実証に参加できるのは社員だけ、店舗も1店だけ。数字で見れば、ニュースとしては小さい。それでも見逃せないのは、決済がレジの外ではなくPOSの中に入るからだ。店員はいつも通りバーコードを読むだけ——ステーブルコインが「特別な支払い」であることをやめる、その最初の実験である。
株式会社HashPortは2026年7月10日、KDDI株式会社および株式会社ローソンと、実店舗におけるステーブルコイン決済の技術実証に向けた基本合意書を締結した。合意にもとづき、2026年8月にローソン高輪ゲートウェイシティ店で、日本円ステーブルコインによる店頭決済の技術実証を実施する。
利用者の決済手段にはノンカストディアル型ウォレット「HashPort Wallet」を、店舗側の決済処理には「HashPort Wallet for Biz」の機能を用い、店舗はウォレットを開設・管理せずに通常のPOSで決済を受け付ける。対象者はHashPort、ローソン、KDDIの関係者の一部社員に限定され、POSとのシステム連携要件、レジオペレーション、決済所要時間、ウォレットの操作性などを検証する。実証にはキャナルペイメントサービス株式会社のコード決済処理技術も組み合わせられる。
HashPort Walletは累計ダウンロード数115万を超え、日本円ステーブルコインユーザーの84%に利用されているという。
From:
HashPort、KDDI・ローソンと連携し、ローソン店舗で日本円ステーブルコインによる店頭決済の技術実証を実施
※アイキャッチは株式会社HashPort PRTIMESより引用
【参考動画】
JPYCの発行・償還プラットフォーム「JPYC EX」に、HashPort Walletを接続する手順を解説したJPYC株式会社の公式動画。今回の実証で利用者側の決済手段となるウォレットが、実際にどのような操作でステーブルコインを扱うのかを確認できる。
【編集部解説】
本当の新しさは「コンビニで払える」ことではありません
ステーブルコインが店で使える、という話だけなら、すでに前例があります。JPYC決済が使える実店舗は全国で56件(2026年7月13日時点、民間運営の店舗マップ「JPYCが使えるお店・場所マップ」掲載分。オンラインサービス等を含めると計78件)。この7月1日には京都市内3か所のチェリオの自動販売機で、同じHashPort Walletを使ったJPYC決済の実証が始まったばかりです。
今回の焦点は、そこではありません。決済が「POSの中」に入るという一点にあります。
ローソンによれば、POSと連動したステーブルコイン決済の実証は国内初とのことです(3社のリリース本文に「国内初」の記載はなく、報道を通じた同社の説明にもとづきます)。日経報道によれば、店員がレジでアプリのバーコードを読み取り、決済情報がPOSに戻る。既存のレジ運用を変えずに受け付けられるかどうか──それ自体が今回の検証項目です。
なぜキャナルペイメントサービスの名前が重要なのか
リリースの背景説明に、やや唐突に登場する社名があります。キャナルペイメントサービス。ここが今回の構図を読み解く鍵です。
同社は日本ユニシス(現・BIPROGY)が2017年3月に分社して設立した決済ゲートウェイ事業者で、50を超える決済サービスとPOS・決済端末をつなぐ「交換機」の役割を担ってきました。ローソン向けにはAlipayや楽天ペイの導入実績を公表しています。
つまり今回、日本円ステーブルコインは「新しい決済手段」としてゼロから店舗に導入されるのではなく、すでに敷かれているコード決済のレーンに1本追加される形で入ってくる――少なくとも、ローソンのPOSノウハウ・キャナルのコード決済処理技術・HashPortの決済基盤という座組みは、そう読めます(バックエンドの接続仕様は非公開のため、ここは編集部の推論です)。ブロックチェーンが既存の決済インフラを置き換えるのではなく、既存インフラの背後に静かに接続される。普及とは、たいていこういう地味な形で始まります。
「手数料ゼロ」が意味するもの
HashPort Wallet for Bizが掲げるのは、決済手数料・月額利用料・登録料がかからないという料金体系です。加えて、対象取引のガス代はHashPortが負担するとしています。
