富士通株式会社は2026年5月26日、海上自衛隊の約4万5,000名が利用する基幹業務システムを構築し、同月より提供を開始したと発表した。本システムは、艦艇や航空機の部品供給、弾薬・医薬品・食料などの調達・整備に関わる全物資情報をリアルタイムで管理可能とするものである。
全国の艦艇・基地・補給拠点が保有する各種物資情報を一元管理し、指揮官の意思決定を支援する。本システムはSAP社のERPソリューション「S/4HANA®」をベースとし、数十か国で利用実績のある「Defense&Securityソリューション」を活用している。中央省庁におけるSAP社のERPソリューション導入は今回が初である。コメントは、SAPジャパン株式会社代表取締役社長のホリカワ ヨシロウ氏、富士通株式会社代表取締役社長CEOのトキタ タカヒト、執行役員専務パブリック事業CEOのハヤシ ツネオが寄せている。
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富士通、海上自衛隊様の全物資情報をリアルタイムで管理する基幹業務システムを提供
【編集部解説】
このニュースを読み解く上で、まず押さえておきたいのは「中央省庁におけるSAP社のERPソリューション導入は今回が初」という点です。ERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務システム)は、調達、在庫、人事、財務といった組織内の基幹業務を一つのデータベースで結ぶ仕組みで、グローバル製造業や金融機関では標準的なインフラとなっています。富士通によれば中央省庁におけるSAP ERP導入は今回が初であり、安全保障領域における行政デジタル化の象徴的な事例と位置づけられます。
今回採用された「SAP S/4HANA」は、インメモリデータベース「HANA」上で動くSAP社の次世代ERPです。データをディスクではなくメモリ上で処理することで、大量データの照会や分析を高速にこなせる点が特徴とされています。そこに、カナダ・ドイツ・ノルウェーの海軍や米陸軍などで採用実績があり、ウクライナ国防省でも導入が進められている「Defense&Securityソリューション」を載せることで、艦艇や航空機といった「武器システム」を構成部品の階層まで含めて管理できるようになります。
なぜ今、このタイミングなのか。背景にあるのは、リリースでも触れられている「安全保障関連3文書」の改訂議論です。継戦能力——つまり有事が長期化した際に作戦行動を続けられる物資・補給の厚み——は、近年の国際情勢の中で日本が問われている重要課題の一つです。弾薬や部品が「どこに、いくつあって、いつ届けられるか」を司令部がリアルタイムで把握できるかどうかは、現代戦においては武器の性能と同等の戦力要素になっています。
このシステムが本当に効いてくるのは、平時の業務効率化よりも、むしろ有事のスピード感においてです。たとえば複数の艦艇が同時に出動する局面で、どの基地のどの部品を、どの順序で動かせば最短で稼働率を回復できるかを、勘や属人的経験ではなくデータに基づいて判断できるようになります。トキタCEOがコメントで「AIをはじめとして、安全保障にテクノロジーを欠かすことができない」と踏み込んだのは、この基盤の上に将来的なAIによる需給予測や最適化が乗ることを示唆していると読めます。
一方で、潜在的な論点もあります。第一に、ドイツのSAP社という海外ベンダーのソリューションを日本の防衛中枢に組み込むことの是非です。Defense&Securityソリューションは各国軍で実績がある成熟プロダクトであり、いわば「軍事ロジスティクスのグローバルスタンダード」を採用したとも言えますが、サプライチェーンセキュリティやデータ主権の観点では継続的な議論が必要でしょう。第二に、ERPは一般に業務プロセスがシステムの仕様に強く規定される性質があるため、運用ノウハウの内製化が中長期的な課題となり得ます。
長期的な視点では、ハヤシ専務のコメントにある「防衛省内の他機関および他官庁への展開」が大きな含みを持ちます。陸上・航空自衛隊、さらには他省庁にも同様の基盤が広がれば、府省横断でのデータ連携が現実味を帯びてくるでしょう。日本の行政が長年抱えてきた「縦割りシステム」の課題に、安全保障領域から逆流する形でメスが入る——そんな未来図が、この一件の延長線上には見えてきます。
【用語解説】
ERP(Enterprise Resource Planning)
企業や組織の調達、在庫、財務、人事といった基幹業務を一つの統合データベースで管理する仕組みのこと。部門ごとに分断されたシステムを統合することで、リアルタイムでの情報共有と経営判断の迅速化を実現する。
