Oxford大学・UCL研究、石炭火力の大気汚染で世界の太陽光発電が5.8%減少 中国は7.7%損失

University of OxfordおよびUniversity College London(UCL)主導の研究により、石炭火力発電所からの大気汚染が太陽光発電(solar PV)の出力を低下させていることが明らかになった。

研究成果は2026年5月15日、Nature Sustainability誌に掲載された。世界14万カ所超の設備を衛星データで分析した結果、エアロゾルが2023年の世界の太陽光発電量を5.8%、111 TWh減少させていた。2017年から2023年の新設による発電増は年平均246.6 TWh、既設の損失は年74.0 TWhに達した。中国は2023年に793.5 TWh(世界の41.5%)を発電する一方、出力は7.7%低下し、損失の約29%が石炭火力に由来すると推定された。筆頭著者はルイ・ソン博士、責任著者はヤン=ペーター・ミュラー教授。

From: 文献リンクCoal pollution is cutting solar power output, study finds

【編集部解説】

今回Oxford大学とUCLが発表した研究は、これまで「再エネ拡大の量」ばかりが語られてきたエネルギー転換論に、「実際に発電できているか」という質的な問いを突きつける内容です。設置容量の数字だけを追っていては気づけない、化石燃料と再生可能エネルギーの間に存在する「自己破壊的な相互作用」を、14万カ所超の施設レベル・世界規模のデータセットとして定量化した点に、この論文の本質的な価値があります。

エアロゾルが太陽光発電を弱める経路は2つあります。1つは大気中の微粒子そのものが太陽光を散乱・吸収して地表に届く日射を減らす経路、もう1つはエアロゾルが雲核となって雲量や雲の光学的性質を変える経路です。今回の推計5.8%は前者を中心にしたもので、ソン博士自身が「雲を介した間接効果を含めれば実際の影響はさらに大きい可能性がある」と述べています。つまりこの数字は控えめな見積もりだという点が、解釈上の重要なポイントです。

注目したいのは中国の事例です。2013年から2023年にかけて、中国は石炭火力の容量がむしろ拡大し続けているにもかかわらず、太陽光発電のエアロゾル起因損失を年率1.4%ずつ減らすことに成功しました。これは超低排出技術(ultra-low emission)の導入と排出基準の厳格化によるもので、「脱石炭が政治的に難しい国でも、排出制御技術の徹底で再エネの実効性能を取り戻せる」ことを示す貴重な実証データといえます。

一方で、これは日本の読者にとって決して他人事ではありません。日本は2030年までの非効率な石炭火力の段階的廃止を約束しつつも、既存プラントのアンモニア・水素混焼による存続を国策として推進しており、2024-25年度の電源構成でも石炭は約29%を占めています。アンモニア・水素混焼は、二酸化炭素削減効果が限定的なうえ、燃焼過程でNOxやPM2.5を新たに生む懸念が国際的に指摘されています。日本では石炭火力と太陽光の同所立地は中国ほど顕著ではないものの、東アジア全体の大気循環の中で越境汚染の影響を受けやすい地理的条件にある点は見過ごせません。

技術論として見ても、本研究は注目に値します。研究チームは14万カ所超の太陽光発電設備を衛星画像と機械学習で自動マッピングし、それを大気観測データおよび検証済みの太陽エネルギーモデルと統合しました。これは「地球規模のインフラを、地球規模で測る」というアプローチが、ようやく実用段階に到達したことを意味します。ミュラー教授が示唆するMeteosat Third Generation(MTG)など次世代静止衛星による10分ごとのリアルタイム観測が実現すれば、発電予測の精度向上だけでなく、汚染源と再エネ性能の因果関係を準リアルタイムで監視する世界が見えてきます。

潜在的なリスクとして指摘しておきたいのは、各国の「再エネ発電量」の公式統計が、実は系統的に過大評価されている可能性です。共著者のホアン博士はSDGs達成評価への警告を発していますが、これは投資判断やカーボンクレジット市場、企業のScope2排出量算定にも波及し得る話です。「設置したkW」ではなく「実際に届いたkWh」で再エネの貢献度を評価する文化が、今後の脱炭素ガバナンスでは必須になるでしょう。

長期的に見れば、本研究の含意はシンプルです。アレン教授の言葉を借りれば、石炭火力が安く見えるのは「本当のコストが隠されているから」であり、そのコストの一部は、他ならぬ太陽光パネルの足元で支払われていたのです。再エネと化石燃料を別々の勘定で扱う時代は終わり、エネルギー、大気質、インフラ配置を統合的に設計する段階に、人類は入りつつあります。「Tech for Human Evolution」の視座から見れば、これは技術の進歩そのものではなく、技術同士の関係性を地球規模で読み解く知性が試される、新しいフェーズの始まりです。

【用語解説】

エアロゾル
大気中に浮遊する微小な固体・液体粒子の総称。石炭火力からのばい煙、自動車排ガス、砂塵、海塩などが含まれる。太陽光を散乱・吸収するため日射量を減らし、また雲の生成・性質にも影響を及ぼす。

TWh(テラワット時)
電力量の単位で、1兆ワット時に相当する。一般家庭(年間消費約3,500kWh)に換算すると、1 TWhは約28万世帯分の年間消費電力に相当する。

同所立地(コロケーション)
発電施設や工場などのインフラが、同じ地域内に近接して設置されること。本研究では石炭火力発電所と太陽光発電所が同じエリアに立地している状態を指す。

