医師がカルテに病名を打ち込むたび、その裏では「機械が読めるコードへの変換」という地味な手間が積み重なっています。2027年初頭に始まる国の電子カルテ情報共有サービスを前に、この負担はますます重くなる見通しです。そこへジャストシステムが投じたのが、医療向けの「ATOK Medical 2026」と「JUST Medical 2026」。61万語以上の医学辞書で入力時間を約35%縮め、病名をICD-10などの標準コードへ自動変換する——医師を事務作業から解放し、全国の医療データをつなぐ土台づくりを狙う一手です。9月1日の発売を前に、その中身と、日本の医療DXにとっての意味を読み解きます。
株式会社ジャストシステム(本社・東京都港区、代表取締役社長・関灘恭太郎)は2026年6月1日、医療向け日本語入力システム「ATOK Medical 2026」と医療向けオフィス統合ソフト「JUST Medical 2026」を、2026年9月1日に発売すると発表した。いずれも医療機関向けライセンス商品で、価格はオープン価格・1ライセンスである。
背景には、厚生労働省が推進する「電子カルテ情報共有サービス」が2027年初頭に運用開始予定であることがある。「ATOK Medical 2026」は医療専門用語を61万語以上収録した「医学辞書プラス2026 for ATOK」を標準搭載し、入力時間を約35%削減する。この数値は5,272文字の医療用テキストを用いた当社調べによる。
「JUST Medical 2026」は表計算ソフト「JUST Calc 6」に病名などを標準コード(ICD-10など)へ自動変換する機能を搭載し、ワープロソフト「JUST Note 6」はWordのマクロ実行に対応した。
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医療機関向け文書作成環境を刷新、「ATOK Medical 2026」「JUST Medical 2026」を9月1日(火)より発売
【編集部解説】
この発表を単なる「業務ソフトの新バージョン」として読むと、本質を見誤ります。私たちが注目したいのは、日本の医療DXの摩擦点が、いよいよ「医師が文字を打ち、コードを付ける」という入力の最前線まで降りてきた、という事実です。
背景にある厚生労働省の「電子カルテ情報共有サービス」は、紹介状や健診結果、傷病名・アレルギー・検査値といった「3文書6情報」を全国の医療機関で共有する仕組みです。10地域で進むモデル事業(うち9地域・22医療機関で運用を開始済み)を経て、2026年度の冬頃、すなわち2027年1〜2月頃に、運用可能な文書・情報から順次、全国へ展開する方針が示されています。プレスリリースの「2027年初頭」は、この行政スケジュールと整合します。ただし厚生労働省の資料では「可能なものから」段階的に広げる形が想定されており、すべての機能が一斉に立ち上がるわけではない点には留意が必要です。
また、この時期は当初の想定から後ろ倒しされてきた経緯があります。2023年の医療DX工程表では2026年度中の本格運用を掲げていましたが、その後のスケジュールは検証結果やシステム改修状況によって動く可能性が残されています。今回の製品が「2027年初頭」に向けた前倒し投資である点は、押さえておきたいところです。
情報共有の前提になるのが「標準化」です。医師が日常語で書く病名を、機械が読める標準コードへ変換しなければ、データは全国でつながりません。この「翻訳作業」の手間が現場に重くのしかかる──ジャストシステムが突いたのは、まさにこの一点です。
技術的な要は二つあります。ひとつは「ATOK Medical 2026」の医学辞書を61万語以上に拡充し、入力そのものを速くする方向。もうひとつは「JUST Calc 6」が病名を標準コード(ICD-10など)へ自動変換し、コードを引く手間を消す方向です。前者は入口を、後者は出口を効率化する、という役割分担だと整理すると分かりやすいでしょう。
もっとも、同社の医学辞書はこれまでもICD-10コードやレセ電算コードの参照機能を備えており、この領域の蓄積は新しいものではありません。今回の新味は、表計算ソフト上で病名→コード変換を自動化し、診断書や申請書の作成フローに組み込んだ点にあると見るのが妥当です。
数字の扱いには一言添えます。「入力時間を約35%削減」という値は、5,272文字の医療用テキストを用いた同社調べの比較結果であり、第三者検証ではありません。読者の環境で同じ削減幅が出る保証はなく、あくまで提供元の試算値として受け止めるのが誠実な読み方です。
戦略面では、もうひとつの含意が透けて見えます。「JUST Medical 2026」はMicrosoft Officeとの互換性とWordマクロ実行を売りにしており、標準化対応というやむを得ない更新需要を、国産オフィスソフトへの乗り換え機会へと転換しようとしています。制度変更が、ベンダー間のシェア争奪の号砲にもなる構図です。
将来を見据えると、見逃せない論点があります。本製品が依拠するICD-10は、すでに国際的には旧版です。WHOはICD-11を2018年にリリースし、2019年に世界保健総会で採択・公表、2022年に発効させました。日本でも、ICD-11に準拠した「疾病、傷害及び死因の統計分類」が2026年に告示され、2027年1月1日の施行が予定されています(これに伴い、現行のICD-10準拠分類は2026年末で廃止される予定です)。物差しそのものがICD-11へと移っていく以上、医療現場が直面する標準化対応は一度きりでは終わりません。その大きな波が、すでに制度の側で動き始めていることを見落とすべきではないでしょう。