ただし、率直に申し上げて、ここには未解決の問いが残ります。誰がそのコストを負担し続けるのか、という問題です。ブロックチェーン決済は、カードネットワーク型の料率構造を簡素化できる可能性があります。しかし手数料が消えるわけではない。ガス代、ゲートウェイ接続、POS改修、本人確認、監視、法定通貨への償還――これらのコストは残ります。手数料ゼロが恒久的なビジネスモデルなのか、獲得フェーズの施策なのかは、公表情報だけでは判断材料が足りません。
対象は「一部社員」──期待と規模感の距離
今回の実証、対象者はHashPort・ローソン・KDDIの関係者のみで、一般客は参加しません。実証項目もPOS連携要件、レジオペレーション、決済所要時間、ウォレットの操作性と、きわめて実務的です。派手さはありませんが、この地味さは誠実さの裏返しでもあります。
数字でも距離を確認しておきましょう。JPYCの累計発行額は30億円超(2026年5月30日時点)、総流通量は6月26日に10億JPYCを突破し、7月9日には20億JPYCを超えました。2週間で倍増という速度は目を引きます。それでも、ローソンのチェーン全店売上高3兆223億円(2026年2月期)という規模の前では、まだ点です。この実証が意味を持つのは、ローソンが全国に約1万4,700店(2026年2月末時点のローソングループ国内総店舗数)のネットワークを持つからであって、今日明日の取引量のためではありません。
通貨名がリリースに書かれていない、という事実
HashPortの発表文は「日本円ステーブルコイン」としか記していません。一方、日本経済新聞は具体的にJPYCを使うと報じています。
なぜ書かなかったのか。公式の説明はありません。以下は編集部の推測ですが、制度環境が動いていることと無関係ではないでしょう。2026年6月1日には、同等性が確保された外国法令にもとづく信託受益権を「電子決済手段」として扱う内閣府令改正が施行されました。みずほ・三菱UFJ・三井住友の3行は6月10日、ステーブルコインの共同発行に向けた実務協議を進め、2026年度中の実取引開始を目指すと発表しています。円建てだけでも複数の発行体が並び立つ状況が視野に入るなかで、「特定のコインの決済実証」ではなく「ステーブルコインをPOSに載せる技術検証」と書くことには、後から効いてくる余地があります。
Agentic Payment──この実証が本当に狙っている場所
リリースの末尾に、さらりと重要な一文が置かれています。将来的にHashPort Wallet for BizへAgentic Paymentを組み込み、企業・店舗の送金・決済・精算業務を自動化する構想です。
なぜステーブルコインなのか。AIエージェントが自律的に支払う仕組みとして、プログラマブルな決済手段は有力な選択肢の一つです(API決済やカードトークン、口座振替でも自動化は可能であり、ブロックチェーンが必須というわけではありません)。ただし機械同士が高頻度・少額でやり取りする場面では、承認モデルや手数料の設計が課題になりやすい。JPYCも2026年4月の「AI・人工知能EXPO」でAIエージェントによる自動決済の実演を行っており、業界がこの方向を探っていることは確かです。
コンビニのレジは、その構想からすると、あまりに小さな入口に見えるかもしれません。しかし決済は習慣です。習慣は、日常のもっとも凡庸な場所からしか生まれません。
冷静に見ておくべきこと
HashPort Walletはノンカストディアル型で、運営は秘密鍵を預かりません。パスコードを失い、利用可能な復旧手段がない場合、資産は取り戻せません。オンチェーンの確定済み送金には、カード会社が強制的に取り消すチャージバックのような標準機能も存在しません(店舗による任意返金や発行体の凍結機能まで否定するものではありません)。価格が安定していることと、扱いが簡単であることは、まったく別の話です。
また、「日本円ステーブルコインユーザーの84%が利用」という数字は、HashPortが2025年11月に行った自社オンチェーン調査にもとづくもので、母集団や「ユーザー」の数え方は公表されていません。8か月前の調査である点も含め、差し引いて読む必要があります。
