Nothingが新型CMFスマホを断念——「前進した端末が作れない」、AI需要が引き起こすメモリ危機の実態

AIが世界のデータセンターを席巻するなか、その「副作用」がスマートフォンの手の届きやすさを静かに奪い始めています。Nothingがサブブランド「CMF」の新型スマートフォンを2026年に発売しないと表明した背景には、単なるコスト増ではなく、メモリ産業の構造転換という、より根深い問題があります。低価格スマートフォンという市場セグメント自体の存続が、いま問われています。


NothingのサブブランドCMFは、2026年に新型スマートフォンの発売を行わないことを正式に発表した。同社Co-founderのAkis EvangelidisがXへの投稿で明らかにし、RAMを中心とするメモリ価格の急騰が主な理由だとした。

CMF Phone 2 Proの後継機にあたるCMF Phone 3 Proの開発は進めていたが、現在の部品価格では同等スペックを維持したままCMFブランドとして成立する価格帯での製品化が不可能と判断した。CMF Phone 2 Proはインドで8GB/128GBモデルがRs.18,999(約200ドル)で発売されたが、同スペックを現在の部品価格で製造した場合、Rs.30,000〜35,000(約320〜370ドル)になると推計されており、約50〜60%の値上がりに相当する。

Nothing CEOのCarl Peiは、メモリがスマートフォンのハードウェアコストの約50%を占める最も高価な部品になったと語り、Nothing Phone 4aでは製造決定時からRAM価格が倍増し、その後さらに倍増したと明かした。メモリ価格高騰の背景には、AI向けデータセンターによる大量消費があるとされる。

CMFブランドとして2026年に発売するスマートフォンはないが、スマートフォン以外の複数製品と「全く新しいカテゴリ」の製品が予定されているという。Nothingブランドからは引き続き新製品の発売が予定されている。

From: 文献リンク‘We can’t build a phone that feels like a genuine step forward’: Nothing scraps the CMF Phone 3 Pro and says the RAM crisis is making budget phones impossible to produce | TechRadar

【編集部解説】

Nothingが2026年にCMFブランドのスマートフォンを一切発売しないと表明した背景には、単なる開発スケジュールの問題ではなく、スマートフォン産業の部品経済が根本から変わりつつある現実があります。

スマートフォンの「普及の文法」が逆転した

過去10年以上、スマートフォン市場は一貫したパターンで動いていました。フラッグシップ機に搭載された機能や部品が、時間をかけて低価格帯へ降りてくる。RAMが増え、カメラが良くなり、それでいて価格は据え置きか下がる。この「スペックの民主化」が、CMFのような低価格ブランドの存在を可能にしていました。その前提が、今まさに崩れています。

原因はAI向けデータセンターの急拡大です。MicrosoftやGoogle、Meta、AmazonといったハイパースケーラーがNvidiaのGPUサーバーを大量調達し、そこに必要なHBM(高帯域幅メモリ)の生産が、Samsung、SK Hynix、Micronという世界の主要3社の工場ラインを占有するようになりました。これはゼロサムゲームです。データセンター向けのHBMスタック1枚に使われるウェハは、スマートフォン向けのLPDDR5Xメモリモジュールには回りません。IDCは「これは一時的な需給ミスマッチではなく、世界のシリコンウェハ生産能力の戦略的な再配置だ」と評しています。

数字が語る打撃の大きさ

Counterpoint Researchによると、200ドル以下の低価格スマートフォンにおけるBOM(部品コスト)は、2026年に入ってから20〜30%増加しています。CMFのケースはそれを具体的な数字で示しています。CMF Phone 2 Proと同じスペックで製造しようとすると、インド市場での販売価格はRs.18,999(約200ドル)からRs.30,000〜35,000(約320〜370ドル)に跳ね上がる試算です。同じ端末が、約50〜60%値上がりする計算になります。これはブランドの価値提案そのものを破壊します。

さらに深刻なのは、これが短期的な現象ではないという点です。TrendForceは、低価格スマートフォンの搭載RAMが2026年に4GBへと回帰する可能性を指摘しており、スペックの民主化の「逆回転」が始まっていることを示唆しています。主要なDRAMメーカーから意味のある増産が見込めるのは、早くても2027〜2028年という見通しです。

