ASUS VivoWatch 6 Plus発表|ウォッチが「センシング層」になる日——Computex 2026で見えたヘルスケアの設計図

スマートウォッチが「健康データの収集装置」から「医療判断の起点」へと変わろうとしている。ウェアラブルが計測した心電図や血圧が、AI経由で医師の手元に届き、診断行為の一部を担う——そんな未来が、少しずつ輪郭を現しはじめている。


ASUSは2026年6月2日、台湾・台北で開催されたComputex 2026において、スマートウォッチ「VivoWatch 6 Plus」を発表した。同製品は、同社が同日発表したAI駆動型ヘルスケアエコシステムを構成する製品のひとつで、ハンドヘルド超音波診断器「DuoScan」およびASUS AI Agentヘルスケアプラットフォームと連携する位置づけで設計されている。

ハードウェア面では、ディスプレイが前モデルのVivoWatch 6(2024年)の1.39インチから1.43インチAMOLEDに拡大し、サファイアクリスタルガラスとチタン合金ケースを採用することでプレミアム感と耐久性が強化された。

健康管理機能については、従来から搭載されていたECG(心電図)モニタリングと血圧モニタリングに加え、新たに睡眠時呼吸運動解析と歩行解析が追加された。ASUSはこれらの新指標について、慢性疾患リスクや長期的な健康トレンドの把握に役立つとしている。

ASUSが最前線の医療従事者を対象に実施した調査(調査方法の詳細は非公開)では、68%超がAIエージェントは臨床ワークフローに対して目に見える影響をもたらすと回答したという。価格は未発表。

From: 文献リンクASUS Advances AI-Driven Healthcare at Computex 2026

【編集部解説】

VivoWatch 6 Plusを単なるスマートウォッチのアップグレードとして読むと、本質を見落とします。

ASUSが今回のComputex 2026で提示したのは、「ウォッチ単体の進化」ではなく、ハードウェア・プラットフォーム・AIが一体化した垂直統合型ヘルスケアエコシステムの設計図です。VivoWatch 6 Plusは、その中の「センシング層」として機能します——手首で収集した血圧・心電図・睡眠・歩行のデータが、ASUS AI Agentヘルスケアプラットフォームを経由し、ハンドヘルド超音波診断器「DuoScan」と連携して、臨床判断の材料として医師の手元に届く設計になっています。

この方向性は、突然出てきたわけではありません。ASUSはVivoWatchシリーズを最初期から「個人向け医療管理プラットフォーム」と位置づけてきました。台湾・遠東記念病院(FEMH)との提携では、VivoWatchを病院のシステムに統合し、看護師の業務負荷を軽減しながら24時間の患者モニタリングを実現する実証が進んでいます。MEDICA 2025(2025年11月)では、VivoWatchのデータを病院の医療情報システム(HIS)にAPI/SDK経由で統合し、患者の退院後フォローアップに活用するソリューションも発表済みです。

VivoWatch 6 Plusはその延長線上にあります。ハードウェアの刷新(サファイアガラス、チタンケース、1.43インチAMOLED)は、長期着用を前提にした耐久性と質感の確保であり、臨床データを継続的に取り続けるための条件整備ともいえます。

新指標が示す方向性——慢性疾患リスクの「早期補足」へ

今回の目玉のひとつが、睡眠時呼吸運動解析と歩行解析の追加です。どちらも、ウェアラブル市場では既出の技術ではあります。しかし、その組み合わせが示す方向性に注目したいところです。睡眠時呼吸運動は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)のスクリーニングに関連する指標です。

特に閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)を中心に、高血圧・2型糖尿病・心血管疾患のリスク因子となることが複数の研究で示されています。手首のセンサーで呼吸運動を間接的に推定するアプローチは研究段階から実用化が進んでいますが、確定診断には睡眠専門施設でのポリソムノグラフィー(PSG)または在宅睡眠時無呼吸検査(HSAT)などの専門的検査が必要であり、あくまで「リスクの兆候を捉える」段階にあります。歩行解析については、学術的な裏づけが蓄積されています。歩幅の不規則性・左右非対称性・歩行速度の低下といった指標は、転倒リスクや神経変性疾患(パーキンソン病など)の早期サインとして機能しうることが複数の研究で示されており、ウェアラブルセンサーを用いた歩行解析モデルが転倒リスクを感度86.7%、特異度80.3%で予測できたとする報告もあります。

