング則(scaling laws)
モデルの性能が、計算量・データ量・パラメータ数の増加に応じて予測可能に向上するという経験則。半導体の量がそのままAIの賢さに反映されるという、本記事の論立ての技術的根拠である。

輸出規制(export controls)
特定の技術や製品の国外移転を国家が制限する制度。米国は先端AIチップと半導体製造装置の対中輸出を制限しており、本記事はこれを民主主義陣営の優位の柱とみなす。

CCP(中国共産党)
中華人民共和国(PRC)を統治する政党。本記事はAIラボそのものではなく、それらを管轄下に置く統治体制としてのCCPに焦点を当てている。

デジタル主権(digital sovereignty)
自国のデータやデジタル基盤を他国に依存せず管理しようとする考え方。欧州では、米国・中国いずれのAI覇権にも警戒する文脈で用いられる。

【参考リンク】

Anthropic(外部)
本記事のペーパー「2028: Two scenarios for global AI leadership」を公開した、Claudeの開発元である米国のAI企業。

Project Glasswing / Mythos Preview(外部)
Anthropicが、本記事で警鐘とされたモデルMythos Previewを一部パートナーへ限定公開した取り組みの公式ページ。

NVIDIA(外部)
AI向けGPUで世界をリードする米国の半導体企業。対中輸出が制限される高性能チップH200の供給元としても登場する。

Huawei(華為技術)(外部)
中国の通信機器・半導体企業。本記事ではNVIDIAと演算性能を比較される、中国側を代表するチップメーカーとして登場する。

ASML(外部)
オランダの半導体製造装置企業。最先端のEUV露光装置を独占的に手がけ、民主主義陣営の優位を支える存在とされる。

TSMC(台湾積体電路製造)(外部)
台湾の半導体受託製造企業。世界の先端チップ生産を担い、本記事ではサプライチェーン優位の中核に挙げられている。

Samsung Semiconductor(外部)
韓国Samsungの半導体部門。メモリと先端ロジックを手がけ、民主主義国家の半導体エコシステムの一員とされる。

DeepSeek(外部)
中国のAI企業。本記事および2026年2月のAnthropicの告発で、蒸留攻撃の主体の一つとして名指しされている。

Moonshot AI(月之暗面)(外部)
「Kimi」シリーズを開発する中国のAI企業。本記事ではモデルKimi K2.5の安全性評価をめぐって言及される。

MiniMax(外部)
中国・上海のAI企業。元記事本文には登場しないが、2026年2月のAnthropicの蒸留攻撃告発で名指しされた。

Mozilla Firefox(外部)
オープンソースのWebブラウザ。Mythos Previewの支援でセキュリティバグ修正が加速した実例として登場する。

CAISI(Center for AI Standards and Innovation)(外部)
米商務省NIST傘下のAI評価機関。本記事ではDeepSeek R1-0528の安全性評価の出どころとして引用される。

【参考記事】

Anthropic accuses Chinese AI labs of mining Claude as US debates AI chip exports(TechCrunch)(外部)
Anthropicが中国の3社を蒸留攻撃で告発したと報じた記事。約24,000の不正アカウントと1,600万回超のやり取りに言及している。

Are Chinese AI labs cheating? US AI giant Anthropic alleges some are(CNN Business)(外部)
同じ告発をCNNが報道。蒸留モデルは安全装置を欠き、国家安全保障上のリスクを生みうるとのAnthropicの主張を紹介する。

Anthropic urges Uncle Sam to kneecap China’s AI ambitions before 2028(The Register)(外部)
本記事に批判的な報道。中国の独自革新力の過小評価を指摘し、米国がH200の対中販売を一部容認した点にも触れる。

Anthropic Predicts US-China AI Race Could Be Decided by 2028(eWeek)(外部)
本記事の内容を概観した記事。トランプ大統領の訪中と同時期の公開や、2つのシナリオの骨子を整理している。

Anthropic warns China could overtake the US in global AI race by 2028(Interesting Engineering)(外部)
半導体規制の強化で米国が最大2年のリードを保てる可能性という、本記事の主張を中心に紹介した記事。

Anthropic joins OpenAI in flagging ‘industrial-scale’ distillation campaigns by Chinese AI firms(CNBC)(外部)
OpenAIも同様の懸念を表明していた経緯を伝え、「不正」と「正当」の境界は曖昧とする専門家の見方を紹介する。

【関連記事】

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【編集部後記】

「米国か中国か」という大きな話に聞こえるかもしれませんが、この記事が問うているのは、突き詰めれば「これから当たり前になる技術のルールを、誰が、どんな価値観で書くのか」ということだと私は受け止めています。日本はその半導体サプライチェーンの当事者であり、決して傍観者ではありません。

みなさんは、AIの未来を「どこかの国が決めるもの」と感じますか。それとも、私たち一人ひとりの選択や声も、その行方に関わると思いますか。よければ、その感覚を一緒に考えさせてください。

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TaTsu
『デジタルの窓口』代表。名前の通り、テクノロジーに関するあらゆる相談の”最初の窓口”になることが私の役割です。未来技術がもたらす「期待」と、情報セキュリティという「不安」の両方に寄り添い、誰もが安心して新しい一歩を踏み出せるような道しるべを発信します。 ブロックチェーンやスペーステクノロジーといったワクワクする未来の話から、サイバー攻撃から身を守る実践的な知識まで、幅広くカバー。ハイブリッド異業種交流会『クロストーク』のファウンダーとしての顔も持つ。未来を語り合う場を創っていきたいです。