「出さない」という判断の誠実さ

Nothingの対応で注目すべきは、製品の中止そのものより、その説明の仕方です。多くのメーカーが「市場環境の変化」という曖昧な言葉で遅延や変更を処理するなかで、NothingのCo-founderは具体的な理由をXで公開し、「自分たちが誇りを持てないものは出さない」と明言しました。

これは単なるPR上の誠実さではなく、CMFブランドの戦略的判断でもあります。スペックを落として価格を守るか、スペックを維持して値上げするか。どちらの選択も、「コストパフォーマンスで選ばれるブランド」としての存在意義を損ないます。発売しないという第三の選択肢は、ブランドの原則を守るために、製品サイクルを犠牲にするという判断です。

ただし、この判断が来年以降も続けられるかは不確かです。RAMクライシスがNothingだけの問題でないとすれば、XiaomiやRealme、Pocoなど競合する低価格ブランドも同じ圧力下にあります。「低価格帯スマートフォン」という市場セグメントそのものの存続が、今後数年間で問われることになりそうです。

【用語解説】

CMF by Nothing(シーエムエフ・バイ・ナッシング)
Nothingが2023年に立ち上げたサブブランド。「Cost, Material, Finish(コスト、素材、仕上げ)」の略とされる。メインのNothingブランドよりも低価格帯に特化し、スマートフォン・イヤホン・スマートウォッチなどを展開している。

DRAM(ディーラム)
Dynamic Random Access Memoryの略。コンピュータやスマートフォンの主記憶として使われる揮発性メモリ。電源を切るとデータが消える。スマートフォン向けには省電力設計のLPDDR規格が使われる。

HBM(エイチビーエム)
High Bandwidth Memoryの略。メモリチップを垂直方向に積層した高速・大容量のメモリ技術。AI向けGPU(NvidiaのH100など)に大量搭載されており、需要急増がDRAM市場全体の逼迫を引き起こしている。

BOM(ビーオーエム)
Bill of Materialsの略。製品を製造するために必要な部品のコスト合計(部品表)。スマートフォンのBOMにRAMが占める割合が急上昇していることが、今回の問題の核心にある。

【参考リンク】

Nothing 公式サイト(外部)
NothingブランドおよびCMFブランドの公式サイト。スマートフォン・イヤホン・スマートウォッチなどの製品情報を掲載。CMFラインの製品一覧も確認できる。

Global Memory Shortage Crisis: Market Analysis|IDC(外部)
IDCによる2026年のメモリ不足の構造分析。AI向けHBM需要によるウェハ転用が、スマートフォン・PCのDRAM供給に与える影響を詳述している。

Memory Price Surge to Persist|TrendForce(外部)
TrendForceによるメモリ価格動向レポート。低価格スマートフォンの搭載RAMが2026年に4GBへ回帰する可能性など、市場への具体的な影響を分析している。

【参考記事】

Smartphone prices to rise in 2026 due to AI-fueled chip shortage|CNBC(外部)
Counterpoint Researchのデータに基づく報道。200ドル以下のスマートフォンのBOMコストが年初来20〜30%増加、スマートフォン平均販売価格が6.9%上昇する見通しを伝えている。

CMF Phone 3 Pro Canceled Due to Surging Memory Prices in 2026|Gadget Hacks(外部)
今回の発表の背景と数字を詳細に解説した記事。同スペック再現でのコスト試算(Rs.30,000〜35,000)や、Nothing CEOのRAMコストに関する発言を含む。

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【編集部後記】

AIインフラへの投資は、目に見える場所では巨大なデータセンターを生み出していますが、目に見えにくい場所でも影響を及ぼしています。今回のCMFの事例は、AIブームのコストが、スマートフォンを買おうとする人たちにも静かに転嫁されていることを示しています。私たちは「AIが便利にしてくれるもの」について話す機会が多いですが、「AIが使いにくくするもの」についても、同じくらい考える必要があるかもしれません。

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乗杉 海
SF小説やゲームカルチャーをきっかけに、エンターテインメントとテクノロジーが交わる領域を探究しているライターです。 SF作品が描く未来社会や、ビデオゲームが生み出すメタフィクション的な世界観に刺激を受けてきました。現在は、AI生成コンテンツやVR/AR、インタラクティブメディアの進化といったテーマを幅広く取り上げています。 デジタルエンターテインメントの未来が、人の認知や感情にどのように働きかけるのかを分析しながら、テクノロジーが切り開く新しい可能性を追いかけています。