それでも――KDDIは2024年、三菱商事とともにローソンを非公開化し、議決権を50%ずつ保有する共同経営パートナーとなりました。そのKDDIが2025年10月にHashPort株の20%超を取得して持分法適用会社とし、Pontaポイントからステーブルコインへの交換、ステーブルコインからau PAYギフトカードへの交換を提供し、そして自らが深く関与するローソンのレジにステーブルコインを載せる。個々の施策が単一の戦略に基づくという公式説明はありませんが、この並びに一貫した方向性を読み取ることは、そう無理な話ではないはずです。
未来は、高輪のレジで、まず社員の手によって試されます。
【関連記事】
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【編集部後記】
店舗はウォレットを持たない。この一行が、たぶん今回いちばん効いています。加盟店に秘密鍵の管理を求めた瞬間、コンビニ決済としての普及はまず望めない。技術の負担を店に背負わせず、店の側からは何も変わらないように見せる。その割り切りには、本気で広げにいく意思がにじんでいます。
もっとも、隠しきることが正解なのかは、まだわからない。「開かれた円」の開かれている部分は、レジの前ではきれいに見えなくなります。それでいい、と言い切れるかどうか。8月、高輪で最初にスマホをかざす社員は、その数秒のあいだに何を思うのでしょうか。
【用語解説】
ステーブルコイン
法定通貨などに価値を連動させ、価格の安定を図るように設計されたブロックチェーン上のデジタル通貨。主に価値の移転や決済に用いられるよう設計されているが、DeFiの担保など他の用途にも使われる。法定通貨担保型以外の設計も存在する。
日本円ステーブルコイン
価値が日本円に連動するよう設計されたステーブルコイン。JPYCの場合、日本円と1対1で発行・償還できる。ただし、すべての円連動型が常時市場価格1円を保証するわけではない。
電子決済手段/改正資金決済法
2023年6月1日に施行された改正資金決済法により、法定通貨に連動するステーブルコインは暗号資産とは別枠の「電子決済手段」として法的に定義された。発行者の業態(銀行、資金移動業者、信託会社等)と電子決済手段の類型に応じて、異なる規制が適用される。
裏付け資産の保全
JPYCは発行残高に相当する額を預貯金・国債で保全するとしている。保全の方法は資金移動業型・銀行型・信託型で異なり、すべての円建てステーブルコインに同一の資産構成が義務付けられているわけではない。
資金移動業者
銀行以外で為替取引(送金)を行える登録事業者。送金上限額により第一種(100万円超)、第二種(100万円以下)、第三種(5万円以下)に区分される。
ノンカストディアルウォレット
事業者が利用者の秘密鍵を預からず、利用者自身が管理する形式のウォレット。取引所破綻の影響を受けない一方、パスコード等を失い復旧手段がない場合、資産を取り戻せない。
POS
販売時点情報管理システム。小売店のレジ端末とその背後の管理システムを指す。今回の実証で「POS連携」が重視されるのは、既存のレジ運用を変えずに新しい決済手段を受け付けられるかどうかが導入可否を左右するためである。
決済ゲートウェイ
複数の決済手段と、店舗のPOSや決済端末との間を仲介し、通信・処理を取り次ぐ基盤。各決済事業者が個別に全国の店舗と接続するのではなく、この基盤を経由することで導入負荷が抑えられる。
ガス代
ブロックチェーン上で取引を実行する際にネットワークへ支払う手数料。少額決済では相対的な負担が大きくなりやすく、普及の障壁とされてきた。
EIP-7702
イーサリアムの規格の一つ。通常のアカウント(EOA)がスマートコントラクトへ権限を委任し、スマートコントラクトのように動作させられるようにするもの。委任先のコードは取引後も設定として残り、後から変更・解除できる。第三者がガス代を肩代わりする設計などを実装しやすくなる。
Agentic Payment
AIエージェントが人間に代わって支払いや精算を実行する決済のあり方。機械同士の高頻度・少額のやり取りが想定ユースケースの一つとして挙げられるが、法令や国際標準による確定した定義はまだない。
オンチェーン
取引がブロックチェーン上に記録された状態。イーサリアムなどのパブリックチェーンでは、誰でも記録を読み取り検証できる(許可型・非公開型チェーンには当てはまらない)。
チャージバック
クレジットカードなどで、不正利用や取引トラブルの際にカード会社が支払いを強制的に取り消す仕組み。ブロックチェーン上の確定済み送金に、これに相当する標準機能は存在しない。ただし、店舗による任意の返金や発行体による凍結機能まで否定されるわけではない。