超低排出技術(Ultra-low Emission Technologies)
石炭火力発電所から排出されるSO2、NOx、ばいじんを天然ガス火力並みの低水準まで削減する技術。電気集じん機、湿式脱硫装置、SCR脱硝装置などを高度化して組み合わせる。中国が2010年代後半から国家政策として大規模に導入した。

MAIAC/AOD(エアロゾル光学的厚さ)
大気中のエアロゾルが太陽光を遮る度合いを示す指標。衛星リモートセンシングで広域に観測でき、本研究の中核データの一つとなっている。

Meteosat Third Generation(MTG)
欧州気象衛星機関EUMETSATが運用する次世代静止気象衛星シリーズ。10分間隔の高頻度観測により、雲の動きやエアロゾルの分布をほぼリアルタイムで把握できる。

アンモニア・水素混焼
石炭火力発電所の燃料に、燃焼時にCO2を排出しないアンモニアや水素を一定割合混ぜて使う技術。日本政府が推進するが、CO2削減効果が限定的で、燃焼時にNOxや微粒子が新たに発生する懸念が指摘されている。

パリ協定
2015年のCOP21で採択された気候変動に関する国際枠組み。世界の平均気温上昇を産業革命前比で2℃より十分低く、できれば1.5℃に抑える長期目標を掲げる。

SDGs(持続可能な開発目標)
2015年に国連が採択した2030年までの国際目標。17のゴールから構成され、エネルギー(目標7)や気候変動対策(目標13)などが含まれる。

Scope2排出量
企業が購入した電力・熱の使用に伴う間接的な温室効果ガス排出量。再エネ電力の実発電量が過大評価されていると、企業のScope2算定にも影響が及ぶ。

越境大気汚染
発生源国を越えて、風や大気循環によって他国に運ばれる大気汚染。東アジアではPM2.5や黄砂、硫酸エアロゾルなどの越境輸送が知られている。

【参考リンク】

University of Oxford 公式サイト(外部)
英国Oxford大学の公式サイト。本研究の主導機関で、研究の詳細やプレスリリースを掲載している。

University College London(UCL)公式サイト(外部)
ロンドンの研究大学で、本研究を共同で主導。Mullard Space Science Laboratoryが衛星解析を担当した。

Mullard Space Science Laboratory(UCL)(外部)
UCLの宇宙科学研究所。ヤン=ペーター・ミュラー教授が所属し、地球観測衛星データの解析を担う。

University of Bath 公式サイト(外部)
共著者チェンチェン・ホアン博士が所属する英国の研究大学。

Nature Sustainability 論文ページ(外部)
本研究の原論文の掲載ページ。DOI: 10.1038/s41893-026-01836-5。

PV Facility Map(研究チーム公開ダッシュボード)(外部)
14万カ所超の太陽光発電設備の位置・建設時期・実発電量を探索できるインタラクティブな可視化ツール。

Oxford Net Zero(外部)
Oxford大学を拠点とするネットゼロ研究イニシアチブ。マイルズ・アレン教授が創設者を務める。

EarthDaily Analytics(外部)
本記事の衛星画像を提供した地球観測企業。EarthDaily Constellation EDC-01などの衛星群を運用する。

EUMETSAT(Meteosat Third Generation)(外部)
欧州気象衛星機関による次世代静止気象衛星MTGの公式ページ。

【参考記事】

Coal pollution is cutting solar power output, study finds(Oxford University公式)(外部)
Oxford大学による公式プレスリリース。14万カ所超のPV分析、5.8%・111 TWh損失、18基分相当などの一次情報を提供。

Coal plants persist as a large barrier to the global solar energy transition(Nature Sustainability)(外部)
論文本体。中国7.7%損失、米国3.1%、中国の年率-1.4%改善傾向など、本研究の中核数値の原典である。

Blocked sunlight and changing clouds: How coal pollution is damaging our solar potential(Euronews)(外部)
欧州視点の報道。793.5 TWh、41.5%、損失の29%が石炭由来、1 TWhの実消費換算情報を提供。

Coal pollution is cutting solar power output worldwide, study finds(Phys.org)(外部)
科学ニュースサイトの解説。雲を介した間接効果で実際の影響はより大きい可能性とのコメントを伝える。

Coal pollution could be cutting global solar output by almost 6%, study suggests(Envirotec)(外部)
環境技術誌の報道。中国の年平均-0.96 TWh改善が、容量削減ではなく排出制御技術によると整理する。

Japan plans temporary ease of coal power restriction(Argus Media)(外部)
日本のエネルギー政策の最新動向。2024-25年度の石炭29%、2026-27年度の運用規制一時緩和方針を報じる。

Database Update: Latest status of coal-fired power plants(Japan Beyond Coal)(外部)
日本の石炭火力発電所の最新状況DB。2026年1月時点で165基稼働の事実を確認できる。

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【編集部後記】

太陽光パネルの上を、見えない汚染が覆っている――そんな構図を想像したことはあったでしょうか。私たちは「再エネを何kW設置したか」という数字に目を奪われがちですが、その電力が本当にどれだけ生まれているかは、空の透明度に左右されています。

みなさんの暮らす街の空を見上げたとき、その向こうにある発電所のことまで思いを巡らせてみると、エネルギーの話が少しだけ立体的に見えてくるかもしれません。日本の電源構成のこれからについて、みなさんはどんな未来を望みますか。

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Ami
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