ポジティブに捉えれば、入力と標準化の自動化は、医師を事務作業から解放し、診療そのものへ時間を取り戻す動きです。一方でリスクも見据える必要があります。コード自動変換は便利さと引き換えに「機械任せの誤コーディング」を生みかねず、最終的な確認責任は人間に残ります。特定ベンダーへの依存が深まる懸念も拭えません。
制度・標準・道具という三つの歯車が噛み合い始めた今、医療の現場で起きる小さな効率化の積み重ねが、やがて日本の医療データ基盤という大きな進化につながっていく──その入口に、私たちは立っています。
【用語解説】
標準コード
病名・医薬品・検査などを、機械が一意に識別できるよう数字や記号で体系化した共通の符号である。施設をまたいだデータ連携の前提となる。
3文書6情報
電子カルテ情報共有サービスで全国共有の対象となる、文書と臨床情報の単位を指す通称。3文書は診療情報提供書・退院時サマリー・健診結果報告書を指し、臨床情報は傷病名・感染症・薬剤アレルギー等・その他アレルギー等・検査などを中心に扱う。なお処方情報は電子処方箋管理サービスとの役割分担を含めて整理が進められており、対象範囲や呼称は最新の厚生労働省資料で確認する必要がある。
ICD-10/ICD-11
WHOが定める国際疾病分類。死因や疾病を国際比較できる形で分類する物差しである。WHOはICD-11を2018年にリリースし、2019年に世界保健総会で採択・公表、2022年に発効させた。日本でもICD-11準拠の統計分類が2026年に告示され、2027年1月1日の施行が予定されている(現行のICD-10準拠分類は2026年末で廃止予定)。医療現場で現在広く使われているのはICD-10であり、本製品もICD-10コードに対応する。
レセ電算コード
診療報酬明細書(レセプト)を電子請求する際に、医薬品や診療行為を識別するために用いる国内コードである。
【参考リンク】
株式会社ジャストシステム(公式サイト)(外部)
「一太郎」「ATOK」で知られる徳島発のソフトウェア企業の公式サイト。法人・個人向けの製品情報やニュースリリースを掲載する。
ATOK Medical(製品ページ)(外部)
医療向け日本語入力システムATOK Medicalの製品ページ。電子カルテとの連携や設定のローミング機能などを紹介している。
医学辞書 for ATOK(製品ページ)(外部)
ATOKと連携する医療専門用語辞書シリーズの製品ページ。ICD-10コード参照や標準病名・推奨表記の提示機能を備える。
JUST Medical(製品ページ)(外部)
医療向けオフィス統合ソフトの製品ページ。Microsoft Office互換ソフトとATOK Medicalを統合し、導入コスト削減を訴求する。
電子カルテ情報共有サービス(厚生労働省)(外部)
厚生労働省による医療従事者向けの解説ページ。サービスの概要資料や医療情報システムの安全管理ガイドラインを掲載する。
WHO ICD(国際疾病分類・公式サイト)(外部)
世界保健機関による国際疾病分類の公式サイト。ICD-11の最新版をオンラインで閲覧・検索できる多言語対応のサイト。
Microsoft 365(公式ページ)(外部)
Word・Excel・PowerPointなどを含むマイクロソフトのオフィス製品群を案内する公式ページである。
【参考記事】
電子カルテ情報共有サービス、再度のモデル事業経て「2027年1・2月の本格運用」へ(GemMed)(外部)
モデル事業を経て同サービスを2027年1〜2月に全国展開する方針を報じた記事。「2027年初頭」の根拠を裏付ける。
本格稼働へ!電子カルテ情報共有サービスの概要とメリット(富士通)(外部)
本格運用の時期が2026年度中から2027年度へと見直されてきた経緯を整理した解説記事。
疾病、傷害及び死因の統計分類(ICD-11準拠)(厚生労働省)(外部)
ICD-11の採択・発効と、国内のICD-11準拠分類の2027年1月施行予定などを示す公式ページ。
ジャストシステム、法人向けオフィス統合ソフト「JUST Office 6」を6月13日発売(クラウド Watch)(外部)
前世代JUST Medical 6にATOK Medical 3が搭載され、約12,000の医療機関で採用と伝える記事。
ジャストシステム,医療機関向け文書作成環境を刷新(インナービジョン)(外部)
今回のプレスリリースの配信記事。35%削減や61万語以上などの数値を再確認するために参照した。
【関連記事】
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【編集部後記】
医師が病名を打ち込み、コードへ変換するという、ふだん私たちの目には触れない作業。その小さな手間の積み重ねが、実は全国の医療データをつなぐ土台になっていることに、改めて気づかされます。
みなさんがもしご自身や家族の診療データを思い浮かべたとき、その情報が施設をまたいで安全に共有される未来に、どんな期待と不安を感じるでしょうか。入力の効率化と標準化、そして特定の道具への依存。この三つの間で、私たちはどんな選択を望むのか。よろしければ、いっしょに考えてみませんか。












