3D LiDARで空間をスキャンし、5種類のガスを検知しながら、人が立ち入れない危険エリアへ自律歩行で進入する四足歩行ロボット──。SF映画のような光景が、日本の山岳トンネル工事現場で実現しました。鴻池組とポケット・クエリーズが、中国Unitree社製ロボット「B2-W」を使った実証実験を成功させ、建設現場の常識を塗り替えようとしています。
株式会社鴻池組(本社:大阪市中央区、代表取締役社長:渡津弘己)は、株式会社ポケット・クエリーズ(本社:東京都新宿区、代表取締役:佐々木宣彦)と共同で、山岳トンネル工事における切羽観察の安全性向上を目的とした四足歩行ロボットの自律歩行実証実験を、2026年2月8日に実施した。
実験はUnitree社製の四足歩行ロボットB2-Wをベースとし、3D LiDAR、ガスセンサー(CH4、O2、H2S、CO、CO2を検知)、ジンバルカメラ、POVカメラ、制御PC、通信モジュール、フラッシュ表示灯を搭載した機体を使用した。切羽の約60m手前に設置した発進基地からロボットを起動し、周辺環境のスキャニングとマッピングを経て自律歩行を開始、切羽手前15m地点で自動停止し、観察とデータ収集後に往路と同一経路で発進基地に帰還した。本リリースは2026年5月25日に発表された。
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四足歩行ロボットを活用した山岳トンネル切羽観察の実証実験を実施
【編集部解説】
今回の発表で注目すべきは、「開発に着手した」段階から「実際に動かして検証した」段階へと、わずか数ヶ月で歩を進めたスピード感です。鴻池組とポケット・クエリーズは2025年7月に共同プロジェクトの始動を公表していましたが、今回はそのコンセプトを現場で実地検証したフェーズに当たります。建設分野におけるロボット導入は構想段階で止まる例も少なくないなか、約60m手前の発進基地から自律歩行で切羽手前15m地点まで到達し、観察データを取得して同じ経路で帰還するという完結したワークフローを成立させた点は、実用化に向けた一歩前進と評価できるでしょう。
ベースとなったUnitree B2-Wは、中国・杭州を拠点とするUnitree Robotics社の産業グレード四足歩行ロボットで、脚の先端にホイールを備えた「脚+車輪」のハイブリッド機構が特徴です。IP67の防塵防水性能、歩行時の継続負荷40kg超(最大静止荷重は120kg)、最大時速15km、40kg積載時の最大稼働距離25km(いずれもUnitree公式値、特殊構成下での測定値を含む)といった仕様を持ち、ガレ場や凹凸のある不整地にも対応しやすい設計になっています。
切羽観察は、トンネル工事の安全を左右する極めて重要な業務です。発破直後の岩盤を観察し、風化や湧水、ガスの有無を判断して次の施工方針を決めるのですが、まさにその瞬間は、崩落や肌落ちのリスクが高いタイミングでもあります。今回のシステムは、3D LiDARによる空間マッピング、メタン・酸素・硫化水素・一酸化炭素・二酸化炭素を測れるガスセンサー、ジンバルカメラなどを組み合わせ、人が立ち入る前段階で危険要因を把握できる仕組みを構築しました。
建設業界における四足歩行ロボットの導入は、これが初めてではありません。鹿島建設は2018年にトンネル現場でBoston Dynamics社のSpotの実証を行い、2019年12月から改良機を正式導入していますし、飛島建設も2025年12月に自律歩行による巡回点検システムを発表しています。今回の鴻池組とポケット・クエリーズの取り組みの特徴は、「巡視」に加えて「切羽観察」という、より危険で専門性の高い業務を明確な対象として位置づけている点です。
ここに、もう一つ見逃せない論点があります。切羽観察は経験豊富な熟練技術者の「目」と「勘」に依存する業務であり、若手への技能継承が長らく業界課題でした。ロボットが定点的に高精度データを取得することで、観察ノウハウをデジタルアーカイブ化できる可能性が見えてきます。安全性向上だけでなく、属人化していた判断基準を将来的にAIへ移植する布石にもなり得るわけです。
一方で、潜在的な課題も存在します。トンネル坑内は無線通信が遮断されやすい環境であり、自律歩行といえども完全に人手を離れる運用には、通信冗長化やフェイルセーフ設計が欠かせません。落石や濁水でロボット自体が損傷したり立ち往生したりした場合のリカバリープロセス、責任分界点の整理といった、運用面のルールづくりも今後重要になってくるはずです。
規制面では、国土交通省が「i-Construction 2.0」を掲げて建設現場の自動化・遠隔化を後押ししており、こうしたロボット活用は政策的な追い風を受けています。労働災害を防ぎつつ生産性を高める「省人化」の象徴的な事例として、関連する安全ルール整備の議論とも接続していく可能性があるでしょう。