持分法適用会社
議決権の20%以上を保有するなど、投資先に重要な影響力を持つ場合に、その損益を出資比率に応じて自社の財務諸表に反映させる対象となる会社。
非公開化
上場企業の株式を買い付けて上場を廃止し、非上場企業とすること。ローソンは2024年7月24日に上場廃止となり、三菱商事とKDDIが議決権を50%ずつ保有する共同経営体制へ移行した。
【参考リンク】
株式会社HashPort(公式サイト)(外部)
ブロックチェーンの社会実装を支えるソリューションプロバイダー。金融機関や公共機関にウォレット等を提供する。
HashPort Wallet(公式サイト)(外部)
暗号資産やNFTをスマホで管理できるノンカストディアルウォレット。ステーブルコイン決済に対応する。
HashPort Wallet for Biz 提供開始のお知らせ(外部)
決済手数料・月額利用料・登録料が不要で、対象取引のガス代はHashPortが負担すると説明する公式案内。
日本円ステーブルコインによる自動販売機決済の実証実験(HashPort)(外部)
2026年7月から9月、京都市内3カ所のチェリオ自販機でHashPort Walletを使った決済を検証する。
KDDI株式会社(公式サイト)(外部)
通信を軸に金融・決済事業を展開。2025年10月にHashPortと資本業務提携し持分法適用会社としている。
株式会社ローソン(公式サイト)(外部)
大手コンビニチェーン。2024年に非公開化し、三菱商事とKDDIが議決権を50%ずつ保有する共同経営体制にある。
KDDIとローソン、TAKANAWA GATEWAY CITYに「Real×Tech LAWSON」1号店をオープン(外部)
実証店舗の開業を告知した一次情報。2025年6月23日開業、KDDI本社内に構えるリテールテックの実験店舗である。
キャナルペイメントサービス|コード決済サービス(外部)
50を超える決済サービスとPOS・決済端末を接続するゲートウェイ。ローソン向けAlipay等の導入実績を公表する。
JPYC株式会社(公式サイト)(外部)
国内の資金移動業者として初の日本円ステーブルコイン「JPYC」を2025年10月27日に発行開始した。
JPYC EX(発行・償還プラットフォーム)(外部)
JPYCを日本円と1対1で発行・償還できる公式プラットフォーム。本人確認を経た登録ユーザーが利用できる。
電子決済手段等取引業者に関する内閣府令等の一部改正(金融庁)(外部)
2026年6月1日施行。同等性が確保された外国法令に基づく信託受益権を電子決済手段として扱う改正の公布資料。
【参考記事】
JPYC、総流通量20億円を突破──2週間で10億円増加(NADA NEWS)(外部)
2026年7月9日に総流通量20億JPYCを突破。6月26日の10億JPYCから2週間で倍増した。
ローソン、JPYC決済を8月に実証へ──POS連携で国内初=日経(NADA NEWS)(外部)
使用コインをJPYCと特定。POS連動の実証がローソンによれば国内初であることを伝えた記事。
「JPYC EX」の累計口座開設数が19,000件、累計発行額が30億円を突破(JPYC株式会社)(外部)
2026年5月30日時点で累計発行額30億円、口座開設数1万9000件を突破。流通残高とは異なる指標である。
ローソン 2026年2月期 決算説明資料(PDF)(外部)
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ステーブルコインの共同発行に向けた実務協議について(3行共同発表・PDF)(外部)
みずほ・三菱UFJ・三井住友が共同発行に向けた実務協議を進め、2026年度中の実取引開始を目指すと発表。
KDDI、Web3ウォレット開発のHashPortと資本業務提携契約を締結(KDDI News Room)(外部)
KDDIがHashPort株の20%超を取得し持分法適用会社化。Ponta約1.2億人、au PAY約3,900万人。
三菱商事・KDDI・ローソン、資本業務提携契約を締結(三菱商事)(外部)
非公開化後、三菱商事とKDDIがローソンの議決権を50%ずつ保有し共同経営することを定めた一次情報。