SAP S/4HANA
ドイツのSAP社が提供する次世代型ERPソリューション。後述するインメモリデータベース「HANA」上で動作することで、従来は時間を要した大量データの集計や分析を、ほぼ即時に処理できる点が特徴である。
Defense&Securityソリューション
SAP S/4HANAに搭載される、軍事・防衛組織向けのアドオン機能である。艦艇や航空機といった「武器システム」を構成部品の階層まで含めて管理でき、整備状況や稼働可否を指揮官が即座に把握できる。カナダ・ドイツ・ノルウェーの海軍、米陸軍などで採用実績があり、ウクライナ国防省でも導入プロジェクトが進行している。
インメモリデータベース
データをハードディスクではなく、主にメインメモリ(RAM)上で処理する方式のデータベース。従来型のディスク中心の処理に比べ、検索や集計を高速化しやすいのが特徴とされる。
継戦能力
有事における作戦行動を、長期にわたり持続させるための総合的な能力のこと。武器そのものの性能だけでなく、弾薬・燃料・部品・食料の補給、装備の整備能力など、後方支援(ロジスティクス)の厚みが鍵を握る。
安全保障関連3文書
日本の安全保障政策の基本方針を定めた「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の3つの文書を指す。2022年12月16日に閣議決定され、現在さらなる改訂に向けた議論が進められている。
データドリブン
勘や経験ではなく、データの分析結果に基づいて意思決定を行う運営手法のこと。軍事においては、刻々と変化する戦況下で迅速かつ合理的な判断を下すための基盤として、近年急速に重要性を増している。
【参考リンク】
富士通株式会社(外部)
日本を代表するICT企業。AIやコンピューティング技術で社会インフラのDXを支援している。
SAPジャパン株式会社(外部)
ドイツSAP社の日本法人。S/4HANAなど企業向けERPを提供する世界最大手の一社である。
海上自衛隊(JMSDF)公式サイト(外部)
日本の海上防衛を担う組織の公式サイト。装備品情報や部隊編成、活動内容を公開している。
SAP Defense and Security 公式ページ(外部)
SAP社による防衛業界向けソリューションの紹介。軍事ロジスティクス機能の概要が分かる。
防衛省 公式サイト(外部)
日本の防衛政策に関する公式情報を発信。安全保障関連3文書や防衛白書も公開されている。
【参考記事】
富士通/海上自衛隊向け基幹業務システムを提供、物資情報を一元管理(LNEWS)(外部)
ロジスティクス専門メディアによる解説記事。中央省庁初のSAP ERP導入の意義を伝える。
Defense and Security Industry Software(SAP公式)(外部)
SAP社の防衛業界向けソリューション公式ページ。整備・補給機能群の詳細が示されている。
Explaining ERP for Defense(SAP Learning)(外部)
SAP公式の学習コンテンツ。各国海軍や米陸軍での採用実績、武器システム管理機能を解説。
ウクライナ国防省によるSAP軍事版導入準備の発表(外部)
ウクライナ国防省と参謀本部がSAPの軍事版導入準備を開始したことを示す公式発表である。
Modernising defence with SAP S/4HANA(Deloitte)(外部)
Deloitteによる解説。リアルタイムロジスティクスやNATO相互運用性の要件を論じている。
国家安全保障戦略について(内閣官房)(外部)
2022年12月16日に閣議決定された安全保障関連3文書の原文が公開されている公式資料。
安全保障関連3文書改定と防衛政策の大転換(平和政策研究所)(外部)
2022年12月の安保3文書改定の背景と内容を解説。本件の文脈理解に有用な記事である。
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【編集部後記】
「弾薬や部品が、いつ、どこに、いくつあるか」を瞬時に把握する基盤が国の中枢に入ったというニュースは、防衛だけの話に留まらないのではないでしょうか。私たちが日常的に使う物流、医療、エネルギーの現場でも、データを束ねて判断を速くする取り組みは静かに進んでいます。
皆さんの仕事や暮らしの中で、「この判断、もっとデータに基づいてやれたら」と感じる場面はありますか。安全保障とビジネス、その境界がにじんでいく時代に、テクノロジーが社会のどこまで広がっていくのか、一緒に見つめていけたら嬉しいです。