長期的に見れば、今回の取り組みは「危険な場所には人を入れない」という土木建設の新しい標準を作る試みの一つです。トンネル工事に限らず、地下インフラ点検、災害現場調査、廃炉作業など、人間にとって危険な領域での応用は広がっていくはずです。「現場のロボット化」が労働環境の変革と地方インフラの維持を同時に進める鍵となるなか、innovaTopiaとしても、こうしたフィジカルな現場におけるテクノロジー実装の動向を継続的に追っていく価値があるテーマだと考えています。
【用語解説】
切羽(きりは)
山岳トンネル工事において、掘削が最前線で進められている岩盤の露出面のこと。発破直後の切羽は剥き出しの岩盤がそのまま現れているため、落石や崩落のリスクが高い場所とされる。
地山(じやま)
トンネル工事の対象となる、周辺の自然の岩盤や地層のこと。地山の硬さ・割れ目の入り方・湧水の有無などが、工事の進め方を決める重要な判断材料となる。
自律歩行
事前に設定された目的地に対し、ロボット自身がセンサーで周辺環境を認識し、障害物を回避しながら進路を判断して移動する動作のこと。遠隔操作(リモコン操縦)と区別される。
3D LiDAR(スリーディーライダー)
レーザー光を周囲に照射し、反射の戻り時間から距離を測定することで、空間を三次元的にスキャンするセンサー。自動運転車やロボットの「目」として広く用いられる。
点群データ
3D LiDARなどで取得した、空間上の無数の点の座標情報の集合。これを処理することで、トンネル内部の形状や障害物の位置を立体的に把握できる。
ジンバルカメラ
カメラを支える3軸のスタビライザー機構(ジンバル)を備えたカメラ。歩行や移動による振動を吸収し、ブレのない映像を撮影できる。
POVカメラ
POVは「Point of View(一人称視点)」の略。ロボットの目線で映像を映し出すカメラで、遠隔操作時に操縦者がロボットの周囲を把握するために用いられる。
IP67
電子機器の防塵・防水性能を示す国際規格。最初の数字「6」は完全な防塵、後の数字「7」は一時的な水没にも耐えうる性能を意味する。粉塵や湿気の多いトンネル坑内のような環境にも対応できる指標となる。
i-Construction 2.0
国土交通省が推進する建設現場の自動化・遠隔化を進める政策方針。ICT施工に加え、ロボットやAIの活用により、省人化と生産性向上を目指す取り組み。
【参考リンク】
株式会社鴻池組 公式サイト(外部)
1871年創業の建設会社。本社は大阪市中央区。土木・建築事業を全国で手がける。
株式会社ポケット・クエリーズ 公式サイト(外部)
東京都新宿区拠点。XR・AI・ロボット・IoTを用いた現場向けDXソリューション企業。
Unitree Robotics 公式サイト(外部)
中国・杭州拠点の四足歩行ロボットおよびヒューマノイドロボットの開発メーカー。
Unitree B2-W 製品ページ(外部)
今回の実験で使用された産業用四足歩行ロボット「B2-W」の公式製品ページ。
国土交通省「i-Construction 2.0」(外部)
建設現場の生産性向上と省人化を目的とした国の取り組みを紹介する公式ページ。
【参考記事】
鴻池組、ポケット・クエリーズと四足歩行ロボットによる切羽観察実証実験を実施(日本経済新聞)(外部)
2026年5月25日の鴻池組プレスリリースを伝える日経新聞の報道。実験概要を解説。
【ポケット・クエリーズ × 鴻池組】切羽観察をロボットで革新(PR TIMES)(外部)
2025年7月8日付のプロジェクト始動時のプレスリリース。コンセプト全体を解説。
四足歩行ロボットでトンネル切羽観察自動化(デジコン)(外部)
業界専門メディアによる報道。担い手不足や技能継承課題との接続が論じられている。
Unitree B2-W 公式製品ページ(中国語版)(外部)
最大時速15km、40kg積載時の航続距離25km、本体重量85kgなどの仕様を記載。
Unitree B2-W 製品ページ(TechShare株式会社)(外部)
国内正規代理店による紹介。IP67防塵防水や脚部換装などの構造的特徴を確認できる。
四足歩行ロボットの自律歩行による巡回点検システムを開発(飛島建設)(外部)
2025年12月発表の類似事例。トンネル幅を20mm程度の誤差で測定可能と実証している。
土木工事現場への適用性を高めた四足歩行ロボット「Spot」を導入(鹿島建設)(外部)
Boston Dynamics社のSpotを2019年12月に正式導入した先行事例の公式リリース。
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【編集部後記】
切羽観察のような「人間にしかできない」と思われてきた現場の専門業務が、ロボットとAIによって少しずつ姿を変え始めています。みなさんはこのニュースを読んで、どんな未来を想像されたでしょうか。
「危険な仕事から人を解放する」という方向性に共感する方もいれば、「熟練者の感性は本当に置き換え可能なのか」と立ち止まる方もいるかもしれません。インフラの老朽化と担い手不足が同時に進む日本で、私たちの暮らしを支える現場がどう変わっていくのか。一緒に考え、追いかけていけたら嬉しいです。