ただしこの研究は手首ではなく胸骨に固定したIMUセンサーを使用したものであり、スマートウォッチの加速度センサーがこのレベルの精度を実用環境で実現できるかどうかは今後の検証次第です。日常的に装着するウォッチが長期的な歩行パターンの変化を記録し続けられることの価値は、単発の検査では得られないものです。ASUSはこれら新指標について「慢性疾患リスクや長期的な健康トレンドに関するより深い洞察を提供する」としており、計測を記録するだけでなく、その変化の傾向からリスクを早期に浮かびあがらせる方向を志向しています。

精度をめぐる現実と、ASUSの戦略的な応答

ただし、冷静に見ておくべき点もあります。スマートウォッチによる血圧モニタリングとECG計測は、精度の面で議論が続いています。Apple Watchの血圧通知については、2026年2月のJAMA掲載研究(University of Utah等の研究グループによる多施設共同研究)で感度が41.2%と報告されました——つまり高血圧の人の6割近くは通知が来ないということです。精度は年齢によっても異なり、60歳以上では通知があった場合の高血圧陽性率が81%に上がる一方、通知がなくても34%は高血圧を抱えている可能性があるといいます。

ASUSのVivoWatchシリーズはECGアプリおよび血圧アプリについて台湾FDA(TFDA)の医療機器ソフトウェア認証を取得しており、ISO 13485の品質管理規格のもとで各国の規制認証取得を進めています。医療機器としての基準をクリアしようとする姿勢は他のコンシューマーウォッチと一線を画しますが、VivoWatch 6 Plusの具体的な臨床検証データはまだ公開されていません。

「センサーで計測できる」と「医師が診断に使える精度がある」の間にはまだギャップが存在します。ASUSが垂直統合エコシステムを前面に打ち出しているのは、そのギャップを「単体精度の向上」ではなく「複数センサーの統合とAIによる解釈」で埋めようとしている戦略とも読めます。

競合との違い——軸足はコンシューマーではなく医療機関

Apple WatchはECGで心房細動の検出という明確な医療的価値を実証し、Samsung Galaxy Watchは血圧モニタリングを段階的に展開してきました。しかし両者の軸足はあくまでスマートフォンエコシステムの拡張にあります。ASUSのアプローチは異なります。VivoWatchシリーズは当初から病院・保険・製薬・介護という業種と直接連携してきました。垂直統合された「医療サンドボックス」と自ら表現する今回の構想は、コンシューマー向けウォッチとクリニカルグレードの医療機器の間に存在してきた境界線を、意図的に溶かそうとするものです。

価格未発表のまま発表されたことも、この製品の位置づけをよく示しています。コンシューマー向けに安く広く売るのか、医療機関や企業向けにソリューションとして提供するのか——その答えは、まだASUS自身も探っている最中なのかもしれません。それとも、その「どちらか」という問い自体を解体しようとしているのでしょうか。今後の価格戦略と流通チャネルが、ASUSのヘルスケア戦略の本気度を測る指標になるでしょう。

【用語解説】

ECG(心電図)モニタリング
心臓の電気的活動を波形として記録する計測技術。スマートウォッチでは手首と指先の2点間に微弱な電流を流し、単誘導(リードI相当)の心電図を取得する。心房細動(AF)などの不整脈検出に用いられるが、12誘導心電図による精密診断とは異なる。

PPG(光電式脈波)センサー
LEDの光を皮膚に当て、血液による光の吸収変化から脈波・心拍数・血中酸素飽和度などを推定するセンサー。ほぼ全てのスマートウォッチに搭載されており、血圧の間接的な推定にも応用されている。

睡眠時呼吸運動解析
加速度センサーや光学センサーを用いて、睡眠中の胸腹部の動きや呼吸パターンを推定する機能。睡眠時無呼吸症候群(SAS)のスクリーニング的な指標として活用が進んでいる。正確な診断にはポリソムノグラフィー(PSG)など専門的な睡眠検査が必要。

歩行解析(ガイト解析)
加速度センサー・ジャイロセンサーを用いて歩幅・歩行速度・左右対称性・歩行リズムなどを定量的に測定する技術。転倒リスクやパーキンソン病などの神経変性疾患の早期指標として研究が進んでいる。

AMOLED(有機EL)ディスプレイ
有機化合物が自ら発光するディスプレイ技術。バックライトが不要なため薄型・省電力で、高コントラストと広視野角を実現する。スマートウォッチの常時表示(AOD)との相性が良い。

ISO 13485
医療機器の品質管理システムに関する国際規格。医療機器メーカーが設計・製造・販売の全プロセスにわたって品質を保証していることを認証するもの。コンシューマー向けウォッチメーカーが取得しているケースは少ない。

【参考リンク】

ASUS VivoWatch 公式サイト(ヘルスケア)(外部)
ASUSのヘルスケア事業ポータル。VivoWatchシリーズの医療機関向け導入事例や病院・保険・製薬向けソリューションを確認できる。

ASUS AI-Driven Healthcare Computex 2026 プレスリリース(外部)
VivoWatch 6 Plus・DuoScan・AI Agentプラットフォームを含む今回の発表の一次情報源。エコシステム全体の設計思想を把握できる。

ASUS VivoWatch製品ページ(外部)
VivoWatchシリーズの製品ラインナップ一覧。VivoWatch 6・VivoWatch 6 Aeroとの比較に役立つ。

Prediction of fall risk among community-dwelling older adults using a wearable system(Scientific Reports)(外部)
ウェアラブルセンサーによる歩行解析が転倒リスクを感度86.7%で予測できたとする査読論文。歩行解析の医学的根拠を深く知りたい読者向け。

【参考動画】

ASUS VivoWatch 6 — Stay in Touch with Your Wellness(ASUS公式)。前モデルVivoWatch 6の血圧計測・ECG・体組成機能を映像で確認できる。VivoWatch 6 Plus専用の公式動画は2026年6月4日時点では未公開。

【参考記事】

ASUS Advances AI-Driven Healthcare at Computex 2026(ASUS Pressroom)(外部)
DuoScan・VivoWatch 6 Plus・AI Agentプラットフォームのエコシステム構成を詳述した公式一次ソース。

Asus VivoWatch 6 Plus launches with advanced health tracking(Gizmochina)(外部)
前モデルVivoWatch 6との比較とエコシステム戦略の位置づけを簡潔に整理。

Asus Vivowatch 6 Plus arrives with blood pressure and ECG chops alongside a wellness coach(Digital Trends)(外部)
体組成解析・ストレストラッキングなど、プレスリリース未記載の追加機能について言及。

How Apple Watch’s new blood pressure monitor works(Empirical Health)(外部)
Apple Watchの血圧検知精度(感度41.2%、2026年2月JAMA研究)を詳述。ウェアラブル血圧計測の現在地を理解するための参照元。

ASUS Healthcare Unveils Advanced Medical Imaging & AI at MEDICA 2025(外部)
VivoWatchとHISの統合・退院後フォローアップへの活用など、病院連携の実績を確認できる。

【編集部後記】

手首のセンサーが血圧を測り、歩き方から転倒リスクを推定し、そのデータが病院のシステムに流れ込んで医師の判断を支える——。そんな未来を「まだ先の話」と感じていた人も、ASUSのComputex発表を見ると、そのタイムラインが思ったより短いかもしれないと感じるのではないでしょうか。ただ、私たちが気になるのは技術の精度だけではありません。誰のデータが、どこに蓄積され、何のために使われるのか。「健康を守るテクノロジー」と「健康データを管理するテクノロジー」の間にある境界線を、私たちはどこに引くべきでしょうか。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。